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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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エリア【F】

 その場所は、他のどのエリアよりも広く、そして冷たかった。
「レライアと初めて会ったのは、この洞窟だったよね。あの時は、アイシクルリングの影響で街が氷漬けになったりこの洞窟が吹雪いたりしていたんだと思ってたけど、この状況を見る限り、そうじゃないみたいだね」
「はい……」
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)の言葉に、答えるレライアの返事は重い。
「……そういえば、先にリングを装備していたのはカヤノだったよね?」
「そうね。何かあたいよりレラの方が力を引き出せるみたいで、任せてるの。ま、そんなのあたいには必要ないけどね!」
 泡の問いに答えるカヤノの語尾には、嫉妬にも似た感情が潜んでいることに、泡の上で暖かくしていたリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)が気付いたような表情をしたところで、エリアに辿り着いた生徒たちをこれまでで最も大きい地響きが襲う。
「わわわ!? こ、こんなところで地震が起きたら、天井が崩れちゃうよ〜」
 頭を抱えて慌てるリンネの心配は、杞憂に終わった。天井からは何も落ちてこない。

 しかし、それよりも遥かに危険な存在が、辺りに立ち込める冷気のようにそっ、と忍び寄っていた。

「! 見て、あれ!」
 泡が示した先に、カヤノとレライアは見覚えがあった。そこはかつて、レライアがアイシクルリングの力に取り込まれた時に居た場所である。今そこには、あの時と同じように高々とそびえる氷の建装物が、立ち込める冷気の中から現れていた。
 いや、正確には建造物ではない。建造物の中心となる位置には、水色の一対の光をたたえたまるで『目』らしきものがあり、その下には『口』らしきものがあり、立ち尽くす生徒たちを威嚇するように見据えていた。

「ああっ……」
 水色の光がレライアに向けられたと思った瞬間、レライアのしていたリングが強烈な光を放ち、レライアがその場に崩れ落ちる。
「レラ!?」
 駆け寄ったカヤノがレライアに肩を貸す。息を荒くつきながら、レライアが何かを思い出したように呟く。
「あれは……そう、あれはリングに巣食っていた悪い意思……わたしがここから解放された時には感じられなかったから、消えてしまったと思っていたのに……いいえ、待っていたのね。あなたは再び動き出す時を。あなたが従えるべき主、『闇龍』が現れるのを――!」
 その声に答えるかのように、水色の『目』が明滅し、そして『口』から全ての生物を震撼させるが如き咆哮が放たれる。
 それは生物の頂点に立ち、生物の本能に畏怖を抱かせる存在、『龍』に例えられようか。
「氷と共にある、そう、それは『氷龍メイルーン』と呼ばれるもの……」
「レラ、ねえ、何がどうなってるの? 何よあの化物、あんなの倒せっていうの!? 無理に決まってるじゃない!」
 すっかり弱気になってしまったカヤノへ振り向いて、レライアが自らのしていたリングを外して、カヤノに嵌めてやる。
「な、何のつもりよ、レラ――」
「カヤノ……わたしには分かる。カヤノこそ、このリングの本当の持ち主だって。カヤノならきっと、一人でもリングの力を引き出せる。……ううん、カヤノは一人じゃないよね。リンネさんもいる、それに、慕ってくれるたくさんのお友達もいる……」
「……レライアちゃん! レライアちゃんだって一人じゃないよ!? どうしてそんな、まるで今すぐにでもバイバイしちゃうような――」
 声を荒らげるリンネを制して、レライアが微笑む。
「いいえ、そんなつもりはありません。ですが、あの敵に対抗するには、中から滅するための力を加えることが必要なのです。あれはリングの力を引き出すことのできるわたしとカヤノを狙っています。取り込まれたように見せかけて中に入り込めば、あれの力を多少は抑えることが出来るはずです。……ですが、時間がかかれば、わたしはあれに本当に取り込まれてしまうでしょうけど」
「……バッカじゃない!? そんな勝手なことさせないわよ!! あの時だってそうじゃない!! どうしてレラは一人で持っていっちゃおうとするのよ!! あたいがそんなに頼りないの!! ねえ答えてよレラ!!」
 普段から口が荒いカヤノが、それでもレラにだけは向けることのなかった感情をむき出しにして吼える。
「……そうですね。わたしも昔のミーミルさんと同じことをしようとしていると思います。でも、これでもわたしは、わたしがいなくなっちゃってもいいなんて思っていませんよ? 必要なことはしなくちゃいけないと思うんです。……これは、かつて闇龍の配下にあった『氷龍』を封じたわたしたち精霊が、5000年の歳月の果てに決着をつけなくちゃいけないことなんです。皆さんには迷惑をかけてしまうと思いますけど……わたしも、もっと人間と精霊とが仲良くしているところを見たいです。わたしだけ見られないのは、嫌ですよ」
 そう言って、目尻に涙を浮かべながら微笑むレライア。その表情に悲壮感はない。
 ただあるのは、未来に対する希望のみ。

「では……行ってきます」

 まるで遊びに出かけるかのようにレライアが呟いて、その身体が突き出した氷に囚われ、氷は地面の奥底へと消えていく。
 レライアを取り込んだメイルーンは満足そうに一声鳴き、そして次の捕食対象を周囲で見守っていた生徒たちへ向ける。
 呆然と立ち尽くすカヤノなど目にもくれず――。

「…………ちょっと、あたしを無視するなんて、いい度胸してるじゃない」

 カヤノの呟きが地面に跳ね返ったその直後、光の消えたリングが再び輝きを取り戻す。
「……バカだわ。みんなバカよ……でもね、一番バカだったのはあたし。自分の力がどれほどかも分からないで、適当なこと言ってレラを困らせて、リンネにも、あたしに付き合ってくれた人にも迷惑かけて……何よ、バカって言う方がバカなんだって、本当だったのね……一つためになったわ」
 リングを嵌めた手から冷気が立ち込め、それは一本の剣の形を取って固まる。ひゅっ、と切っ先をメイルーンへ向けたカヤノの姿は、かつてイナテミスを襲った時の姿、いや、それよりもさらに成長を遂げているようだった。
「でもね、あたしだっていつまでもバカじゃないわ!! レラがいなくたって、あたしはやれる!! あたしがいつまでもバカやってたら、レラもリンネも困っちゃう!!」
 今までにない強い表情を見せ、カヤノが吼えるメイルーンと対峙する。
「レラが教えてくれた……このリングは、精霊を束ねる長の器を持つ精霊が持つんだって。あたしがそうなのかって言われても、あたしはまだまだバカだから分かんない。……だけど、レラはあたしに言ってくれた。リンネはあたしを信じてくれる。だから、あたしは……あたしは!」

 リングが強烈な光を放つ。
 まるで凍りつくように、リングがセリシアの親指に嵌った。

「あたしは【氷結の精霊長】、そしてリンネのパートナー、カヤノ・アシュリング!

 ムカつく氷で邪魔してるメイルーンだか何だか知らないけど、こっちにはあたしとレラとリンネとその他いっぱいの思いがあるの!!

 あんたなんて粉々になって消えちゃえばいいわよ!!」