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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

リアクション


chapter.19 告白 


 結局タガザはその直後、駆けつけた警察らによって、一連の誘拐事件及びモデルや女生徒への傷害容疑で逮捕された。
 手錠をはめられ、連行されていく彼女の後ろ姿をイーオンは何とも言えない表情で見つめていた。
「物淋しさが漂っていたのは、そういうことか」
 思えば、彼は戦闘中も、時折ニムフォに対して表情を曇らせていた。それは、いつか聞いた彼女の歌に、えも言われぬ悲しさを感じ取っていたからだった。出来ることなら、和解し、救いたい。しかしそんな彼の思いを遮断するように、パトカーに押し込められた彼女の姿は視界から消えてしまった。



 警察たちが去り、静かになった講堂をアクリトは見回した。欠損箇所は至るところにあるが、修復不可能なほどではない。とはいえ、壊れたものを直すのには時間がかかる。アクリトは、充分それを把握していた。それは何も、建物に限った話ではないと。
 そんなことを彼が思っていると、丁度彼が話そうと思っていた人物から連絡があった。
「もしもし、アクリトか?」
 それは、涼司からの電話だった。
「そうだ」
「話したいことがある」
 涼司の声は、真剣さを帯びている。内容はもちろん、タウン内のウイルス――彼のしでかしたことについてだろう。
「私も話さなければないないことがある。少しだけ、準備する時間をくれないか」
 そう言うと彼は、講堂に設置されてあるスクリーンを広げ、ノートパソコンを壇上に置いた。
「タウンのウイルスは、駆除したのだろう?」
「ああ。もう復旧を終わらせて、いつでもタウンを使えるように出来る状態だ」
 携帯電話越しにそう話すふたりは、言葉ですべてを伝えなくてもお互いの状況を知っているかのようだった。
 涼司が、パスワードを解きウイルスを除去したこと。データの修復も、おそらく終えているだろうということ。
 アクリトが、罪をもう認めているのだろうということ。すべてを、話そうとしていること。
「では済まないが、タウンのメンテナンスを解除してくれ。その後シアターで待っている」
 アクリトは、通話を終えるとパソコンとプロジェクターを接続させ、スクリーンに画面を反映させた。そこに映っていたのは、アクリト本人である。彼がセンピースタウンに接続を試みると、もうエラー表示にはなっていなく、いつも通りの画面が表示された。アクリトのアバターが、ログインするや否やシアターへと向かう。彼は再び涼司に電話をかけた。
「もうシアターには入っているか?」
「ああ、アクリト……何をする気だ」
 薄々感付いてはいたが、あえて涼司は尋ねた。アクリトの返答は、彼の予想を裏切らないものだった。
「今からここで、すべてを告白しよう。より多くの者が、聞けるようにな」
 彼は、タウン内のシアターにリアルタイムで自分の動画を流そうとしていた。そしてこの場所を通じて、涼司だけでなく、関わったすべての者に真相を告げようとしたのだ。涼司はそれを勧めるでも止めるでもなく、ただ黙って受け入れた。

 程なくして、シアターに集う者たちが増えていく。それを確認したアクリトは、マイクを持ち、自己紹介から始めた。
「空京大学学長、アクリト・シーカーだ。突然このような動画を配信した理由は、私が諸君らに告げるべきことがあるからだ」
 前置きを終えたアクリトは、ゆっくりとひとつひとつ、事実を語り出した。
「まず、先程起こっていたタウン内のバグについて述べよう。蒼空学園のデータにトラブルが発生した件だが、これを直してくれたのは蒼空学園の校長、山葉君だ。そして……」
 アクリトがパソコンに付属したカメラを見つめて言った。
「ウイルスを仕込んだのは、私だ」
 もう山葉君は気付いているだろうが、と言葉を繋げ、彼は続ける。
「先日タウン内で話題になった私と山葉君の抗争が起こるという噂……アレも、私が書き込んだ。すべては、山葉君ではなく私が学園の統治に相応しいと思わせるためだった」
 自分の自作自演を淡々と告げるアクリト。いや、口ぶりこそいつも通りだが、その手は微かに震えているように見えた。だが、彼は話すと決めたのだ。それはきっと、涼司が自分の想像を越えた強さを見せてくれたから。生徒たちが、真実に迫ってくれたから。
「私は、御神楽前校長がいない間に、どうしても蒼空学園を彼女の管理下から切り離したかったのだ。彼女は、あまりにも力を持ちすぎている。その大き過ぎる力は、この地のバランスを崩すことに繋がりかねない」
 その類まれなる演算能力は、危惧していたのだろう。力が一ヶ所に固まった状態でその力の持ち主が消えた場合、とてつもなく大きな被害が生じると。言わば、国力を首都に集中させた国が、首都を落とされた場合国全体の機能が不全となってしまうような、そんな状況を。
 彼は、権力を分散させたかった。それがシャンバラの平穏に繋がることを、論理的に導き出していたからだ。当然環菜がそれを許すはずもなく、彼女の存命時は実行に移せなかった。彼女がいなくなり、涼司が頭となった今なら、遂行できると考えたのだ。
 ただ、彼自身、その矛盾点に気付いていた。自分が二校を統治することになれば、それはそれで権力が固まってしまうという矛盾に。それでも彼は、推し進めざるを得なかった。なぜなら彼はこの時点で、既に違う罪に手を染めてしまっていたからだ。
「このセンピースタウンがつくられたそもそもの経緯を話そう」
 それを話すべく、アクリトは順を追って説明する。
「これは、パートナーであるパルメーラの力を借りて私がつくったものだ。こちらにある運営団体は、その後私が管理を一任した者らに過ぎない」
 タウンのバグが起きた時に団体が対処しきれなかったのは、どうやら元々の制作者である彼が管理を委託する際に何かしらの部分的なロックをかけていたのだろう。もっとも、それは涼司によって解かれたが。そしておそらく制作した意図は後々蒼空学園を、涼司を陥れるためだったのだろう。
 それで、そのパルメーラはなぜナラカに?
 アクリトのそばにいた生徒たちは、そう問いたい衝動に駆られていた。しかし、彼女の名前を出した以上その部分についても言及するのだろうと信じ、誰も口を挟むことはしなかった。アクリトはその心を読んだように、彼女のことを話す。
「ここで、私が犯していたもうひとつの罪を白状する。御神楽前校長の殺害事件についてだ。彼女を殺害した犯人――それこそが、そのパルメーラだ」
 ぞわっ、と周囲の生徒たちの身の毛がよだった。あまりにも唐突に彼が告げた事実は、彼らにこれ以上ないほどの衝撃を与えた。
「パルメーラは少し前から、なぜか彼女を殺害しようという意思を持ち始めていた。なぜ彼女に狙いをつけていたのかまでは分からない。だが、理由はどうあれ御神楽前校長を殺害する意思が彼女にあったことを知りつつ、私はそれを黙認していた。それが、私の罪だ」
 パルメーラの異変には、気付いていた。それでも彼女の行動を止めなかったのには、ふたつ理由があった。
 ひとつは、少なからずアクリトにも利があったこと。環菜が死ぬことで、自分が思い描いたシャンバラを築けるならそのための犠牲も止むなしと、彼はどこかで思っていた。
 そしてもうひとつは、パルメーラと契約したことにより彼がより一層の演算能力を身につけたことにあった。元々優れた数学者であった彼だが、彼女と契約したことでその力はより高まった。もしここでパルメーラと道を違えた場合、彼女はいかなる手段を用いてでも不可能とされている契約解除を迫るだろう。それは、自身の能力の低下を意味する。頭脳明晰であることがアイデンティティであり、これまで幾度も天才と称されてきた彼にとってそれは、堪え難いことだった。
「済まない。本当に、済まない……」
 それまで淡々と続いていたアクリトの言葉つきが変わっていく。そこにいつもの知的で冷静な数学者としての面影は見られなかった。
「……ひとつ、聞かせてくれ」
 通話ソフトを起動させたままのパソコンから、涼司の声が聞こえた。これまで黙って彼の懺悔を聞いていた涼司は、初めて口を開きその質問をした。
「どうして、すべてを話そうと思った?」
 学園を危機に陥らせたウイルスの仕込みや、自分にとって大切な存在である環菜の殺害に関与していた事実。彼が怒りを覚えるのに充分な材料はいくつもあったはずなのに、涼司はそれを胸に押し込み、そう問うことで彼を、アクリトを知ろうとした。少し前までなら、抗争の噂に踊らされていたはずなのに、である。校長室でパスワードを解読しアクリトが犯人だと知った時、抗争を危惧した静麻が衝突を避けようと動いていたが、彼はもう、生徒たちのお陰で強さを身につけていた。
「……教えられたからだ。君たちに。見えない未来を恐れないということを」
 それは奇しくも、今日の朝祥子が彼に言っていたことであった。
 ――学長にとっての弱さは、「未来が見えすぎること」だと思います。
 アクリトはもしかしたら、どこかでそのことに気付いていたのかもしれない。彼は、証明してほしかったのではないだろうか。仕組まれた困難など、人は乗り越える強さがあるのだと。不確定な未来でも、飛び込める意志を人は持てるのだと。
 涼司が示した成長、愛美が見せた不安を恐れない心、ニムフォが晒した生々しい人の本性。そして何より、彼らに関わった多くの生徒たちの言葉や行動が、アクリトを変えさせたのだ。
「私がこれ以上、大学にいるわけにはいかない。私は今日をもって、ここを去ろう」
 強く責任を感じた彼が、そう告げる。それを止めたのは、意外にも涼司だった。
「いろよ。アクリト、お前は必要だろ。すべてを正すためには」
「……なに?」
「もちろん、そう簡単に許せることじゃねぇ。俺だって、今すぐにでも殴りてぇよ。けど、パルメーラはまだおかしいまんまで、今も何かをしようとしてるんだろ? それを契約者のお前が見捨てて、ひとり大学を去るのかよ」
 責任を取るとはどういうことか、涼司が語りかける。アクリトはまた震えそうになった声をどうにか抑えると、頭を下げて返事をした。
「礼を……言わせてもらう。山葉君――いや、山葉校長、君には色々と教えられた。今度こそ私は、正しいシャンバラを目指す」
 パルメーラのこともおそらく含まれているのだろう。アクリトがそう誓いを述べた。それを聞いて口元を緩ませた涼司を見て、アクリトは思った。本当に、計算では計れないほど進歩が早いのだな、と。
「そういうわけで、引き続きアクリトは学長を……」
「いや」
 涼司の声を、アクリトは遮った。そして彼は、今後のことを話す。
「大学を去りはしないが、さすがにここまでのことをしておいて学長は続けられん。誰か他の者にその役職は明け渡し、私は大学の一技術職員としてこれから起こるであろう問題の解決に尽力したい」
「……いいんじゃねぇか? そう決めたなら」
 アクリトの宣言に、涼司が同意を示す。

 その後アクリトの短い締めの言葉と共に、動画は終了した。