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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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リアクション

 
「はー、ニーズヘッグさんってあんなにキレイな人だったんですねぇ。私なんだかドキドキしちゃいましたよぅ」
 その頃、ウェイトレスとしてバイトをさせてもらっていた咲夜 由宇(さくや・ゆう)が、カウンターでミリアと飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)とを相手に、うわさ話のようなものをしていた。
「イルミンスールが襲撃された時は、怖かったですわ。
 でも、こうしてまた皆さんの笑顔が見られて、ニーズヘッグさんにも来ていただいて、私はよかったと思いますわ〜」
「ニーズヘッグさんにも、イルミンスールが好きになってもらえるといいですねー。
 私は、なんとなくですけど、大丈夫な気がしますー」
 契約を済ませ、お茶とお菓子を前に談笑をするニーズヘッグと結和を見、三人がそれぞれ頷く。
「……あら、もうこんな時間なのね。ちょうどお店も落ち着きましたし、休憩にしましょう。
 由宇さん、エイボンさん、長い時間手伝っていただいてありがとうございます。これから食事を作りますわ」
「すみません、では、お言葉に甘えて、いただきますわ」
「私はお菓子に、チョコレートケーキを用意するですぅ。
 天気もいいですし、ベランダでティータイムと洒落込むですぅ!」
「わー、美味しそうですー。ミリアさん由宇さん、私も頂いていいですかー?」
「おば……豊美ちゃん、朝からずっと動きもせずここにいるではないですか。それなのにそんなに食べると……いえなんでもございません」
 由宇と一緒に手伝いをしていたエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)との席に混ざろうとした豊美ちゃんへ、飛鳥 馬宿がツッコミを入れようとして、スッ、と無言で構えられた『ヒノ』の前に黙する。
 口は災いの元、である。
 
「ミリアさんの作るお料理は、とってもふっくらしてますぅ。私が作るとどうしても、ぺたん、ってなってしまうですぅ」
「材料をかき混ぜる時に、押し付けるように混ぜると、空気が抜けて潰れてしまうの。
 底から優しく持ち上げるようにかき混ぜるのを意識すると、よくなると思いますわ」
「私は、このままでも十分美味しいと思いますけどねー。由宇さん、今度は和菓子を作ってみてくださいですー」
「和菓子、ですか。兄さまでしたら色々とレシピを知っているかと思われますが……」
「ふふ、それなら今日、もし時間に余裕があったら教えて頂こうかしら。
 涼介さん、そろそろ講義を終えた頃かしら」
「事前に伺った話では、このくらいの時間に終わるとのことでした。講義が長引いているのかもしれませんね」
「むむ! 私今ピコーンと来ちゃいましたですぅ! ミリアさん、その涼介さんというお方とはどのような関係ですかぁ?」
「ふふ、秘密、ですわ」
「ミリアさんと涼介さんはですね――もがもが!」
「秘密、ですわ♪」
 
 場所を、陽光降り注ぐテラスへと変えて、女子四名の賑やかで楽しげな会話が交わされる。
 
「うーん……料理とは、奥が深いものなのですねぇ」
「イルミンスールの生徒さんが魔法を勉強されるように、私も料理の勉強に取り組みたいですわ。
 作れるものが多くなればそれだけ、たくさんの笑顔を生み出せると、私は思いますから」
 ミリアと由宇が料理談義に耽る傍ら、豊美ちゃんへエイボンが聞きたかったことを尋ねる。
「豊美様、魔法少女の心得とは、どのようなものでしょうか?
 わたくしの中では、『皆さんに笑顔を届けることが出来る、癒し系魔法少女』という漠然としたイメージがありますが、このような方向性でよいのかと考えると、自信が持てなくて……」
「私は、エイボンさんのそのイメージで、いいと思いますよー。後は、何をするべきかだと思いますー。
 私は皆さんに、安心と安全な暮らしをお届けしたいと、天皇だった時から思っていました。交渉事はウマヤドが主に頑張ってくれましたから、私は交渉事だけで解決し切れない事態が発生した時に、絶対解決させる力と意思を身につけることを頑張りました。
 ……今振り返ると、荒っぽいこともやってきちゃいましたけど」
 そうなんですか? と尋ねるエイボンに、悪党が居座るアジトを『陽乃光一貫』でまとめて吹き飛ばしたことなどを豊美ちゃんが経験として語る。
「私は、そういうことが出来たので、そうしました。もちろん、エイボンさんが私の真似をする必要はありません。
 エイボンさんが出来ることは、エイボンさんにだけ分かるはずです。
 エイボンさんが今持っている魔法少女のイメージは、大切にしてください。そうすればきっと、エイボンさんだけの素敵な方法が見つかると思いますー」
 笑顔で告げる豊美ちゃんに、エイボンがはい、と頷いて答えたところで、ゆったりとした曲調のメロディーが響いてくる。話に区切りがついた由宇が、持ってきたアコースティックギターを奏で始めていた。今は仕事に戻ったミリアは由宇に、由宇さんのお好きなように弾いていてください、と告げていた。
「……こんな日々が、ずっと続けばいいんですよねぇ……」
 ぽつり、と放たれた由宇の呟きは、メロディーに溶けて消えていった――。
 
 
「お初にお目にかかります、私はザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)と申します。
 お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
 結和と別れたニーズヘッグの下へ、名乗りをあげたザウザリアスが丁寧な態度を装いつつ、自身の予想に関連した質問を口にする。
「イルミンスールの契約者としてエリザベートがいるように、ユグドラシルにも契約者はいるのですか?」
「いねぇよんなもん、あいつが誰かと手を組むなんて、パラミタがひっくり返っても想像できねぇ」
 ケッ、と吐き捨てるようにニーズヘッグが答える。自身の予想の裏付けにはならないものの、否定にもならない回答ね、そんなことを思いながら、ザウザリアスが続けて口を開く。
「これは私の予想に過ぎませんが、エリュシオンは必ず、何かの理由をつけてシャンバラに宣戦布告すると思われます。そして、真っ先に狙われる可能性があるのは、ヴァイシャリーであると考えられます」

 生徒たちのパラミタ各地への進出により、パラミタ大陸の全貌は少しずつ明らかになっていた。その明らかになった、いわゆる“パラミタ版世界地図”によると、もしエリュシオンがシャンバラに宣戦布告を果たし、攻めこむとするなら、カナンもしくはコンロンを経由する必要がある。カナンは実質エリュシオンの支配下にあるため、まずはここに戦力を送り、シャンバラへの橋頭堡を築くことが第一に考えられる。
 そして、橋頭堡として最も相応しいと判断されるのは、ヴァイシャリーであった。ザンスカールは確かに近いが、平野が少なく大戦力を展開しづらい。パラミタ一の軍事力を誇るエリュシオンが、軍の方針として(たとえばこの下に入る龍騎士団の一つに、ザンスカール奪取を命じる可能性はあったとしても)取りうる可能性が最も高いのは、ヴァイシャリー陥落なのだ。
 
「ヴァイシャリーが帝国の手に落ちるようなことになれば、次はほぼ同距離にあるヒラニプラとザンスカールが主戦場になるはずです。
 申し遅れましたが、私はシャンバラ教導団所属。私があなたと契約をすることで、教導団との連携を図りやすくなるものと思われます」
 ザウザリアスがここに来たもう一つの理由を口にして、恭しく頭を垂れる。
「って、テメェもかよ。……ん? そういやぁ、オレと契約してるヤツはイルミンスールのヤツらばっかだな。
 おいチビ、なんか理由でもあんのか?」
「ちゃんとありますよぅ。あなたはイルミンスールの守護者なんですよぅ? そのあなたがイルミンスール生徒以外と契約なんておかしな話ですぅ」
 それはエリザベート自身の言葉か、隣にいる明日香の入れ知恵かは定かではないが、筋は通っていた。
「……だとよ。ま、オレもヤツの言うことを無視するわけにゃいかねぇからな」
「いえ、私の方こそ突然の申し出、失礼しました。
 では、私はこれで。また縁がありましたら、その時は」
 もう一度頭を下げて、ザウザリアスがカフェテリアを後にする。目的は果たせなかったが、いくつか情報を得ることは出来た。
(まずはよしとしなくてはね。改めて別の方法を考えましょう)
 ザウザリアスの本当の意図、それを実現するために、ザウザリアスが思考を巡らせる――。
 
 
「……話をして、和解しなくちゃいけないというのは分かっている。
 でも、だからといって謝るのもなぁ……。なんか俺が悪いみたいだしなぁ……。
 しかし、全力で切り掛かったのも事実だしなぁ……。
 いや、しかしその後俺だってきつい一撃食らってるしなぁ……。でも、その後とどめ刺さずに見逃してくれたし……。
 あぁ、その事に関してはお礼言わなきゃいけないか? 全力で倒しに来た相手をとどめ刺さずに見逃してくれた訳だし。
 ……しかし、謝るってのはなぁ……」

 
 カフェテリアの一席で、相田 なぶら(あいだ・なぶら)がもうかれこれ一時間は何かをブツブツと呟きながら悩んでいた。
 
 なぶらは以前、ニーズヘッグに決闘を挑んだ。それはなぶら自身正しいと思ってした事であり、ニーズヘッグの方もそのことに怒りや恨みを持っているようには見えなかった。
 しかし、なぶらにとってニーズヘッグは未だ、『全力で倒しに行った相手』である。そのことがどうにも気まずくて、今まで顔を合わせられず、避けるようにしていた。
 だが、同じ学校の敷地内同士、何時までも逃げ回ってるわけにもいかない。そのことはなぶら自身も分かっていたし、終わったことを何時までもずるずると引きずるのは、らしくないなと思っていた。
 故に、ちゃんと話して和解しよう、そう思ってやって来たのだが――。
 
「……何時までグダグダ言っているのですか!
 謝るなら謝る! 御礼言うなら御礼言う! さっさとしなさい!」

 いつまでも踏ん切りのつかない態度を示すなぶらに、ついに堪忍袋の緒が切れたらしいフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が立ち上がり、なぶらの腕を取るとそのままズルズルと引っ張っていく。
「ちょ、フィアナ、待て、待てって」
「いいえ、もう待ちません! この機会を逃せば、二度と和解できないことだってあるのですよ?」
 戦いの中に身を置いてきたフィアナは、今の平和が永遠ではないことを直感的に感じ取っていた。だからこそこうして、平和でいられる内に蟠りを無くしておこうとしていた。
「なんだよ騒々しいな……って、テメェらか。よぅ、もうテメェ自身の足で立てんのか?」
 やって来たなぶらに、ニーズヘッグがからかいを含んだ言葉と視線を向けてくる。ニーズヘッグでなくとも、フィアナになすがままに引きずられてくるなぶらを見れば、からかいたくもなるだろう。
「……見逃してくれたからな。それについては礼を言う……ありがとう」
「オレがそうするって決めたことだ、礼なんて必要ねぇよ。……ま、テメェの気持ちとやらは受け取れって言われそうだから、受け取っとくけどな」
 契約したことで、オレは色んなヤツから見られてるしな、とも付け加える。
「それで……全力で切り掛ったことについて……謝りたい」
 なぶらがそう言うと、ニーズヘッグの顔が険しくなる。しばらく考え込む素振りを見せて、やがて口を開く。
「それが人間ってヤツなのかねぇ。オレにゃどうにも、なんでそれを気にしてんだ、としか思えねぇんだけどな。
 全力で切り掛ったことの何が悪いんだよ。むしろ力抜かれた方がイラつくぜ。
 テメェがオレに剣を向けたあの時の顔、いい顔してたぜ。もしそこでテメェが全力でなかったら、取って食ってたかもしれねぇな。
 テメェが全力だったからこそ、オレがテメェを見逃すって選択肢が出てきたのかも知れねぇ。
 だったらオレがテメェに感謝しなくちゃならねぇくらいだ。イルミンスールの生徒を食わずに済んだわけだからな」
 一息に言い終えたニーズヘッグが、オレらしくもねぇと言わんばかりにチッ、と舌打ちする。
「オレに謝るくらいなら、全力出してもオレの首を切り落とせなかったことを悔しがれよ。あん時のオレは今以上に弱かったぞ?
 今ならテメェをここから、イルミンスールの天辺まで放り上げることだって出来んだろうよ。そうされたくなかったら、全力で特訓するなりしとけ」
 そうしてるヤツに、オレは動かされたんだろうな、とニーズヘッグが付け加える。