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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.18 サードアイ 


 涼司が蒼空学園へと戻った時には、もう夜になっていた。
 校舎に残っている生徒はほとんどおらず、がらんとした廊下を歩き涼司は校長室へと戻る。
「さて、まずはタウン内での情報をまとめるか」
 気合いを入れ、校長室の扉を開けた涼司は目を丸くした。
 そこには、一心不乱に壁を修理している五月葉 終夏(さつきば・おりが)の姿があったからだ。
「な……何やってんだ?」
「何って……壁を直してるんだよ。壊しちゃったのは私だからね」
 涼司の驚きの声に、終夏はさも当然のように返事をした。終夏が涼司の方を向くと、今度は彼女が驚く番だった。
「あれ、眼鏡かけてる……?」
「ああ、これか。生徒に渡されてな。余裕を持てってよ」
 涼司の返事を聞いた終夏は、それ以上特に眼鏡には触れなかった。終夏はすっと立ち上がると、壁際から涼司の近くへと歩いてくる。
「あのー、ええとね」
 壁をちらちらと見つつ言い出しづらそうにしているが、やがて彼女は頭を下げると同時に涼司へ言った。
「壁を壊したことは私が悪い。ごめんなさい」
 先日校長室に突然乱入し、一方的に涼司に言いたいことを言った挙げ句壁を殴って破損させた彼女は、その一連の出来事について謝った。彼女としては、どう怒って良いか分からず、ただ感情に委ねてしまったことを反省しているのだろう。
 目を斬ったり、自分をなにかと大事にしない人。そんな風に彼女の目に映ったからこそ、壊れた壁が目の前にあるのだと彼女自身もどこかで分かってはいるのだろうが。
「あ、ああ、いや、もう大丈夫だから、そこまで張り切んなくてもいいんだぜ」
 夜通しで作業しかねない勢いの終夏を見て、涼司が言った。ふたりの間には、終夏のパートナー、シンフォニー・シンフォニア(しんふぉにー・しんふぉにあ)が早くも眠たそうにうとうとと船をこいでいる。
「いや、もうちょっとで終わるから、そしたら帰るよ」
 そう言って、終夏は再び壁の修理に戻った。彼女のそばにあるセメントの匂いが、気づけば部屋を埋めていた。
「……換気しないと、体中セメント臭くなっちまうぜ」
 帰らせることを諦めたのか、涼司は部屋のドアを閉めると代わりに窓を少し開けた。冷たい風が、びゅうっと部屋に流れ込んでくる。その風に混じって、終夏の声が聞こえた。
「そういえば、アクリト学長との話し合いに行ったんだよね。どうだった?」
「ん? ああ、まあ完全に独立を認められたわけじゃないけど、それなりにこっちの主張は通してきた」
「……そっか」
 少しの沈黙。セメントで壁を埋めることは出来ても、この隙間までは埋まらなかった。
「ねえ」
 だから、終夏は言葉を足す。隙間を埋めようと。
「眼鏡が君には必要だって言ったこと、憶えてるかな」
「ああ、憶えてるぜ。その直後殴られそうになったこともな」
 壁を見つめる涼司が、終夏の隣に座る。どうやら作業を手伝うことにしたようだ。悪戯半分で言った涼司の言葉に、終夏はごめんと謝った。
「冗談だよ」
「うん、分かってるけど、ほら、こうして壁に穴も空いてることだしさ」
 そのまま、彼女は言葉を続けた。
「アレはね、自分を大事にしてほしかったから言ったんだ」
「自分を?」
「眼鏡を弱い部分だと否定して、その否定した部分を切り捨てる……それがなんだか、淋しくてさ。前も言ったけど、アレは思い出なんだよ。人を活かすのは人だけど、自分を活かすのは自分じゃないと手に余るじゃないか。だから、なんて言うんだろう、大事にしてほしかったんだ」
「大事に、か。それならもう、大丈夫だぜ」
 支えられることの大切さを思い知らされたばかりの彼は、終夏の言葉に元気良く返した。終夏は短く「なら良かった」とだけ返す。再びの沈黙が生まれる前に、終夏は口を開く。
「良かったらさ、君が考える答えは、誰のためにあるのかを次会う時に聞かせてほしいな」
「答え? そう言えばこないだも答えがどうとか言ってたな。それってどういう……」
 涼司の言葉を待たずに、終夏が立ち上がった。見ると、壁はそれなりに元の姿に近い形へと戻っていた。
「じゃ、帰ろうかな。壁も戻ったし」
「なあ、答えって一体……」
 涼司を無視するように、終夏は部屋の出口へと歩き出す。そしてドアに手をかけ、廊下へと出た終夏は顔だけ振り返って涼司に言う。
「あ、そうそう。色々話してスッキリしたから、この際これも言っとこうかな」
「?」
 疑問符だらけの涼司に、終夏はたった一言、それを告げた。
「山葉君、好きだよ」
 バタン、とドアが閉まる。
「……え? い、今なんて……」
 部屋に残されたのは、混乱しきった涼司と目を閉じすっかり眠りこけているシンフォニー。終夏の真意を確かめようにも、今の涼司は壁に穴を空けられた時以上の衝撃に襲われ、立つことすら出来ないでいた。
 しかし、廊下の窓からのぞく薄い月だけは、終夏の独り言を聞き、その真意を見ていた。
「……あーあ、本当は言わないでいようと思ったんだけどな」
 それでも、後悔はしていない。本気でぶつかっていくには、向かい合うには今のままではダメだと自分自身感じていたからだ。
 自分をなにかと大事にしない人。いつも無茶をして、けれど放っておけない人。どんなに落ち込んでも、諦めることをしなかった人。
「眩しいなあ、まったく」
 月に向かって囁く。きっとそれは、涼司に言わなかった言葉の切れ端。月は、黙ってそれを見下ろしていた。



 とある部屋の一室。
 夜薙 綾香(やなぎ・あやか)とふたりのパートナー、アポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)アカシャ・クロニカ(あかしゃ・くろにか)らがパソコンと向かい合っていた。周辺にそれらしい器具があることから、研究室のようなところだと思われる。
「マスター、学長と校長の会談は行かなくて良かったんですかぁ?」
「今の山葉がお山の大将かどうかなど、学長なら見極められるだろう。私が口を挟むこともなかっただろうよ」
 アポクリファの質問に、綾香が答えた。
「それよりも、だ。校長の気がかりを減らしてやった方が、今後の学校運営に役立つだろう? だからこうして、色々と調べものをしているのだよ」
 どうやら綾香は、魔道書であるパートナーたちを駆り出して、失踪事件を中心に調査をしているようだった。
「多数の人間が関連性もなく自発的にいなくなるとは考えにくい。まあ状況を聞くに、誘拐の線が濃いであろうな。とりあえずタウン内で話題になっているタガザ、そして女性失踪事件で調べたものの……タガザがいわくつきであるということくらいしか手がかりはなかったな」
「そもそも、誘拐事件というのは確かなんですか? 世間では失踪事件となってますけども」
 アカシャが疑問の声を上げるが、綾香はそれをはっきり肯定する。
「私の予想はよく当たるからな」
「よ、予想って……」
「予想ついでに言わせてもらうと、おそらく誘拐された女性らは何らかの贄にさせられているな。先刻、蒼空学園にアンデッドが出たということを小耳に挟んだ。となれば、アンデッドを使役する者が当然いるだろう。それは何らかの術者であると見れば、贄の存在も見えてくる」
「……アンデッドが学園に出たということは、さては誘拐だとその時から知ってましたね?」
 アカシャが、意地の悪い綾香をじとっと睨む。当の綾香はどこ吹く風で、ふたりの魔道書に告げる。
「さて、ここからがお前たちの出番だ。集まっている情報から、今回使われていそうな魔術を推測するのだ。女性を贄とした、アンデッドが関わっている魔術といったところか」
「マスター、該当しそうな術式が多すぎますよぅ……」
「アポクリファ、文句を言わず黙って調査をするのだ」
「というか、論理が飛躍しすぎでは? 贄だの術者だのという根拠はあるのですか?」
「根拠? 私の勘だよ」
「勘、ですか……先程から予想だの勘だのが多い気がしますが……まあ流石は直感の魔術師、としておきましょうか」
「なに、魔術師の勘はよく当たるのだよ。それと、タガザ・ネヴェスタという人物からは我々魔術師と同じ匂いを感じるのだ」
「……それも、勘ですよね?」
「無論だ」
 半ば諦めたような様子で、アカシャとアポクリファは調査を進めた。
 数時間が経った頃だろうか。
 アポクリファが、綾香の仕入れた情報を片っ端から整理し少しでも該当しそうな術を一通り彼女に提示した。
「マスター、このくらいが限界ですぅ……」
「うむ、よくやったぞ」
 箇条書きで簡単に書かれたその紙を、綾香は音読した。
「ふむふむ……人体をアンデッド化させる術に、女性の生き血を集める術、パワーストーンでキレイになる術……最後のはちょっと怪しいというか、術ではない気がするの」
「今思ったのですけれど、魔術関連でしたらわたくしたちのデータで賄える気はしますが、パラミタ由来のものですと、魔道書の性質上、色々と制限がかかるかもしれませんね」
「それはつまり、こちら側の知らぬ術を使っている可能性もあるということか?」
「はい、残念ながら……」
「むぅ……電脳空間も魔術も私のテリトリーなんだがな……」
 どこか悔しそうに、綾香はパソコンをいじり出した。と、そのパソコンの動きが急に鈍くなる。
「む?」
 それは、パソコンが自動でアップデートを始めたせいで処理が重くなる現象であった。
「この、自動アップデートというものは本当にやっかいだな」
「けれど、こうすることで最新の状態にパソコンを保てるわけですし」
 アカシャのその言葉を聞いた綾香が、何かを閃いたように突然目を丸くし、声のトーンを上げて言った。
「それだ。素晴らしいぞ、アカシャ」
「え? な、何がでしょう」
「仮にだ。仮に、タガザの美貌が、さらわれた者たちのお陰で成り立っているとしたら、あながちさらわれた女性たちは贄と言っても間違いではないのではないか?」
 綾香はにやりと笑みをこぼし、言葉を言い換えた。
「言うなれば、自らをアップデートする魔術というところか。そしてそのダウンロードに必要なものが女性たちだとしたら……」
「マスター、何か掴んだの? でもそんな術、普通の術式には……」
 アポクリファの言葉も耳に入らない様子で、すっかり興奮した綾香はパソコンの画面を見つめながら高らかに告げた。
「私からそう容易く逃げられると思うなよ……!」



 照明が落ち、暗いだけの空間。
 昼間は華やかな光に包まれた、人で賑わう場所だ。明かりもつけず、タガザはひとりそこに立っていた。周りには、動かぬ人形が彼女を囲むように色とりどりの服をまとって立っている。
「ああ、アクリト、やっと会えるのね。これで私はもっと美しくなれる」
 タガザが笑みを浮かべた。踊るようにステップを踏む彼女の指には綺麗なアクセサリーがはめられており、暗がりの中でキラリと光を見せては彼女の微笑みを浮かび上がらせる。それは、背筋が凍るほど冷たく、美しいものだった。
「講演会の日が楽しみで楽しみで……ああ、その一日が終わった後のアクリトを想像しただけで感じそうよ」
 アクリトと面識すらないはずの彼女は、恍惚の表情でその名前を呼ぶ。

 そんな彼女の思惑や、アクリトの胸中、涼司の思い。さらに、蒼空学園で起こっている失踪事件や生徒会運動。愛美の肌が示す、魔女の痕跡。様々な事象が絡まり合う中、その日は訪れた。


担当マスターより

▼担当マスター

萩栄一

▼マスターコメント

萩栄一です。初めましての方もリピーターの方も、今回のシナリオに参加して頂きありがとうございました。
リアクションの公開が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。

リアクションの判定などについて、少しだけお話させていただきます。
情報収集アクションなどは、より具体的に「○○について調べる」など書いていた方を優先し、
極力それに沿うような情報を提供させていただいたつもりです。
逆に情報収集アクションがうまくいかなかった方は、具体性で差があったとお考えいただければ幸いです。

蒼空学園での新生徒会発足は、次回色々決定すると思います。
詳しくは次回のガイドなどで書かせていただきたいと思います。

リアクションで捕えられている生徒さんは、本文にある通りまだ救出されていません。
該当の方々は、次回はその立場でのアクションしかかけることができません。ご注意ください。

なお今回一番シビアに判定したのは、タガザとの接触についてです。
前回の「それを弱さと名付けた(第1回/全3回)」1ページ目にある、
「追加取材 タガザ・ネヴェスタ」というヒントワードをきちんと拾いライターと接触しようとした方以外は、
残念ながらタガザに会うことが出来なかったという意地悪判定をさせていただきました。
逆に、小さいヒントを見逃さず、「トップモデルと会うことの困難さ」を無事達成できた方は、
ボーナスとして気持ち多めに描写しております。
今回も所々に次回へのヒントをちりばめましたので、上手く当ててボーナスを狙うのも面白いと思います。

なお今回の称号は、MCLC合わせて2名のキャラに送らせていただきました。
ちなみに称号の付与がなくても、アクションに対する意見などを個別コメントでお送りしているパターンもございます。

次回、最終回は2月中にガイドを出す予定です。詳しく決まりましたらマスターページでお知らせします。
長文に付き合っていただきありがとうございました。また次回のシナリオでお会いできることを楽しみにしております。