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世界を再起する方法(第2回/全3回)

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世界を再起する方法(第2回/全3回)

リアクション

 
 
Scene.6 貪欲なる
 
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)による、教導団による保護という提案を了承したヨシュアだったが、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)
「でも、”真竜の牙”を皆が持って来た時、ゴーレムを完成させる人がいないと、困るよねえ。
 博士もいないんだし」
と言ったので、保護は保留となり、クレアはその作業が完了するまで、ヨシュアの護衛をすることにした。
「仕方あるまい」
と呟き、クレアはヨシュアに『禁猟区』を施す。
「何かあったら、小さなことでも私達に言うことだ」
 言うと、はい、とヨシュアは頷く。
 とりあえずは、もうヨシュア個人が狙われることは無いだろうとクレアは判断していたが、懸念もあった。
 ”真竜の牙”のことが教導団内部の下手な幹部にでも知れて、逆にヨシュアやオリヴィエ博士が狙われる事態になるかもしれない、という可能性を考えたのだ。
 無敵の装甲。それは教導団にとってかなり魅力的なものだろう。
 だが、強い武器が必ずしも正しい者の手に渡るとは限らないのだ。
(慎重に行動しなくては)
 クレアは、しばらく状況を見届けようと判断しつつ、心の中で自分を律する。
 例え遠からず広まる情報だとしても、慌てて曝すべきことではない。
 ”真竜の牙”に関する教導団への報告も、少しの間見合わせることにした。


「今更改めて言うことではないが」
 既に充分に理解していることだろうしな、と、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が、ヨシュアに念を押す。
「おまえが敵に捕まれば、情報を知られるだけでなく、囮、人質など、様々な方法で利用されかねぬ。
 自重して警戒を怠らぬことだな」
「迷惑をかけてすみません」
 申し訳なさそうに言ったヨシュアに、ふん、とイーオンは瞳を眇めた。
「暫くの間だ。おかしな博士の下についたのが不幸だったな」
 ふい、と身を翻し、しかしあまり距離を取らずに側にいるように心がけた。

 護衛には、弥十郎と、パートナーの仁科 響(にしな・ひびき)もつく。
 何しろ、再び襲撃があるかもしれないという懸念が、かなり可能性の高いことになったからだ。


「やっぱり、必要なかったですか」
 苦笑したヨシュアに、
「そういうわけじゃないんだけどね」
と、黒崎 天音(くろさき・あまね)は言った。
 彼の手には、ヨシュアからコハクに託された女王器がある。
 つまり女王器は、元の場所に戻されたのだ。
「単に、コハクが持っているよりも誰か他の人が持ってた方が安全じゃないかな、ってことになって、僕が持っているだけで。
 で、女王器関係無しに、僕が君に会いに来たいと思っただけで」
「僕に何か?」
「訊きたいことが、いくつかあってね」
「僕に答えられることであれば何でも」
 話し易いように、とりあえず中に入りましょうか、と、ヨシュアは天音を仮住居である飛空艇内に促す。
「じゃ、ブルーズ、行こうか」
 天音は、横で呆然と佇んでいるパートナーに声をかけた。

 今度はオリヴィエ博士宅に行く、と聞いた時から、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は嫌な予感はしていた。
 片付けは進んだのだろうか、と思った先から、敷地内が風雨に晒されて更に酷くなって行く映像しか脳裏に浮かばなかったからだ。
 そして、実際に来てみたら、想像を遥かに越える惨状。
 地面はばっくりと穴開き、その地下も半分以上瓦礫で埋まり、元々真っ直ぐではなかったけれども、更に傾いた飛空艇。散らばる瓦礫。散らばるゴーレム。
「じゃ、ブルーズ、行こうか」
 声を掛けられるまで、ブルーズの脳内は、この絶望的な事実を受け入れようと葛藤していたのだった。


 弥十郎などのヨシュアの護衛は、概ねヨシュアの周囲に固まっていたが、イーオン・アルカヌムのパートナー、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)は、飛空艇の外、庭の敷地よりも外側にいて、襲撃を警戒していた。
 警戒しつつ、時々、主であるイーオンの方へも注意を向ける。
 今は飛空艇内に入っているが、イーオンは窓辺に座って、本に目を通しつつ、外の様子も注意しているようで、その姿が見える。
 定時連絡時間には五分ほど早いが、アルゲオは携帯を取り出した。
 イーオンの横に、もう1人のパートナー、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)がぴったりとひっついているからである。
 特にヨシュアの護衛を怠っているわけではないのだが、主一筋のアルゲオがイーオンから離れている間にフィーネは、ちょっと遊んで、
「近くに居て咄嗟の事態に備える」
という名目でイーオンにくっつき、彼の腕に手を絡めたりなんかしてみているのだった。
 そんなイーオンが、携帯を取り出す。呼び出しだ。
「何か問題は」
「いえ、特に問題はありません」
 イーオンとアルゲオが連絡を取り合う。
「しかし」と、アルゲオは続けた。
「フィーネは少々イオに近づき過ぎと感じます。警護任務にきたすと思われますが」
「伝えておこう」
 双方終始淡々とした口調のまま、定時連絡は終わる。
「何か問題が?」
 携帯を切ったイーオンにフィーネは訊ねた。
「襲撃の気配は感じられない」
 イーオンは答える。
「ただ、フィーネの態勢は有事の際に瞬時に動ける範囲を逸脱しているのではないかと」
 どうやら、あのパートナーはちょっと怒っているらしい。
 フィーネは窓からアルゲオの姿を見て、小さく笑った。
 どうやらやり過ぎたようだ。
「了解した。少し調子に乗ってしまったようだな。自重しよう」
 ちょっと名残惜しかったが、素直にイーオンから腕を離した。


「というわけで、”真竜の牙”が『聖なる水』なんじゃないかと大胆予想をしてみたんだけど」
 女王器を示しながらの天音の言葉に、ヨシュアは唸った。
「僕にはそうとも違うとも言えないんですけど……」
 つまり知らない。
「そもそも、『女王器』の名に皆躍らされ過ぎだ」
 ブルーズが軽く頭を振った。
 女王器にも色々ある。不思議な力を持つものも、ただ女王器という名がついているだけのものも。
 ガラクタに過ぎないものすらあるのだ。
 共通するのは、”かつて女王の持ち物だった”ということだけである。
「情報が錯綜しちゃってるよね」
 仕方ないことだけどね、と、天音は肩を竦める。
「博士は、聖なる水が何か知っていたのか?」
「うーん、それは多分、知っているでしょうね、あの人のことだから……」
 ブルーズの問いに、ヨシュアは疲れた笑みを浮かべた。
「……素朴な疑問だけど、以前から気になっていたんだけど、君、どうして博士の助手になったんだい?
 随分苦労しているみたいなのに」
「……えーと、きっかけは、有名なゴーレム博士の自宅兼研究所が空京郊外にあると聞いて、是非一度お会いしてみたいなと」
 空京の町で、詳しい居場所や人物についての噂を聞いた時に、怪しいと思っておくべきだったのだ。
「ああ、あの変人さんね」
 という返答も、学者は個性的な人が多いというから、と、受け流していた。
「訪ねて来た時、家中荒らされていて、干からびた死体が転がっていて、一瞬、強盗殺人があったのかと……」
 しかし死体かと思っていたのはラウル・オリヴィエ博士本人だった。
 死体が動いた瞬間の、心臓が止まってこっちが死体になるんじゃないかと思った衝撃は忘れられない。
「聞けば、ゴーレム制作に没頭していて、10日くらい食事をすることを忘れていたと……。
 しかもこんなことが初めてじゃないと……」
 へらりと笑ってそう言われたその瞬間、ヨシュアは思ってしまったのだ。
 ああ、この人誰か面倒見てあげる人がいないとその内本当に死ぬ。
「……なるほど」
 深い同情と共に、ブルーズは頷いた。
 同情というか、同病相憐れむ、でもいいかもしれないと思う。
 つまりヨシュアは、捨て猫と目が合ってしまい、放って行けなかったというアレなのだろう。
 善人であるがばかりに、貧乏くじを引いてしまった。
 ちなみに部屋は荒らされていたのではなく、掃除をしたことがないとのことだった。
「だから、雑用とか整理整頓とか、そんなことばかりで、助手といっても、ゴーレム制作にはあまり関わってないんですけど」
「ええ、それで大丈夫なんですか?」
 仁科響が不審げに言う。
「一通りの作業は見てきてるんですけど……。
 実は、絶対に大丈夫、と請け負うことは、できないですね」
「そういえば、”真竜の牙”をゴーレムに施すと、魔法が効かなくなるんだよねえ?
 どうやって操るのかなぁ」
 佐々木弥十郎が首を傾げた。その辺をしっかり聞いておかないと、完成したゴーレムをまたグロスに奪われる、ということになりかねない。
 そうそう、と、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)も頷いた。
 彼もそこが気になっていたのだ。
 最強ゴーレム2体が敵側に、などという状況になってしまったら、目も当てられない。
 ゴーレム作成時の資料などを漁ろうと思ったのだが、何故か設計図の類は何処にも見つからなかった。
 ヨシュアも
「流石にそれは博士の企業秘密なのか、僕も何処にあるのか解らないんです」
と言う。
「そもそも、ゴーレムには傀儡師が必要なんですか?
 簡単な指示なら、普通に命令するだけで言うことを聞くような気がするんですけど」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、にっこりと笑いながら、その辺のことを詳しく教えてくれたまえ、と、ヨシュアの肩をぽんと叩く。

「厳密に言うと『攻撃は、直接も魔法も受け付けない』ですけどね。
 博士のゴーレムは魔法で操るわけじゃなくて、命令や主人を認識したら、それが魔法を使えない人でも関係ないですし、他の人が命令権を得ることはできなくなります。
 『図書館を護れ』という使命を設定して図書館の扉の横に置いたら、図書館を護る為だけの彫像でしかなくなりますし、『クロサキさんの命令を聞くように』と主人を設定したら、クロサキさんの命令しか聞かないようになるんですよ。
 書き換えができるのは、博士だけです。
 奪われたゴーレムは全て、ブランクの状態だったんです」

 ちなみに、地下2階に並べられている萌え系ゴーレムの群れは、オリヴィエ博士が作ったものではない。
 顧客が元々持っていたものの外観を作り変えただけである。
「じゃあ、これから完成させるゴーレムも、誰か、主を設定する必要があるわけだよねえ?」
 弥十郎の言葉に、ヨシュアは頷く。
「そういうことですね。設定するだけなら、僕にもできますから……。
 皆さんの中から、誰か、希望する人がいれば」
「他に、何か特徴的なものはあるか?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が訊ねた。
「うーん……元々、特殊なゴーレムを作ろうとしたわけでは無いので、特にこれといったものは。
 むしろ、大き過ぎるせいでできないことの方が多いですね。
 鈍重ですし、通常サイズのゴーレムでしたら普通に使う武器を持たせることもできますけど、あのサイズでは無理でしょう?
 指の関節はちゃんと作っていますけど、武器自体が存在しませんし」
「つまり、とっくみあいをさせるのか……」
 エースはそう呟く。
「ところで、真竜の牙って、どれ位の量なのかな」
 天音が訪ねた。
「それが聖なる水だと仮定して……女王器に使う分を貰って、ゴーレムに塗る分て残るかな」
「どうなんでしょう。
 ……塗るんじゃなくて……えーと、染み込ませる感じ、でしょうか。
 前回の時、博士は全部使っていました。宵越しの金は持たないーとか言って」
 量と強度は比例するのだろうか? それは、やってみないと解らなかった。
「ゴーレムに使う前に、真竜の牙について調査する為に、少し使ってみた分がある、ということですよね。
 そのサンプルは、どこにあるんです?」
 エオリアが訊ねた。
 ヨシュアは黙って苦笑する。ちら、と窓の方を見た。
 エオリアも窓から外を見る。そこからは、地上に広がる、無残な瓦礫の一部が見えた。
「……何となく解りました」
 エオリアは溜め息をついた。
「何だか、『真竜の牙』って、地球で言う賢者の石に似てるような気がするぜ」
 エースがぽつりと呟いた。
「……え?」
 ヨシュアが訊き返す。
「そうですか?」
「そうは思わないか?」
「うーん……。一応、僕も少しは勉強してますけど……。
 賢者の石って、錬金術で使う、不老不死の霊薬とか、金を作る為の触媒とか、それ位の知識しかないので……」
 僕自身は、似ていると感じたことはないですね、と、ヨシュアは言った。

「何だか頭が痛くなってきたなあ」
 弥十郎が溜め息を吐いて、
「知恵熱ですか」
と響に突っ込まれる。
「ひどいねえ、とりあえず皆のご飯でも作ってこようかな……」
 考え事をするには、料理はいい方法なのだ。
 手を動かしながら、頭では他のことを考えていられる。

「じゃあ、最後にもうひとつ」
 天音は人差し指を上げた。
「博士って、以前パラ実で怪しい改造実験をしてたって噂を聞いたんだけど、本当?」
「………………本当ですね」
 ヨシュアは苦笑した。
「ドラゴンについて調べたかったらしいです。
 キマクの学校が無くなった後、ヒラニプラの教導団にも行きたがっていましたよ。
 あんなところにモグリで入り込んで、バレたら自分が実験体にされそうだって諦めてましたけど」
「……よく解らない人だね……」


 暫くして、天音の携帯に、早川呼雪からの連絡が入った。
 ”聖なる水”は、真竜の牙ではないらしい。
 ヴァイシャリーの水でもなかった。
 その単純な答えに、天音は思わず苦笑を漏らしたのだった。