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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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●阻む氷を砕き、進め『アインスト』の諸君


エリア【A】

 狭まった洞穴の入口から、一本道をしばらく進んでいくと、十数人は待機出来そうな広々とした空間に行き当たる。
 その先には、ここからでは8本の分かれ道が先に繋がっているようであった。

「みんな、ここからは何が起きるか分からないよ。みんななら大丈夫だと思ってるけど、油断しないでね!」
 洞穴へ集まった『アインスト』のメンバーの中で、【先行】として入ってきた者たちへ、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が激励の言葉をかける。
「ま、何かあったらあたいとリンネに任せときなさい!」
「カヤノ、リンネさんもあのように言っています、油断は禁物ですよ」
 自分のテリトリーだからか、妙に――といってもいつものことなのだが――自信たっぷりな様子のカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)を、レライアが窘める。
「それじゃみんな、準備はいい? アインスト、しゅっぱーつ!」
 リンネの指示に合わせるように、生徒たちが続々とそれぞれの目的に沿って行動を開始する。
 最奥地に待ち構えているであろう、異常気象の原因を突き止めるために――。

「二度目に来た時も様子が変わってたけど、今度はもっと変わってるね。……えっと、ここは通るの大変そうだね。でもこのくらいなら炎で溶かせば通れるかな? あれ、こっちって前は通れなかったよね? この氷が出来たから通れるようになったのかな?」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)が、かつて二度、この氷雪の洞穴に足を踏み入れていることで得た情報と、今自ら確認した情報とを突き合わせていた。
「んふふ……ここは二度、わたくしと沙幸さんが肌と肌を触れ合わせて温もりを確かめ合った場所ですわね。あの時の興奮をもう一度、とはいきませんの?」
 沙幸の背後から藍玉 美海(あいだま・みうみ)が寄りかかるように、沙幸の手元を覗き込む。もちろん、両の手を首筋と太股に這わせるのも忘れない。
「んっ……ねーさま、今日はマジメなんだからね! ……あっ、今までマジメじゃなかったって意味じゃないよ、今日もマジメなんだよ!」
「ふふふ、可愛らしいですこと。……そうですわね、今日はわたくしも控えておきますわ。沙幸さん、ちゃんとわたくしをエスコートしてくれますわよね?」
 いつもなら桃色な展開が待っているところを、首筋にキスするに留めて美海が沙幸から離れる。
「うん、任せて! ……えっと、うん、こんなところかな。後はこの情報をマップ担当の人に伝えて、っと」
 8本の分かれ道について情報を取り揃えた沙幸が、情報を他の生徒へ提供する。情報は銃型HCを介して提供され、まずはエリア【B】に至る道の把握が為された。
 
 新しく氷が出来てて通れない(冷気が出てるかも!)
 【A3】【A4】【A5】
 
 今まで通れなかったけど、通れるようになった(何かあるかも!)
 それ以外
 
 もたらされた情報を元に、生徒たちが分かれ道へと足を踏み入れていく。


エリア【A1】

「ふむ……何やらこちらからお宝の匂いがするぞえ」
 分かれ道の一本を、ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が自らのお宝センサーの反応に従って突き進んでいく。人化している魔道書がどんどんと先に行ってしまうので、本体を所持しているリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)も必然、先を急がねばならなくなっていた。
(冷気は出てないとの情報だが……何があるか分からないというに、無事で済むのだろうか。しかし、以前に来た時には割と一本道だったはずなのに、どうしてこうなったのだろう)
 マッピングを担当した生徒の話では、最奥地まで一本道であることは確かなのだが、それはエリア【A】のように広場になっている部分と、今リリたちが進む【A1】のように細い道が複数ある部分に分かれているようだ、とのことであった。
(つまり、進めるのであれば、エリア【B】とやらに着く算段か。まったくワケが分からないのだ)
 心に呟いて、そういえば、と続けてリリが心に思う。
(カヤノ、あんなにちびっちゃかったのか? 氷の精霊であるが故、溶けて小さくでもなったのだろうか?)
 本人が聞いたら「うっさいわね!」と問答無用で氷柱をぶつけてきそうだが、あれが普段のカヤノである。アイシクルリングの力を引き出した時に大きくなったのは、カヤノ曰く「おっきい方が強く見えるわよね!」だそうである。大きいものに憧れるのはカヤノがお子様思考だからかもしれない。世の中には色々な価値観があるというのに。
「リリ、何かあるようじゃが、氷が邪魔で行けん。何とかしてたもれ」
 ロゼの言葉で現実に引き戻されたリリが、ロゼが注意を向ける場所へ視線を向ける。リリには何も見えなかったが、ロゼの言う事を信じることにして、行く手を阻む氷の塊――壁ほど厚くはなく、魔法で壊せると判断した上で――に掌をかざす。
「気高く尊く咲いて散る魂。光臨せよ、天上に咲く黄金の薔薇っ!」
 電撃が放たれ、壁を吹き飛ばす。嬉々として向かっていくロゼを待っていたリリは、やがて掌に【四角い水色の直方体】を持って出てきたロゼを見止める。
「ロゼ、それは?」
「何じゃろうな。中で雪の結晶がキラキラしとるのじゃ、高価なお宝かもしれぬぞえ」
 とりあえずそれを仕舞った一行は、続く道を進んでいく。そして空間が開け、二人は一足先にエリア【B】へと辿り着いていた。


エリア【A4】

「へっ、この程度の壁で、俺たちを阻んだつもりかよ!」
 飛び出した氷の柱が先への道を塞ぐ分かれ道で、拳に炎の闘気をたぎらせたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、竜のごとき怪力と身のこなしで柱を殴りつけると、ぴしっ、とヒビが入り、それは全体に広がっていき、やがて弾けるように粉々になって落ちていく。
 他の生徒が氷のないところを選んで進んでいる中、ラルクと秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)はあえて障害のあるところを先に進んでいた。力に自慢のある二人だからこそ出来る芸当だが、結果としてその行動は有意義なものでもあった。
「これでここは進めるようになったな! んじゃ早速地図に……おいおぬし、我が地図に書くまで待てぃ!」
「地図ぅ? んなもん他の奴らに任せとけばいいじゃねぇか」
「バーロー、位置を把握しておくことは大切でぃ! まったく分かってねぇな――うおっと!?」
 やれやれと呟きながら地図を仕舞ったところで、先程壊した氷の柱の根元から、極低温の冷気が噴き出してくる。驚異的な肉体能力でそれの直撃を回避する『闘神の書』だが、噴き出す冷気は瞬く間に周囲の温度を下げる。
「うお、寒ぃ!! だが我慢だ! この程度の寒さで負ける俺じゃねぇ!!」
 心頭滅却と、後は鍛え上げられた筋肉で寒さに抵抗しながら、ラルクが再び拳に炎を宿らせ、噴出口を力の限りぶん殴る。砕かれた氷が口へ落ちていき、冷気と相俟って口を塞ぐ形になる。
「ふぅ……止まったみてぇだな。なるほど、冷気が噴き出すってのはこういうことだったか。放っておいたらここ一帯が凍り付いていたかもな」
「あの氷の柱は、噴き出してくる冷気で出来てたってのかい。んじゃ、他に通れねぇって言ってたところも、同じことになってんのかい」
「……放っておけねぇな。おっさん、場所は分かってるよな。今からそこ行って完全に塞いじまおうぜ」
「おうよ、地図に書いてあっからな! どうだおぬし、地図が大切だってのが分かったろ?」
 そして二人は、同じようにして残る【A3】【A5】の噴出口も塞いでしまう。これで、エリア【A】から【B】に移動する際の、冷気による進行及び撤退の影響は防がれたのであった。


エリア【A6】

「……この音は……どこかで崩落でも起きたのでしょうか」
 聞こえてくる、氷が砕けるような音に、風森 巽(かぜもり・たつみ)が立ち止まってその出処を探る。どうやらエリア【A5】でそれは発生しているようだった。実際のところは、他の生徒が氷の柱を砕いて冷気の噴出口を塞いでいる音なのだが、彼らにそれを知る由は、この場ではない。
「こっちも、崩れやすいところとか、気をつけないとだね!」
 道を同じくしたリンネが、頷いて答える。そして、二人に先行する形で、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)とカヤノが何やら言い争いながら進んでいた。
「ねえ、本当にこれ、キミの仕業じゃないよね!?」
「違うって言ってるでしょ!! いい加減にしないと氷像にするわよ!!」
 二人にとってはいつものことながら、傍から見ればこれで本当にやっていけるのかどうか首を傾げるところかもしれない。
「う〜ん、どうしてティアちゃんとカヤノちゃんはああなんだろうね?」
「カヤノはどうだか分かりませんけど、ティアは随分と心配しているみたいですよ。今日だって、カヤノが事件に巻き込まれたんじゃないかって、思い詰めた顔してましたから」
「だ、だだだ誰が、そんな事言ったよ!? それに思いつめた顔って、どんなですよ!?」
 リンネの疑問に答えた巽の言葉が聞こえていたようで、ティアが動揺して言葉遣いがおかしくなる。
「……何よ、そうならそうってはっきり言えばいいじゃない。あんたが余計なこと言うからあたいもつい口が出ちゃうんだってば」
 カヤノの呟きに、リンネがあれ? と首を傾げて問いかける。
「精霊さんって、人の心読むの得意なんだよね? ということは、カヤノちゃんはティアちゃんの思ってること、分かってるんだよね?」
 その言葉に、ティアがバッ、と赤くした顔をカヤノへ向ける。問い詰めるようなその視線を受けて、カヤノの口が開かれる。
「そりゃあ……分かってるわよ。分かってるけどね、言われたら言い返しちゃうのがあたいなの。だから……そういうことだからね!」
「ど、どういうことだよ!? もう……行くよ!」
 ぷい、とそっぽを向いて、ティアがすたすたと進んでいく。
「ああほら、一人で行くと危ないですよ」
 その後を巽が追いかけ、隣に立ったリンネに微笑みを向けられて、カヤノがやはりぷい、と視線をそらして二人の後を追った。


エリア【A7】

「……なるほど、巽さんとティアさんが先行してしまったので、離されてしまった、というわけですね」
「はい……この道だと思って、入ろうとしたお二人に同行をお願いしたのですが……」
 分かれ道を進む志位 大地(しい・だいち)に、レライアが事情を説明する。当のカヤノは別に、イナテミスに行く時に置いていかれたことを根に持っているわけではなく、単にティアとのドタバタに巻き込まれている間に忘れてしまっただけのことであるが、そんなことを知らないレライアはちょっぴり不安そうである。
「……今、連絡がつきましたよ。この隣の道を進んでいるそうです。この先の広場で合流できるといいですね」
 大地が、連絡をとって彼らの所在を明らかにする。大地の言葉に、レライアは幾分安心したようである。
「ねえ、レライアって、氷を司る精霊なのよね? 私も氷の術を行使する魔道書として興味があるの、お話させてくれない?」
「あっ、えっと……は、はい、よろしくお願いしますっ」
 周りのものが氷属性なものばかり、さらにはレライアという存在がいることに少々興奮気味のメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)に話しかけられ、恥ずかしがりながらもレライアが応じる。
「カヤノは氷を集めて大きくして飛ばすのが得意ですけど、わたしは薄く小さくして飛ばすのが好きなんです。この方が綺麗ですし……どこか、わたしにピッタリかな、って」
 そう呟いて、レライアが掌に集めた氷の欠片をふっ、と息で吹くと、小さな吹雪が前方に舞い上がる。
「なるほど……同じ氷結の精霊であっても、使う術には違いがあるのね。ますます興味深いわ」
 道中、さしたる危険がなかったこともあって、二人の会話は少しずつ弾んでいく。
(おやおや、普段はクールな千雨も、今はまったく面影がないですね)
 口数多く、時に身振り手振りまで交えて会話する様は、どこか外見年齢相応にも見えた。むしろ儚げな印象を崩さないレライアの方が、外見年齢以上に大人びて見えた。
「二人とも、出口が見えてきましたよ。どうやら他の方も辿り着いているようですね」
 二人を暖かく見守っていた大地が、前方を指差す。
 エリア【A】は、生徒たちの手によって踏破された。