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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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第七章 マホロバ再生のために

 古来よりマホロバに生きる人々は、自然の恵みに感謝し、まじめに働き、先祖代々から続く農地や畑や蔵を守って生きていた。
 鬼と対立し、人と対立し、混迷の世にあっても、人々は懸命に生きた。
 桜の世界樹で扶桑である天子は、それを愛おしく思っていた。
 しかし、地上に新しく実らせる命のためとはいえ、噴花で彼らの命を奪ってきた。
 天子はだから、マホロバの安寧を願い続けるためだけの存在となり、統治を地上に生きるものに託した。
 彼ら自身の『生』を信じて――

卍卍卍


「貞継将軍……いや、前将軍様は、意識をとりもどされたものの、廃人同様になってしまわれたときいています」
 貞継が天子の前で行った所業と後の様子に、世間は「うつけの将軍」とさえ評するようになっていた。
「今、自分が何者か、何をしているのかも分からないとのことです」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は幕府の戦後処理について話し合う席で、苦しそうに報告していた。
 優斗は無事に、灯姫と契約することができたが、彼女の弟がそんな様子では手放しで喜べるものでもなかった。
「しかし、我々は、これからについて話し合う必要があります。私は、批判されてはいますが、大老楠山(くすやま)殿の幕閣主導型の体制は評価しているのです。今は、早急に、幕府を立て直す必要があると考えております」
 優斗のパートナーである諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が、閣僚候補を募りたいといった。
「適任であると思われる人物を推挙したいですね。貞継公が政治の舞台から身を引かれた後でも、困ることのないように……」
 孔明が草案の作成を申し出ると、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)のパートナー織田 信長(おだ・のぶなが)が、待ったをかけた。
「幕府を引っ張る長たる人物が欠けては、それも務まるまい。私は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)殿が将軍として治まればよいと思っておる。私も協力しよう」
 信長の発言に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が仰天して、慌てて言った。
「いくら何でも、将軍家に何の関係もないハイナが将軍になれる訳ないわ。次の将軍は白之丞様に決まったのでしょう? 『天鬼神の血』も当然受け継いでおられるわ。マホロバ統治の力はまだ鬼城の血で継続しているのよ」
 ローザマリアはちょっと考え込んでいった。
「ハイナはナラカ道人の時にそうしたように、核兵器による攻撃をいとわない人よ。私と同じアメリカ人だもの……あれで考え方は中々に冷徹よ。一国の主としても素質はあっても、マホロバの統治者としてどうか……私は現在の幕府が、マホロバを統治していくのが最善だと思ってる。葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)もそう望んでおられることだしね」
 マホロバ人羽搏輝 翼(はばたき・つばさ)も、房姫と鬼城家が幕府に携わるべきと考えるといった。
「房姫に瑞穂仕置きの為に起って欲しいのじゃがな。その上でエリュシオンをマホロバから叩き出せばこの地方の安定にもつながるじゃろう。それに……」
 翼は幕府側の重臣に尋ねてみた。
「貞継公が出兵前に書いた書状があると聞いたが?」
 翼の問いの通り、貞継は重要な任務に就いていた家臣達や功績のある者達を、幕府直参、つまり旗本に取り立てるべしと記していた。
「やはり……貞継公もそれを予知していたのかしらね。そう簡単に政治の体制を変えるなんて無理よ。世の中を一から作り替えるのと同じことなのよ」
 この席では、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が提出したという大老暗殺事件の主導者を記録した資料も出された。
 大老暗殺の件では、関係修復の改善が見込まれたが、瑞穂藩の脱藩浪士が襲撃者をして参加していたことは事実であり、幕府重臣側からは瑞穂藩に正式な釈明と処分が相当であるという意見がでた。
「まったく、これじゃ何も変わらないじゃないか。今、マホロバは扶桑の力も失われつつあって、疲弊してるんだぜ? そんな最高な隙をエリュシオンが見逃すとでも思ってんのか?」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)は、声を荒げて言う。
「俺は、幕府側でも葦原側でもなく、マホロバで生きることに決めたんだ。だから、一人のマホロバ人として動く。今、俺たちがやるべきなのはマホロバの人間が一丸となって天子が言った『マホロバを守る資格』って言葉の意味について考える事だろう」
 彼の声がだんだんと大きくなった。
「このままじゃ、いつまでもこんな事の繰り返しだ。扶桑の噴花こそが、今まで続いたやり方を変えられる 絶好の機会だったのに。少なくとも今の幕府やお前らに『マホロバを守る資格』があるとは俺は考えられねぇ」
「ふむ……幕府と瑞穂を手を組ませようという動きはあった。戦場ではな。そう光一郎から聞いている」
 いつの間にかちゃっかり紛れ込んでいたオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、茶をすすりながら言った。
「しかし、噴花に邪魔が入った。貞継公もそれを望んでいなかった。世界樹と国家神無くしてはマホロバは独立性を保てんだろうし。やはり貞継公が、あの場で死するより他なかったのでは……」
 オットーは言いかけて、慌てて口を閉じた。
「ま、まあ。内戦の戦後復興に瑞穂、葦原、米軍らの手を携えるため下交渉が必要だろうな……では、それがしは、葦原明倫館分校長に会う仕事があるので、これで」
 オットーが退席した後も、会議は紛糾していた。

 世界樹『扶桑』が枯れていく中、どうマホロバを再生していくのか。
 『噴花』をどうするのか。
 犠牲になっているの三人の巫女をどう救うのか。
 天子を出現させるのはどうしたらよいか。
 マホロバの政治体制をどうしていくのか。
 瑞穂藩の処遇をどうするのか、また、他の藩の動きがあった場合にどう対応するのか。
 諸外国とどう渡り合っていくのか。

 ――問題は山積していた。



「あー、鯉サンだー!」
 オットーが呼び止められた先で、ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)は女中奉公姿で店先の掃除を行っていた。
 彼女の出で立ちに驚いたオットーは何事かと尋ねる。
 ティファニーが掃除する店先の建物は、壁が赤く、二階には手すりがあり、妖しげで艶かしい。
 妓楼、遊郭と呼ばれる――いわゆる遊女屋である。
「こ、ここは……何をする場所か、ティファニー殿はご存知であるか?」
「……??? ミーは今日からここで働いてるデスヨ。まだ、見習いですけどネ。そのうちきれいな着物が着せてもらえて、お給料もたくさん貰えるって……ミーは面接、一発合格でしたヨ!」
「いや、だから、これをお忘れか? ティファニー殿は、これからマホロバの治世に関わる方。明倫館分校長とあろう者が、このようないかがわしい場所にいるなどと……」
 そういったオットーの手には、古びたメダルがある。
 ティファニーはそれを見て喜んでいた。
「ミーのグランパのメダル、大事にしてくれてるんですネ! でも、ミーは明倫館分校長の辞表をハイナ総奉行に出したデスヨ。これ以上、迷惑かけたくないデスからネ。それでいくところがなくなって……」
「な、なんですとー! 辞めたですとー!? おろろーん!!」
 オットーは魚目を白黒させていた。