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リアクション
●イルミンスール:校長室
(お母さん、頑張ってください……)
背中を向けたまま、一言も声を発さず戦い続けているエリザベートを、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)が心配そうな眼差しで見つめる。
その時、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)と雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に付き添われる形で、ミーミルにとって意外な人物が姿を見せた。
「ビックリやー、起きたらイルミンスールが飛んどるんやもんなー」
「ああ、私も驚いているよ。……すまない、その……重くないだろうか」
「へっ、俺様がこの程度でへばるようなタマじゃねーぜ!」
「……ベア、頼もしいのは分かりますけど……あの、ヴィオラさん、ゴメンなさいっ」
ベアの肩の上でネラが物珍しそうな表情を浮かべ、ベアにお姫様抱っこをされる格好のヴィオラが恥じらうような表情を見せ、気にするなと言いたかったのだろうベアの言葉に、ソアがフォローを入れる。
「姉さま、ネラちゃん! あの、もう起きて大丈夫なのですか?」
「この大事な時に、私たちだけが眠っているわけにはいかないよ。
……ミーミル、母さんを連れ戻してきてくれて、ありがとう」
「さっすがちびねーさんやな!」
ミーミルに肩を借りる格好で立ち上がったヴィオラがそう言ってミーミルの頭を撫で、ベアの頭の上からネラが言葉を発する。
「姉さま、ネラちゃん……」
言葉を受けたミーミルは、自分だけでなく二人の『母』でもあるエリザベートを、もしかしたら二人の力で助け出したいと思ったかもしれないのに、それを口にせず力を自分の回復に投じたこと、今こうして『母』を助け出した自分にお礼を言ってくれたことが嬉しくて、涙を零しそうになる。
「さあ、皆さんで校長先生を支えてあげましょう!」
ソアの声に、ミーミルは涙を拭いて、キッ、とエリザベートを真っ直ぐに見つめる。ヴィオラとネラも加わり、『母』を応援する。
(イルミンスールはいつだって、優しくみんなを受け入れてくれる存在だったはずです……ヴィオラさんの時だって、ケイオースさんの時だって、そうでした)
――だから、今回も、きっと――。
「校長先生! 私達のイルミンスールを、本当の想いを、取り戻して下さい!」
「アーデルハイト様。……安易な力の使用を戒め、いかにして力を極力振るわず、知を以て物事を解決してみせるか。
それを最善とするのが、良い魔術師というものではありませんか」
アーデルハイトの下へ、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がやって来てそう切り出す。
「確かに、おまえの言うことに異論はない。
……で、そう切り出すからには、おまえは知を以て物事を解決するための腹案を既に持っておるのじゃろう?」
「そう言っていただけることは、光栄に存じます。
……私は、ニーズヘッグには、共に歩んでやれる者が必要に思えるのです。それも、できるなら同じ目線……つまり、対等に近い力を持つ者と……」
「……契約、か」
その短い一言だけでだいたいを察したと告げんばかりのアーデルハイトに、アルツールが頷く。
要は、エリザベートとイルミンスールの契約のように、ニーズヘッグとも契約をさせてはどうか、ということであった。
「イルミンスールの急激な成長は、校長の身に多大な負担を強いるでしょう。
無造作に伸びる樹はやがて枯れてしまう、イルミンスールには剪定が必要なのです」
「それを、ニーズヘッグに行わせる心積もりか。
イルミンスールは安定な成長を可能とし、ニーズヘッグは上質の食事を以て生き長らえることが出来る。
双方に取って矛を収め利益も得る……フッ、知を以てとはフカしとるのう」
「世界樹と契約できた校長を立てた上での提案です。アーデルハイト様も、明確に否定はできますまい?」
「……ああ、否定はせんよ。他にも案はあるじゃろうが、おまえの言う案が最も実現性に長けとるような気さえしてきおったわ」
アルツールとアーデルハイト、双方がフッ、と微笑を浮かべたところで、横からシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)の言葉が入り込む。
「僕も、アルツールの提案を後押ししよう。ただ、僕の視点は少し、違っているかもしれない。
……僕は、自分で言うのも可笑しな話だが、誇りある戦士だ。
そして、今の状況は、誇りある戦士が戦うべきではないと思うからだ」
無言のまま、視線だけで話を促すアーデルハイトに頷いて、シグルズが言葉を続ける。
「イコン、精霊塔、世界樹……。戦が、あまりにも人の手から離れ過ぎているからだ。
こんな人の手が離れ過ぎた戦場が増えれば、そのうち碌でもないことが起きるのは間違いない」
シグルズの言葉は、地球の歴史を見ていけば、現実味を帯びていく。
人の手で行われる戦争は、数千年前から行われてきた。その中で、死ぬのは人であり、殺すのも人であった。
常に人が戦争の中心にある時、人はたとえ争うべき相手であっても、一定の敬意を払ってきた。戦場で倒れた兵士を弔い、早期の戦争の集結を、二度とこんな悲劇を繰り返さぬと誓ったはずだ。
だが、人に代わり兵器が戦争の中心となった時、人は『ゼロにすれば戦争に勝つ』という、ただの指標と化した。
一人の人間が、何のためらいもなく、覚悟もなく、大勢の人を殺す。どれだけの個人の運命をねじ曲げ、人生を奪ったことを知らず、殺戮を重ねる。
そこに、人への敬意は存在しない。人は自らの手で、人をゴミ以下の存在へと貶める。
「ま、そうは言っても敵はこちらの都合お構いなしに攻めてくる。
だが、一口に戦いといってもその内容は千差万別。戦いを避けるための戦いもある。
それに、振るわれた剣に同じ剣をぶつける様な真似は下策よ。
……故にわしは、ニーズヘッグとやらをこちらの味方にする案を推すのだがな。アレの残した蛹の殻や鱗も、利用次第で結構な抑止力になろう」
司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が進み出、ニーズヘッグの鱗や殻をアルマインやゴーレムの外装に焼き込む案、ゴーレムやガーゴイルに対イコン兵装を持たせて数で押す案などを提案する。
そのゴーレムやガーゴイルは、普段はイルミンスールやイナテミスの作業用人員として扱えば、『宝の持ち腐れ』にならんだろ、とも仲達は付け加える。
矛を収めるためにどうするか。
その矛は持つべきなのか。
矛じゃなくてスコップを持つべきか。
彼らは、この先のことまで見据えた上で、意見を口にしていた。
(まさか、イルミンスールが飛んでしまうとは予想できませんでした……これは、どこまで成長するのか楽しみですね)
校長室で事態を目の当たりにしたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)がそんなことを思いつつ、アーデルハイトに自分の為すべきことを伝える。
「自分は、ニーズヘッグを説得しに向かおうと思います。
可能であれば、説得が無理だと判明するまでは総攻撃は控えて貰うように伝達をお願いします」
「ああ、そうしよう。おまえもうっかり喰われるよう、気をつけるのじゃぞ」
「ええ、気をつけます。では」
くるり、と背を向けて、ザカコが校長室を出ていく。彼と入れ違いに校長室にやって来たレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、アーデルハイトの下へ進み出る。
「おお、おまえか。どうじゃ、まだ痛むか?」
「俺には優秀な回復担当がいるんでな。……アーデルハイト、一つ提案がある」
パートナーの賞賛とも取れる言葉を口にして、レンが続けて口を開く。
「今回の戦いは、イルミンスールが帝国とでさえも対等に渡り合える力を有していると、世界にアピール出来る良い機会であると俺は考える。可能な限り映像などの戦闘記録を保存し、その有効な使い道を考えるべきではないだろうか」
「……なるほど、一理ある。戦争を未然に防ぐ、国として大切なことじゃ。分かった、こちらも出来る限り対処しよう」
「話を聞いてくれて感謝する。……では、俺は俺の用事を果たしに行く」
そう告げて、レンが校長室を後にする。
背後でパタン、と扉が閉まる音を耳にしながら、レンが心に思う。
(そう……世界が戦争だ、東西分裂だと叫ばれている中でも、イルミンスールは昔のまま……敵として出会った者にも手を差し伸べる優しを忘れないでほしい。
……そして、俺もその一員として振る舞えれば、それでいい)
そんな思いを胸に抱きながら、レンは飛空艇のある場所へと向かっていく――。
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