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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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リアクション

 
 イナテミス中心部から飛空艇発着場、また、イナテミス中心部からイナテミスファームまでは既に、整備された陸路によって結ばれていた。
「ま、精霊たちが手伝ってくれたんだ、そこは完成していたっておかしくねぇ。
 でも、流石に他ん所はまだだろ……と思ったら、ごらんの有様だぜ」
「……静麻、その使い方は正しいのですか?」
 
 シャンバラ建国に関する流れやニーズヘッグ襲撃によって中断していた、イナテミス各地を結ぶ道路建設を再開するべく、クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)を連れて現地にやって来た閃崎 静麻(せんざき・しずま)は、敷設予定地の具合を確認してやれやれ、とため息をつく。
 
 そう、当初予定していた計画は、既に九割方(完成していないのは、イナテミスファームからイナテミス港を繋ぐ陸路)完了していたのだった。
 総延長約二百キロメートルの道が、たった三ヶ月で完成するかよというツッコミは、静麻たち契約者だけで一ヶ月の間に約三十キロメートルを繋いだ実績を考えれば、その間に作業を手伝っていた精霊と人間たち、例えば二百人が事業を引き継いだとして(この時点でイナテミスの人口は二万を超えており、労働人口は六割として、一万二千。その内の二パーセントとなれば、非現実的な数字ではないだろう)、非契約者である以上仕事量は一人当たりせいぜい二割(これはあくまで、道路敷設といった単純作業において、である。例えばモンスターと戦う場合、非契約者は契約者の百分の一、あるいはそれ以下になるだろう)としても、契約者四十人分が作業を行ったと換算できる。
 三ヶ月前は契約者十人程度で三十キロメートル、今回は期間三倍で、人数は四倍。
 計十二倍の労働力をもってすれば、総延長二百キロメートルの道路を敷設し終えていることにも、一応の理由が付けられようか。
 
「ま、アスファルト舗装とかじゃなく、本当にならしただけだがな。
 それでも段差とか石ころとかなけりゃ、車は走れる。だからここに来る時に、車を何台か見かけたんだな。
 しかもあの車、見たことねぇタイプだな。どんな車を用意しやがった?」
 
 イルミンスールで使われている車(人や荷物を輸送する乗り物)は、地球のように化石燃料や電気が普及していないことを踏まえ、アルマインに使われている技術を応用した作りになっていた。科学嫌いのアーデルハイトが半ば意地になって用意したらしい。
「まったく……イナテミスの住民も全員空を飛べる様になれば、このようなことをせずとも済んだのじゃが」
 ブツブツと文句をつけるアーデルハイトだが、イルミンスール(を含む)生徒やイナテミスに住まう精霊はまだしも、イナテミスに住まうシャンバラ人は空は飛べない。
 そもそもイナテミス領内は、陸路推奨(空を飛べる乗り物でも、地上付近を飛ぶように取り決められていた)である。となれば、地面を走る(あるいは、地面付近を飛ぶ)乗り物を用意する必要に駆られるだろう。
 しかも結局の所アーデルハイトは、ここで試験運用された乗り物をパラミタ各地や地球に輸出して外貨を得ようとしているのだから、したたか、という他ない。
 
「その辺りも、イナテミスの町長や精霊長に聞けば教えてくださるのではないでしょうか。
 あるいは、今回の敷設を取り仕切った責任者がいるはずです」
 クリュティの言うことには一理あった。どんなに小さなプロジェクトでも、必ず一人は責任者がいるものである。
「よし、行くか」
 
「ああ、君たちが例の道路の立案者か。君たちが綿密な計画を立ててくれたおかげで、街の者の作業が滞りなく進めることが出来た。
 事後報告になってしまったことはすまなかった。改めて、私から礼を言わせてくれ」
 庁舎に辿り着いた静麻が事情を話すと、しばらくの後二人は町長室に通され、カラムから感謝の言葉を授かる。
(綿密な計画、ねぇ……。ま、一悶着あったことで、実現可能な計画になってったっけな)
 静麻が、初期の計画を思い返し苦笑する。当初の計画は今思い返せば相当無謀で、契約者から反対の声が上がったことで現在の実現可能な計画に落ち着いた経緯があった。
「実際の指揮は、そこのフリージア君が執ってくれた。詳しいことは彼女から聞いてくれ」
 カラムの紹介を受けて、精霊の女性(女性にしては長身・金髪ロング・雰囲気はお淑やかな感じ)が静麻に挨拶する。
「初めまして。わたくし、『サイフィードの光輝の精霊』フリージアと申します。
 セイラン様よりお話を伺い、此度の指揮を執らせていただきました。
 静麻様は計画の立案者ということは、セイラン様より伺っていました。こうしてお会いすることが出来て、光栄に思いますわ」
「お、おう」
 恭しく頭を下げられ、静麻は居心地の悪さを感じる。自分の性格(必要と有らば事実をねじ曲げ、人を躊躇いもなく騙す)からして、精霊には好かれないと思っていただけに、フリージアの態度は予想外であった。
(……ま、事実を知ってどうなるか、だな。とりあえずは必要な情報を得ておくか)
 
 町長室を出た一行は、情報交換のため、手近な喫茶店へと向かう――。
 
 
「リア、セラ、準備はよろしいですか?」
「ああ、僕の方は問題ない。大工セットも用意した、今日は存分に力を発揮できるぞ」
「セラも準備バッチリだよ〜♪」
 
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)の声に、リア・リム(りあ・りむ)シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が頷く。
 三人はこれから、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)たちと『希少種動物保護区』の世話をする手筈になっていた。エリュシオンの介入が止まり、現状は落ち着いた事態の中、可能な限り保護区の安全を確実にしたい思いからであった。事前に保護区の協力者であり、『イルミンスール鳥獣研究所』の所長でもあるディル・ラートスンにも話を通し、ディルもパートナーのエルミティ・ラートスンと共に保護区を訪れることを確約していた。
「さ、行きましょう!」
 清々しい朝日の中、ルイ一行は保護区へ出発する――。
 
「あっ、ルイさーん! リアさんセラさんも、おはようございまーす!」
 ルイ一行が保護区の入り口についた時、既にミレイユとシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)は先行して到着していた。
「ディルさんとエルミティさんは、もう少しで着くって! それにね、今日はなんと! ニーズヘッグも来てくれるんだよ〜」
 どこか誇らしげに胸を張って、ミレイユが報告する。顛末はというと――。
 
「あっ、ニーズヘッグ? 今大丈夫?」
『……おう、どうしたミレイユ……あぁ、そっか、昨日はここで寝ちまったのか』
「へ? どういうこと?」
 ニーズヘッグに電話をかけたミレイユは、応答したニーズヘッグから、昨日はイナテミスファームで夜通しパーティーをしたことを告げられる。
「そうなんだー。じゃあ、今すっごい近くにいるってことだよね?
 よかったらでいいんだけど、今から来てもらえるかな〜? あのね、前に話した、ワタシが守りたかったものを、ニーズヘッグに見てもらいたいの」
 もしかしたら「けっ」とか言われるかも、と思ったミレイユに、次いで聞こえてきたニーズヘッグの声は。
『……ま、どうせ近くにいんだしな。いいぜ、付き合ってやるよ』
 相変わらずの口の悪さながら、あっさりと了承の旨を告げたのであった。
 
「……ほらよ、来てやったぜ。……なんだ、ルイも来てたのか。
 この三日ばかしでオレ、随分契約したヤツらと会ったことになんじゃねーのかぁ?」
 そしてやって来たニーズヘッグが、そんな冗談を口にする。ちなみに現時点で契約者は十三名(一人増えた)であるが、その内七名と会っていることになる。
「やあ、待たせてしまったかい? それにしても、ここまで来るのも随分楽になったね。
 もっと時間かかるかと思っていたよ」
 しばらくして、ディルとエルミティが合流する。ディルの言う通り、空路と陸路がそれぞれ発展を遂げたことで、イナテミスからザンスカール、あるいはその向こうへの移動も大分楽になっていた(それでも、ディルの普段住まう研究所からは流石に日帰りでは遠く、彼らはイナテミスで一泊してからここに来ていたが)。
「皆さん、今日は張り切っていきましょう!」
「ああ待てルイ、先行するな、一人で行ったら迷子になるのは確実だからな!」
 スマイルを浮かべながらズンズンと進んでいこうとするルイを、慌ててリアが引き留め、共に保護区内へと入っていく。
「セラだよ、よろしくね!」
「ああ、こちらこそよろしく。多くの人に見守られて、保護区の動物たちはきっと幸せに思っているよ」
 セラが早速ディルたちに挨拶をし、既に打ち解けた雰囲気で後に続く。
「農場の次は、森か……。単なる街だと思ってりゃ、そうでもねぇみてぇだな」
「向こうには公園も出来てるみたいだよ。今度また機会ある時にでも行ってみようよ」
 そしてミレイユとニーズヘッグが続き、シェイドとデューイが殿を務め、まずは一行が保護と飼育を担当しているキメラの住まう地区へと足を運ぶ――。
 
「アルフ、元気にしてましたか!?」
「おいで、プックル!」
 キメラの住まう区画に到着した一行、まずはルイとリアがそれぞれのキメラを呼ぶと、主の匂いを嗅ぎつけて二匹のキメラ、アルフプックルが文字通り飛んで来、二人に飛び付く。幾多の戦闘、そして触れ合いを経て、それぞれの絆はしっかりと結ばれているようであった。
「ファス、セド、おいで。……うん、毛並みもいいし、体調に問題はないみたいだね。
 外傷も見当たらないし、他の動物と喧嘩をしている痕跡もない。今のところは上手く機能しているみたいだ」
 ディルとエルミティも、長く世話をしてきたファスセドを呼び、体調のチェックなどを行っていた。横ではシェイドが写真を撮り、後で研究所に戻ったディルがそれを利用出来るようにする。
(そうそう、一部は現像して、サラさんに送っておきましょう。
 ぜひ遊びに来て下さいと、手紙でも添えて)
 その時には、お腹いっぱいクレープを作ってあげよう、そんなことをシェイドが思う。
「メッツェ、元気にしてた〜? 最近忙しくて来られなくて、寂しい思いさせちゃってゴメンね〜」
 ぎゅっ、と抱きつくミレイユを、メッツェの舌が優しく撫でる。
「ふーん、そいつらがミレイユの守りたかったもの、ってヤツか?」
「うん。この子もそうだし、ここに住むみんなは、ワタシの大切なお友達。
 ……だから、みんなの帰る場所は、ワタシ達が守っていきたいの」
 呟いて、今度は慈しむようにメッツェをミレイユが抱きしめる。向こうではルイも、そしてリアとセラも、それぞれキメラを抱きしめたり、ブラシをかけてあげたりしていた。
 
 それから、ディルとエルミティ、シェイド、デューイ、ミレイユとニーズヘッグ、そして彼らの間にルイ(そうしないと迷ってしまうから)という布陣の一行は、保護区内を回り、他の動物の様子を観察する。キメラの他にも、他ではもう見ることの出来ない動物や数を減らしてしまった動物が、ここで生活を営んでいる。
「シェイド君、この樹についている痕を撮っておいてくれないか」
「はい、分かりました」
 ディルの指示した箇所を、シェイドが写真に収める。
「鳥も随分増えてきましたね。それに比べると、樹の数が少ないかもしれませんね」
 エルミティが、鳥の数に比べて巣を作るための樹が少ないことを指摘する。かつてここは『氷龍メイルーン』の攻撃で大きな被害を受けた地でもある。その後幾度に渡って植樹が行われたが、樹は作物と違ってすぐには生えてこない。
「……ならば、我が作ろう」
 呟き、デューイが慣れた手つきで巣箱やエサ箱を完成させていく。物作りはかなりの腕前のようである。
「ありがとうございます。ではこちらは、私が設置しておきますね」
 エルミティが、ヴァルキリーの身のこなしで樹に登り、巣箱を設置していく。
「うーん、この樹はちょっとダメかな、日当たりが遮られてるし、他の樹の日光も遮ってしまっている。
 悪いけど、切り倒した方が森のためかな」
「分かりました。では私が、感謝と鎮魂の思いを込めながら、切らせていただきます!」
 リアに斧を手渡されていたらしいルイが、鍛え上げた肉体を隆起させ、斧を樹の根元に振るう。数発も打ち込むと、樹が悲鳴を上げて倒れ、それはデューイの物作りへと生かされていく。
「あっ、いたいた! こっちおいで!」
 ミレイユが何か見つけたようで、手を伸ばすとそこに、まるで絨毯のような生き物が飛来する。
「ニーズヘッグ、見て見て! これがパラミタモモンガ! 可愛く鳴くんだよ〜」
 微笑みながらミレイユが、パラミタモモンガをニーズヘッグの前に差し出す。
「もっ……もー!」
 途端に、パラミタモモンガが飛び上がってミレイユの掌から地面へと飛び降り、一目散に駆け出す。
「あっ!? ……あーあ、行っちゃった。ニーズヘッグ、嫌われちゃったねー」
「ま、動物の本能で、オレが強ぇってのが分かったんじゃねぇのか? 嫌ってるっつうよりはビックリした感じだったけどな」
「あっ、そっか〜。ニーズヘッグ、人の姿してるからそんなこと思わなかったよ〜」
 あはは、と笑うミレイユに、ニーズヘッグがやれやれ、と息を吐く。
「おっと、ここは柵がもろくなっているね。リア君、お願いできるかな?」
「任せておけ、この程度、即座に直してみせる!」
 道具の両手装備という万全の体制で、リアがディルの指摘した箇所を補修し、森の安全が保たれるように務める――。
 
「はい、みんなご飯だよー」
 セラの置いたご飯に、キメラや他の動物たちが一斉に集まる。
「うんうん、みんないい食べっぷりだね〜」
 あっという間にご飯は空になり、満足したキメラや動物たちは毛づくろいを始めたり、じゃれ合ったり、うとうとと昼寝をし始める。
「いい時間だね……優しい時間だよ」
 セラが、隣で夢うつつのキメラを撫でながら、ポッ、と頭に浮かんだ旋律を鼻歌にして、吹く風に乗せていく。
 穏やかな昼間の時間が、保護区を優しく包み込んでいった――。