リアクション
卍卍卍 マホロバ城下にある診療所には怪我人が運ばれている。 逃げる際や、噴花の二次被害で怪我をしたり、体調を崩した人もいる。 東雲遊郭を焼けだされた遊女や影蝋たちもいたが、彼らは一般の人から少し離れて身を寄せ合っていた。 「明仄(あけほの)さん、体の具合はどう?」 七刀 切(しちとう・きり)が重湯を持って遊女に勧める。 切は匙ですくうと、息を吹きかけて冷ましてやった。 「もしかして猫舌だった? 気付かなくてごめん」 明仄は首をふるだけだ。 「……勝手に医者に見せたこと、同情のつもりはないよ。明仄さんに助かってほしいってのは本心だ。だけど、遊女の誇りを傷つけちゃったのかもしれないねぇ」 「……アタシは、誰にも知られたくなかっただけ。こんな……姿、誰にも」 明仄は顔を両手で覆った。 「化粧もしてない姿なんて、見られたくない」 「明仄さん、私、正識に会ったよ……」 イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)が、柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)とよいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)と共に病室を訪れていた。 イランダが見舞いを差し入れながら言った。 「彼の意思を確認してみたけど……頑なだったよ。もし、彼を揺さぶることができるなら、明仄さんしかいないと思うの。病気で大変なの分かってるから無理はできないと思うけど、彼に逢って欲しいな」 「ボクからもお願いします。思い悩んでいる明仄姐さんが心配です。外へでてみませんか?」 『ももたろう』が渡せなかった卵で作った「たまごふわふわ」を渡す。 『ももたろう』渾身の出来である。 「これ食べて元気になってください。ボクもお伴しますから」 「お前さん、稽古はどうしたんだい? 着物は? お化粧は?」 「え……えーと……ボク、保護されたから。身請けっていうのかな?」 「人前にそんなナリで出る子がいるかい。もう遊女でないからといって、男のような格好するんじゃないよ」 「う……うぅ」 叱られて涙目になる『ももたろう』をイランダがかばった。 黙って成り行きを見守っていた北斗も間に立つ。 「おまえも頑固だな、明仄。 案外、あの審問官様と似たもの同士じゃないのか? お似合いだ」 「正識様を悪く言うのはやめて。私とあの方じゃ、人間そのものが違う。比べるだけ失礼だろ!」 明仄は本気で怒ったようで、『ももたろう』たちに掴みかかろうとした。 そのまま体制を崩し、ぐらりと倒れこむ。 「いい加減になさい!」 突如、ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が明仄の手を掴んだ。 明仄の横の頬を打つ。 「ちょ……何すんだ!?」 慌てて止めに入る切をルディは撥ね付けた。 よく見ると、ルディの目は赤くなっている。 「……好いた男が死を覚悟して戦ってるてのに、己に浸って何をしてるんですの。あなたにそんな暇があると思って?」 ルディはまるで自分に言い聞かせるように、明仄に向かって言った。 「私は……残された。きっと、生きて……生き続けなくてはならないから。でも、あなたは、彼を道連れにするおつもりなんですの? その先まで……輪廻の先まで想いを持って行こうとは思わないの? 正識様のこと、あのままにしておくおつもり?」 「正識様が負けるはずがない。アタシが消えても、あの方に何の関係もない。たとえ輪廻で生まれ変わっても、知らぬところの話しさ」 「おい、まだだ。まだ、輪廻とか再生とかいうな。今はまだ、ここに居るんじゃないか」 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、ルディの肩を掴んだ。 「あんたがどう考えていようと、おれは今にしか興味ない。死の宿命から逃れられるような輪廻に希望を見出すより、最後の瞬間まで笑顔で居て欲しいと思う……」 トライブは白い明仄の手を握った。 「俺ん所に来ねぇか?」 明仄が驚き、トライブを見あげた。 トライブは大げさなくらい楽しそうに語る。 「世界は広い。一緒に、見てまわろうぜ。シャンバラ、カナン、エリュシオン――過去を振り返る暇もないくらいだ」 明仄は黙り込んでいる。 トライブにもおおよそ答えはわかっていた。 それでも彼は、明仄の心に小さくてもいい……希望の明りが灯せたらと思う。 「夢ぐらい見たってバチはあたんねーよ」 「アタシは……」 今、男を受け入れたら、自分は変われるだろうか。 別の人生を歩むことができるだろうか。 もし、人生をやり直せるとしたら、違った道を選ぶだろうか……? 「後悔してない」 「そう…か」 トライブはふっと笑った。 「じゃあ、俺の最後の願いきいてくれるか。本当の名前を教えて欲しい。本名で呼ばせてくれ」 「……あ……」 「あ……? 何?」 「あ……さ……」 明仄が言葉を発しようしたときだった。 診療所の外が騒がしくなり、悲鳴が上がった。 「龍騎士だ! 七龍騎士が攻めてきたぞー!!」 周囲は騒然となった。 ・ ・ ・ 「ティファニーちゃん、ちょっとヤバイ気するで。さっきから嫌な予感しまくりや!」 日下部 社(くさかべ・やしろ)はティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)マホロバ城下を駆け巡る。 ティファニーはここで逃亡生活を送っていただけあって、地理に詳し……くはなかった。 「さっきから同じ建物の周りを回ってるのは……気のせいデス!」 「そ、そうか。ほな、早よぉ明仄さんのとこにいこうや。正識が現れたようやしな!」 七龍騎士はマホロバ城へ向かっているらしい。 それを止めようと、幕府軍は躍起になっているようだ。 「明仄姐サン……正識サンと逢わせてやりたかったデス」 「ティファニーはほんま優しい子やな。よっしゃ、わいもひと肌脱ぐで」 「……シャチョサンは別に服を脱ぐ必要ないデスヨ」 「そっちの脱ぐやない。わいは、ティファニーちゃんのことも心配しとるんや。娘みたいに思うとる。娘の力になってやりたい思うんは当然やろ」 「ミーのオトウサンになりたいのデスカ? ……随分若いですネ!」」 「ティファニーちゃん、それちゃう。ええっと、なんて言うたら通じるんかな。パパ? ちゃうな、なんかいかがわしい響きやな……ああっと、また通り過ぎよった!」 引き返す社。 彼の足がピタリと止まった。 白装束で槍を持った男がいる。 刀で斬りかかった兵士が倒れこんだ。 「……どうやらビンゴや……」 七龍騎士を人々が取り囲んでいた。 |
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