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リアクション
桜井 静香(さくらい・しずか)校長にチョコレートを渡しに来た藤枷 綾(ふじかせ・あや)は、校長室の前で橘 舞(たちばな・まい)とブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に会い、『ライバルだ』と静かな炎を燃やした。
「君も静香様とデート?」
バチバチッと火花を散らす綾に、舞はちょっと驚いた後、首を横に振った。
「ううん、違うよ。私は静香先生とティータイムをしに来ただけ」
「あ、そうなの?」
拍子抜けした綾だったが、舞が続けて言った言葉が聞き捨てならなかった。
「うん。だって、真口 悠希(まぐち・ゆき)ちゃんとか静香先生をデートに誘いたい人はいっぱいいるだろうし」
「いっぱいいるの?」
綾がぴくっとして問いかけると、ブリジットが口を開いた。
「そうだよ。静香先生を狙ってる人は割りといるからねー。もう告白してる人とかもいるし」
「告白をしてはいるけれど、まだ静香様に決まった相手はいないのよね?」
確認する綾に、舞はこくっと頷く。
「そう。それならいいや。私より早く静香様に接してる人はたくさんいるだろうけれどでも、こういう言葉もあるしね。『恋は先着順じゃない』って」
ふふっと綾は笑い、舞に確認を取った。
「特に急いでないなら、私が先でもいいかな?」
「あ、うん、どうぞ」
舞が譲ってくれたので、綾は先に校長室に入った。
「失礼します」
綾が校長室に入ると、静香校長がいて、ニコッと笑ってくれた。
「こんにちは、いらっしゃい」
その微笑みに綾はちょっとドキッとした。
積極的に校長室までやってきた綾だったが、やはり大好きな人が相手なので緊張する。
それでも顔を赤らめながら、綾は静香を誘った。
「静香様、私とデートしてくださいませんか?」
丁寧に綾が言うと、静香は照れながら答えた。
「デ、デート? え、ええと、うん、お出かけなら」
静香がそう答え、2人は百合園女学院のカフェに向かった。
「どうぞ、静香様」
綾は作ってきたトリュフチョコを静香に渡し、静香はそれを開けて、パッと笑顔を見せた。
「わぁ、トリュフチョコだ。ありがとう。紅茶が来たら一緒に食べようね」
そして、静香の方もお礼にと手作りのチョコを出した。
「うれしい。ありがとう」
綾は感激しながら静香のチョコを抱くように受け取った。
カフェの中を見ると、静香と一緒にいる綾をチラチラッと気にして見る人たちもいたが、同時にまったく気にせずに二人の空間を楽しんでいる人たちもいた。
「百合園はやはり仲の良い女の子同士が多いね」
「うん、そうだね」
ちょっと照れたように静香が答える。
「明確に恋人じゃなくても、お姉さまと妹とか多いし、ちょっと仲が良すぎる友達関係もあるみたいだし、静香様にもそういうのある?」
「え、ええと……あるかも、かな。あるかもっていうか、そう望まれてるっていうか」
静香はおろおろしながら、そう答える。
そして、静香は綾に尋ねた。
「もしその……女の子と過ごすのが好きだったら……今日、僕を誘うので良かったのかな?」
「あら、なぜ?」
「だって、僕、男の子だし……」
その言葉を聞き、綾は目をパチクリとさせる。
もうすでに周知の事実だが、静香校長は男の娘だ。
静香の口から直接そのことを告げられ、綾は少し考える。
そもそも綾は男女友に好きだ。
だから、自分より年若い校長に対して綾の口から出た言葉はこれだった。
「静香様が僕で良かったのかな、なんていうことないよ。だって私は『静香様と』バレンタインを過ごしたかったのだもの」
静香が綾に送られ、校長室に戻ると、舞たちが待っていた。
「おかえりなさい、静香先生」
舞はちょっとおずおずとしながら静香に挨拶した。
静香が男の娘なのは周知の事実……と書いたが、それが分かったのは少し前だ。
それまでは静香を女の子だと思っている人がたくさんいた。
舞もその一人なのだ。
そのため、何か静香に今まで失礼なことを言っていないか……と舞は気になっていたのだ。
「ほら」
ブリジットが舞の背中を押す。
一人では行きづらいという舞に付き添ってきたブリジットは、舞の背中を押してやるのが自分の役目と思って、その言葉通り、舞の背中を押して促したのだ。
「あ、え、ええと。バレンタインデーなんで、生チョコモンブランを用意したんです。良かったらお茶も用意しますので、どうですか?」
舞の勧めに、静香はニコッと笑った。
「喜んで」
3人でのティータイムは舞が心配していたよりも明るく楽しいものになった。
ブリジットが盛り上げるためにあれこれしゃべってくれたのも舞にとってはありがたかった。
後の予定があるであろう静香のために、舞は早めにティータイムを切り上げ、静香に応援の言葉をかけた。
「今日ぐらいは普通に年頃の男の子でもいいと思うんです。応援、してます」
舞のその言葉に静香は笑顔で手を振った。
2人だけになると、ブリジットは舞に頑張ったご褒美として板チョコをあげた。
「えらかったえらかった。おつかれさま」