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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション


・密航者


 風紀委員会本部。
「そちらはどうですか?」
「まだ特に手掛かりはないわね」
 ここに残って捜査の後方支援を行っているのは、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)だ。かつては強化人間管理棟に置かれていたが、現在は天沼矛内にある。最新鋭のコンピューターを使い、情報の取りまとめを行える場所が、ここだ。ルージュから使用許可は得ている。
 現在、捜査を行う者は各地区に分かれている。
「海京はそこまで広くはありませんから、身を隠せる場所は限られてきます」
 ルシェンは西地区の地図を表示し、ストリートビューに切り替えた。
「北地区は6月事件以降、最も厳重に警戒されている場所ですし、南地区は学院の敷地です。丸一日気付かれずにいるのは難しいでしょう」
「そうなると、残るは西と東ってわけね」
 現在、ルシェンのパートナー達は西地区、カーリンのパートナー達は東地区にいる。
「報告が来たわ」
 

* * *


「どうしたの、エル?」
「うん、チャイナドレスの人って聞いて……なんていうか、とっても気になるんだ」
 高峯 秋(たかみね・しゅう)エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)と共に、東地区での捜査を行っていた。ルージュだけでなくエルノも何かしら思うところがある様子だというのを考えると、かつての強化人間管理課絡みの事情があるのかもしれない。とはいえ、それは実際に密航者の姿を見れば分かることだ。
 二人が最優先事項としているのは、密航者の身柄の確保ではなく、あくまで情報を持ち帰ることだ。そのため秋は風紀委員の黒制服ではなく、コート姿で目立たないようにしている。エルノもまた、ワンピースの上にコートとブローチを合わせた私服姿だ。
「一日以上経っても不審者が見つかってないってなると、もうチャイナドレスを着ている可能性は低いよね。でも、追い剥ぎの被害が報告されてるわけじゃないし……」
 さすがに、チャイナドレス姿で歩き回っていたら目立つだろう。
「ねぇエル、エルなら例えば動きやすくて、可愛い服が置いてあるって外からパッと見て分かって、買いに行くようなお店はある?」
「えっと……この東地区ならいくつかあるよ」
 居住区である東地区には、若者向けのブランドショップがいくつも存在する。そこで聞き込めば、容姿の特徴が掴めるかもしれない。何せ、分かっているのは十六、七歳くらいの女ということだけなのだ。それに当てはまる者は、この海京にはごまんといる。
「チャイナドレスの女?」
 一件目の店で聞き込むと、早速反応があった。
「その人なら、来ましたよ。何でも、4月から天学に通うことになったから、制服が欲しいと言ってましたね。うちにはないから、扱ってる場所を教えてあげましたよ。あと、うちでも一応服は買っていきましたね」
 例の密航者は一度着替えてから、天学の制服を求めに向かったようだ。4月を前に、編入予定者や推薦で入学が決まった者が少しずつ増え始めるこの時期では、それ自体は不審な行動ではない。
(カーリンねーちゃん、チャイナドレスの女の人、今は学院の制服を着てるみたいだよ)
 ただ、それだけだとまだ特定が困難だ。そこで、次の店で確認を取ることにした。
「制服を買いに、ね。最後に来たのは二日前だよ。ただ、新入生じゃなくて、『制服がダメになったから新しいのが欲しい』ってことだったなぁ。だけど、びっくりしたよ。6月事件で死んだってことになってたからね」
「え?」
 思わず、秋の口から声が漏れた。
「生徒全員の顔は分からなくても、この街を守ってた風紀委員の管区長くらいは把握してるよ」
 秋以上に、エルノが驚いているようだった。
「まさか、でも……」
 そして、その人物の名を店員が告げた。

* * *


「全く、和葉も物好きだよねー、風紀なんて面倒かつ危険なことに首突っ込むなんて」
「風紀なんて本当は辞めさせたいに決まっているでしょう? けれど……和葉が悩んで出した結論を俺が止められるはずありません。たきつけた責任は貴方自身の身体をもって、取ってもらいますよ、ルアーク?」
「おお怖い。ま、俺は面白ければ何でもいいんだけれどねー」
 ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)は、風紀委員に志願した水鏡 和葉(みかがみ・かずは)の背を眺めながら、そんな話をしていた。
「で、海京警察の方には話通ってるんだっけ?」
「昨日の今日ですからね。あまり乗り気ではないようですが、時間は取ってくれるそうです」
 警察としては、身内の恥を学生に晒したくないというのもあることだろう。しかも、頼みの綱のコリマ校長は「風紀委員を通せば事足りる」と、緋翠の根回しが通じなかった。話が聞けるというだけでも僥倖だろう。
「海京警察は西地区の……ってそっちじゃないってば」
 和葉が道を間違えそうになったため、すぐにルアークが制止した。
「相変わらず、迷子癖は治らないよねー。ずっとこれなら、お前の旦那候補可哀想だよねー」
「ちょ、別にそんなんじゃ……っ」
 が、気恥ずかしそうにしている様子を見ると、意識はしているようだ。
 しばらくすると、建物についた。
「ええと、確か顔を見た方がいらっしゃるんですよね。特徴、覚えてます?」
 緋翠が尋ねるものの、顔をはっきりと思い出せないという。その理由として、濡れた髪が顔を隠していたからだと告げた。
「目撃したのは、北地区のどの辺りですか?」
 その場所を、地図で示してもらう。目撃情報が他にない以上、現場に行って確かめるほかないだろう。

* * *


 北地区では、高島 真理(たかしま・まり)刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)アレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)遊馬 澪(あすま・みお)ピア・ロルカ(ぴあ・ろるか)らが捜査を行っていた。
 和葉が到着した時点では、特に何か分かった様子がなかった。
「密航したのなら、船、あるいは海に何らかの痕跡が残っているかと思ったけど、当てが外れたわ」
 刹那達が最初から北地区を重点的に当たっていたとすれば、物的証拠を発見するのは困難だろう。そう、形あるものに関しては。
(えーっと緋翠、確かこの先でいいんだよね?)
 和葉は西地区の警察署に残った緋翠にテレパシーで確認を取った。
(はい。座標は一致してます)
 彼がテクノコンピューターで打ち込んだ情報は、和葉の情報端末にすぐ送られてくる。が、それを見ながらでも間違えてしまい、ルアークに正されてしまう。
 警官が倒れていたという場所で、和葉はサイコメトリを試みた。
(女の人……服、着てない?)
 引き締まった身体つきであり、スタイルもいい……ではなく、全身から水滴が零れ落ちている。その手に握っているのは、大きめのバッグだ。そこからタオルを取り出し身体を拭くと、チャイナドレスに着替え始めた。まだ、顔は見えない。
(もう少し……)
 服を着た後に何かを確認したが、それは分からない。ずぶ濡れのタオルをバッグに戻し、それを海へと投げ捨てた。
 そして両手で髪をかき上げると、その下の素顔があらわになった。
(見えたっ!)
 そこでサイコメトリによるイメージは終わった。
(緋翠、顔が分かったよ)
(ちょうどこちらにも、新しい情報が入ってきました。ですが……)
 緋翠から送られてきた顔写真にあったのは、確かに和葉がサイコメトリで見たものだった。
(その人、半年前に亡くなってるんですよ。しかも、北地区で。学院に確認したところ、死体も確認済み、DNA鑑定も一致しているそうです。おかげで警察では、幽霊だなんだと騒ぎになってますよ)
 一体どういうことなのか。
「死んだはずの人間が現れたことなんて、前にもあったじゃん」
 悩んで時間を無駄にするなら行動した方がいいと、ルアークに促される。
(変装にしろ、幻術にしろ、何らかの手段を持ち合わせていると見るべきでしょう。流されて戸惑っているようでは、風紀委員になるのは難しいですよ?)
 半年前のことを思い出しながら、密航者が向かいそうな場所を推測した。この海京で、重要な場所は二ヶ所。
「現れるとしたら、天御柱学院か……極東新大陸研究所」

* * *


(そっちはどうだい?)
 月谷 要(つきたに・かなめ)は光学迷彩とブラックコートで気配と姿を消して、空から密航者を探していた。
(まだ見つからないわね。制服を買ったとはいっても、今着てるとは限らないし……)
 地上にいる霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)と連絡を取りつつ、本部から送られてくる情報を確認する。
「にしても、死んだ管区長のそっくりさんとはねぇ」
 ルージュが気に掛ける理由も分かる気がした。もちろん、暗示や催眠の類、幻覚、変装、自身の姿を誤魔化す手段はいくらでもあるため、まったく無関係な別人の可能性もある。だが、それゆえに厄介だ。
(学院は生徒会選挙で授業は休みだけど、西地区は人が少ないわね)
 ビジネス街である西地区において、今は就業時間内だ。外の人通りは少ない。要はホークアイで道行く人の顔をチェックした。
 その時、悠美香から精神感応が来た。
(要、今それらしき人が路地に入ってったわ)

 ベルフラマントで気配を悟られぬようにして、悠美香は路地に足を踏み入れた。手にはブランドショップの紙袋、服装はワンピースの上にカーディガン。そんな格好の人が人気のないビルとビルの間の裏道に入っていく。
(確か、ここは……)
 海京分所への近道。正確に言えば、裏口に通じている道だ。
 足音を立てぬよう注意して、少女が入っていった場所へ踏み込んだ。
(……いない?)
 確かにここのはずだ。
(……!!)
 殺気看破で気配を察知したが、振り返った時には遅かった。