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リアクション
第4章 三人寄れば
ラク族の領地は北方に行くに従って細長くなるような感じになっているが、その北端は湖に面している。
「うわあああ」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は目の前に広がる湖を見ていた。この湖の向こうにヴァイシャリーのある島が存在する。フォートアウフは本籍が百合園なので母校の方を見ていることになる。
「やれやれ、湖の所まで来てしまったわい」
ミア・マハ(みあ・まは)も打ち寄せる湖岸を歩いている。フォートアウフらはラク族の特産物を調べに来ている。先月、モン族のところでチーズを生産しているところを確認し、これに弾みをつけて今度はラク族の特産品はないかと様子を見に、てってけてってけてけてけてんとここまで歩いてきた。ラク族領は概ね湖沼地帯であり、淡水魚の沿岸漁業を主な産業としている。そこで目をつけたのが干物である。干物はどこじゃ干物はどこじゃと探し回ってここまで来た。今の所干物は見つからない。
「干物は作ってないのかなあ?」
「うむ、このあたりは日差しがそれほど強くないからの。干物には向かぬかもしれぬ」
第3師団が活動している周辺は概ね北ヨーロッパに近い気候である。干物を作るには暖かくすぐに干すことのできる環境が望ましいためあまり向いていない。
「このあたりでは魚はこうしております」
ラク族の漁師が見せてくれたのは樽に入った塩漬けの魚である。どうやら、干物文化は無いようだ。もっぱら魚は塩漬けで保存しているとのことである。
「缶詰がないからの。塩辛いがこうするしかあるまい」
「煮物に使うにはいいかもね」
しかしながら、一つだけ変わったところでは魚を壺に入れてがっちり蓋をして保存する方法がある。こうすると発酵して酸味が出てくる。
「いわゆる熟れ鮨じゃな。口に合うかどうかは難しいところじゃが」
このあたりでは結構食べている者がいるようだ。
「あれは何なの?」
フォートアウフが怪訝そうに見ると、湖岸近くの一角で何やら桶に入れた水を浅いプールのような所に入れている。近くまで行くと白く堆積している。どうやら塩田らしい。近くに塩水井戸があり、そこから組み上げた塩水を使って塩を生産しているようだ。
「なるほど、それはそうじゃな。ラク族は鎖国に近い状況をとっているようじゃが、塩の供給が無ければ生活できん。ここから塩を供給していたようじゃな」
意外なようだが、いわゆる塩の供給は極めて重要だ。これが生産できるかどうかが国の明暗を分ける場合がある。わかりやすい例では、三国志で有名な蜀の国はやはり岩塩、塩水井戸で潮を生産していたため、事実上独立国としてやっていけている。内陸では塩の確保が困難であるため、モンゴルなどの平原では案外と人口を維持出来ない。教導団では有名な関羽も元々は塩商人の用心棒である。
「魚と塩……か。ラク族は今の所こんな所かな?」
一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は山がちの地形に来ていた。周りには縄やら棒やら持ったモン族の者が三十人ほどいる。
「このあたりですね。連絡があったのは」
一条は現在、交通路整備のため、調査中である。工事仕事はモン族が得意であり、三十人ほど人手を借りることが出来た。この間フォートアウフが四苦八苦えんやこらと登った道である。
「ああ、こりゃあ、通るの大変だなあ」
久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)も道の様子を見ている。道そのものはそれほど荒れていないのだが起伏高低が多く、なかなかに難所である。
「これじゃ馬車が通れないぞ。上の部族はどうしてるんだい?」
「あ〜。山羊に荷物乗せて往来してますじゃ」
モン族の作業員はそう言った。上の部族はタイヤくらいのサイズのチーズを山羊の背に乗せて麓の街まで持ってきて物資と交換している。
「それじゃたいした量は運べないなあ……」
上に住んでいる連中はそのため、質素な(有り体に言えば貧乏な)生活を強いられている。
「往来が便利になれば助かりますじゃ……」
「こりゃあ……やるしかないねえ」
久我の言葉に一条はひょいと反対側をのぞき込む。道幅は広く転落したりすることはまず無いだろうが、山の反対側はほぼ崖と言っていい急斜面になっている。ちょうどすり鉢を二つに割った様な半円形の地形である。斜面自体は結構綺麗になっている。遥か下の方にぽつねんと街の姿が見えている。一条達は割ったすり鉢の縁に立っていると思えばわかりやすい。麓の街までスムーズに運ぶことが出来れば、活性化の一助になる。
「このあたりはそれほど岩が脆くは無いようね」
一条は崖崩れなど心配していたが、この付近はそれほどその心配はなさそうだ。いずれにしてもフォートアウフがチーズを降ろすにしても交通が便利でないとコストが下げられない。
「それじゃ、測量始めるわよ〜」
棒を立て、縄を張って測量を開始する。土を削ったり盛ったりして整地すれば交通が楽になる。
「まあ、あれだな。『ローマはツルハシで勝つ』ってやつか?」
そう言って久我はロープを引っ張った。
かくしてシャンバラ初の道路公団?が設立された。
三月中旬。キュリスタ家の館に各勢力代表が集まってきた。概ね話はまとまりつつあり、原則同盟の方向に向かっている。今回は同盟に伴う大詰めの話である。
「今回の話し合いに皆様が参加くださったことを感謝します」
そう言ってフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)少尉は頭を下げた。話の中心は教導団第3師団とラピト族、モン族、ラク族の同盟と将来に関するガイドラインである。一応の基本は出来ておりその再確認が中心となる。
「当面は共同防衛を前提とした同盟を基幹とし、将来に向けて産業の育成。技術導入。見返りとしての資源提供などが基本になります」
ヴァンジヤードの説明と共にエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)は資料を配る。ヴァンジヤードが始めた毛織物産業の現状、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)少尉の馬車生産、一条が進めた鉱石採掘の効率化などの資料をまとめたものだ。
ラピト族、モン族ともにすでに産業的に協力関係にあり、今後の見通しも道素手はある物の悲観的なものではない。
「今後、皆さんたち、三部族が協力し、流通を進めれば飛躍的な発展が可能であると考えております。そうすれば現状のシャンバラにおいてはいち早く有力な立場になり得ると考える次第です」
その説明に出席者は頷いた。皆早急なシャンバラ王国の復活を望んでいる。それに役立ち、また成立した王国にてそれなりの地位を確立できるとあればこれは彼らにとっても魅力的だ。
全体的な流れとしてはラク族、モン族、ラピト族がまとまり、これと第3師団が同盟する形でまとまりつつある。モン族、ラピト族は政治体制がやや未成熟であり、明確な代表者であるヤンナ・キュリスタを領主に頂くラク族が一番まとまりがいいからだ。いいかえればヤンナを中心とした同盟に軍事部門として第3師団が加わる格好に近い。
基本的な方針として次のような内容が決められた。
・この同盟はシャンバラ王国復活に対し、これに協力し、王国復活後にその一翼をなすべく成立する物である。
・同盟各勢力の権利は対等とし、暫定評議会のような物を作る。
・当面は物資・技術の交換に関してはレートを定めず個別協議とする。
まだまだ政治的に未成熟である点から性急な構築は避ける方向で進められた。これはシャンバラ側だけと言うことではない。地球側もシャンバラの常識をすべて理解しているわけではない。安易に技術的な優越を持って成熟していると判断するのは早計だからだ。言うなれば地球人側も未成熟な可能性があると言うことだ。
基本ラインは定まった。概ね受け入れる方向であるが今だ決してはいない。
「板についてきたねえ」
オーヴィルはヴァンジヤードの姿に笑っている。
「まだまだおっかなびっくりだ」
「出来れば人事権に関しても決めておきたかったんだが?」
オーヴィルとしても早めにしっかりした体制が欲しいからだ。
「それは必要なのは解るが、政治体制の詳細はこれからだ。今それをやると変に勘ぐられる。ヤンナ嬢は結構突っ込みが厳しいからな」
「エネルギーに関しても話を詰めたかったんだけど」
カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は使用エネルギーに関して将来像をぶち上げるつもりであったが、あまりにあれもこれも話をするわけには行かない。今回は同盟をまとめることに重点が置かれている。
「思ったより条文は少ないですね」
オーヴィルを手伝いに来たサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)は条文がそれほど多くないことを意外に思った。
「まだ我々もあまりシャンバラを知らない。今細かく決める必要はないだろう」
「それはそうですね」
この点はアマルナートはヴァンジヤードと同じ考えである。
「もう少し、経済的な話をすればよかったのでは?」
ヴィーナはまだ内容が足りないと思っている。
「このまま同盟が豊かになれば、ワイフェン族の中にも共存を考える者が出てくるのではないかと思います。それを明確に示せば」
「さすがにすぐには豊かにはならない。いささか問題の次元が違うだろう」
「そうだな。後、連中の様子だと多分に宗教的だ。共存を考えることを期待するならそれに関しても具体的な策がいるだろう」
そこに沙 鈴(しゃ・りん)がやってきた。
「オーヴィル少尉。馬車の生産で民間に回す分の資料が欲しいんだけど」
「まあ、それは何とかなるが?」
「この先、ワイフェン族領に向かうとなると補給、厳しくなるでしょ。進めば進むほど量が増えるから生産枠を確保して欲しいのよ」
「そりゃいるなあ」
「しかし民間に回す分もかなり必要だ。きちんと数を決めないと厳しいかな」
オーヴィルとしては産業発展の必須条件である。今後補給に関する割り振りは難しくなるだろう。
「軍用にも使うとなれば、出来れば戦略輸送に関して総合的な見直しを行わないと、途中で進撃が止まるかもしれません」
綺羅 瑠璃(きら・るー)も今後の物資の補給を心配している。
「補給に関して再度考えが必要だと思います」
同盟が締結される方向に進んでいる、という噂はラク族やモン族の所でも広がっている。そうなると、ワイフェン族としては厳しいことになる。
「どうする?ワイフェン領に潜り込むか?」
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は宿の外のところでそう言っている。
この方面のワイフェン族は厳しい状況になっている。逆に言えば、上手く取り入ることが出来れば商売上、美味しい可能性がある。もっとも、宗教的?な感覚で地球人勢力を毛嫌いしているワイフェン族なので、迂闊に接触すればざんばらりんと身体が一家離散する可能性がある。アッシュワースはあんまり深入りしたくないようだ。
「さて、どうするか?あるいは動きのあるラク族の方をもう少し、つついた方がいいかもしれないな」
黒崎 天音(くろさき・あまね)は食堂の外の椅子に座ったまま思案している。
「ラク族の方をか?」
「ああ、聞いただろう?会談の事は。一応、各部族を平等にする、という事だが、実際はどうなるか、な。ラピトやモンは中核となる人間が少ない。実質シャンバラ側の中核はあのヤンナ嬢になるだろう」
「それは、そうだろうな。王国に最も近く、体制が整っているのはラク族だ」
「言うなれば、このあたりのシャンバラ人はヤンナ嬢を君主にした形でまとまっていく可能性が高い。政治的にも、経済的にも軍事的にも安定した国家が、だ。これは美味しいと思う。……それに」
「それに?」
「ヤンナ嬢は聞くところによると、かなり統治能力は高い。下手に女王候補を名乗っている者より、統治者としての能力は上かもしれない」
「それは、そうだが」
「ならこの先、この周辺が発展する可能性は高い。今のうちに足場を築いた方が後々大きな儲けにつながりそうだ。問題はどうやってつてを作るかだが」
「連合が出来ればラク族領内にも入れるようになる。この先の動きを考えて関係のありそうな所を先に押さえることだな」