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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

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・演説を終えて


 演説後、藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)は校舎内の投票所付近で待機し、周囲の様子を窺っていた。
「一応、手伝った方がいいのかな?」
「下手なことはしない方がいいですよ。アピール活動は、一応さっきの演説で終わり、ってこといなってますからね」
 サイファス・ロークライド(さいふぁす・ろーくらいど)に注意され、踏みとどまった。
「うー、イコンの訓練でもしてないと落ち着かないや……」
 それでも、自分にとって今日という日はおそらく最初で最後のイベントになるだろうからと、静かにこの日を過ごすことにした。
「立候補、女子多いな……」
 だからどうというわけでもないが、現行役員は会長の五艘 あやめを筆頭に、女子の方が目立っているような気がする。
「……当選したら、オレも頑張らないとな」
 場合によっては、自分以外の役員が女子という可能性もある。ただ裄人としては、トップは男子で頑張って欲しいなと思った。会長候補の男子はいずれも、勢いのある面々だ。裄人とは違うやり方で、生徒会を纏め上げようとすることだろう。ならば、自分は地味な立ち回りかもしれないが、堅実に生徒会を支えていきたい。これから天御柱学院に来る普通の人達のためにも。
 ふいに、なつめの演説が頭を過ぎった。なぜ今、基盤を固めることが重要だと考えるかの理由は分かる。この学院に在籍していた者が、反体制的な活動をしていたという話は、生徒達の間にも広まっている。
(イコンの技術は、人殺しの技術じゃない。パイロットであって軍人ではない……でも)
 イコン同士の戦いになれば、結果として誰かを殺してしまうことはあるかもしれない。だが、意識的にイコンで直接生身の人を狙うことは、絶対にしてはいけない。イコンを兵器として捉えないためにも。しかし、それをやった者がいる。力の大きさを知りながら、それを破壊に使った者が。裄人には、それが許せない。
(軍人じゃないパイロットとして、どう動くべきなんだろう。そのためには、パイロットとしての腕を磨くしかないのかな)
「考えごとですか、裄人?」
 サイファスの声で、現実に戻った。
「イコンに乗ってないと落ち着かないのは私も同じですよ。私達はイコン乗り、パイロットなんですから」
 そういえば、と裄人は今日の午後は現パイロット科代表が復帰し、模擬戦を行うことになっていることを思い出した。
「どこへ?」
「ちょっと、喉が渇いた」
 ありがたいことに、投票所付近では飲み物が無償で配られている。
「宜しければ、どうぞ」
 ベネティア・ヴィルトコーゲル(べねてぃあ・びるとこーげる)からコップに入った水を受け取った。
「どうですか? 機晶石を採用したアルカリイオン製水器です。機晶石の持つ癒しの力によって、浄水された綺麗な水を提供出来るようになっているんですよ」
 第一世代イコンの技術が公開された際に、イコンの動力である機晶石に関する情報も全世界に発信され、機晶技術の研究も地球でなされるようにあった。そういう話を裄人は耳にしたことがあったが、どうやら、本当のようだ。
(いつの間にか、地球でも色々と応用が進んでたんだな……)
 これまで地球産の工業用品はパラミタに持ち込むことは出来なかったが、向こうの産物である機晶技術を導入すれば、可能となる。地球各国は、パラミタへの市場開拓も視野に入れ始めている、ということだろう。
「ふむ、生徒会役員立候補者でしたかな?」
 そこへ、投票用紙を手にした伯 慶(はく・けい)がやってきた。選挙管理委員会の手伝いで、投票所での作業を一部請け負っているようだ。
「一般生徒・教職員と投票所で鉢合わせにならないよう、今のうちに投票用紙の記入をお願いします」
 サイファスの方を振り向いて目で合図し、彼にも来てもらう。
 投票を済ませると、二人で再び元の場所へと戻っていった。

* * *


「でも、イヴが会計監査とはね。てっきり僕は会長に立候補すると思ってたよ」
「来年は、会長に立候補するつもりよ。この学院に編入してからまだ三ヶ月。まだまだ分からないことの方が多いからね」
 まずは、自分がまだ知らない世界をもっと知る。パラミタやパートナーのことばかりではなく。蜂須賀 イヴェット(はちすか・いう゛ぇっと)はそのために生徒会役員に立候補した。新体制の要となる「三会」の一角。そこは、格好の場だ。そして、まだ何色にも染まっていない彼女だからこそ、学院の進むべき道を客観的に捉えることも出来る。そういった意味では、会計監査というのは適任かもしれない。
 会計記録・処理を見て、適正に費用の運用がなされているか確認する。仮に不正があるとすれば、長くこの学院にいる者にとっては当たり前となっている項目だろう。彼女ならば、他の生徒が気付かないような「落とし穴」を見抜くことも出来るかもしれない。
 決して目立つ役職ではないが、学院を支えるのに重要な位置を占めている。きっと、やりがいはあるはずだ。
「だけどイヴ。生徒会っていうのは、生徒を一つに纏め上げて引っ張っていく組織だよね? たとえ会長志望じゃなくても、生徒を纏める組織の一員になるかもしれないんだ。『不意の事態が起きた時どう対応するか』とか、君なりに考えておいた方がいいと思うな」
 マラク・アズラク(まらく・あずらく)に指摘され、イヴェットは思考を巡らせた。
「不意の事態が起きた時どう対応するか……か。この学院は両世界の境界線上にある訳だし、地球とパラミタ、両方敵になる可能性はゼロじゃないわ。もちろん、海京が海にあることを考えたら、災害に巻き込まれる可能性も考えられるわ。もしそんなことになったら、第一には迅速に動くことが重要ね」
 もたもたしていたら、その間に被害が広がってしまう。
「置かれている状況、扱えるものを把握して、それらを最大限に活かす……ううん、漠然としているわね。とりあえず、常に自分を冷静に保って、状況判断と状況報告・伝達を忘れずに行わなくちゃ」
 制服のポケットに手を伸ばし、支給品である学院内専用情報端末を確認した。ローカルネットワークを使用しており、携帯電話と併せればこの街での情報伝達で困ることはない。
「さて、アピスの調整はどんな感じかしらね」
 イヴェットは天沼矛のイコンベースへと向かっていた。アピス・レジーナの最終調整を行うためである。とはいえ、大部分はロジオン・ウインドリィ(ろじおん・ういんどりぃ)に「やらせてくれ」と頼まれたこともあり、彼に任せてある。
 本人は隠せていると思っているようだが、夜中も遅くまでマニュアルと睨めっこしたり、放課後もイコンベースで上級生や教官達の調整を見せてもらったりして努力を重ねている。だから、彼に任せてみたということもあるのだ。

「演説お疲れ、お嬢ちゃん」
 お昼のイコンベースに踏み入れたイヴェットとマラクを、ロジオンは出迎えた。彼女の演説は、生中継でちゃんと視ていた。
「ありがとう。調整はどう?」
「基本的な部分は大丈夫だ。ま、イーグリットに関しちゃ調べればすぐに情報出てくるからな」
 だが、たとえ分かっていても、実際に触ってみると思うようにいかないことは多い。いくら第一世代技術が情報開示されているとはいえ、機体のカスタマイズをこなせる者は整備科全体を見渡しても、そう多くはない。
「それにしても、今日は全休なのに随分人がいるわね」
「なんでも、現パイロット科代表が復帰するっつーことで、手合わせしたいっていうヤツが多いみてーなんだ。お嬢ちゃんも、その話は聞いてたろ?」
「ええ。パイロット科では色々な噂も流れてたわ」
 イヴェットの負けず嫌いな性格を考えれば、彼女も模擬戦を希望していてもおかしくはない。が、今は生徒会選挙の方が大事なようである。
「ま、今日は時間もあるし、これが終わったら見に行くのもいいんじゃねーか」
 整備科のロジオンとしても、実戦を見ることで学ぶことがあるだろう。かつては、今以上に学院内部でも機密管理の点で制限が多かったらしいが、今は緩和されている。もっとも、対外的に明かしていない情報の方が多いのは相変わらずらしいが。
 しかも、旧体制は科学第一主義の色が強く、特に超能力科では魔法や神秘といったものを徹底的に排していた。おそらく精霊であるロジオンは、その当時に在籍していたら、肩身の狭い思いをしていたことだろう。
 だが、今は違う。海京という街の性質上、科学寄りであるのは確かだが、それを理由に科学とは無縁の種族が拒絶されることはない。むしろ、歓迎される部分もある。この街が二つの世界が共存する場になりつつあることを、身をもって味わっているのだ。
 その新体制にイヴェットが関わろうとしているのも、嬉しい限りだ。あとは結果を待つのみだが、彼女には役員に当選して頑張って欲しい。