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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
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chapter.1  cnps-town(1)・エンドユーザー 


 未来へ種を蒔いたとして、まだ芽吹いてもいないものを言葉で表すことは誰にも出来ないのよ、と彼女は言った。
 短い間隔で焚かれるフラッシュは光が拍手しているようにも思え、事実彼女の一挙手一投足には周りの者たちからの惜しみない賛辞が送られている。
「あなただってそう。私と会うって分かっていても、その時どんな思いを抱くかはこうして対面してみるまで形にならない」
「……いやあ、正直言って、実際にお会いした今もですよ。あなたのその美貌を前に、僕はこの気持ちをどう表現して良いのか分からない。ライター失格です」
 レコーダーを彼女に向けたまま、男は本気とも冗談とも取れる口ぶりで言った。彼女がその言葉に少し顔を崩すと、それを好感触と踏んだのか男は雑談からインタビューへと移った。
「ずばりお聞きします。あなたの美貌の秘訣は何ですか?」
「秘訣? そうね……普段から美しいものに触れるようにしている、というのが一番かも」
「美しいものに触れる、ですか?」
「そうよ。美しいものを見れば自分もそうなりたいと思うし、触れ合えば感化されるでしょう? そうやって自分自身も美しくなっていくの」
「なるほど。しかしあなたはもう既に充分綺麗だ。それに見合うだけのものはそうそう周りにないと思うのですが……出会うコツなんかはあるんですか?」
「コツなんていらないんじゃない? もっとシンプルでいいのよ。美しいものは、美しいものを引き寄せるの」
 艶のある笑みを浮かべながら答えた彼女に、男は思わず「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。
 少しの間が出来た後、男が再び質問しようとすると部屋に大きな声が響いた。
「次の撮影のセッティング完了しました! カメラマンさんとモデルさんは準備の方お願いします!」
「あら、時間ね」
 声の方を振り向いた彼女が立ち上がると、男も同じように立ち上がり頭を下げた。
「今日は取材を受けていただいてありがとうございました。まだまだ聞きたいことはあるので、日を改めて伺います」
「頑張りすぎて、倒れないように気をつけて」
 笑って、彼女が言う。そのまま彼女は優雅な歩調でスタジオ内に組み立てられたセットの方へと進んでいく。その後ろ姿を見ながら、男は小さく呟いた。
「美人モデルの評判通り……いや、評判以上だな。会ってみると」
 男が手帳を開き、ペンを走らせる。乱雑な字で加えられたのは、今後のスケジュールだった。
「追加取材 タガザ・ネヴェスタ



「美しいものは美しいものを引き寄せる……そう口にしたタガザさんは、それが偽りでないことを証明するかのように美しく微笑んだのです」
 ナレーションと共に、画面にはウェーブがかった銀髪の女性が映し出されている。タガザとナレーターに呼ばれているその女性は、確かに人々の目を釘づけにするほどの美貌をまとっていた。
「以上、ここ最近人気急上昇中のモデル、タガザ・ネヴェスタさんのインタビュー動画パート1をお送りしました。この続きも近日配信予定ですので、お楽しみに!」
 ややテンション高めのそんなナレーションで、動画は停止した。

「わぁ、ほんとに綺麗な人だなぁ……」
 動画を見ていた、兎の耳をしている女の子が喋る。喋る……と言っても、実際に口から音を出しているわけではない。会話ウインドゥが開かれ、そこに文字列が表示されているだけである。
 兎の女の子の呟きに、同じ動画を見ていたと思われる周りの者から反応が返ってくる。それは皆一様に、共感や同調を示すものだった。一通り今見終えた動画の話で盛り上がると、人々は次第にその場を離れていく。そしてまたあちこちで、会話ウインドゥが開きだすのだった。

 コミュニティサイト「cnps-town」。
 通称「センピースタウン」と呼ばれるそれは、ネット内に存在する仮想空間のことである。
 人々は自分の分身となるアバターを作成することでこのセンピースタウンの住人になることができ、タウン内で様々なサービスを利用することが可能となる。タウン内は現実世界を模してあり、実際にあるショッピングモールや銀行、蒼空学園や空京大学などとも提携を結んでいるため幅広い活用法があるサイトとして多くのユーザーを抱えている。

 白銀 司(しろがね・つかさ)も、そんなユーザーの中のひとりであった。先ほど発言した兎の耳の女の子は、彼女が所持しているアバターである。
 パソコンのキーボードをカタカタと打つ司の横では、彼女のパートナーであるセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)が片肘をつきながら気だるそうに様子を見ていた。
「何を調べてるかと思えば……」
 どうやらセアトの方は、司とは逆にその動画に対する興味をほとんど持っていないようだった。むしろ、普段から美容情報や芸能情報などをパソコンで集めている司に対し「またか」とやや呆れ気味である。
「だって、この人最近すっごく人気あるんだよ! やっぱり気になる人のことはたくさん知りたいじゃない?」
「……で、誰なんだ? その気になる何とかっていうモデルは」
「ええっ!? セアトくん、今動画見たばっかりなのに! ていうか今世間でこんなに話題になってるのに知らないの!?」
 セアトの無関心ぶりに、司は声を大にして説明しだした。
「さっきの動画に映ってたのは、タガザ・ネヴェスタさんっていう最近大人気の美人モデルさんだよ! スタイル抜群で、男の人からも女の人からも支持されてるすごい人なんだから!」
「タガザ・ネヴェスタ……? 聞いたことなかったな」
「もう、セアトくん、私と歳いっこしか違わないのに、流行りに興味なさすぎだよ」
「知らないものは知らないんだ。しょうがないだろ」
「セアトくん、ほんとに16歳? 年齢ごまか……痛っ! ごめんなさい、嘘です、冗談ですー!」
 間髪いれずに後頭部へとチョップを食らった司は、慌てて謝った。
「……しかし、そんなに人気があるのが意外だな。オマエもさっきから綺麗だの美人だの言ってるが……そんなに綺麗か? 俺には化粧の濃いおばさんにしか」
「ちょっと! セアトくん! 今100万人のタガザーを敵に回すとこだったよ!」
「タ、タガザー……?」
「タガザさんの熱狂的なファンのことを、タガザーって言うの!」
「それ、ほんとか……? あと100万人って数字もそれ、たぶん今適当に言っただろ」
「むいー! セアトくんはほんとにもう! よーっし、こうなったら徹底的にタガザさんの人気っぷりを調べて、私が正しかったってこと教えてあげる!」
 言うが早いか、司はマウスに手を置くとタウン内のアバターを動かし、タガザに関する評判を集め出そうとする。画面の中の兎耳をした女の子が、劇場のアイコンから出てタウン内の交流広場へと向かっていった。

 司が動画を見ていたこの劇場のアイコンは、タウン内で「シアター」と呼ばれている施設だ。
 先ほどのように動画を見たり、また音楽を聞いたりすることが出来る場所としても賑わいを見せている。ここで視聴できる動画・音声は公式にプロモーション用として公開されているものからアマチュアが趣味でつくったものまであり、日夜そのデータが更新されている。
 司と入れ替わるようにしてそのシアターへと入っていったのは、比賀 一(ひが・はじめ)のアバターだった。
「今日も、ここに来てしまった……」
 パソコンの前に座っている一は、イヤホンを接続していた。
「まさかこんなにハマるとは思ってもみなかったな」
 彼のアバターが、シアター入口にある「本日のピックアップ」と書かれた案内板の前で立ち止まる。その板の最上段には、大きな文字で「人気急上昇モデル、タガザ・ネヴェスタインタビュー動画パート1」と書かれていた。
「ネヴェスタ……? 誰だ、それ」
 が、特に興味も示さず一は視線を下へと移していく。やがて彼の目は、音楽の欄で止まった。
 そう、彼は話題のモデルにも、タウン内のショッピングや交流機能にも、下手したら現実世界で起こっている蒼空学園のゴタゴタにすらあまり関心がないようだった。
 彼の興味の対象はただ一点、シアターでの音楽鑑賞である。それほどまでに、彼は音楽を愛していた。まさにノーミュージックノーライフを地で行く男だったのだ。
「蒼空学園……つーかアイツらとも今までそんなに関わってたわけじゃないしな。我ながら酷い他人事だとは思うが、下手に介入しても良いことは無いだろ」
 清々しいまでに趣味に生きる一の姿は、ある意味学生として間違っていない姿勢なのかもしれない。
「さて、今日の特集は……?」
 一が「本日のピックアップ 音楽欄」に目を通す。そこには「ミスマッチが話題を呼んだ! ジャズパンク特集」と書いてあった。
「うさんくせー……」
 訝しみつつも、一はシアターの奥へと進んでいく。なぜなら、そこに音楽があるからだ。
 この後一は、数時間にわたり学内のコンピュータールームに居続けたらしい。ちなみに目撃者の話によると一は「無料で音楽を聞けるなんて理想郷だ」と呟いていたらしいが、当然中には有料コンテンツも含まれており、一が本当にノーマネーで利用出来ていたのかは甚だ疑問である。

 一がシアターで音楽鑑賞に没頭している頃、同じタウン内のカフェスペースでは、裏椿 理王(うらつばき・りおう)とパートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)がカフェにいるユーザーと絡むことで情報を得ようとしていた。
「理王、面白い話は聞けた?」
「ああ……面白いくらいに聞けた」
 屍鬼乃の問いに、理王が答える。
「それにしても、違和感あるなぁ」
 理王のアバターを前に、屍鬼乃がぽつりと漏らす。理王の姿は、現実通りのショートヘアーをした男性ではなく、さらりとしたロングヘアーの女性となっていた。
「現実世界みたいにお姫様抱っこが出来たら大抵の女性からは話が聞けたんだが、ここではそうもいかないからな。だったらこういう格好の方が、男性から話を聞けるだろう」
 言わば一種の成り済ましであるが、これは理王の予想通り、情報を集めるという点において効果を充分に発揮していた。
「それにしても驚いた。こういうサイト全部が出会い系かどうかは知らないけど、寄ってくる男が多い多い。ヒトは、そこまでして他人と関わりたがるものなのかな」
 人間の繋がりは所詮データのやりとりでしかなく、互いにどこかを少し書き換え合って、与えられた情報に対する反応を見せ合うだけ。
 そんな考えを持っていた理王にとって、このセンピースタウンの賑わいは奇異な空間であるように感じられた。
「……で、どんなことが聞けたの?」
 屍鬼乃の声でふっと我に返った理王は、思いだしたようにそれを口にした。
「このタウンのことについて。まだじっくり聞きこんではいないが、とりあえずこのタウンの名前の由来は聞けた」
「へえ。なんでセンピースタウンって名前なの?」
「どうやらセンピースっていうのは、千ピースという俗語のことらしい。たくさんの欠片が集まってひとつの世界が出来あがる、っていう意味合いで付けられたようだ」
「俗語から来てたんだね」
「ただそれも、いくつかある説の内のひとつだそうだ。企画元のことも含めて、もう少し掘り下げる余地はありそうだ……が」
 一通り話すと、今度は理王が屍鬼乃に質問を投げた。
「ところで、オレが情報を集めてた間、当然何もしてなかった……なんてことはないだろう?」
 そう言われることを予想していたかのように、屍鬼乃はウインドゥを開いた。
「カンナ校長のことを軽く調べたよ」
 そのまま、屍鬼乃は言葉を続ける。
「ヒトなんてのは、データの集合体でしかないと思うんだけど……それって逆に言うと、データなら消えたと思っていてもどこかに記録が残ってたりするんだよね」
「何が言いたいんだ?」
 理王に真意を問われ、屍鬼乃はようやくそれを告げた。
「ヒトひとりの痕跡って、なかなか消せないものだよ。でもそれにしては、カンナ校長は膨大な労力と時間がかかるはずの、自分に関するデータ整理を見事にやってのけてあったわけだよね。つまりそれは、自分の死を前から知っていたのか、それとも……」
「力を持っていたからこそ、他から対抗措置を取られ、自分の力が抑え込まれる時期を想定していた、という可能性はあるか」
 蒼空学園の校長でありながら、地球の株式を牛耳ってもいた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)
 そんな彼女であれば、地球の市場が何らかの対策を取ってくること、またそう何年もそれに抗うことが困難であることを悟っていてもおかしくはない。
 環菜がどこまで今の状況を予期していたのか、理王と屍鬼乃が考えを巡らせていると、彼らのいるカフェ内である話題が上り始めた。姿形様々なアバターから、次々にウインドゥが出てくる。
「蒼空学園の校長が、交代するって噂だぞ」
「なんでも、わざわざ大学の学長が蒼空学園まで直談判しに行ったってよ」
「ていうか蒼空学園やばくない? 校長ころころ代わりすぎでしょ」
 それらを目にした屍鬼乃が、理王に尋ねた。
「理王……どう思う?」
「カンナさんが別の係数に代わるだけだろう。どこかの学長だろうがメガネくんだろうが……ああ、今はメガネくんじゃないな。裸眼くんだろうが、行われる処理は同じだと思うが」
 事も無げにそう言うと、理王は再びタウン内の情報を集める作業へと戻った。
「だと、いいけどね」
 瞬く間に校長交代の噂で持ち切りとなったカフェ。その空気が孕んでいるうねりに、ふたりはまだ気付かない。