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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第6回/全6回)

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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第6回/全6回)

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第3章 そこのけそこのけ私が通る

 第3師団は国境線手前で布陣を完了している。ずっと向こうには集結したワイフェン軍が展開している。今までと大きく違うのは基本的に今まではワイフェン軍が攻撃側で第3師団は防御側であったが、今回は逆になっている。そのため、塹壕を掘って籠もっているのはワイフェン軍である。そしてワイフェン軍の前には逆茂木(先を尖らせた木を組み合わせた障害物)や鉄条網代わりの刺付き蔓が巻き付けてあったりして結構いやらしい。
 「まあ、地雷なんかは無いと思いますが、なかなか敵も努力しているようですね」
 「敵がもし、大砲を手に入れたらパックフロント(対戦車陣地網)くらい作りそうね。……本当、学習能力が高い、というのかしら」
 和泉はため息をついて双眼鏡のダイヤルを回す。
 「創意工夫すれば意外とやれるもんですよ」
 「何というのかしら……ひょっとして一番、地球の文化を解っているのは彼らじゃないのかしら?」
 「彼らには、人殺しの武器ばかり作る、くだらない文化に見えるんでしょう。こちら側には威力の強い武器を振り回したがる者が多いですから」
 冷めた表情で志賀は言った。
 「そろそろ、11時です」
 和泉は時計を見た。攻撃開始時刻である。信号弾が上がった。作戦開始である。

 合図と共に一斉に迫撃砲が撃ち出される。ウルムドゥ・ガヤン大尉の合図で次々と弾が前方遠くへ着弾していく。いわゆる漸進射撃の要領だ。闇雲に撃つのではなく砲撃を煙幕代わりに使う。ロイ・シュヴァルツ(ろい・しゅう゛ぁるつ)も忙しい。撃っては様子を見て、再び撃つ。シュヴァルツはとりあえず敵陣の密度が濃いのである程度まとめてばらまきたいと考えている。
 「発射ああああああ!」
 迫撃砲は音自体は気の抜けた感じであるが、大きく山なりの弾道でどかどか落ちていく。
 敵陣に土柱が立つのを確認すると、まず戦車が先頭をすすむ。
 「さーあ、障害物なんて、戦車で踏みつぶして上げるわ!」
 気勢をあげているのは二号車のルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。確かに逆茂木なんかは戦車ならそのまま車両でぶちこわすことも出来る。そう言う意味では突破口を開くのには役立つ。まさしく戦車が突破兵器であるという証明であろう。そのまま景気よく突入する。前方の逆茂木はバキバキとつぶれていく。そして最初の塹壕までもう少しである。

  ずぼ!

 戦車二両の姿がいきなりかき消えた。前進していく歩兵は穴の中に落ちた『ビートル』を確認することになった。

 「落とし穴?」
 「この場合は、戦車壕と言うべきでしょう。……そうきたか~」
 眉をひそめる和泉に状況を把握した志賀が言った。戦車に対抗する手段はいろいろあるが、もっとも原始的な方法が戦車壕である。要するに穴掘って戦車の進撃を妨害すると言う物だ。穴の中には杭が埋めてあったりして戦車の動きを妨害する。決定的なダメージは与えられないが、その一方で21世紀現在、なお有効な対戦車手段である。
 「歩兵は?すぐに援護にいける?」
 「後続の歩兵がすでに展開してます。詳細を把握させましょう」
 「それにしても、戦車壕なんて」
 「そうそう使える手段ではありません。連中は人力ですから。タバル坂の戦いの前の集結時から万一に備えて準備していたのでしょう。……戦車とて『無敵ではない』と言うことです」
 「仕方ないわね。場合によっては早いけど強襲偵察大隊を投入して。早期に戦車を失うわけには行かないわ」
 「目立ちますからね」

 肝心の『ビートル』の中では乗員がシェイク状態であった。特に砲塔内の三人はこんがらがっているが、車体側、操縦席のルーはいち早く動き出した。皆、壕に落ちる衝撃で前のめりにつんのめったわけだがルーは最も影響が少なかった。自前で高性能なエアバッグを持っている強みである。
 ハッチを開けて周りを見ると後ろが持ち上がった状態で停止している。片方のキャタピラは宙に浮いて空回りしている。
 向こう側の一号車、ローテ1でもハンナ・シュレーダー少佐が出て来た。やはりエアバッグ持ちはこういうとき便利である。二号車は下側のハッチから他の三人が出て来た。
 「く、やられたぜ」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は悔しそうだ。『殺気看破』で周囲の悪意を警戒していたが、戦車壕はただの穴なので殺気がない。
 「どうだ?動けるか?」
 夏侯 淵(かこう・えん)は這い出してきた後の戦車を確認している。
 「後方が土に乗り上げただけだ。土をどかせれば動かせる」
 「しゃあねいな」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の返答にシュトロエンデは周りを見て早速車体側面の工具ラッチからスコップを取り出した。
 「幸い、穴に落ちたんで射線から外れている。掘り出して動けばなんとかなる」
 夏侯の言葉を合図に三人はスコップでわっせわっせと土を掘り始めた。一方、ルーは車長キューポラまで移動するとハッチを開ける。向こうから戦車にとどめを刺そうとじりじり敵兵が近づいてくる。ルーはハッチを開けたままそれを遮蔽物代わりにカービンを撃ち始めた。
 「あたしのローテー2号に近づくなあ~!」

 「一号車は動けない様です」
 エリー・ラケーテン(えりー・らけーてん)は砲撃観測の最中に様子を見て言った。ルーの二号車は土をどかせれば動かせるが、シュレーダーの一号車は落ちた際に横倒しになり、しかも杭が内側から転輪の間に食い込んだため当分動かせない。今は援護の歩兵が周辺に集まり始めているところだ。
 「戦車前面に砲撃を掛けて支援するか?」
 シュヴァルツがそう考えたときだ。左側の砲撃陣地に敵の砲撃?が直撃した。周辺に次々と着弾する。爆発がおこり、モモンガ兵が吹き飛んでいく。
 「どうした?!」
 「敵がこちらを狙ってます!」
 先ほどからのシュヴァルツの砲撃で敵はこちらの砲撃陣地を掴んだのであろう。
 「野郎!撃ち返せ!」
 「敵の砲撃部隊の位置はだいたいわかります」
 こちらも相手の砲撃陣地とおぼしき場所に砲撃を開始した。いわゆる砲撃殲滅戦である。双方の砲兵同士が互いに撃ち合いを開始する。日露戦争辺りまではよくあった現象だ。この結果双方の砲撃部隊に大きな損害が出たが、そのかわり、敵側も前線で戦っている兵士に砲撃が加えられないのでこちらの前進自体はしやすくなっている。

 敵の反撃も熾烈である。戦車は穴に落ち、砲兵部隊は撃ち合いで忙しい。戦車は壕に落ちたものの周辺は確保されつつある。この場合、そこからさらに次の突破を狙う上で必要だ。穴に落ちた戦車自体も遮蔽物としては有効である。何しろ複合装甲だ。
 「で、こうなっている訳?」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は横転したバイクの側で伏せている。
 クライツァールは突入時にバイクで戦場を高速で移動しようと考えていたが、周辺は塹壕やら障害物やらでいっぱいである。おまけに相手は塹壕から撃ってくる。周りの兵士が匍匐前進で進撃しているのはそのためだ。バイクで侵入した直後に集中射撃を受けてひっくり返った。
 「やっぱりバイクはまずかったであろう」
 シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)も同様に伏せながら周辺を警戒している。一応、戦車壕から少し進出したところである。
 「穴ぼこだらけの戦場をバイクで通過するってのは、ちょっとまずいよね」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)
 塹壕と障害物があるのは解っていたはずである。
 「ふ、状況判断が甘いようだな」
 「誰?」
 皆が振り向くとハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)がニヒルに笑っていた。もっとも、射撃を避けるため地べたにへばりついているので格好がつかないことおびただしい。ヴェーゼルはいつも後ろにいたため目立たなかったためか、今回、前線まで出て来たのだ。
 「ここはとにかく防衛に徹することだ」
 「防衛?ずいぶん消極的ね」
 自信たっぷりのヴェーゼルに懐疑的なクライツァール。伏せたまま会話しているためちょうどお互いの顔が上下逆さまに見える。
 「参謀長の狙いは中央の戦車と火力で敵を誘引して、敵を押さえつつ、両翼のいずれかから装甲部隊を回り込ませて側面から突破することと見る。まずはここを防衛して敵を引きつけるのだ」
 「こうしていても始まらない。とにかく敵を攻撃だ」
 ウィルフレッド・マスターズ(うぃるふれっど・ますたーず)としても、こうしてはいられない。こけたバイクでも慣れた兵には立派な遮蔽物である。軍のバイク兵ではとっさにバイクを盾にして射撃する訓練は行われる。
 バイクの影から射撃を開始する一同。
 「えーい、狙いにくいわね」
 クライツァールは舌打ちした。今までと違い、敵は塹壕から撃ってくる。ほとんど銃口や身体の一部しか見えてこない。実に狙撃はやりにくい。相手が『殺気看破』等を使ってくる場合、狙われているのがばれてしまうと言うこともある。
 「まずは周辺を固めよぉ。今はここを確保するのが最優先だもん」
 シンシア・ランバート(しんしあ・らんばーと)が周りを見ていった。
 「焦って攻撃することばかり考えているのは危ないよぉ」
 一同は予備兵力として火消しに投入されたはずである。今ならば壕にはまった戦車周辺で火力網を形成し、確保、次に移る訳だ。
 
 今回は敵が陣地に籠もっているため、味方の歩兵は匍匐前進の真っ最中である。そんな中、最初に茨のラインにたどり着いたのは第3師団の何でも屋、魔導擲弾兵の緋桜 ケイ(ひおう・けい)准尉である。見たところ、刺付き蔓は黒光りしている。
 「えーい、焼き払ってくれるぜ」
 緋桜は火術を唱えて蔓を焼き払いにかかったがそこに射撃が集中する。相手も前線を確認している。炎が上がれば位置をばらしているようなものだ。匍匐前進で近づいたは良かったが、下手に行動すると集中砲火を喰らう。
 「とにかくぎりぎり下までいくことじゃな」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が後ろからついて来る。背中に何やら荷物を抱えている。
 「じゃーん、タケコ……じゃなかった。園芸鋏~」
 そう言って鋏を掲げて見せたのは南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だ。来て早々もめ事を起こして懲罰大隊に来たが本人はあまり気にしていないようだ。仰向けになると尺取り虫の様にずーりずりと蔓の手前まで行く。そこでチョッキン、またまたチョッキン。
 「おお、見事なものじゃのう」
 感心する悠久ノ。背中からワイヤーカッターを取り出すと緋桜に手渡した。
 「ここは横着せずに見習った方が良かろう」
 「魔法に頼り過ぎも良くないか」
 そう言いつつ緋桜もパッチンパッチン、切断し始めた。そこに敵の斉射が加わる。皆必死で頭を下げる。その隣では国頭 武尊(くにがみ・たける)がやはり、仰向けで切断している。国頭はライトブレードで切断している。携帯性には優れているがやや切りずらそうではある。
 「切断しても迂闊に中に入るなよ!突入口の幅をとらねぇと、狙い撃ちだ!」
 この判断は重要だ。切断し、突破口が出来たところでなだれ込みたいところであるが、突破口が小さいところで殺到すると敵はそこに集中射撃を加えるだろう。そうなればばたばたなぎ倒されるのは目に見えている。
 「まずは複数突破口つくらねぇと、ここは任せる、俺は左へ行く」
 そう言って這いずっていく国頭。
 「お、おう。こっちも移動して広げた方が良くはねえか?」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は周りを見て言った。大きな身体は匍匐前進には不向きと言えなくもない。
 「そうだな。こっちは右へ向かおう」
 ずりずりと右へと這いずっていく。あちこちで障害物の除去が始まった。中央の緋桜のところでは数メートルの開削口ができた。これを押し広げていかねばならない。
 「まだ、開かないか?」
 ややしびれを切らせたようにレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)少尉が聞く。
 「もうちょっとお~」
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が答える。その間もあちこちから射撃が加えられる。何しろこちらは障害物の前で皆伏せている状況だ。右手に見える第4歩兵連隊のモモンガ兵などはへばっと地面にへばりついた様な状況だ。
 「急いでくれ、今回の戦いは中央が火のように攻め立てる必要がある」
 ルーヴェンドルフは後方から回り込んでくる戦部支隊が攻略のメインと考えている。そのため、中央前面で攻め立てて敵を引きつける必要があると思っている。
 その脇では派手に火を噴く姿がある。シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が機関銃を撃っているのである。重騎兵の使用する機関銃を強奪同然に持ってきたアンスウェラーは周辺に弾幕を張り、障害物排除を援護している。側ではルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)がベルト給弾の真っ最中だ。
 「いやあ~、助かるであります」
 援護があるお陰でこの方面の障害物排除は急速に進んでいる。作業しやすい状況を作るというのは重要だ。こういう積み重ねが実の所、時間勝負の戦いなどでは明暗を分ける場合がある。
 「むやみに進撃する必要はないものね」
 撃ちまくりながらアンスウェラーはうそぶいている。
 「よっと」
 大熊が最後にパッチンと蔓を切断する。
 「よし、合図しろ!」
 ルーヴェンドルフの言葉にティルナノーグが発煙筒に火をつける。
 「いいよ、レオ君」
 中央、機動歩兵大隊前面数カ所で次々と発煙筒の煙が上がる。突破口開削の合図である。まもなく、信号弾が上がった。前進である。
 「よし、ここからが俺達の腕の見せ所だ。敵を引きつける。後ろから来るであろう戦部支隊の方に戦力が回らないようにするのだ」
 ルーヴェンドルフを先頭にわらわらと突破口を越え、塹壕に飛び込む兵士達。
 「突破が始まったわ。私達も続く?」
 「当然であります。しかーし。ただ突破するのではない。後から来る連中の為に、残りの障害物は排除するであります」
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の質問に含み笑いで答える大熊。まだまだあちこちに障害物がある。戦車や予備兵力が突入するときに備えて出来るだけつぶしておきたいところだ。
 そのままずるりと芋虫が這いずるように前のめりに塹壕に滑り込むと他の障害物を探す。
 塹壕のあちこちでは激しく白兵戦が行われている。今回の戦いは意外と白兵戦が多い。障害物と塹壕で互いに射線が通りにくいからだ。概ね、分隊レベルの固まりでの戦いが各所で行われている。

 「合図……。前進できそうね。……志賀君?」
 和泉が首をそちらに向けるとやや志賀が驚いたような顔をしている。
 「戦車が落ちたので手間取るかと思いましたが、なかなかどうして予想より突破口開削が早いですね。もう少しかかると思ってました」
 「なら、今の所は順調ね。じゃあ、そのまま前進させて」

 「ふむふむ、敵は塹壕に籠もっているでありますな。それは重畳」
 マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)少尉は大分後方で大型の双眼鏡を用いて様子を見ている。砲撃観測用の大型の奴だ。
 「合図の方は良いか?」
 「いつでもいいよ?」
 カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)はよっこらせと担いでいた無線機を降ろす。指向性の強い短距離用だ。これで何とか航空部隊との連絡を確立している。JG301(第301駆逐戦闘航空団)の航空管制を一手に握っているランカスターはますます戦術運用における責任は重くかかってくる。
 「それにしても、砲撃部隊は派手に喰らっているようだけどぉ?」
 ちらりとランカスターも後ろを見る。
 「まあ、敵の砲兵部隊を引きつけてくれてるからよし!であります」
 ランカスターは上空を飛んでいく三機のワイヴァーンを見あげた。
 「なかなか、うまくいかないようなの」
 運んできた樽に手を置いて朝野 未羅(あさの・みら)も心配そうに見上げている。パイロットの朝野 未沙(あさの・みさ)は砲兵部隊、戦車部隊、対戦車部隊の支援の元で爆撃を敢行するつもりであったが、砲兵部隊は敵と撃ち合いになり、戦車は現状壕にはまっている。敵も妨害してくるわけで簡単に思い通りに行くわけではない。
 「連携は重要だが、他の部隊をこちらに従わせる訳にはいかないであります。本来航空支援部隊なのだから、こちらが他を支援するのが役目であります」
 そう言ってランカスターは大きく頷いた。
 「とにかく、当初の予定通り砲撃と爆撃の反復でいくであります。準備は?」
 「樽(爆弾)の方は大丈夫。戻ってくればすぐに交換できるよ」
 「早く、増援のパイロットが来てくれれば、反復攻撃もやりやすくなるですぅ」
 朝野 未那(あさの・みな)は持ち慣れないアサルトカービンを持って周りを見ている。
 「で、これは何でありますか?」
 ランカスターが周りを見ると航空部隊本部の周りがぐるりと泥になっている。泥の海の中に孤立した島の様である。
 「わあ、泥まみれ」
 スポルコフが楽しそうに見ている。さすがに泥遊びの歳は卒業しているが。
 「敵が航空部隊を無力化するなら、本部を強襲するのが近道と思うですぅ」
 確かにこれなら光学迷彩を使っていても迂闊に近寄れない。魔法で地面を凍らせてから溶かした訳だが、使い方としては有効であると言えよう。
 現状、航空部隊は塹壕に籠もって射撃してくる敵を爆撃して頭を下げさせるのが肝心である。爆撃の基本方針でランカスターと朝野では意見調整がとれず、師団本部にお伺いを立てたところ、戦部支隊に呼応した動きを迂闊に行うと、後ろから来るのがばれて逆に危険になる可能性がある、とのことで、前線後方を爆撃して月島・曖浜支隊の突入、そのための支援の方が望ましいとの返答となった。
 肝心の朝野 未沙(あさの・みさ)候補生は上空から前線後ろに向かって降下を開始する。朝野は離脱時が危険と考えていたが、ランカスターの上申時の回答では、むしろ突入時が危険であろうとの意見であった。
 「確かに離脱時は爆弾が爆発してるものね」
 一直線に近づいてくる状況が弾幕を張るにはちょうどいい。離脱時の危険は爆撃対象にならなかった周辺部隊の反撃である。爆撃地点の敵はやられなかったにしても伏せるだろうからだ。このあたりは難しい所ではある。残念?ながら航空部隊の役割は真っ先に敵に突入し、爆撃にて攪乱することなので、他者からの支援という点ではあまり望めない。航空部隊の行動そのものが基本的に他者に対する支援だからだ。
 とにかく、味方の射撃で牽制されている辺りを狙う。
 「まず、敵後方から削っていかないと。周辺の塹壕で乱戦中の味方を巻き込まないようにね!」
 左手で合図すると僚機のモモンガパイロットに合図して突入を開始する。そのまま三機一斉に樽を投下して爆撃。土埃と共に一角が崩れる。そこにすかさず歩兵が近づいていく。これを反復して行うのが現状、最善と思われる。

 まもなく『ビートル』二号車が動き出した。一度バックして上がってからじりじり前進し始める。
 「ようやく動き出したな。後ろに続くぞ」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)はAFVで戦車に随伴する形でついていく。
 「落とし穴があるんじゃないかとは思っていたけど、こんなに大きいとはね」
 「やむを得ないでしょう。戦車は突破兵器だ。穴を恐れてもたもたしていたら戦車の意味はないですから~」
 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)少尉は物干し竿の様に長いAMRを持って下車準備をしている。
 「それより、敵は戦車を目印にしてくるはずです。そこで大物は仕留めてしまいましょう」
 「敵が戦車を狙ってくるのならそれは囮にしてむしろ歩兵の浸透戦術で前進してはどうだ?」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)としては歩兵戦術で前進を図りたいようだ。
 浸透戦術というのは第一次大戦時にドイツ軍が塹壕を突破する為に編み出した戦術である。地上の要所要所を確保、迂回しながら進んでいく戦術だ。これに対して連合軍側の塹壕突破の回答が戦車である。言うなれば戦車は直線的、浸透戦術は曲線的な攻撃方法だ。
 「ん~。それはそれで悪くはないし、やってかまわないと思いますけど。今回は早めに突破しなければならないんでしょ?」
 今回の作戦の肝は、月島・曖浜支隊をいかに早急かつ安全に敵中央後方にあると推定される敵司令部に「うりゃっ!」と放り込むかである。つまりこれにより可能な限り敵との無駄な戦闘を避けて追い払うことだ。浸透戦術だとしらみつぶしになる。
 「両方併用でいいんじゃないですか?迂回してばかりでは時間がかかるのも事実です」
 「来たよお!、残った数は多くなさそうだけど」
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が叫んだのに合わせて、AFVは扉を開き、ぞろぞろと下車を始める。
 「来たなあ」
 戦車の後ろで素早く展開する面々。メルヴィンは伏せ撃ちの態勢でAMRを構える。そしてそのまま塹壕の間を上り下りしている大蠍めがけて発射する。ちょうど塹壕に降りようとしていた大蠍を背中からぶち抜いた。
 「これはいいですね。上下しているから背中とは腹とか撃ちやすい」
 「敵としては塹壕戦が仇になっていますね」
 ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)もやや頭を上げて双眼鏡を覗いている。
 「頭上げたら危ないでござる」
 音羽 逢(おとわ・あい)が注意しつつ弾倉を交換する。その調子でやってくる大蠍は次々撃破される。
 「解っています……。次、来た!」
 やや慌てたようなマキャフリー。大蠍の後から接近してくる影がある。
 「それは俺らの仕事!」
 朝霧が手前の塹壕に飛び込んでそこから半分顔を出す。
 「近寄らせるな!」
 それを合図に夜霧 朔(よぎり・さく)がスプレーショットでオークをたたきのめす。
 「置いてかれるとまっずいよね」
 エンプはじりじり進んでいく戦車の後ろにつく。なぜかチョコバーを咥えた、とうか手がふさがっているからだ。転がるようにして朝霧 栞(あさぎり・しおり)もついて来る。そのまま氷術で敵蠍の動きを封じる。
 「ふっふっふ。『ビートル』には歩兵が張り付いているんだ。オーク兵で損傷させられると思うなよ」
 うそぶく栞。『ビートル』ではガイザックが榴弾をかまして前方で炸裂した。
 「よし、遅れるな。乗車だ」
 「ちょっと待って」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が『パワーブレス』でメルヴィンを回復させる。
 「急いで、戦車についていかないと意味ないですよ」
 ソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)がAFVのドアを開けて叫んだ。一同は乗車する。その間に先に乗り込んだ音羽が今度は機関銃で周辺に弾幕を張る。
 「先に行け、私は予定通り、浸透戦術で行く」
 そう言ってシュミットは塹壕に飛び込んだ。
 「おおっと、あんまり離れちゃ危ないぜ」
 アフロドラゴニュート、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)がシュミットの後ろからついて来る。
 「貴公もあまり離れすぎるとまずいだろ。間は俺が押さえておくぜ」
 そう言って、がしっと拳を打ち合わせる。その手のガントレットが黒光りしている。
 「浸透戦術は近接になる。覚悟はいいか?」
 「上等!」
 「戦車とAFVには前進してもらわないといけないからな」
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)も両手に特殊なトンファーである。白兵戦では頼りになりそうだ。
 戦車を食い止めようと殺到する敵歩兵に向かって進んでいく。狭い塹壕の中だが、こうなると逆に有利である。ディスティンのガントレット攻撃が炸裂する。
 「アッパー!アッパー!、もひとつアッパーーーーーー!」
 「おらおらおらおらおらおら」
 グロリアフルも盛大にトンファーの肘撃ちを連打している。コマンドでは→→→↑↑←→→な入力?である。
 その間をぬってカービンを構えたシュミットは塹壕沿いに前進路を探す。塹壕周辺で何やらアッパーで吹き飛んで顔を出す狼ゆる族を見て、AFVでフェルマータはため息をついた。
 「相変わらずやり過ぎなきゃいいけど」
 「結構……通りにくい……わよね」
 ため息を背にクロケットはAFVを操縦しているが、戦車に比べて登坂能力で劣るので塹壕を押し渡るのが大変だ。こうして降車、射撃、乗車の繰り返しで『ビートル』を支援しながら前進していく。

 その頃、右側の第4歩兵連隊も戦闘中である。第4はモン族、つまりモモンガゆる族が中心である。
 機動歩兵連隊と違い、それほど練度は高くないため概ね一進一退が続いている。
 「せっかくの機会だ。塹壕伝いに進撃して行きたいが」
 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は第4歩兵連隊を己の居場所と定め、尽力している。実の所、自分の所の部隊を白兵戦に強い部隊にしたいと考えている松平である。
 「私はちょっと振り回しにくいのでございます」
 フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)は大型のバスタードソード状の光剣を武器にしているが塹壕の中では振り回しにくい。
 「ゆる族兵士は隠れやすいから白兵戦でも活躍できるはずだ」
 「ですが、皆様アサルトライフルですから、銃剣術になりますよ」
 長物は塹壕戦では扱いにくい。そもそも塹壕でライフルを振り回すのが難しいのでSMGが誕生した。
 「突き技を極めないといけないか?」
 とりもなおさず、このあたりは前進が難しい。松平は崩れそうな辺りを支えて回っている。
 「俺が切り込むか?」
 「迂闊に突入なさいますと孤立してしまいます」
 そこに怪しいゆる族がやってきた。珍しいというか人馬型ゆる族である。ケンタウロス型とでもいうのか。問題はお陰で隠れにくいと言うことだ。地面に伏せようとしているのだが、そうなると下半身部が上に上がってしまう。中身は一人なので仕方がない。おまけに上半身が妙にリアルな強面のオヤジになっている。
 「至急戦線を立て直してくれ、このままだと間が厳しくなる」
 ジーワン ジョー(じーわん・じょー)は中央部が前進しつつあることを告げ、これに合わせて固まるように連絡に来た。
 「こっちはどうするんだ?」
 「牽制しながら移動しましょう。腕の見せ所ですよ~」
 ネージュ・グラソン・クリスタリア(ねーじゅぐらそん・くりすたりあ)がやや気の抜けた声で言った。二人は穴を作ってはいけないと考えている。
 中央部が前進しているのでこれに合わせて固まらないと隙間が出来て逆撃を受けてしまう。
 「解った、殿は俺がやる。部隊を固めて随時本隊方向にまとまる」
  松平が言うと二人は這いずって戻っていく。それにしてもジョーの下半身は跳ね上がっているのでとっても目立つ。
 「中はどうなっているのでございましょう」
 シュタールは疑問に思うことしきりである。
 
  戦闘開始1時間強で、次第に中央部が前進し始める。これに合わせて左右の歩兵連隊がラインを形勢するようにスライドしながら中央に寄っていく。次第に布陣全体がくさび形に近いような形になってきた。ラッセル車が雪をかき分けるように敵陣を進んでいく。敵は側面から強襲を掛けたいところだが、困ったことに自分たちの障害物や刺付き蔓が邪魔をして迅速に回り込めない。敵の陣地自体を利用する形で敵を分断するような格好になってきた。このあたり志賀はなかなか腹黒い。