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リアクション
●近付く目的地、そして不気味な気配
エリア【C8】
「ガイアスさん、そっちじゃないです、こっちです」
今から向かおうとする方向とは反対方向に向かおうとしたガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)を、七尾 蒼也(ななお・そうや)が引き止める。一面が氷の壁に囲まれた世界は、ともすれば方向感覚を失いかねない。今回の場合はもしガイアスがそのまま間違った方向に進んだとしても、彼の持つ銃型HCが知らせてくれるのだが、それよりも早く蒼也の声がかかったという次第である。
「よし、行こう、ジーナ」
「はい、よろしくお願いします、蒼也先輩」
改めて自分たちが進もうとする分かれ道の前に立ち、隣に立ったジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)に頷いて、蒼也が足を前に進める。
エリア【D8】
その道は、これまで彼らが通ってきた道よりも険しかった。一度生徒たちが通った道とは違い初めての道であることもそうだが、やはり最奥地が近付いていることも原因の一つであるように思われた。
(身を切るような冷気に加え、我等を阻む氷の壁……一時も気が抜けぬな)
得られた情報に自ら感じたことを付け加えつつ記録していくガイアスの前方では、先に足場の上に乗った蒼也が足元のジーナが登り易いように手を貸していた。
「ふぅ……これでやっと半分くらいか。今まで通った道よりも長く感じるな」
登り終えた先で、蒼也が銃型HCの情報と周囲の状況とを照らし合わせながら現在地を確認する。実際、エリア【D】までかかった時間の半分の時間が既に流れていた。だからといって急いては、この奥にいる何か――蒼也は狂った獣の存在から、この洞穴の中で目覚めた何かが獣を狂わせているのではという推測を立てていた――への対処がままならなくなる可能性がある。
「蒼也先輩、ここで少し休憩を取りませんか? ここなら少しは安全そうですし」
周囲に感覚の目を張らせていたジーナが一息ついて、蒼也に提案する。今のところは噴き出す冷気も、迷い込んだ獣の気配もない。
「そうだな、そうしよう。……俺、ちゃんとやれてるかな? 何か、ジーナの方が経験ありそうで、俺、足手まといになってないかな」
「そんな! そんなことないですよ。蒼也先輩が引っ張ってくれるから、私も頑張れるんです」
「そっか、そうならいいんだけど」
言って視線を逸らす蒼也、頭の中には色々なことが巡ってくる。シャンバラを揺るがす『闇龍』のこと、その中で自分には何が出来るのかということ――。
瞬間、鼻をくすぐる甘い香りが、蒼也の思考を断ち切る。目を向ければ、ジーナがマグカップを差し出していた。
「どうぞ。暖まりますよ」
ありがとう、と呟いてカップを受け取った蒼也が、口を付ける。溶けたチョコレートが身体に染み渡るように広がっていく。
「……うん、暖まるな。ジーナも一口飲む?」
「はい」
蒼也から戻ってきたカップを受け取って、ジーナが口を付ける。吐き出された息が白く立ち上り、すぐに消える。
「……暖まりますね」
それから二人の間を、言葉とカップが行き渡り、身体と心を癒し暖めていく。そしてカップが空になる頃には、二人ともすっかり元気を取り戻していた。
「よし、行こう。ここを抜ければ、目的地はもうすぐだ」
自らを含めて奮い立たせるように蒼也が言って、一行は調査を再開する。
エリア【D2】
「にゅ〜、寒いですねー……ウィルー、こっち来て暖まりますですよー」
分かれ道に入ってしばらくもしない内に、シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)が背中のリュックを開いて中から炭を取り出し、火術で火をつけようとする。
「おい、休憩ポイントはまだ先だ、予定を乱すな、列を崩すな。……まったく、こいつらと来たら相変わらず……」
それをヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が引き止め、所定の配置に連れ戻す。その後もあっちへウロウロ、こっちへフラフラとするシルヴィットにそろそろヨヤがウンザリしてきたところで、前を歩いていたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が足を止める。
「おっと、これが情報にあった冷気の噴出口ってヤツか。結構勢い良く噴き出してやがるな」
壁に開いた亀裂から噴き出す冷気、一応塞がなくても通れなくはないが、ウィルネストはしばらく唸った後、塞いでしまうことにした。
「氷術で埋めちまうのも手だが……せっかく氷のスペシャリストがいるんだからな」
ウィルネストが不意に顔を歪めると、今来た道に向かって声を張り上げる。
「バーカバーカ、カヤノのバーカ!! 9まで数えられるモンなら数えてみな!」
氷のスペシャリストでありそしてウィルネストのケンカ友達であるカヤノを挑発すれば、でっかい氷を生み出して埋めてくれるだろう、ウィルネストの中にはそんな思惑があった。
「……おまえの考えてることは何となく分かった。俺はおまえの方がよっぽどバカだと思うぞ」
呆れ返るヨヤより少し離れたところでは、シルヴィットが炭で暖を取っていた。そして、氷の上を音もなく滑ってきたカヤノの存在には、この場にいた誰も気づくことはなかった。
「あれおっかしいな、もしかして寝てんのか――ッ!?」
首を傾げたウィルネストを衝撃が襲い、次の瞬間には吹き飛ばされたウィルネストが冷気の噴き出す亀裂に頭から突っ込む。寒いというか痛いというか、そんな感覚を感じる間もなく、ウィルネストの身体は氷に包まれる。
「いっつもギャーギャー言ってんのもバカらしいから、今日は静かにしてやったわ! そこでしばらく反省してなさい!」
また戻っていくカヤノの背中を見送って、ヨヤが盛大に溜息をつきかけたところで、冷気が遮断されたことでクリアになる前方の視界の端に、水色に光る何かを見つける。
「……む、あれは何だ」
その、高い位置にあった【四角い水色の直方体】を、ヨヤが凍りついたウィルネストを踏み台にして飛び上がり掴み取る。
「……ふむ、中の氷が光を発していたのか。何かは分からないが、何かの価値はあるのだろう」
手に入れたアイテムを仕舞い、また溜息をついてヨヤが凍りついたウィルネストを引き剥がし、冷気が噴き出す前にその場を離れ、一本道なのをいいことにウィルネストを蹴り飛ばす。
「わー、ウィルー、楽しそうです」
「……おまえ、よくそんなことが言えるな」
スケルトンのように分かれ道を滑走していくウィルネストを、シルヴィットが心底楽しそうな表情を浮かべ、ヨヤが今日で何度ついたか分からない溜息をついた。
エリア【D5】
「レライアさんは、この先に何か感じるものはありますか? 例えばアイシクルリング以外の力など」
「はい……何か、とは言えませんけど、何かの力は感じます。リングの力とはまた違った、そして……何かとてもよくない気のする力をわたしは感じます」
分かれ道を進みながら、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)がレライアに尋ねたことを思い返す。抽象的な回答しか出来ないことを申し訳なさそうに、表情を落ち込ませながら告げたレライアの表情が最後に浮かんで、消える。
「結局のところ、理由は何なんだろうね。行ってみれば分かるんだろうけど……あー寒いのはヤダヤダ」
身体を震わせながら、ナナの後ろで周囲を警戒していたズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が呟く。確かにこれだけの氷に囲まれて、寒くないはずがない。マジックアイテムの一つに『冷たくない氷』というものがあるらしいが、一体何の意味があるのだろうかと考えさせられるアイテムである。
「……この辺りは、前回探索した時とほとんど異なっていますね。これほど入り組んでいませんでしたし、それに――」
周囲へ視線を飛ばしていたナナが、ふと洞穴の天井へ意識を集中させた一瞬、足が薄くなっていた氷をぴし、と踏み抜いてしまう。するとまるでそれに呼応するように、広範囲にヒビが広がり、やがて砕け散った欠片が開いていた亀裂へと吸い込まれていく。
「ナナ!?」
沈み込んだナナの身体を見遣って声を上げたズィーベンが手を伸ばす。ナナはズィーベンの手を掴む――ことなく、崩壊しそうになった氷を蹴って飛び上がり、空中から垂れ下がる氷柱をもう一度蹴って安全な場所まで辿り着く。
「はぁ……危ないところでしたね」
「ホントだよ〜、もう、驚かせないでよね。……にしてもナナ、踏んだ氷が割れたってことは、もしかして太――」
ズィーベンの言葉が最後まで紡がれることなく、ナナの鋭いツッコミが飛ぶ。
「乙女に体重を聞くのは失礼ですよ」
「うぅ……こんなことする子が乙女なはずないじゃないか……」
反論しようとしたズィーベンだが、ナナに視線を向けられ何も言ってないとばかりに視線を逸らす。
「これでは先に進めませんね。皆さんにもここであったことをお伝えして、通らないように言っておきましょう」
銃型HCに必要な情報を登録して、そして二人は来た道を引き返し、別の道からエリア【E】を目指したのであった。
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