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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

リアクション


chapter.8 遭遇 


 タガザに会おうとしていたのは、レンたちや沙幸、一、陣たちだけではなかった。黒崎 天音(くろさき・あまね)と天音のパートナーであるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)、そしてコトノハのパートナールオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)らは、あえて最初からタガザに行くことはしなかった。
 タウン内に流れている動画、そこに出てきた取材ライターとの接触を試みたのである。動画配信サイト同様にクレジットに名前が乗っていたそのライターは、公にも情報を公開しておりコンタクトを取るのはそう困難ではなかった。
「この動画はシリーズものなんだね。最初にアップされた日付がここ最近ということは、またインタビューを行う、ということだよね」
 天音は動画を見終えた後、沙幸よりも先にそのビルへと足を運んでいた。そして会社の受付を通じ、自分が薔薇の学舎のイエニチェリである旨、美について話をしたいという旨を伝えライターにアポイントを取ることに成功したのだ。
 そして天音は今、会社があるビルではなく小さなスタジオに来ていた。周りには、既に撮影が行われたのか、これから行われるのか、何パターンかのセットが配されている。スタジオのあちこちで、カメラマンが忙しなく歩き回っているのが見えた。天音がいるのは、そのセットの裏、簡素なテーブルとイスがあるいわば休憩スペースのようなところだ。
「ここで待ち合わせなんて、ライターさんもよっぽど多忙なのかな」
 どこかのカフェあたりで会うことを想像していたのか、天音が意外そうに言う。
「それにしても、助かった。単独よりも、こうして複数で話を持ちかけた方が話を聞きたいという説得力が増すし、応じてもらいやすいからな」
 天音と共にこの場にやってきたルオシンが、軽く頭を下げる。彼もまた、ライターからタガザへの繋がりを期待してここへ足を運んだひとりだった。
「それにしても、ネットで情報を集めたと思ったら今度は評判の美人モデルへ、か……理由はあるのだろうが、あの女は何故か危険な気がするな」
 周りには聞こえぬよう、ブルーズが小声で天音に言う。天音はそれを、軽く笑って受け流した。そんな彼にブルースの忠告が飛ぶ。
「笑っているが、ドラゴニュートの勘は当てにならんか? 油断はするな、ということだ」
 それはもしかしたら、自分への戒めも込めて言った言葉なのかもしれない。失踪事件に巻き込まれた被害者が女性ばかりという事実が、彼の警戒心をどこか緩ませていたからだ。もっとも、彼らがライターと接触したとして、タガザまで辿り着ける保証もないのだが。

 そうこうしている内に、件のライターは姿を現した。別段変わったところのない、ごく一般的な外見の男だ。
「どうも、待たせてしまって申し訳ない」
 若干急がしそうに、男は片手を前に出した。ルオシンが名刺を渡したのをきっかけに、天音も挨拶を済ませる。
「ええっと、美について語っていたタガザさんの話がしたいんだっけ?」
 席に着くなり、ライターの男が言った。本来であればタガザ自身と対話をしたかったが、初手で王手は取れない。天音は一旦頷こうとしたモーションを止め、別の言葉を発した。
「それもあるけど、他にも色々聞きたいことがあってね」
 天音がまず浮かべたのは、センピースタウンで流れている噂についてだった。
「どうも彼女には、良くない噂――周りのモデルが失踪するなんていうものが付きまとっているみたいだけど、それは本当なのかな?」
「ああ、ネットで流れてる話だね。まあ表舞台に出てこなくなったのは事実だけど、消息を絶ったのかまでは定かじゃないね。きっと、彼女の美貌を間近で見て自信をなくしてしまったんじゃないかな」
 男が答えると、天音は矢継ぎ早に次の質問を投げかけた。
「へえ。やっぱりそれほどの美人なんだね。ちなみに、失踪といえば今蒼空学園でも失踪事件が起きているみたいだけど、それについては何か知らないかな?」
「それも、ネット上で聞いたなあ。でも済まないね、僕の担当は芸能部だから、そういった事件の類については君たちと同じくらいの情報しか持ってないよ」
「そうなんだ、残念だな」
 ネット上に集まっているエンドユーザーの噂話だけでなく、ジャーナリスト目線からの現実的な情報網を得ようとしていた天音は、若干の肩透かしを食らった感を味わった。
「いやあ、あんまり役に立てなくてごめんよ。あ、代わりにって言ったらなんだけど、面白い話があるよ」
 ぴく、と天音の瞳がその言葉に釣られて微かに動いた。
「君がさっきから持ち出す噂話は、アレだろう? センピースタウンで掴んだものだろう?」
「うん、確かにそうだけど……」
「あの仮想空間についてはちょっと意外なエピソードがあってね」
 これもどこまで本当の話かは分からないけど、と前置きをしてから彼は言った。
「あのセンピースタウンの『センピース』ってのは、キャンパスから来てるんじゃないかって説があるんだ」
「キャンパス……大学、だよね」
「そう。大学に入れなかったけれど、コンピュータに関しては秀でていた何名かが、有志で団体を立ち上げつくりだしたのがあのタウンだって説も、一部ではあってね。まあ、他にも色々他説があるみたいだから、どれが有力な説なのかまでは僕は知らないけど」
「なるほど……これは興味深いね。タガザと同じくらい」
 微笑を浮かべながら天音が言うと、横にいたルオシンがちょうど良いとばかりに話に入った。
「彼女、タガザは一応芸能人なんだろ? 所属事務所とかは分からないのか? 有能なマスコミの君なら知っていそうなんだが……」
 持ち上げ、情報を引き出そうとするルオシンだったが、その答えは彼が予想していなかったものだった。
「事務所ねえ……僕も色々調べてはみたんだけど、おかしなことに彼女の所属している事務所が見つからないんだ。彼女の撮影やインタビューができるのは、彼女がよく現れるってお店に行って運良く彼女とやり取りができた時だけさ」
「よく現れる店? では、おまえはタガザとそこで接触したことがあるのか?」
 ブルーズが詰め寄る。が、男は首を横に振った。
「直接会えたのは、こないだのインタビューの時だけさ。お店に行ってもいつもいないんだ。だからこっちの連絡先と依頼を紙に書き残すなり他の店員さんに伝言を頼むなりするしかない。実際にアポが取れる確率なんて、奇跡に近いくらいだよ」
 たまたま、彼女の気まぐれでインタビューは成功したんだ、と男は誇るでもなく、むしろ自嘲気味にそう呟いた。同時に、彼が時計を見る。
「おっと、もうこんな時間か。ごめんごめん、これからそのタガザさんの第2回インタビューがあるんだ。じゃあね」
 そう言い残し、男は立ち去ろうとする。がしかし、当然それを聞いて3人は大人しくしているはずがなかった。これからタガザのインタビューがある。そして今いる場所はスタジオそばの休憩室。この状況で、これからここにタガザが来ると予想できない者がいるだろうか。
「せっかくだから、少しだけこの目で見てから帰りたいな」
 天音が言う。最悪、あらゆる手段を用いてでも粘るつもりだったが、男はインタビューの準備で忙しいのか、特に追い出す真似もせずレコーダーの調子を確認している。

 そこに、彼女はやってきた。

 最初に彼らの五感を刺激したのは、とろけるような甘さを携えた高貴な匂いだった。その香水の匂いは鮮明すぎるほどに香り、瞬く間に鼻へと流れこんだが決して不快感を覚えるようなものではない。
「おまたせ。さあ、今日はインタビューと歌の収録ね」
 次に一同に届いたのは、声。凛とした中にも艶気を含んだその声で歌う歌はさぞ聞く者の心を縛るだろう。
 直後、スタジオに、彼らの前に彼女はその姿を現した。途端に、場の空気が変わる。花が舞い込んできた、なんて表現では足りないほどの変化。そう、景色が花畑へと変わったというくらいの。自然に、周囲から感嘆の声が漏れる。
「あ、で、では先に収録の方をどうぞ。その後でインタビューを」
 はっとしたような様子で、ライターの男が立ち上がりイスをどかした。
「……あら? なんだか学生さんたちがいるみたいだけど?」
 タガザが、天音たちに気づいた。
「あ、すいませんすぐにどかせます」
 せっかく訪れたインタビューの機会を失わないためだろうか。タガザの一言で、さっきまでとはまるっきり態度を変えた男が彼らをスタジオから出そうとする。が、直接接触できるこの機会を逃すまいと感じていたのは何もライターだけではなかった。天音が、大胆にも男の制止を振り切りタガザに近づく。
「初めまして。実際に見ると、本当に美しいね」
「あら、ありがとう。ファンの子かな」
 タガザは避けるでも訝しがるでもなく、どちらかと言えば軽くあしらうように返事をした。
「貴女にどうしても聞きたいことがあってね。名前についてなんだ」
「熱心な子ね。名前について何が聞きたいの?」
「タガザ・ネヴェスタというのは、中東系の響きを感じる名前だけど……芸名なのかな?」
「本名よ……って言いたいところだけど、ご想像にお任せしますとしか言えないのよね」
「そうなんだ。てっきり僕は、何か意味があるのかと思っていたよ。たとえば……貴女の存在が、貴女を見つめるすべての男たちにとって美しい花嫁である、なんて風なね」
 天音は、おそらく心からそう思って話したのではないだろう。むしろ探りを入れるため、誘導尋問に近いセリフなのではないか。
 目の前のこの女性は、剣の花嫁なのでは?
 天音は、彼女の名前を聞いた時からそんなことを考えていた。なぜなら、彼女が持つネヴェスタという名が、ある地方では「花嫁」と訳されることを彼は知っていたからだ。もちろん、何の関連性もないかもしれないし、たまたま地方の言語で合致した単語が存在しただけかもしれない。それでも天音は、聞かずにはいられなかった。
「賢い子ね。でもね、私はまだ花嫁さんになったことはないの」
 天音の意図を知ってか知らずか、タガザはそう返した。その直後、彼女の携帯が鳴る。
「もしもし? ふうん、そう。やっとその仕事が出来るのね。楽しみよ」
 どうやら、また何か新しい仕事が彼女に舞い込んだらしい。電話を閉じたタガザは、「もう時間なの、じゃあね」と短く告げ、セットの方へと向かっていった。
 周囲にいた警備員に追い出される天音たちを尻目に、タガザは右手にマイクを持った。
 照明が落ち、次々とライトが浮かぶ。それを浴びながら彼女が歌う歌は、見えない雨を降らしたかのようにその大気を浸していった。