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リアクション
●イナテミス北部・【VLTウインド作戦】跡地
「誰も、イルミンスールが空飛ぶなんて思ってなかったですよー……」
土方 伊織(ひじかた・いおり)のその呟きは、おそらくこの場にいた生徒たちの多くが思ったことであろう。
「これも、唯一世界樹と契約を交わした地球の民、その可能性の一つかもしれませんね。
……お姉様やレライアさん、ヴァズデルさん、メイルーンさんの運命を変えたように」
「そうだのう。我もそしてヴァズデルも、人間と関わらなければこうして存在していなかったやも知れぬ。
人の持つ可能性……運命を変える力を、今一度この目で見る事が出来るとなれば重畳。……そうは思わぬかの?」
「ウィール遺跡を、精霊を守る立場とすれば複雑だが……私個人の意見を口にすることが許されるのであれば、人間の起こす奇跡の当事者のみならず傍観者になれることは、この上ない光栄に思うのだ」
そこに、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)とサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)に付き添われて、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)とヴァズデルが姿を見せる。
「伊織さんは、どう思われますか?」
セリシアの問いに、伊織がうーんと唸った後、自らの胸の内を明かす。
「説得するって人達がどんな行動するか分からないですけど、僕達がヴァズデルさんやサティナさんの運命を変えれたように、ニーズヘッグさんの運命が説得することで変えれるなら、試してみるのも良いと思うのですよ。
はうぅ、でもでも、防衛に参加してくれてた皆さん、特に精霊さん達には多大なご迷惑かけちゃうし、説得失敗しちゃったら色々大変なことになっちゃうかもですけど――わぷっ!?」
申し訳なさそうに謝る伊織の言葉が、途中で途切れる。
セリシアが自らの胸に、伊織を引き寄せ抱きしめたからである。
「伊織さんはお優しい方ですね。
……その、誰かを思いいたわる心こそが、奇跡の原動力になっているのかもしれませんね」
「むー、むむー!」
解放された伊織が顔を赤くして、ぜぇぜぇと息を吐く。
「なに、その時は我と伊織とでニーズヘッグを抑え込んでやればよい。
さすればその隙を突いて、セリシア達が力を併せかの者を討ち取ってくれよう」
「ふふ、お姉様にそこまで言われては、応えなくてはいけませんね。
……私たちのことはお気になさらず。皆さんのお気遣いの心だけ、有り難く受け取らせていただきます」
サティナが伊織の隣に立ち、セリシアの言葉にヴァズデルも同意するように頷く。
「……皆様のご意思は定まったようですね。
なれば私は、皆様が万全の状態で行動できる様、為すべきことを致しましょう」
ベディヴィエールが恭しく頭を下げる。
「皆さん……ありがとうなのです」
ぺこり、と頭を下げる伊織、そこに羽入 綾香(はにゅう・あやか)が箒に乗ってやってくる。
「あなたは、栗の……」
「うむ。こうして互いに人の姿で会い見えるのは初めてじゃったの。
……ヴァズデル、運命を覆そうという栗の意志に免じて、ひとつ頼まれては貰えぬか」
改めて自己紹介をした後、綾香はニーズヘッグと会話を試みようとしている鷹野 栗(たかの・まろん)に一緒に付いてやれないかとヴァズデルに頼む。
「私はぜひ彼女に付いて行きたいのだが、構わないだろうか」
「ええ、どうぞ。ヴァズデルさんの言葉を、直接伝えてあげてください」
「済まぬな。ヴァズデルは私たちが必ず守り通す」
綾香がヴァズデルと共に、栗の下へと向かう。
「メイルーン、迎えに来たわ。吹笛が君をニーズヘッグに紹介するって」
一方、カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)とメイルーンの下にはエウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)が現れ、やはりニーズヘッグと会話を試みようとしている鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)の意図を伝え、一緒に来てくれないか頼む。
「ボクは行ってみたいな! ねえ、いいかな?」
「ま、フブエなら大丈夫でしょ。あんたの好きにしなさい」
「うん、分かった! じゃあ行ってくるね!」
エウリーズの案内を受けて、メイルーンが吹笛の下へ向かっていく。
一人になり、はぁ、と息を吐くカヤノへ、タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)が声をかける。
「お疲れのようなら、歌でも歌ってあげましょうか?」
「……そうね、まだ終わってないんだもんね。よかったら聞かせて」
頷くカヤノへ、タニアの歌声が届けられる。
響く歌声に精神を癒されつつ、カヤノはカヤノなりに考えてみる。
(ミオは、ニーズヘッグに契約の話をしに行ったのよね)
少し前、赤羽 美央(あかばね・みお)は『雪だるま王国』の民や今回の作戦に協力した生徒たちに戦闘の一時中断を指示した後、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)と共にニーズヘッグに話をしに向かっていた。
校長を筆頭の候補として、ニーズヘッグを誰かと契約させる、という案を胸に抱いて。
(契約……あたいもリンネと契約して、それまでと全然違う生活を送ってる。イルミンスールだって飛んだ。
『奇跡を起こせる』ってミオが言ってたの、多分そうなんだと思う。
……後は、ニーズヘッグがどうするか、よね)
ニーズヘッグがどうするかまでは、カヤノに想像はつかなかった。きっと自分より長生きの、それまでユグドラシルの根っこで独り『死』を喰らっていたという蛇の、思ってることなんて想像はつかなかった。
(だから、あたいはミオのやったことを最後まで見届ける。そんで、困ったことになったら力を貸す。
……これでいいのよね? ミオ……)
自分なりにどうするか決めたカヤノが、宙に漂うように浮かぶニーズヘッグとイルミンスールを見つめる――。
(な、なんじゃありゃあ!? エリザベート……いや、イルミンスール? 何を考えている!?
あの中には雪霞が……いや、それどころか何千人という人々がいるじゃないか!)
浮遊するイルミンスールを見上げて、フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)が即座にイルミンスール内にいるはずのパートナー、ゴルゴルマイアル 雪霞(ごるごるまいある・ゆきか)に連絡を取る。
「雪霞、そっちはどうなってる!? 無事かっ!」
「もしもし、フリッツ〜? うん、こっちは大丈夫みたいだよ〜」
フリードリッヒからの連絡を、彼もそして彼女も所属する生物部部室で受けた雪霞が、のんびりした口調で受け答える。
そうしながらも、視線は部室内の生き物たちや、大切に保管されているロック鳥の卵が大丈夫かどうかに注がれていた。
『今はまだ均衡を保ってるみたいだが、もし危険だと判断したら脱出するんだ。予め決めておいた場所は覚えているな?』
「うん、覚えてるよ〜」
二人は予め、危険が発生した場合の対処方法を取り決めていた。
それらを確認し、安全な内は部室の生き物たちを守るよう指示を受けた雪霞が、フリードリッヒとの連絡を切る。
「……よ〜し、がんばるぞ〜!」
ぐっ、と拳を握った雪霞が、高いところにあって落ちると危険な物や生き物が入った籠を、落ちないようにしたり予め床に置いたりする。
機晶姫の力であれば、それらのことくらいは可能であった。
「うん、ひとまずこんなところかな〜。……大丈夫、私が守ってあげるからね〜」
様子が違うことを敏感に感じ取ったか、落ち着きのない鳥へ、雪霞が微笑んで指を差し出す。
その上にとまって首を動かす鳥を見て、また雪霞の表情に笑みがこぼれる――。
彼らより少し進んだ先、ニーズヘッグを視界に収めながら、宙に浮いた秋月 葵(あきづき・あおい)がいつでもニーズヘッグに攻撃出来る用意を整える。
(ここは皆のためにも、憂いは絶った方がいい……だけど……)
葵の周りには、対話を試みようとする者、積極的な攻撃を控えようとする者が大勢を占めていた。
そして彼女もまた、『雪だるま王国』女王である美央に攻撃の一時中断を指示されていた。
だから葵は、攻撃するのは対話を試みる人達の結果次第、と決めた。ディテクトエビルを発動させ、ニーズヘッグの位置に反応を示すのを確認した葵は、会話によってニーズヘッグの邪念が揺らいでいくのか、結局変わりがないのか、見守ろうとする。
(もし、あたしが聞くことがあったとしたら……)
もし、自分がニーズヘッグと話をする時になったら。
「どうして多くの人々を傷つけてまで、イルミンスールを襲おうとしたの?」
……そう言ったとしたら、ニーズヘッグは何と答えるだろう。
(今は分からないけど、でも……結果次第では、あたしは戦う。
全力全開で、貴方を撃ち落す!)
心に決めた葵は視界に、リリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)が運転する小型飛空艇と、共に乗るミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の姿を認めた。
その、何度か見たことのある背中の持ち主は、今何を思っているのだろうか――。
(ニーズヘッグ……イルミンスールを食おうなんて、とんでもない奴だぜ。
……私としては地面に落としたいところだけど、説得組のお手並み拝見、だぜ)
リリウムの背中で、ミューレリアがニーズヘッグを見据えて心に思う。
周囲の生徒に事情を聞いていたところ、上空から戦闘中止を訴える声と生徒の姿が見え、まずは様子見と決めたのであった。
(説得に素直に応じるなら良し。そうでないなら……悪食竜には光の弾丸をたっぷり食わせてやる!)
最終的な判断はイルミンスールの生徒に委ねるものの、ニーズヘッグがシャンバラに災いをもたらす存在であると判断すれば、即座に翼を撃ち抜いて地面に落とす心積もりだった。
葵もミューレリアも、互いに異なる点はあれ、シャンバラに住まう力なき者たちを守る騎士として、自らの役目を全うせんとしていたのだった。
「あーあ、話し合いなんてメンドいことよくやるぜ。とりあえずボコスカ殴ってから言う事聞かせた方が早いだろが」
「……それも、場合によっては取りうる方法の一つかもしれんが……今は明らかにそういう雰囲気じゃないな。
これが状況が変わって、あの竜が敵意を剥き出しにして襲いかかってくるようなら、もっと単純な話で済むのだろうが……」
「俺は、暴れられるならなんでもいいぜ。消し炭にしてやんよ!」
「……おまえのその思考が、ほんのたまに、羨ましくなってくるな」
地上では、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)とヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)がそんな会話を交わしつつ、事の成り行きを見守っていた。
(今なら、ニーズヘッグに言葉は通じるらしい。もしかしたら、話し合えば理解しあう事が出来るのかもしれない。
……でも、彼がイルミンスールを傷つけ、イナテミスの人々に恐怖を感じさせた事実は変わらない!
彼には、どうしてこんな事をしたのか理由は聞いてみたいと思う。
だけど、それがどんなに納得する理由だったとしても、傷つけたという事実は変わらない。
それを無かった事にして和解なんて、俺には到底納得できそうにない!
……この痛みを、彼自身が思い知るようなきつい一撃をお見舞いしなきゃ、俺自身の気が済まない――)
そして、心の中で一人葛藤を繰り返していた相田 なぶら(あいだ・なぶら)は、傍に寄ったフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の視線に自嘲めいた笑みを浮かべて、呟く。
「分かってるさ。個人的な感情に任せて暴力を振るおうだなんて、勇者を目指してる奴が絶対やってはいけない事だって言うのは、分かってる。
……だとしても俺は、この感情を抑えることが出来そうに無い……!」
なぶらの言葉を受け止め、フィアナがフッ、と微笑み、言葉を発する。
「確かに、なぶらの行動は褒められた物ではありません。
……ですが、時には感情の赴くままに進む事も、必要ではないかと私は思います。
イルミンスールを守りたいというなぶらの想い、そこから来る行動であるのなら……私は、なぶらを見守りたいと思います」
「フィアナ……済まないな」
なぶらが、それだけを発してくるり、と背中を向ける。その背中に向けて、フィアナが心に呟く。
(なぶら……この事を切欠に、なぶらが今よりもっと、人として成長してくれることを、私は祈ります)
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