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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)
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リアクション

 
●希少種動物保護区
 
 「サラさんっ!」
 『希少種動物保護区』内、管理棟にミレイユが飛び込み、エルミティとデューイに見守られていたサラに駆け寄る。
「シェイドから聞いたよ! サラさん、ここを守るために頑張ってくれたって……でも、倒れちゃうくらい無茶しちゃうなんて、もしサラさんの身に何かあったら、ワタシ……」
 元気そうなサラの顔を見て、ミレイユがサラに『保護区を守ってほしい』とお願いしたことからくる申し訳ない気持ちを一杯にして、目尻に涙を浮かべて言葉を紡ぐ。
「ああ、済まない、心配をかけないようにするつもりが、逆に心配をかけさせてしまったな……」
 サラの手がミレイユの頭を撫で、慰めようとする。
「エルミティさんも、わざわざ遠くからお疲れさまです」
「いえ、私はこれといったことはしていません。動物たちも元気みたいですし、皆さんの頑張りが全てだと思います」
 一緒に付いて来たルイとエルミティが、互いに労いの言葉を交わし合う。
「そうだ、イナテミスはあなたたちによって守られたのだ。それは自信を持っていい」
「でも、色々あったし……ワタシたちの中にも……」
 なおも浮かないミレイユの様子に、サラは何かあったのだろうと思い至る。
「話してくれ、とは言わないが、聞かせてくれるなら嬉しい」
「では、失礼ながら私が……」
 ルイが、ブルタの行動のこと、それに対する明日香の行動のこと、そしてそれに対するケイの行動のことをサラに説明する。
「……そうか。話してくれてありがとう。……済まない、私は親友を見舞いに行きたい。来てくれたところ申し訳ないが――」
 ベッドから出ようとしたサラは、部屋の外から漂ってくる甘い匂いに動きを止める。
「サラさんのことを、止めはしません。ですが、お腹を空かせているのでしたら、まずそれを満たしてからでも遅くはないと思いますが」
 シェイドが、デューイから聞いていたサラの好物、クレープを差し出す。
「……済まないな」
 サラがそれを受け取り、口にする。
 ほんのり温かい生地と、冷たいクリームのマッチが、サラに栄養分以上の元気をもたらしてくれた――。
 
 サラが出て行った後、一行に沈黙が訪れる。
 それを打ち破ってくれたのは、窓を叩くような音だった。
「……あら、あなたたち」
 エルミティが窓へ向かうと、そこには保護区に居を移していたキメラたちの姿があった。主が来ていることを本能的に感じ取ったのだろう。
「キメラが!? メッツェ、いる!?」
「アルフ、プックル、元気ですか?」
 ミレイユとルイの呼びかけに、メッツェとアルフ、プックルがそれぞれ鳴き声で答える。
「この子達も入れてあげましょうか。日も暮れて、外は寒いでしょうし」
 エルミティが言い、キメラを中に招き入れる。
 そして一行は、キメラとの時間を過ごしながら、今回の事件を振り返るのだった――。
 
●シャンバラとエリュシオンの国境線
 
「……私の一族は、かつて大陸に覇を唱えていた巨人族だったと聞いた」
 
 茜色に染まる地平線を見つめ、アメイアが独り言を呟くかのように、見送りに来た生徒――イコンから降りた恵とエーファ、人間の姿になったグライスとレスフィナ、アメイアに一度屈しつつも再び姿を見せたレンと輪廻(アリスと白は少し離れたところにいた)、結果としてアメイアに助けられた恩を返したナレディと小夜子――に言葉を発する。
 
「だが、巨人であるが故の不都合もあったようだ。やがて、優れた魔法技術を持ったエリュシオンに、人の姿になることの出来る技術を提供してもらい、併合された。
 それから長い間、私も含め、皆自分が巨人族であったことを忘れ、エリュシオンの一員として生活していた」
「……しかし、お前は気付いてしまった。自分がかつて大陸に覇を唱えていた一族の末裔だということを」
 
 レンの言葉に頷いて、アメイアが言葉を続ける。
 
「私がそのことに気付いたのは、私が七龍騎士に認められた時だった。“神”として認められたことで、私の中に眠っていた力が目覚めたのだろうな。
 ……同時に、私はエリュシオンの一員としての自分に、疑問を抱き始めていた。騎士としての務めがあることは知っていても、私自身が強く、私はあの伝説に謳われた一族なのだ、ということを主張したがった。
 失われた栄光を取り戻すなどといったことは考えなかった。ただ、私が本当の私を知ってしまった以上、それを隠して生きていくことは、私には出来なかったよ。……情けない話だがな」
 
 もし自分が、人間でない別の何かだと知ったなら、どうするだろうか。
 自分一人だけがその何かだと知ったなら、どうするだろうか――。
 
「お前のしたことは、自己中心的だと揶揄されても仕方ないだろう。
 ……だが、俺は、お前が仲間を救ってくれたことを知っている」
 
 レンが進み出、着ていたコートをアメイアにかけてやる。人の身に戻ったアメイアに、そのコートは大きかった。
「後で返してくれればいい。お前が、俺たちとどう関わっていくかを、お前自身で決めたその時に」
「フッ……では、そうさせてもらおう」
 呟くアメイアが向けた顔は、治療のあとを残しつつも、最高の笑顔に輝いていた――。
 
「お、おい、何だあれは」
「まさか……エリュシオンのイコン部隊?」
 
 その声に一行がエリュシオンの国境方面を振り向くと、そこから数機のイコンが砂煙を上げ、こちらに近付いてくるのが見えた。
 緊張感に包まれる一行の中、アメイアが驚いた表情を浮かべて呟く。
「まさか……いや、私が見間違うはずがない。彼らは第五龍騎士団……」
 やがて、ここまで恵が操縦してきたイコンと同型のイコンが並び、操縦席が開いて中から搭乗員が姿を見せる。
「団長! ご無事でしたか!」
「やはりお前たちか! 何故お前たちは此処に来た!」
 アメイアの読み通り、七龍騎士を団長に据える龍騎士団、その一員であろう彼らの一人が答える。
「団長がかねてから悩まれていることは、知っていました! そこへザンスカール領内の騒動とあれば、団長が動かれていると判断いたしました!」
 どうやら彼らは、アメイアが何かに悩んでいることを知っていたようである。そして、詳しい内容は知らないまでも、『ヴォルカニックシャワー』の発射等で、『ザンスカール領内で何か起きている』ということは彼らも知るところであり、加えて団長不在となれば、それらを関連付けるのも一理あると言えよう。
「私が聞いているのはそういうことではない! 今回の件は私の独断だ、お前たちが動く理由は何も無いはずだ!」
 アメイア個人でも十分国家間の問題になりうるというのに、これで騎士団の一つが動いたともなれば、即座に戦争が起きてもおかしくない。
「団長の出迎えに、我々団員が動かない理由もございません!」
「……お前たち……」
 そう言われては、アメイアも返す言葉がなかった。フッ、と微笑み、生徒たちに振り返ってアメイアが告げる。
「では、私はここで失礼する。……峰谷恵、お前にかけた任を解く。お前には騎士の素質があるやも知れぬな」
「……お褒めの言葉、有り難く思います。アマイア卿もますますの武勲に恵まれますよう」
 恵が恭しく頭を垂れ、横に並んだパートナーが、他の者達が、心の中では色々と思うことがあるかも知れないが、それぞれの形で敬意を示す。
「我々は国を違える者同士、いつの日か戦場で会い見えるかもしれない。だが、今日君たちが我らの団長に敬意を示してくれたことは、我々は決して忘れない。
 ……君たちの武勲を祈る、敬礼!」
 号令が響き、そして騎士団員は皆、右の拳を握り、握った指の方を向けて、こめかみに当てる。アメイアが最後に同じように拳を当て、アメイアが拳を下ろすのを待って、団員も拳を下ろす。
 そして、アメイアの乗ったイコンが、団員の乗るイコンを連れて、エリュシオンへと引き上げていく。
 その後ろ姿は、敗者でありながらも誇らしげに見えた。無論、その誇りを与えたのは、この場で見送りにやって来た生徒たちである。
「さあ、俺たちも戻ろう。俺たちが守った場所へ」
 レンの言葉に皆が頷き、それぞれの足で帰路に着く――。
 
●イルミンスール:校長室
 
「アーデルハイト殿。これが、今回の戦いでまとめられた情報だ。きっと役に立つと思う」
 撤収の準備を整えた牙竜が、灯が中心となってまとめた情報、アルマインとアメイアの交戦情報、ニーズヘッグとアメイアの結果と予想される今後、精霊指定都市イナテミスと世界樹イルミンスール、その周囲も含めた情報をアーデルハイトに手渡す。
「うむ、活用させてもらおう。おまえたちには世話になったな」
 アーデルハイトが見渡す、そこには牙竜、ソア、ザカコ、アルツール、他生徒たちのパートナーが、作戦の終了に安堵の表情を浮かべつつも、懸案があるといった表情を浮かべていた。
「……分かっとるよ。すまんが、話せることだけ話させてくれ。アルマインのことは、話すと私の素性に関わるのでな」
 いくつかのことに釘を差しつつ、アーデルハイトが二つのこと、ブルタ・バルチャと緋桜 ケイのその後についてを説明する。
「ブルタ・バルチャは、魂は明日香が返却した私の予備の身体で繋ぎ止めた。じゃが、彼の肉体は完全に、塵も残さず消え去っていた。私に出来るのは、せいぜいこのくらいじゃ」
 言って、アーデルハイトがテレポートの呪文を唱える。そこに現れたのは、机の上に横たわる一つの魔鎧。
 それこそが、明日香の攻撃で死んだと思われていた、ブルタ・バルチャなのであった。
「私は、何を思ってこやつがあのような真似に出たのか、全てを知らぬ。故に、こやつの行動を否定はできぬ。
 ニーズヘッグにアメイアを喰らえと言ったところまでは、それが良い悪いは別として、行動として認められる余地を持っておった。
 ……じゃが、こやつは一つ、大きな間違いを犯した。
 それはの……エリザベートはあれはあれで、こやつのこともちゃんとイルミンスールの一生徒として認めておったことじゃ。
 その生徒に、世界樹の力を使え、ニーズヘッグを殺せと言われれば、ショックじゃろうよ。
 結果としてこやつの行動は、エリザベートを傷つけた。そしてこやつは、その報いを受けた。
 ……今となっては、それ以外に言うことはあるまいよ」
「それで、その者の処遇はどうするのです?」
 ザカコの問いに、アーデルハイトが頷いて答える。
「こやつは、私が責任をもって、ザナドゥの辺境の監獄に送る。そこで数十年、あるいは数百年、いつになるかは知れぬが、それまで反省してもらう。
 ……何故そういうことが出来るのかとか、聞くでないぞ。いずれ、時が来れば自ずと知ることになるじゃろう」
 再びテレポートの呪文を唱え、ブルタの身体を一旦その場から引き上げさせる。
「しかし、彼が死んでおらぬということは、パートナーは……」
「ああ、繋がりは絶たれておらぬ。ザナドゥに送ったところで、何らかの形で連絡を取ることは可能じゃ。悪魔であれば召喚も可能じゃし、移動もさほど労を要しない。……故に、あやつがパートナーを介して、イルミンスールに牙を剥かんとも限らん。
 じゃからこうして、おまえたちに事細かに話しとるわけじゃ。……エリザベートの“母”としてな」
 アーデルハイトの表情は、今この時完全に、子を思う母のものであった。
「あの、ケイは……」
 今度はソアが、おずおずと手を挙げる。互いに姉妹と認め合うほどの中であるケイを、心配するのは当然だろう。
「……彼は、魔力のほぼ全てを失っておった。
 魔法体が魔力を失えば、その身は塵と消えるのが常じゃが、彼は人間。一度魔法の才能が開花した人間は、外部からの強制的な力で以て魔力を奪い取るでもない限り、たとえ魔力を使い切ったとしても時間と共に回復する。それが人間の良い点でもあるのじゃが……」
 言い淀み、そしてアーデルハイトが言葉を続ける。
「時に人間は、意識無意識に関わらず、自らの意思で魔法の力を抑え込んでしまうことがある。私が見る限りでは、ケイはその状況に陥っておる。
 ……ケイのことも、私は全てを知らぬ。故に、私は彼を見守ることしか出来ぬ。おまえたちが何かしてやろうと思うのも、私は何も言わぬ。自分自身で考えるのじゃ」
 
(はは……本当に、使えなくなってるな)
 医務室のベッドで、上半身を起こしたケイが、簡単な魔法を発動させてみようとする。しかし、その掌には何も発現しなかった。
『ケイ、私だ、サラだ。……入っていいか?』
 扉の向こうから、生徒から話を聞いて駆けつけてきたらしいサラの声が響く。
 だが、ケイは入っていいとも、帰ってくれとも言えない。わざわざ自分のことを心配して来てくれたサラを無下には出来ないし、かといって今の魔法を使えなくなった自分を見せるのも憚られる。
『……ケイ、あなたが良ければの話だが、私の街……いや、言い方がおかしいな。イナテミスに来ないか?
 キズナのこともあるだろう。……私は、あなたがどうであろうと、あなたの友であるつもりだ』
 どうするにせよ、一目会って言葉をかけてくれると嬉しい。そう言い残して、サラの気配が扉の向こうから消えた――。
 
 そして、朝が訪れる――。