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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

リアクション

 
 
 教導団とひょんなことから道行を同じくすることなった菫たちの一行。
 それとは別に、独自にユーレミカを目指す者達がいた。
 菫と同じく葦原明倫館に籍を置く武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と彼の目と耳あるいは手足となって活動する信頼できる仲間
【鬼城忍者部隊・八咫烏】重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)武神 雅(たけがみ・みやび)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)である。
 目的は西王母に関する情報だ。
 西王母はコンロンの世界樹――ならば、古くは伝承、近いものなら噂話、そういった形を取って土地に根付いているに違いない。
 ならば方法は至って簡単。己の足でこの地を歩き、見聞きすればいい。
 そう考えた牙竜の命に従い、表向きは旅人として北に向かって進路を取ったのだ。
 
 
 が、しかし。そうは問屋が卸さなかった。
 クィクモを出てすぐ――まもなくルヴ砂漠に差し掛かろうとした時。
 突然の砂嵐が一行を襲ったのだ。
 気付いた時には牙竜の姿はどこにもなく、三人だけが取り残されていた。
「……まったく愚弟は世話が焼ける」
「突然発生した竜巻によるものですから、不可抗力ではないかと。しかし、マスター(牙竜)はどこへ」
 雅がごちれば、リュウライザーがフォローをする。灯の姿はすでにない。牙竜を探しに出て行った後だ。
「困ったときのストーカーです。灯様、マスターは何処にいますか?」
 そう呼びかければ、ジジジッとノイズに混じって返答があった。
「こちら、灯……状況を説明します」
 
 * * *
 
 気付いた時に飛び込んできたのは、見知らぬ、けれど、どこか懐しい顔。
「気が付いた?」
 涼やかな声。続いて、いたわるように手の平が額に触れた。
「……君は? ここは? 俺はいったい……?」
 次々に疑問がわいて、言葉が口をついた。身を起こそうした瞬間、鈍い痛みが後頭部に甦る。
「落ち着きなよ。熱は下がったみたいだけど、酷い怪我だったんだから、まだ寝てないと」
「……怪我? そうか……じゃあ、君が……」
 肩を押し戻しながら、女性が言う。
「山の斜面で倒れてたんだよ。意識はないし、全身酷い痣だらけで」
「どうして、俺を?」
「べ、別にあなたがどうのってわけじゃないわよ。ただ――怪我人を放っておけなかっただけ」
 照れているのか、早口に告げるとそっぽを向いた。
 その仕草、口調が思い出せない誰かと被って、知らず口元が緩む。
「――ありがとう」
「や、やめてよ。あたしは戦乱で傷付いた人たちを助けて旅してるだけなんだから」
「――恩人に礼を言うのは当然のことだ」
「そ、そういうことなら……。あ。あたしはレイニィ。あなたは?」
 問われて、はじめて自分が何者なのか、まったく覚えていないことを思い出した。
「……わからない……」
「え? えぇ?! な、何にも?」
 肯定するように頷けば、レイニィは天を仰いだ。
「倒れてた場所に荷物らしいものはなかったし……あのたんこぶのせいかなぁ。もう一回つくれば……」
 ぶつぶつと物騒な解決策を呟くレイニィを横目に閉ざされてしまった自分自身の記憶に思いをはせる。
「……そうだ。世界樹……俺は世界樹に行かなければ……」
 と、右手に違和感を感じた。
開くとそこには一枚の紙片。破れ、握り潰されたそれには――。
「チィ、パイダー。これが俺の名前なのか……?」
 
 
「「…………」」
 転送されてきた動画を前にリュウライザーと雅は顔を見合わせた。
 小さな画面では体調が回復したのだろう牙竜とレイニィが砂漠への一歩を踏み出している。
 牙竜がレイニィの旅に同行を申し出て、彼女が「仕方ないから記憶が戻るまで面倒をみる」ということになったらしい。
 と、画面が2人の姿から灯に切り替わった。
「頭を強く打って記憶がぶっ飛んだようです。先ほどの女性に介抱され、今は回復しています。ちなみに、女性はセミロングの金髪。
体型は理想的なチィパイで出産経験はなし。凛々しさの中に優しさを持った印象です。
契約者を亡くした意味での未亡人な剣の花嫁のようですね」
 すらすらと澱むことなく語られるレイニィの情報。
「……いつの間に――流石です」
 リュウライザーが感心半分呆半分に感想を漏らせば、灯は当然ですと言った。
「ストーカーならストーキング対象の周りのことは常人が考えるほど早く調べ上げるのですよ。常識、常識です」
 残念ながら、それはストーカーの常識であって、一般常識ではない。念のため。
「マスターが記憶喪失とは……ですが、ユーレミカには向っている様子……」
 どうしますか? と続ければ、【テクノコンピューター】に【銃型HC】を接続しながら雅が答える。
 途切れることなく送られてくる映像データが整理され保存されていく。
「状況理解した……目的を果たしてるから、そのまま様子を見る」
「そうですね。下手に干渉するよりは自然に戻るのを待ちましょう。灯様、引き続き監視をお願いします」
「了解しました。公式ストーカー出撃します!」
 ジジっとノイズが走り、灯の姿が画面から消える。
「【事務員】(八咫烏の忍者たち)は今後、愚弟が入手する情報の裏付けのため西王母に関する情報を収集せよ。散!」
 控えていた【事務員】たちは雅の指示で四方に散っていく。
「では、私達も距離をとってマスターの後を追いましょう。いざという時にはフォローが必要でしょう」
「そうだな。――しかし、愚弟が戻ったらきついお仕置きが必要だな……移動中の夜は長いからな……灯と私で楽しませてもらうぞ」
 にやりと笑う雅にリュウライザーは少しでも早く我竜の記憶が戻ることを祈った。
 
 * * * 
 
 彼女――レイニィの旅への同行を願ったのは、記憶を取り戻す手掛かりを欲してだった。
 けれど、それと同時にどこか懐かしさを感じるレイニィと離れ難かった。
 恩人への感謝の思い。いや、それ以上に俺は彼女に惹かれていた。
 旅は色々な出会いと別れ、困難があった。
「アンデットの大群に囲まれた時はどうしようかと思ったよー」
「ああ。レイニィやあの人たちが無事で何よりだ」
「でも、パイダー強いんだね。少し見直したかな」
「――俺も驚いた」
 雲流れ平野にさしかった時、俺たちはアンデットに襲われている旅の商人に出くわした。
 その人たちを救おうと駆け出す背中。
 慌てた。彼女を守らなければ。
 そう思った時、知らず「……変身……」と言葉が漏れた。
 この時、俺は自分が戦える――いや、戦い慣れていることを知った。
「……俺は何者なんだろうな」
 何度目になるかわからない疑問を口にする。
 パン、と小気味よい音がした。背中に俺のよりも小さい手のひらの感触。
「さっきの人たちとあたしの命の恩人、でしょう。今はそれでいいじゃない」
 視線を落とすと、微笑むレイニィの顔がある。
 あぁ。彼女は俺のことを気遣ってくれているのだ。
 凛とした中に優しさが見え隠れする――この表情が今の俺を支えている。
「……レイニィ」
「そ、そんなことよりさ。西王母の話は聞けたの?」
「え? あぁ。……西王母は今は眠りについているとか、世界樹を守る一族がいるとか」
「へぇ。パイダー、ひょっとして、その一族の人とか?」
「どうかな。……まだ、何も思い出せないからな」
「――ユーレミカにあなたを知ってる人がいるといいね」
 旅の目的地。雲流れ平野を越えれば、ユーレミカの街はすぐだ。
 それは、俺と彼女の旅の終わりを意味していた。
 
 
 その夜。宿にした小屋で俺たちは言葉もなく、どちらからともなく抱き合った。
 細い体――その小さな胸(チィパイ)に触れた瞬間。
 頭の中で何かが弾けた。
 記憶を塞いでいた厚い霧が晴れてゆく。
 真っ先に浮かんだのは――目の前の人によく似た、武神牙竜が惚れた女。
 今の自分では並び立つことのできない、凛としたひと。
 金のツインテール、山猫を思わせるしなやかな肢体、勝気でいつも前を見つめる凛とした瞳の――セイニィ・アルキエバ。
「……パイダー? どうしたの?」
「いや。何でもない。何でもないんだ」
 共に過ごした短い時間、レイニィが俺にくれた温もり。それに対する感謝を込めて、ただ優しく彼女の頭を撫でた。
 
 
 翌朝――夜より少しだけ明るいだけの灰色の空の下。
 レイニィを起こさぬように小屋を抜け出す牙竜の姿があった。
 向う先には三つの影。
 「お帰りなさい、マスター」
 「心配かけて悪かったな」
 迎えるリュウライザーの隣で雅と灯が微笑む。
 残る道中の夜、牙竜がどんな目にあったのか。それは、また別の話である。
  
 * * * 
 
 雲流れ平野を抜け、雪原にさしかかるかという頃。
 教導団輸送部隊と歩調を揃えて来た菫たちの足が止まった。
 上空を見上げて、何事か考えていた菫はて手近にいたながねこの肩を叩いて呼び止めた。
「何ニャ?」
「うむ。ここまでの道中、大変世話になったでござる。拙者、もう少しこの雲流れ平野にて雲を眺めたい所存」
「雲ニャ? オ前変ワカッテル」
「――拙者は忍者でござるからな。忍者には秘密や謎がつきものでござるよ。ニンニン」
 説明になっているのか、どうなのか。ただ、ながねこは納得したのか頷いた。
「伝エテオクニャ。マタニャー」
 去りゆく一団を見送ると、上空を過ぎった影に目を向けたまま李広が言う。
「あれは――雲ではない」
「ご名答。……おそらく龍騎士でござろう。これはいい機会でござる」
「……菫さん。本当に『エリュシュオン』と……」
 仁美が言葉を濁して、俯く。
「話してみないとわからんでござるよ。教導団もそうでござった。笑顔。笑顔でござるよ、仁美殿」
 こんなことになる可能性はわかっていたはずだ。
 仁美は顔を上げると優雅に微笑んで見せる、だが、菫に文句を言うのは忘れなかった。
「――菫さんったら、いけずです」


 教導団補給部隊を率いる永谷、それに従うレジーナ、エリーズ、徐光。そして、迦陵。
 龍の羽ばたきを追って消えた菫、仁美、李広。
 西王母へのコンタクトを考える牙竜たち【鬼城忍者部隊・八咫烏】。
 「……あれがユーレミカ……」
 ルヴ砂漠、雲流れ平野を越えれば、見渡す限りの雪原。その先にユーレミカがある。
 それぞれの思いで彼らは同じ場所に辿り着こうとしていた。