天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

まほろば遊郭譚 最終回/全四回

リアクション公開中!

まほろば遊郭譚 最終回/全四回
まほろば遊郭譚 最終回/全四回 まほろば遊郭譚 最終回/全四回 まほろば遊郭譚 最終回/全四回

リアクション


第五章 まだ逢えぬキミたちへ4

 七龍騎士の一人、蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)が桜の花びらに巻かれたとの報が流れた。
 第四龍騎士団に動揺が広まり、鬼鎧やイコン部隊が押し始める。
 同時に新たな報が洗浄をかけめぐった。
「天子様が勅語(ちょくご)を御示になった。再び、数千年の眠りにつかれるらしい……!」
 天子は次のマホロバの統治権を『不動』といい、事実上、鬼城家の存続と統治を認めた。
 

 これからマホロバは新たな生命を受け入れます。
 私はその準備に入ます。
 あなた方も新しい命を受け入れてください……。



卍卍卍



「まだいきてる、しんぱいしないで」
 強化人間九段 沙酉(くだん・さとり)は抑揚なく言う。
 葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が担いでいた黒い布の下を地面に落とす。
 中から、青ざめた男がごろりと転がった。
「正識!」
 天 黒龍(てぃえん・へいろん)が布を引きちぎるように掻き分けた。
 狂骨は冷ややかな目で付帯を見下ろしている。
「こやつに此処でくたばられては、我々の目的も果たせないのでな」
「目的とは?」
 黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が詰めよると、狂骨は背を向け立ち去ろうとした。
「マホロバを事実上一つの藩が独裁しているのを、許してはおれんということだ」
 狂骨はマホロバ全体を底上げするためには、諸藩の力が不可欠だと考えていた。
 地球勢力やシャンバラの影響の濃い葦原が、いつマホロバの急所となるかもわからない。
「……う」
 七龍騎士の龍が鼻をこすりつけてていた。
 正識わずかに息を吹き返したのを見て、黒龍は深く息を吐いた。
 沙酉は唇に人差し指を当てて言った。
「むくろがなぜあなたをたすけようとしたのか。あなたじしんがこのさきかんがえて」
 正識には聞こえていただろうか。
 龍が主人の代わりに寂しそうな声で鳴いた。
「――なんだと、エリュシオン行くじゃと?」
「ここに彼を置いておけない、傷も深い……」
 黒龍が龍の背に正識を引き上げるのを見て、大姫が眉をつり上げた。
 いまにも掴みかかりそうな雰囲気である。
 高 漸麗(がお・じえんり)が仲裁に入った。
「姫さま、二人を行かせてあげて!」
 漸麗は見えない目で宙を見つめていた。
 その先には西日に輝く彼らの姿がある。
「確かに、正識さんは戦を招いた。でも、彼の言葉を聞いて少しだけ分かったよ。何も信じられないことが、苦しみだったってこと。誰も信じられず、唯自分が信じた道を進むしかなくて……行き着いた先のユグドラシルが、彼にとって『絶対』に映っただけなんだ」
「だからといって、何も黒龍も行くことはあるまい?」
「黒龍くんは彼の孤独が分かったんだよ、きっと」
 龍が嘶(いなな)き、天空に舞い上がった。
 紫煙 葛葉(しえん・くずは)は、マホロバから遠のいていく小さい影を見送っていた。
(この結果が良かったのか……明仄の最後の灯し火は、無駄ではなかったのか……?)
 葛葉にもこの結末の行方は分からなかった。



「なぜ、助ける……エリュシオンに行って……どうする気だ」
 ひらすら西へ向かって飛び続ける龍の背中の上で、かすれた声の正識が言った。
 黒龍は慣れない龍の手綱をひいているせいか、いささか居心地がよくない。
「心まで受け入れられずとも貴方の、『正識』個人の傍に在りたいだけです」
 そして、黒龍はどうしても聞きたかったことを尋ねた。
「それで……『識る』ことはできましたか? 『正しき』とは何か?」
「何が正しかったかは、わからない。でも、一つだけ識ったことがある」
「それは何ですか」
「……私が何者であるか、ということだ」
 意外な返答に黒龍は正識の顔を見つめた。
「私は何者でもない。『エリュシオン人になれなかったマホロバ人』だった」
「正識!?」
 黒龍は肩を掴まれた。
 蒼の審問官と呼ばれた男は力なく笑った。
「……龍のこの怪我では、エリュシオンまでは飛べないだろう。かと言って、私はマホロバへは帰れない」
「一体何を……まさか」
「帝国人になれず、マホロバ人にもなれない……とすれば」
 正識は黒龍の頭を抱きかかえ、まるであやすかのように流れる緑髪に口づけた。
「キミは戻るんだ、いいね」
「いけません……やめろ!」
 彼は微笑み、龍に向かって何やら囁いた。
 龍は分かったように悲しい声を上げ回転をはじめる。
 正識は残された力を振り絞るように、脚で龍の背を蹴り上げた。
 彼の身体が重力に引かれ、雲海に向かって落ちて行く。
「正識……!」
 黒龍は手を伸ばす。
 彼が共に落ちようとするのを、龍が反転しながら防いでいた。
 正識の身体はたちまち小さくなり、白雲におおわれて見えなくなっていく。
「貴方は、死ななければいけないのですか。生きてはいけないのですか……それほど、この世は貴方にとって生き辛いというのですか!」
 黒龍の叫びが大空に響き渡った。