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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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    ★    ★    ★
 
「懐かしいというか、やっぱり変な霧ですぅ」
 赤いバットで霧の中をゴンゴンと叩いて確かめながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は慎重に進んで行った。
「この霧って、そんなに変なのかなあ」
 ちょっとのほほんとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が言う。
「前にタシガンで見たときはちょっとおかしい程度だったですけどぉ、この間の美術館では絶対おかしかったですう」
「うーん、あんまり覚えてないや」
 あっけらかんとセシリア・ライトが言った。
「さっきイルミンで聞いた噂では、石化がどうとか。そういえば、タシガンのお城も、あちこちに石像がありましたねえ」
 記憶を辿りながら、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が言った。こちらは、しっかりといろいろなことを覚えているようだ。
「私は、そのときのことは知らないですけどぉ、この霧が自然の物とは違うというのはなんとなく分かるような気がするですぅ」
 バットで霧の中を確かめつつ進むメイベル・ポーターたちの後ろをついていくヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が、足許以外の周囲に注意しながら言った。おそらくは、イルミンスール魔法学校の生徒を始めとするたくさんの人間が、この霧の調査に出ているに違いない。調査だけであればいいが、中にはレールガンをぶっ放したり、イコンのミサイルを撃ち込む者もいないとは限らない。流れ弾には充分に注意した方がよさそうだ。
「この霧に石化の魔法効果があるかは分かりませんけれどぉ、万が一のために石化解除薬は持ってきていますから、大丈夫だと思いますぅ」
「うん、僕も持ってるから、安心だよ」
 メイベル・ポーターの言葉に、セシリア・ライトがうなずいた。
「それにしても、いったい何が石化していたのですぅ?」
 ヘリシャ・ヴォルテールが不思議そうに言った。
「タシガンのお城には、たくさんの石像がありましたが、人そっくりの物と酷い粗悪品と、玉石混淆だったようですよ。私たちがお城に行った後に、誰かが持ち出して転売しようとしたようですけれど、ほとんど買い手がつかなかったのでみんなあちこちに不法投棄されたみたいです。さすがに、見かねた人たちが回収したようですが……。もしかすると、その石像が、誰かが石化したものか、それとも、ただの石像を石化していると勘違いして無駄に石化解除薬をかけて回った人がいるのかもしれませんね」
 フィリッパ・アヴェーヌが、今までイルミンスール魔法学校などで調べたことを説明した。
「その石像とかがあればいいのにねえ」
 霧の中にバットを突き入れつつ、セシリア・ライトが言った。
 こん!
 バットの先が、軽く何かにあたる。
 霧の中に石像があった。
「ほんとにでたー……あれ?」
 ちょっと驚きつつも、セシリア・ライトがまじまじとその石像をながめた。
「ココさん……ですぅ?」
 メイベル・ポーターが言う。
 そこにあった石像は、いつもとは違うヨーロピアンスタイルのメイド服を着たココ・カンパーニュの姿であった。
「もしかして、ゴチメイの人たち、石化されちゃった?」
 状況をよく呑み込めないままヘリシャ・ヴォルテールがメイベル・ポーターたちに聞いた。
「よく分かんないから、石化解除して、ちゃんと聞いてみようよ」
 そう言うと、セシリア・ライトがあまり考えずに、石化解除薬の中身をココ・カンパーニュの石像に振りかけた。
「あっ、よく確かめてから……」
 フィリッパ・アヴェーヌが止めようとしたが間にあわない。シュウと音と煙をあげて、石像の表面が泡だった。と、次の瞬間、石像が砕け散る。
「ええっ!?」
 セシリア・ライトが叫んだ。石化した者は、解除は可能だが、もし欠損してしまったらその部分は元には戻らない。
 砕けたココ・カンパーニュの頭の部分が、スーッと色を取り戻して、石化が解ける。一瞬、その唇の端がニタリと歪んだように見えた。
「ど、どうしよう……」
 セシリア・ライトとヘリシャ・ヴォルテールが真っ青になる。
「見てください、これは本物ではありません」
 フィリッパ・アヴェーヌに言われて、二人をだきしめてていたメイベル・ポーターが、砕けた石像だった物に目をむけた。
 石化が解けたかと思った石像の欠片は、元の肉体に変わりきることなく、そのまま白い霧となって、その場にたちこめる他の霧たちと同化していった。
「えっと、これは、霧が石像に化けていたですぅ? それとも、石像が最初から霧だったですぅ?」
 困惑したように、メイベル・ポーターが言った。
 残念なことに、メイベル・ポーターたちは、ココ・カンパーニュの偽物がどのようにして石化し、そしてイルミンスールの森に投棄され、そして、誰がそれを砕き、誰がその石化を解除したのかは、まだ知り得ないでいた。
 
    ★    ★    ★
 
「何か、今、悲鳴のような声が聞こえなかった?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が、隣にいるヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)をつついた。
「うーん、女の子の声みたいだったよね……。フェイミィにも聞こえたよね?」
 聞かれたヘイリー・ウェイクが、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)に訊ねた。
「さあ、俺は気がつかなかったぜ。それにしても、視界が悪いって言うのは、どうにも気持ちが悪いぜ」
 昔のことを苦々しく思い返しながら、フェイミィ・オルトリンデが答えた。
 あれは砂嵐が吹いた直後の夜だったか。ほとんど視界がなく、敵の接近を気づけなかった。充分な準備さえできていれば、あんな奇襲に屈することもなかったものを。だが、その準備を非戦闘員の領民にまで求めることは元からできない相談だ。圧倒的に力負けしたことは、認めざるを得ない。認めたからといって、失った者が戻ってくるわけではないが……。
「きゃー!!」
 今度ははっきりと悲鳴が聞こえた。先ほどの声とは違うような気もするが、これは間違いなくフェイミィ・オルトリンデの従者としてついてきたオルトリンデ少女遊撃隊の娘たちの声だ。霧の中に何が潜んでいるか分からないということで、斥候として先行していたのだが……。
「逃げてください。化け物が迫ってきます」
 逃げてきた少女たちの言葉に、リネン・エルフトたちが武器を持って身構えた。
 風の唸り声のような音とも声ともつかない叫びと共に、森の木々の梢がざわつく。
「何よ、こいつらは……」
 迫ってくる敵の姿に、リネン・エルフトが嫌悪感をあらわにして言った。
 それは、亡者の群れというのが一番言葉としては的確だっただろうか。霧の一部が変化して凝り固まり、いくつもの怨霊や亡者がくっつき合ったかのような、不定形の人形とも言えぬ物の集合体となっていた。その身体の一部をスライムの偽足のようにうねらせながら、這いずるようにして進んでくる。
「お前たちは……」
 その姿を見たフェイミィ・オルトリンデがよろよろと後退った。彼女の目には、亡者たちが、死なせてしまったかつての自分の領民たちの姿に見えていた。なじみのある服装や、知っていたはずの顔がそのカオスの中に混じっているように見えたのだ。
「よせ、く、来るな……。俺は、決してお前たちを見捨てたわけじゃない」
 亡者たちにむかって弁明するフェイミィ・オルトリンデに、いつものような大胆な力強さは微塵も見られなかった。
「惑わされちゃだめよ! これって、美術館のときと同じよ!!」
 リネン・エルフトがフェイミィ・オルトリンデの前に立って、迫ってくる亡者たちに則天去私で怪力の籠手を叩きつけた。ちゃんとした手応えがあり、弾き飛ばされた亡者の形が崩れて霧に戻って消える。
「そう、これは、あたしの忘れようとして忘れちゃいけない悪夢の写しなんだもん」
 ずっと動揺していたヘイリー・ウェイクが、自分を奮い立たせて弓を取った。
 亡者を矢で貫く。
『なぜ、あんただけ生き残れる……。俺たちは、なぜ死ぬ……』
 亡者たちの声が聞こえた……気がした。
 英霊となる前に、戦いで死んでいった仲間たちの怨嗟の声だ。
「あたしは、見捨ててなど……」
 弓弦を引いた手が緩んだ。そこへ、短剣に変化した腕を振り上げた亡者たちが迫る。
「しっかりしなさいよ」
 リネン・エルフトが、間に入って光条兵器の魔剣ユーベルキャリバーで、亡者となった敵を切り払った。別の方向から迫る亡者を、曙光銃エルドリッジで撃ち倒す。弾き飛ばされた敵の短剣が、地面に突き刺さった。
 霧から生まれた者だと侮ってはいけない。相手は、すでに実体を備えた敵なのだ。
「あれって何に見える? 私には形もはっきりしない化け物にしか見えないんだけれど。フェイミィには、かつての自分の領民に見えるらしいんだけれど」
「あたしには、かつての死んだ仲間に……。ううっ、まやかしだとは分かっているのに!」
 いったん下がったヘイリー・ウェイクが、少女たちに守られて震えているフェイミィ・オルトリンデの所まさらに下がった。
「ほら、しっかりするんだもん。もうっ! 世話が焼けるわねっ
「でも、オレは、領民を傷つけることはできない……」
 へたり込んだまま、フェイミィ・オルトリンデがヘイリー・ウェイクに答えた。
「あれは、フェイミィの所の領民に見えるのね。あたしには、死んだ仲間に見えるよ。じゃあ、あたしは、フェイミィを苦しめる亡霊を倒すから、フェイミィは、あたしの仲間のまねをしている敵を倒してよね!」
 ヘイリー・ウェイクに言われて、フェイミィ・オルトリンデが、リネン・エルフトが必死に防いでいる敵の姿をあらためて見た。
 それまでは、目をそむけようとしていた。
 だが、あらためて見ると、霧から生まれた亡者は、ヘイリー・ウェイクの言うような、かつての森の狩人たちの姿にも見え、自分の滅んだ国の領民の姿にも見え、そして、それは霧の作りだした化け物であった。
「オルトリンデ少女遊撃隊!」
 フェイミィ・オルトリンデが、自分の周りで自分の周囲の少女たちに呼びかけた。トライアンフを杖にして立ちあがると、ピンと背筋をのばす。
「これ以上、オレたちの国と民への侮辱を許すな!」
「はい!」
 迫ってくる亡者たちを、リネン・エルフトたちが一丸となって押し戻した。
「デファイアント!」
 ヘイリー・ウェイクが、白いワイバーンを呼ぶ。後ろの方でじっと待機していたデファイアントが、翼を一打ちして宙に浮かぶと、炎で霧の亡者たちを焼き払った。