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リアクション
エリア【B】
ここも、場所としては十数人が滞在出来そうな広々とした空間で、分かれ道のように冷気が噴き出してくるようなこともなく、生徒たちは中継地点として利用していた。
「大丈夫か、怪我はしていないか? この環境では少しの怪我でも致命傷に繋がるかもしれない、どんな小さな怪我であっても放っておくような真似はしないでくれ」
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が、分かれ道を伝ってやって来た生徒へ自らの経験と、現在の環境を鑑みて注意を促す。声をかけられた生徒はしばらく逡巡した後、転んだ時に腰をぶつけたようだと申告する。
「よし、分かった。今治療するから、しばらくじっとしていてくれ」
涼介が生徒の患部に手を当て、癒しの呪文を行使する。光が吸い込まれるように消えていき、ややあって生徒が楽になったと告げる。
「他にも、気になることがあったら遠慮なく言ってくれ。まだ先は長いはずだ、万全の準備で行こう」
涼介が生徒たちに呼びかける一方で、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)はここに来るまでの8本の分かれ道と、ここからさらに奥へ行くやはり8本の分かれ道を見て回り、生徒たちにとって脅威となる存在が潜んでいないかを警戒していた。
(私じゃ調査に向かないから、調査出来る人達が安全に調査できるように見張ってるよ)
分かれ道を少し進んでは戻るを繰り返して、冷気が噴出している箇所はどこか、安全そうな分かれ道はどこかをチェックしていく。そして、先行して潜った生徒たちが全員無事にエリア【B】に到着したことが確認された時には、冷気の噴出口が確認出来る、凹凸の有無が確認出来るなどの条件で、通りにくそうな道と通り易そうな道の判断がつけられていた。
通りにくそうな分かれ道
【B5】【B6】【B7】
通り易そうな分かれ道
それ以外
これらの情報を共有した生徒たちが、次のエリア【C】に向けて一歩を踏み出す。
洞穴はまだ奥へと、生徒たちを誘っているようだ――。
エリア【B5】
凹凸を乗り越えて進んだ先に、まるでシャワーのように噴き出す冷気の噴出口を見つけて、鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)が不敵に微笑む。
「氷を自在に操れるカヤノさんが羨ましい限りですな。氷結の精霊の生み出す氷は、私のとどう違うのか是非見てみたいですな」
カヤノが言うには、人間の用いる氷術は『二度手間』らしい。水を冷やして氷を作って用いるところが二度手間だそうだが、人間にはそれが理解出来ない。ちょうど、英語を日本語に直してから考え、日本語からまた英語にして返すのと似ているのだろうか。
「カヤノちゃんねえ……今どこにいるのかしら。で、吹笛、これをどうするのかしら」
銃を携えたエウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)が、止むことなく吐き出される冷気の噴出口の様子を伺いながら呟く。
「他の者と共に別の道を進んでいるのでしょうな。もちろん塞ぎますよエウリーズさん、周りから障害が出ないか見張っていてください」
「ええ、分かったわ」
エウリーズが背後に警戒の目を向けるのを背中で感じ取って、吹笛が噴出口に掌を向ける。
「霙吹雪……」
その瞬間、吹笛の周囲を霙の吹雪が包み込むように巻き起こる。【霙使い】を自称するだけあって、制御も心得ていた。他の箇所に付着しないよう、ピンポイントに噴出口だけを塞ごうと試みる。
「荒ぶあなたよ、安んじよ。凍てる霙は現し身を廻る痛みを眠らそう」
吹笛の口が呪文を告げ終えると同時、勢いを増した霙が冷気の噴出に打ち勝ち、冷気を吐き出していた口は奥まで、霙が詰め込まれ固められ、二度と冷気を吐くことはなかった。
「終わりましたよ。エウリーズさん、そちらはどうですか?」
「特に異常はなかったわ。それじゃ、先に進みましょうか」
エウリーズが先に歩き出そうとするが、吹笛は何かを思い至ったようで、その場から動かずに口を開く。
「そういえば、ここの他にも冷気の吹出口があるそうですな。そこも塞いでしまいましょう」
「いいけど……寒くないの? 私は少し寒くなってきたわよ」
エウリーズの問いに、何を言うのかと言わんばかりの表情で吹笛が笑う。
「私は雪女ですよ? この程度の寒さ、何てことはないですな、ひぇっひぇっ」
「……雪女かどうかはいいけど、その笑い声はどうにかならないのしから……」
少々呆れた様子のエウリーズを置いて、吹笛は他の冷気の噴出口へと向かっていく。
そうして、エリア【B5】に続き、エリア【B6】、エリア【B7】にあった噴出口も塞がれ、生徒たちの安全が確保される結果となった。
エリア【B8】
「さて、そろそろ行くか。いい感じに手もあったまって来たことだしな。解きがいのある罠なんてあれば面白そうだな」
手を温めていたカイロを仕舞って、ゲー・オルコット(げー・おるこっと)が周囲の調査に入る。その後ろから、ドロシー・レッドフード(どろしー・れっどふーど)が分かれ道の情報を銃型HCに記録しながら、同時にペットの狼に周囲の調査をさせていた。寒さの中でも狼は、ビーストマスターであるドロシーの指示に答えるように、何か変わったところがないかを鼻をうごめかせて探していた。
「感じだとこっちの方に何かありそうなんだが……む」
自分の内に流れる感覚を頼りに進んでいたゲーが、何かを目にしてふと立ち止まる。すぐもしないうちに狼が寄ってきて、そして後を追ってきたドロシーと合流する結果になる。
「何か見つかりましたか?」
尋ねるドロシーに、ゲーが指差して答える。
「あそこに、いかにも押してくださいと言わんばかりの突起があるんだがな、ここからでは入り組んでいて行けそうにないんだ」
ゲーの言う通り、遠くの壁に『押しちゃダメよ♪』と張り紙がしてあってもおかしくないほどに怪しい突起があったが、そこまでの道のりは人が入っていけるような場所ではなかった。
「狼に押させましょうか? 狼なら入っていけそうですし」
命令を下そうとするドロシーを、ゲーが制する。
「待て、途中に罠があった場合、取り返しの付かないことになる。……そうだな、幸い道具ならここに大量にある、器用なところを見せてやるとしようか」
言ってゲーが、近くにあった氷の欠片を掴み、竜のごとき力を込めてその突起へと投げつける。本人としてはこの案は「ちょっとカッコいいんじゃね?」といった軽い思いつきからだったのだが、日頃の行いがいいのか、それとも解除されることを端から想定していたのか、欠片は見事に突起に当たり、突起が押されると同時に音が響いた。
「な、何が起きたのでしょう」
「……見た目には辺りに変化はないな。ここから先、もしくは後で新たな道が開けたって感じだな」
段々面白くなってきたように、ゲーが指をわしゃわしゃと動かしながら呟く。
二人の行いによって、エリア【E】で道を塞いでいた氷柱が壊れた。
エリア【B1】
「わーい、レライアおねーちゃんといっしょだー! ねーねーレライアおねーちゃん、お菓子食べるー?」
「えっと、その……あ、ありがとう……」
ここが事件の中核であることを微塵も気にしていないような素振りで、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が同行するレライアに持ち込んできたお菓子を振る舞う。その能天気にも映る素振りに戸惑いながらも、屈託の無い笑顔を曇らせるのも悪いので、レライアがそれを受け取る。
「探索の方は任せますわ。わたくし達が罠に引っかかることのないようにしてくださいね」
「ええ、分かりました」(本当は後ろから行きたかったのですけど……)
言い聞かせるように言葉を発したエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が振り返り、先に行くノーンを追いかける。その背中を見遣って、影野 陽太(かげの・ようた)がそっと溜息をつく。
(ええと……今のところ罠らしきものも、危険そうなものもなし、かな)
とはいえ、二人+レライアが危険に晒されるような真似は陽太自身も望んでいないので、銃型HCに映し出される情報と自らの感覚を頼りに、前方及び周囲に危険な仕掛けや存在がないか気を張らせる。前方では、女三人の姦しい……いえ、賑やかな会話が展開されていた。
「今度はカヤノおねーちゃんとも遊びたいな!」
「そうね。……でも気を付けた方がいいわ、カヤノは思い通りにいかないことがあるとすぐ怒るから。怒ったカヤノは例え同属の精霊でも容赦しないわ」
「うわー、こわーいっ」
「もしその時は、わたくしがノーンを守って差し上げますわ。炎の術なら勝機も見いだせるというもの」
「わーい、おねーちゃん頼もしーい!」
「……うん、最近はカヤノも周りを見て行動できるようになってきたみたいだし……ノーンさん、カヤノと仲良くしてあげてね」
「うんっ!}
他愛もない、それでいて穏やかな会話を、陽太が自身も楽しげに見守る。状況は緊迫の一途を辿っていることは確かだが、その中でもパートナーが楽しんでいることは、それだけで嬉しいことだから。
(……うん、出口が見えてきたみたいですね。とりあえず、何事もなくてよかったです。後は出た先の安全確保ですね)
銃型HCに映し出される情報が、分かれ道の終わりを示していた。陽太一行はいち早くエリア【C】に到達し、広く取られた空間の安全を確保するべく行動を起こしていった。
エリア【B2】
「う〜、レライアちゃん先に行っちゃったみたいですぅ。……くちゅんっ!」
分かれ道を進む神代 明日香(かみしろ・あすか)が、今は隣の分かれ道を進んでいるはずのレライアをぎゅむ、と抱き寄せる真似をして、可愛らしくくしゃみをする。
「明日香さん、やはりちゃんとした防寒対策をした方がよろしいのでは?」
「メイドとしての嗜みだそうです。私は着させてもらいますが」
メイドとしての職務を忠実に全うしようとする意思の表れか、これといった防寒対策をしていない明日香を、暖かそうな服を着込んだ神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)が心配する。その横でやはり防寒着を着込んだノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)に至っては、温まるからとお酒まで嗜んでいた。
「う〜、柔らかくて温かいエリザベートちゃんはどこですかぁ〜。……くちゅんっ! くちゅんっ!」
ついつい本音をこぼしながら、明日香がくしゃみをしつつ分かれ道を進んでいく。こんな調子でも無傷でいられるのは、夕菜が銃型HCで情報交換をして安全そうな道を選んだりしていたことも一つ要因である。
「くちゅんっ! ……あれぇ、何か光ってますねぇ」
「えっ、どこどこ?」
「明日香さんの鼻水では……ないようですね。何でしょう、あれは」
夕菜に鼻水を拭いてもらった明日香が指差すそれは、氷の壁と壁の間の細い道の先に、ともすれば周りの氷に消え入りそうな水色の光を放っていた。
「うーん、私では通れませんねぇ。ノルンちゃんなら通れそうですねぇ」
「……そうですね、わたくしではちょっと無理ですわね。ノルンさん、お願いできますか?」
「はぁ……分かりました、何かあったらすぐ戻ってきちゃいますからね」
二人に頼まれて、渋々といった様子でノルンが細い道をむずむず、と進んでいく。背丈の小さな子がこのように進んでいく様は萌え……もとい、健気である。
運良く何事もなく光の発信源に到達したノルンは、そこで【四角い水色の直方体】を両手に抱え、落とさないようにして来た道をよいしょ、よいしょと進んでいく。やはり萌え……いや、健気である。
「うーん、これは一体なんでしょうねぇ?」
「中に氷の結晶が……綺麗ですわね」
とりあえずそれを仕舞った明日香は、その後も世迷い言のようにエリザベートの名を呟きながら、エリア【C】に至る道を進んでいくのであった。
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