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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

リアクション


chapter.11 失踪事件調査(2)・露呈 


 ひんやりとした冷たい空気が、その部屋には流れていた。しかし、それを感じることすら今の彼女たちには困難であった。周りはどこも暗闇で、より一層寂寥感を際立たせている。

 そこは、ある地下の一室だった。
 四肢を石を変えられ、身動きも取れず首から上くらいしか動かすことのできない状態で、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は幽閉されていた。彼女の両隣には、壮太が探していたコトノハのパートナー、夜魅と総司のパートナーアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)も同じように半石化状態でぐったりとしている。
「う……」
 ゆっくりと、つかさの目が開いた。どうやら気を失っていたらしい。つかさはその場から動こうとするが、固くなった両の足がそれを許さない。かろうじて動かすことの出来る首を回し、彼女は目を滑らせた。暗くてあまりはっきりとは見えないが、すぐ近くに人の気配を感じることから、自分ひとりがここにいるのではないと知る。同時に、それらの状況から自分を含めた何人かが攫われたのだということも。
 が、これは彼女の予想の範囲内であった。
「ふぅ……どうやら完全に閉じ込められてしまったようですね。まあ予想はしていたというか、予定通りではありますけれど」
 石化した自分の体を見ても彼女がうろたえなかったのは、あえてこの状況に自らを置いたからのようだ。
「しかし、捕まったのは良いのですが、さすがにずっとこのままでは色々と溜まってしまいますね……」
 意味深なことを呟きながら、つかさは小さくその名を呼んだ。
「バイアセート、バイアセート」
 それは、彼女のパートナーであり、彼女が現在装備している魔鎧の名だった。呼ばれた蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)は、無愛想に返事をした。
「あ? なんだよ」
「あなたにこんなことを頼むのも筋違いかもしれませんが、私の代わりにここの様子を探ってきてはもらえませんか? そして出来れば、脱出してここのことを他の方に伝えてほしいんです。最悪、私はこのままでも構いませんから」
 つかさが言った「予定通り」とは、そういうことだったようだ。つまり彼女は、潜入捜査の一環としてあえて自ら捕まることで、魔鎧であるバイアセートに綱を託したのである。が、彼女の予想に反しバイアセートの答えはそっけないものだった。
「お前の捜査を手伝えってことか? はっ、イヤだね。俺はお前をイジるのに忙しいんだからな」
 バイアセートの奔放な性格が、まさかの裏目に出た。が、バイアセートはすぐにつかさの現在の状態に気づく。
「ん? つうか手足がセメント状態じゃねぇかよ……俺はじたばた暴れさすのが好きなんだがよぉ」
 そう言うとバイアセートは、その姿を実体化させた。
「しかもなんだここはよ、薄暗いにも程があるだろ。明るいとこで恥ずかしがる女ってのが良いのに、閉じ込めたヤツは分かってねぇなあ」
「バイアセート……」
 つかさの言葉に答えることもなく、視線も外したままではあったが、バイアセートは確かに言った。
「しかたねぇな、行ってきてやるよ。他人に白く汚されたお前を締め付けたって、全然気持ち良くねぇからな」
 そのまま闇に姿を消したバイアセートを、つかさは安心した様子で見送った。その横顔に、声がかかる。話しかけたのは、夜魅だった。
「ねえ、何をしててここに連れてこられたの?」
「え? 私ですか? 私は失踪者の調査をしていたら数人の男に囲まれて……」
「……そう。あたしもほとんど一緒。きっとここにいる他の人たちも、そうなのかな」
 夜魅の声は決して暗くはないものの、どこか不安な影がつきまとっている。なんとか脱出したい。ママ――コトノハと連絡が取りたい。そう彼女は願っていたが、今の状態ではもちろんそれは叶わない。
「ここ、どこだと思う?」
 再び、夜魅がつかさに聞いた。不安を紛らわせるためか、あるいはより多くの情報を欲していたからか。
「空気や匂いから察するとどこかの地下室にも思えますが……はっきりとは」
 その後も、夜魅とつかさの会話は続いた。時折夜魅が呟くフレーズは、「ここから脱出したい」というようなものだった。そのために火術や氷術を駆使しようとするが、首から上しか自分の意思が関われないこの体ではそれらに頼ることも出来ない。あえて大声を出し、騒ぎ立てることで犯人を目の前に呼ぼうとも考えたが、つかさがバイアセートのことを話すと、その作戦も厳しいように思われた。
 やがて沈黙が戻った部屋の中で、ひたすら吉報を待たざるを得ないつかさたち。
「でも一体誰がこんなことしたんだろう……」
 頭の中である程度の予想を立てつつ、夜魅がぽつりと漏らした。それに反応したのは、アズミラだった。
「私が思う確かなことは……」
「え?」
 何か心当たりでも? そう思ったつかさと夜魅が聞き返すと、アズミラは表情を強めて言った。
「私が思う確かなことは犯人! あなたの顔を次見た瞬間私はたぶん……プッツンするだろうということだけだわ」
「え、ええ……」
「そ、そうだね……」
 さっきまでの沈黙が、また蘇った。

 アズミラが決め台詞をドヤ顔で言っているうちに、バイアセートは隠れ身とブラックコートを駆使しながら気配を消し、部屋の出口を探っていた。するとそんなに広い部屋でもなかったのか、すぐに扉が見つかる。それをピッキングで解錠したバイアセートは、ゆっくりと扉を開ける。その先に、人影はなかった。その慎重な行動は、彼の心情をそのまま映したようだった。
 ベストは、この場所の情報を集め全員で脱出すること。ベターは、情報を集め自分だけでも脱出すること。最悪なのは、情報が手に入らず自分自身も捕まること。
 バイアセートは優先順位を確認すると、そっと外の光を求めて行動を再開した。
 やがて階段が見え、すぐに明かりは見える。が、その明かりは太陽がもたらすような自然な光ではない。照明がつくりだす、人工的な光だ。
 直後、バイアセートは人影を見つけ息を殺す。
 ――ここは……?
 その目に飛び込んで来た光景は、さっきまで自分たちがいた空間とは似ても似つかぬ華やかな景色だった。



 その少し前、蒼空学園。
 学内では、失踪事件でこれ以上行方不明者を出さぬよう、天城 一輝(あまぎ・いっき)とパートナーたち、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)、そしてもうひとり、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)によって警備隊が組まれていた。
「これだけ失踪事件が目立っているのに、未だ被害者が出ていることは異常だな……学園を攻撃する愉快犯なら犯行声明のひとつでも出すはずだが、それもない」
 見回りをしながら、一輝が疑問を口にする。隣を歩くコレットはそんな一輝を黙って見上げていた。一輝の言葉に返事をしたのは、共に見回りをしている海豹仮面だった。
「しかも、予想では犯人が人外ですからねえ……俺はてっきり、犯人は学園内に紛れていても目立たない、人間だと思っていたんですがねえ。学園内での失踪でしたし」
 そこまで言って、海豹仮面は「あ」と何かを思い出したように言葉を直した。
「ゆる族とか悪魔とかもいる以上、人外でも目立たないと言えば目立たないんですな、そういえば」
「ああ、だからこそこうして警戒することが大事だ。特にコレット、丸腰のお前が今回一番危険なんだから、気をつけろよ」
「オヤブン、心配してくれるのは嬉しいけど、あたし大丈夫だよ。子供じゃないもん」
 どこか微笑ましくすらあるコレットの言葉。とは言え、当然学園の事件を解決したいという決心を持っているのは彼女も同じである。
「そうそう、ゆる族とか悪魔で思い出しましたけど、海豹村という村で俺は村長をしてましてね、そこも色んな種族が入村できる素晴らしい村で……」
「悪いが村の宣伝は後にしてくれないか」
 ぴしゃりと一輝に注意を受け、海豹仮面は残念そうに黙った。一輝は、至って真面目に犯人の姿や目的を推理する。
「さっきも言ったが、愉快犯でないとしたら、失踪者自身が目的という可能性が高いな。安否が気がかりなのはもちろんだが、犠牲は増え続ける一方だ。まるで、生け贄を求めているかのように」
「そうですな。このままでは入村希望者まで減らされないですねえ」
「そして、先日の調査で感じた腐臭……」
 海豹仮面の呟きをスルーし、一輝はそこからひとつの推論を立てた。
「もしや、犯人はアンデッドで、失踪者が生け贄になっている……というのは考え過ぎか?」
 もちろん、現時点でその答えは見つからない。いずれにせよ、これ以上失踪者を出す訳にはいかないと一輝はコレットを守るようにしながら警備を続ける。スニーカーを履いた彼の足は、いつでも身軽に動けることを証明していた。
 一輝とコレットが学内を警護している間、ローザとユリウスは小型飛空艇で学園の外を飛び回り、不審な者がいないか巡回していた。犯人が生徒に扮し学内で誘拐する可能性を考慮した上での、中と外に分かれた警備活動だった。小回りを利かせ、複雑な飛行を見せるローザとは対照的にユリウスの飛空艇は大きく円を描いて校舎を回っているだけだ。操縦技術に関しては、ローザの方が一枚上手なのだろう。が、ローザもユリウスも、それを特に気にしてはいなかった。
 監視している、という事実を対外的にアピールしているだけでも効果は違ってくる、というのがそれを成立させている根拠であったからだ。
 そしてこれより数十分の後、彼らの捜査網に起こった反応が事態を急変させる。

「う、うわぁああっ!?」
 突如、近くから悲鳴が聞こえた。顔を見合わせ、全速力でその声の元へと駆けつける一輝と海豹仮面。
 そこで彼らが見た光景は、女生徒として囮捜査をしていた光が、数人の生徒に囲まれ連れ去られようとしている場面であった。
「きっ、来たなこのっ……! 返り討ちに……!」
 全身をスイングさせ、どうにか抗おうとする光だったが一斉に囲まれ、動きを抑えられた状態ではまな板の上の鯉に過ぎなかった。
「放してっ、放してってば!」
 それでも光は必死で手足を暴れさせた。するとその右手が、光を取り押さえていた数名の生徒のうちひとりの顔面に当たった。同時に光は、ほんの少しの違和感を覚えた。
 通常なら、暴れるほど強い力で体の一部が顔に当たれば、大抵の場合何かしら声が漏れるなり仰け反るなりといったリアクションがあるはずである。が、光の手が当たったその生徒は、何の反応も起こさなかった。確かにその手には感触があったにも関わらず、だ。
 反射的に光は、その生徒の方を向く。
「……っ!?」
 生徒の顔を見た光は、目を丸くして口を開けたまま、呼吸も忘れ言葉を失った。
 そこには、皮膚の一部がべりっと剥がれ、腐った肉が剥き出しになっている生徒の顔があった。
「これは……!?」
 一輝、そして海豹仮面までもが立ち止まり、驚きを隠せない様子だ。が、その硬直を急ぎ駆けつけたローザとユリウスが解いた。
「何者であろうと、せっかくの現行犯を逃すわけにはいかぬのだよ」
 ふたりが小型飛空艇でかけつけ、退路を断つように軟着陸する。その声で我に返った一輝たちも、武器を構える。
「いつでも戦闘態勢に入れるようにしておいて正解ですなあ。しかし、本当に人外とは……」
 海豹仮面が目の前の生徒たちを見て言う。皮膚を剥がされた生徒はどうせ剥がれたなら、とでも言わんばかりにその両手で顔を掻きむしり出す。ぼろぼろと肌がめくれ落ち、彼らの前に現れたのはただれた頬とアンバランスな目、角が解け落ちた鼻に膿が溜まっている口という、世にもおぞましい人外の姿だった。
「アンデッド、か」
 一輝がやりきれない表情で呟いた。その意味に、周囲の者もすぐ気づく。
 目の前で生徒を連れ去ろうとしたのは、人ならざるモンスターだった。それで片付くなら問題ない。彼らが気になっていたのはもう一点。目の前の敵が、蒼空学園の制服を着て、最初はごく普通の生徒として紛れ込んでいたことだ。その事実は彼らに、ひとつの懸念を抱かせた。
 ――もし目の前のアンデッドが、かつて本当に蒼空学園の生徒だったとしたら?
 考える暇も戸惑う余裕も与えず、アンデッドたちは次々と皮膚を剥がし本性を露にして彼らに襲いかかる。