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世界を再起する方法(最終回/全3回)

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世界を再起する方法(最終回/全3回)

リアクション

 
 
 故郷の島は、とても自然の厳しいところだった。
 険しい岩山は、翼を持つ種族にとって移動には困らなかったが、痩せた土地は、生命を育むことを拒んだ。
 伝え聞く、シャンバラ大陸本土の昔話では、そこは緑豊かな美しい世界で、コハクも、他の者達と同じように、その楽園を夢に見た。
 この島からは遥かに遠いその大陸に、行く術は無い。
 それでも、いつかきっと、と。

 しかしシャンバラは、夢に見て憧れた、緑豊かな楽園ではなかった。

 荒廃した大地には、魔物がはびこり、邪悪な思想が蔓延して、世界を滅ぼそうと望む存在が暗躍していた。

 聖地のひとつは魔境化し、聖地のひとつはなくなって、聖地のひとつには、闇の影が落ちている。

 聖地モーリオンからキマクへ戻ってきたコハク達に、ほど近いところから避難してきたという者が言う。
「最初は、影はもっと薄く、現れる影の魔物は、もっと弱かった。
 だが倒しても倒しても、それは消えず、段々影は濃くなって、段々大きくなって、段々、倒せなくなっていった。
 最終的に、あの影は一体どうなるんだろう?」

 そして、聖地カルセンティンでは、まるでシャンバラが闇に包まれていくことに呼応したかのように、地下深く、ひっそりと存在していた魔物の世界から、そこに棲まう魔物が這い出した。
 清き力に近寄れないでいた為に、繋がっていながらもかつてそこから魔物が現れたことはない、と言われていながらも、今。

 5千年前に滅亡し、以来寂寥の世界だったシャンバラは、混迷の時を迎えている。
 復活には痛みが伴うのか?
 それとも、それは完全なる滅亡の前の、最後の輝きなのか?

 それとも――――



Scene.12 届かない想いと、届けられる想い

 聖地ブルーレース。
 ――いや、かつてブルーレースがあった場所。
 ヴァルキリーの少女、イネスの突然の宣戦布告に、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)鈴木 周(すずき・しゅう)緋桜 ケイ(ひおう・けい)達は当然、動揺を隠せなかった。
「何言ってんだ! そんなことできるわけないだろ!?」
 ケイが声を荒げる。
 女の子に手を上げたりなんてできない。
 自分もそうだし、周はもっとそうであるはずだ。
 周は、女の子に手を上げるくらいなら自分を殴る男だ、と、ケイは知っている。
 何か、思いつめていることがあるのだろう、彼女を説得しなくては。
「――わかったわ」
 じっと考えていたカレンが、動揺の末に口を開いた。
「おい?」
 ケイが咎める。
 だが、イネスには何らかの決意が感じられ、それならとカレンは思ったのだ。
 その決意を受け止めることで、イネスの真意を感じ取ることができれば、と。
「……でも、ちょっとだけ待って。
 ひとつ、確認して来たいことがある」
 カレンはそう言って、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)を伴い、村の方へ走って行く。
「どうするのだ」
 ジュレールに問われて
「もう1回、族長さんのところに行ってくる!」
とカレンは答えた。
「さっき、イネスと何か、話してた。
 あの人は、何か知ってる気がする」
「……ならば、我はここにいる。
 我々が彼女と戦うことで、村人達を、不安にさせるわけにいくまい」
「ありがと、任せる!」
 村の外れとはいえ、戦いなど始まれば騒ぎになるだろう。
 子供達に影響を与えないか、ジュレールは案じた。

 立ち止まって見送るジュレールを置いて、カレンは族長の家に戻った。
「族長っ」
 戻ってきたカレンの息せき切った姿に、族長は驚いたようだった。
「どうかされましたか」
「教えて! さっき、イネスと何話してたのっ?」
 目をぱちくりとさせていた族長は、イネスがカレン達に言ったことを聞くと、深く息を吐いた。
「……そう言いましたか」
「族長は、何を言ったの?」
「……気が済むようになさい、と」
 苦笑に似た表情を浮かべて、族長は言った。
「え?」
 カレンは訊き返す。
「理屈では、あの子も解っているのです。
 あなた方を嫌っているわけでもないでしょう。
 ……それでも、理性的には片付けられない感情があるのです」
 だから、それを納得させられるよう、好きにしなさい、と。
「……そっか。わかった」
 ぎゅ、と唇を噛んで、カレンは答えた。
 納得できたわけではないが、解った。
 理性的に片付けられない感情が何か、それも理解した。
「ありがと!」
 くるりと身を翻して、カレンは再び走り出す。
 元気な人だ、と族長は苦笑した。
 その前向きなひたむきさ。
 それはイネスの救いとなるだろうか。

 カレンが族長の所へ走って行ってすぐ、イネスは再び剣を構えた。
「おいおい、待つんじゃねえのかよ?」
 周が言うが、イネスは冷たく言い返す。
「待つと言った憶えはない」
「……ま、いいけどよ。せっかちな女性も好きだぜ。
 俺とタイマン、ってことでいいか?」
 イネスと、ケイ達にそう確認しながら、周は武器を全てパートナーのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)に預ける。
「持っててくれ、レミ。
 それと、お前縫い針持ってたろ。1本貸してくれるか?」
「縫い針? いいけど……。
 でも、いいの? 剣とか」
 レミは周から武器を受け取りながら、ソーイングセットを取り出す。
 周のやりたいことは解る。
だがやはり心配で、問わずにはいられない。
 周の手には盾だけが残った。
「心配すんな。イネスちゃんがわかってくれるまで、耐えきるさ」
 あとな、と、周は笑った。
「もう1つ頼む。
 俺がイネスちゃんに攻撃しそうになったり、様子がおかしくなったら、そのメイスで殴って気絶させてくれ」
「え? な、何それ、そのお願い?
 まさか、”傷”、そんなに酷いの……?」
「頼んだぜ、相棒」
 心配するレミに全てを言わせず、そう遮って、周はイネスに向かう。
 マジ頼んだぜ、と心の中で苦笑しながら、盾を持つ手では無い方の手が、正気を保ち続けようと縫い針を握り締めた。
「……あーもう、解ったわよ!
 パートナーだもんね、ちゃんとあたしが絶対止めてあげるから!
 心配しないで、しっかり頑張りなさいっ!」
 周の背中に、レミが言うと、背中を向けたまま、周は軽く手を振った。

「馬鹿にしているのか。武器を放棄とは」
 怒りをあらわにして、イネスが周を睨みつける。
「そんなんじゃねえよ。ただ、俺からは手を出さねえ。あ、それと」
 周は何かを思い付いたように言った。
「俺が勝ったら、”結晶”に、あとデート1回オマケしてくれよ」
「……ふざけるなッ!!」
 イネスが斬り込んできた。
 周は構えた盾でそれを受け止める。
「うお!」
 ズシリと響く重い一撃に、思わず声が漏れた。
 舌打ちして、イネスは剣を引くと、次の攻撃を仕掛ける。
 周からの攻撃が無いと見て、両手で剣を握って渾身の力をその一撃に込める。
 周はすぐさまその太刀筋を見抜いて盾を構えたが、一撃の重さに手が痺れた。
 ビリビリと、振動が全身に伝わる気がする。
(ちっ……! しっかりしろよ、俺!)
 イネスだけではなく、もうひとつ、別のものとも戦っている。
 痺れが脳を浸蝕してくる。
 顔をしかめたイネスが、狙いを周の手元に定めた。
 力任せの一撃ではなく、まず盾を狙ったのだ。
 周の死角に回り込もうとするイネスに、周も気付いて反応する。
 種族特性を生かしたイネスの突撃に、辛うじて盾が間に合った。
 だが、足元が踏ん張れずに飛ばされる。
「周くん!」
「周!」
 レミとケイの声が耳に届く。
 ――脳には届かなかった。
 衝撃に、周の脳裏は真っ暗になった。

 ズシャ、と倒れた周に、イネスが追撃すべく走り寄る。
「周!」
 一歩踏み出しかけたケイは、周が立ち上がるのを見てほっとして一旦その足を止めた。
 周が、ぽいと盾を投げ捨てた。
「周くん?」
 もう片方の手も軽く振られ、何かが放られる。
 見えないそれは、縫い針だ。
 手の平から血がぽたりと落ちる。
 周は、小さな痛みに気を払うことをせず、イネスににやりと笑いかけた。
 その笑みは、好戦的で、禍々しい気配をまとっている。
 人が変わったようなその変わりように、一瞬イネスは眉をひそめ、レミは蒼白とした。
「周、く――――」
「そこまでっ!!」
 どかっ! と、背後から手加減無しで周の頭を殴ったのは、レミではなくケイだった。
 木製の杖とはいえ、後頭部への不意打ちは効果絶大だったようで、怯んだ周に、ケイはとどめにもう一撃食らわせて叩き伏せた。
 それっ! とパートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)と2人がかりで縛り上げる。
 レミが真っ青になって傍らに走り寄った。

 女の子に手は上げられない。
 同時に、レミに周を殴らせるわけにも。
 ケイは、周の変化を察するなり、その役を自分が引き受けたのだった。
 イネスは唖然としてその様を見ている。
「……どういうつもりだ」
「もうよかろう、イネス」
 カナタが立ち上がって言った。
 イネスの気持ちは解る。
 ブルーレースの守り人、インカローズの死に、やりきれない思いを抱いていたのだろう、と。
「逆恨みとは言わぬ。
 おぬしらを巻き込み、インカローズを死に追いやったのは、われらの力の無さゆえ。
 ……だが、インカローズを想っていたのは、おぬしばかりではない。
 この男もまた、そうなのだ」
 カナタが意識を失っている周を示すと、イネスの表情が大きく歪んだ。
「……嘘だ」
 認めたくない、と、信じたくない、と、――だが、本当は、理解しているのだと。

 感情がせめぎあう、その表情。
 ケイもイネスに向かって立ち上がる。
「あんた達が……インカローズを同じように大切に想う2人が、戦うなんて間違ってるぜ。
 周は言わないが……インカローズは、周に心を開いてた。
 インカローズはあんたのことも好きだったし、周のことだって、好きだったんだ」
「嘘だ!」
 叫ぶイネスが涙ぐむ。
 では、どうすればいいというのだろう。
 この気持ちは何処へ行けばいい。
 ああ、八つ当たりだ、解っている。
 けれど、けれど、もう、想いが止められない。

「インカローズ様は…………本当は、我々のことが、嫌いだったんじゃ、ないのか……!」
 イネスは崩折れて、座り込む。
 声が詰まって、涙が溢れた。
 あの人は、自分達のことを、枷としか想っていなかったのだ、きっと。
 自由に憧れて、自由になれなくて、死を選んだ。
 嘘だ、認めたくない。
 必死にそう言い聞かせてきたけれど、きっと、そうなのだ。
「違う!」
 ケイとカナタは同時に叫んだ。
 びくり、とイネスの肩が震える。ひく、と喉が鳴った。
 ああ、伝えないと。ちゃんと伝えないと。
 周の代わりにも。
 ケイは歩み寄って膝をつき、イネスを抱きしめた。
「インカローズは自由に憧れてたけど、それ以上にあんた達のことを愛してた。
 だから苦しんでたんだ」
 嗚咽するイネスの耳に、しっかりと届くように、伝える。
「忘れるな。間違えるな。インカローズは、あんたのことを愛してた」


「何が始まっているんだ?」
 騒ぎが届いたのだろう、村人達が怪訝に思い始めるのを、ジュレールは、子供の頭を撫でながら、
「何でもない」
と答えた。
「大丈夫だ。
 少し騒がしくはなるであろうが、我等を信じて欲しい」
 村人達は首を傾げたが、すっかりジュレールになついた子供達は、わかった! と言って頷く。
 それを見て、村人達も苦笑を見せた。

 イネス達の所へ戻ってきたカレンは、状況を見て、自分が離れていた間に、決着はついたようだ、と感じ取った。
「……説得、できたの?」
 ケイに抱きしめられているイネスを見ながら、そっと歩み寄り、カナタに囁きかける。
「恐らく」
「そっか」
 よかった、と肩の力を抜く。
 ひとしきり泣いて、ケイから離れたイネスは、ごし、と腕で涙を拭いた。
 傍らから、カレンが手を差し延べる。
 見上げたイネスは、その手を取って立ち上がり、取り出した”結晶”を、その手の上に乗せた。
「……ありがと」
 ちゃんと、返すね。
 言ったカレンに、首を横に振る。
「持つべき人が持ってくれれば、それでいい。
 ……それでいいと、族長も言っていた」
「おぬし、しばらくわらわ達に付き合わぬか?」
 カナタの言葉に、イネスは怪訝そうな目を向けた。
「この地に縛られているわけではないのであろう。
 インカローズが護った世界を、インカローズの代わりに、その目で見てみぬか」
「……えっ……」
 それは、イネスにとって意外な言葉だったのだろう。
 戸惑った様子のイネスに、ケイも笑った。
「そうだな。このまま周を担いで帰ったら、目を覚ました時に文句言われそうだし。
『デートの約束!』とか言って。
 コイツが目を覚ますまで、一緒に来てくれよ」
 返答に戸惑いつつも、イネスから拒否の空気は感じられない。
「え、でも」
 ぽつりとレミが呟いた。
「周くん担いで行くって……誰が?」
 レミとカナタとカレンの視線が、ケイに向く。
「えっ」
 ケイははっと現実を把握してから、言い直した。
「………………引きずって」