リアクション
卍卍卍 「まだいきてる、しんぱいしないで」 強化人間九段 沙酉(くだん・さとり)は抑揚なく言う。 葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が担いでいた黒い布の下を地面に落とす。 中から、青ざめた男がごろりと転がった。 「正識!」 天 黒龍(てぃえん・へいろん)が布を引きちぎるように掻き分けた。 狂骨は冷ややかな目で付帯を見下ろしている。 「こやつに此処でくたばられては、我々の目的も果たせないのでな」 「目的とは?」 黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が詰めよると、狂骨は背を向け立ち去ろうとした。 「マホロバを事実上一つの藩が独裁しているのを、許してはおれんということだ」 狂骨はマホロバ全体を底上げするためには、諸藩の力が不可欠だと考えていた。 地球勢力やシャンバラの影響の濃い葦原が、いつマホロバの急所となるかもわからない。 「……う」 七龍騎士の龍が鼻をこすりつけてていた。 正識わずかに息を吹き返したのを見て、黒龍は深く息を吐いた。 沙酉は唇に人差し指を当てて言った。 「むくろがなぜあなたをたすけようとしたのか。あなたじしんがこのさきかんがえて」 正識には聞こえていただろうか。 龍が主人の代わりに寂しそうな声で鳴いた。 「――なんだと、エリュシオン行くじゃと?」 「ここに彼を置いておけない、傷も深い……」 黒龍が龍の背に正識を引き上げるのを見て、大姫が眉をつり上げた。 いまにも掴みかかりそうな雰囲気である。 高 漸麗(がお・じえんり)が仲裁に入った。 「姫さま、二人を行かせてあげて!」 漸麗は見えない目で宙を見つめていた。 その先には西日に輝く彼らの姿がある。 「確かに、正識さんは戦を招いた。でも、彼の言葉を聞いて少しだけ分かったよ。何も信じられないことが、苦しみだったってこと。誰も信じられず、唯自分が信じた道を進むしかなくて……行き着いた先のユグドラシルが、彼にとって『絶対』に映っただけなんだ」 「だからといって、何も黒龍も行くことはあるまい?」 「黒龍くんは彼の孤独が分かったんだよ、きっと」 龍が嘶(いなな)き、天空に舞い上がった。 紫煙 葛葉(しえん・くずは)は、マホロバから遠のいていく小さい影を見送っていた。 (この結果が良かったのか……明仄の最後の灯し火は、無駄ではなかったのか……?) 葛葉にもこの結末の行方は分からなかった。 ・ ・ ・ 「なぜ、助ける……エリュシオンに行って……どうする気だ」 ひらすら西へ向かって飛び続ける龍の背中の上で、かすれた声の正識が言った。 黒龍は慣れない龍の手綱をひいているせいか、いささか居心地がよくない。 「心まで受け入れられずとも貴方の、『正識』個人の傍に在りたいだけです」 そして、黒龍はどうしても聞きたかったことを尋ねた。 「それで……『識る』ことはできましたか? 『正しき』とは何か?」 「何が正しかったかは、わからない。でも、一つだけ識ったことがある」 「それは何ですか」 「……私が何者であるか、ということだ」 意外な返答に黒龍は正識の顔を見つめた。 「私は何者でもない。『エリュシオン人になれなかったマホロバ人』だった」 「正識!?」 黒龍は肩を掴まれた。 蒼の審問官と呼ばれた男は力なく笑った。 「……龍のこの怪我では、エリュシオンまでは飛べないだろう。かと言って、私はマホロバへは帰れない」 「一体何を……まさか」 「帝国人になれず、マホロバ人にもなれない……とすれば」 正識は黒龍の頭を抱きかかえ、まるであやすかのように流れる緑髪に口づけた。 「キミは戻るんだ、いいね」 「いけません……やめろ!」 彼は微笑み、龍に向かって何やら囁いた。 龍は分かったように悲しい声を上げ回転をはじめる。 正識は残された力を振り絞るように、脚で龍の背を蹴り上げた。 彼の身体が重力に引かれ、雲海に向かって落ちて行く。 「正識……!」 黒龍は手を伸ばす。 彼が共に落ちようとするのを、龍が反転しながら防いでいた。 正識の身体はたちまち小さくなり、白雲におおわれて見えなくなっていく。 「貴方は、死ななければいけないのですか。生きてはいけないのですか……それほど、この世は貴方にとって生き辛いというのですか!」 黒龍の叫びが大空に響き渡った。 |
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