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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

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・模擬戦に向けて


「模擬戦希望者、やはり多いですね」
 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)は整備科に提出されたオーダー表に目を通していた。あの七聖 賢吾・五艘 なつめペアが復帰するとなると、やはり相手にしてみたいという人は多いようだ。
「休講にも関わらず、選挙演説が終わっても学院に残っている生徒が多いのはそういうことか。ただの試運転じゃなくて実戦形式にしたあたり、賢吾もずっとイコンに乗りたくて仕方なかったんだろうね」
 クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)が感心したような言い方をした。例の機体、ホワイツ・スラッシュ――【鵺】は、最終演説の会場であった旧イコンデッキの格納庫にある。前に仕様書を見せてもらったが、外装はともかくシステム系統は並の人間の手に負えるものではない。おそらく、開発した司城 雪姫くらいしか全容を把握していないように思われる。
「今回、一番重要なのは武装のセーフティですね。非殺傷性のものとはいえ、使い方によっては絶対に安全とは限りませんから。模擬戦だからと、無茶をする人は少なくないですしね。特に、今回は相手が相手ですので、気合が変な方向にいかないよう祈るばかりです」
「とはいえ、いつも以上の損耗が出そうだね。修理が大変そうだ。皆の機体を送り出したら、すぐに修理機材を準備しといた方がいいかもね」
 明日には選挙結果が発表されるが、授業が休講なのは今日だけだ。模擬戦参加者の中には、明日実機訓練が入っている者もいる。一人当たりの持ち時間は短いこともあり、順次帰投した機体を修理出来るように準備しておくことは必要だろう。あまり無茶はして欲しくないが、かといって無傷で帰って来られるのも微妙だ。多少のダメージを負ってくれてた方が、こちらとしてはありがたい。そうなれば実戦を想定しての整備・修理の指示も出来るからである。整備士としての経験値を積むには、いいチャンスだ。
「では皆さん、前半の方々の機体優先でお願いします。そちらがある程度終わり次第、第二世代機へ移りましょう。レイヴンに関してはBMI関係の調整がありますので、分からない部分があれば私のところに確認しに来て下さい」
「おう、任せておけい!」
 威勢良く返事をしたのは、鳳 源太郎(おおとり・げんたろう)だ。
「行くぞ、撫子ぉ!!」
「はい、源さん!」
 深澄 撫子(みすみ・なでしこ)と共に、機体の整備に取り掛かっていった。訓練機のオーバーホールも積極的に手伝っていたこともあり、第一世代機――イーグリットとコームラントに関してはほぼ習得が出来ている様子である。

 源太郎自身には、第一世代機に関しての技術は掴んだという自信があった。OSに関してはまだ不安な部分があるものの、装甲や武装に関してはほとんど問題ないだろう。そろそろ、次の段階に移る頃合だ。
 天沼矛内のイコンベースには、四つのハンガー(格納庫)が存在する。昨年の6月事件の際にそのうちの一つが破壊されたが、その修復作業に併せてベース全体の改築が行われた。第二世代機の整備環境を整える必要があったからだ。四つのハンガーはそれぞれ、第一世代機、第二世代機、特殊機(レイヴンや可変機)、シャンバラ王国機(プラヴァー各種)となっている。天学が管理権をにぎっているのは、実にイコンベース全体の四分の三だ。その各ハンガーの中に、授業用の整備スペースが設けられている。
(あとは、どんな世代の機体も整備出来るような共有スペースがあれば完璧だと思うがな)
 一応どの機体でも整備出来るように、各ハンガーには機材が揃っている。そうはいっても、全部のハンガーで同様の状態で行えるかといえばそうではない。特に、特殊機の場合はちゃんとそのハンガーで整備しなければ万全を期すのは難しい。
「なんにせよ、わしらが把握しているのはほんの一部だ。いくつ歳を取ったとしても、学びたいと思えることがあるのは嬉しい限り。人生とは常に勉学だ。
 そういうことだ、撫子。お前も生涯を通して学びたいと思えることを見つけろ」
「はい。整備科の技術も源さんを手伝っているうちに理解出来るようになってきましたし……その中でもう見つかりました」
「わしのことは入れるな。他のものを探せい」
 図星なようだ。しかし、彼女のこういった態度はいつものことなので、構わず続きの作業に取り掛かった。
「既に設定がなされているOSに関しては、動作チェックのみか」
 イコンのOSは、認証キーとなっている学生証に記録されたパイロットデータとリンクして、自動調整が行われて設定が完了する仕組みとなっている。第一世代に関しては、パイロットによってはシステム周りをいじっている人もいるものの、この自動調整機能だけはロックが掛かっており、解除することが出来ない。そのため、ここが正常に機能しているかどうかが、システム面のチェックでは最も重要なのである。
「撫子、カードを貸せい」
「はい、ダーリン」
「……撫子、今度わしをダーリンとか旦那様とか言ったらげんこつでコブのタワーが出来ると思え」
「うう、スミマセン、ちゃんと作業しますので許して!」
 メインパイロット、サブパイロットの認証を完了させた。整備科に在籍している二人の身分証にも、システムチェック用に整備科共通のパラメーターが記録されている。
「うむ、確かこれが……」
 ツナギの中からメモを取り出し、源太郎は確認した。パイロットデータの見方が記されているものだ。それらの項目を一つ一つ、丁寧に見ていった。

「向こうはそろそろ大丈夫そうだから、私達は第二世代機の方に回りましょ。ジェファルコン、ブルースロートの整備は初めてっていう人、いるかしら?」
 荒井 雅香(あらい・もとか)は整備科の生徒と共に、第二世代機の整備を始めようとした。模擬戦の機体の整備要員は決して多くはないが、高等部の一年生や中等部の生徒もわずかにいる。そういった者達が、挙手をした。
「案外いるわね。まあ、実用化されたのが11月だから、こんなものよね」
 プラヴァーは元々整備がしやすい機構になっているが、学院の二機に関してはそうではない。そのため、整備に携われるのは整備科の班長以上だ。それ以外の生徒は、資格のある者が立ち会っている時でなければならない。雅香は班長を任されている生徒だ。整備教官長の姉御によれば、高等部二年の時点で班長になっている生徒から代表が選ばれる可能性が高いという。
「今はマニュアルが整備されてるから、それに従いながらやれば大丈夫よ。分からなければ私に聞いてね」
 一年で随分進んだなあと思う。去年のこの時期は第二世代機どころか、レイヴンやガネットでさえまだ試運転が始まったばかりだったのだ。
「思えば、私が入学した頃なんて、まだイーグリットの整備マニュアルさえなかった……というより、機体の解明が進んでなかったのよね。それに、あの頃はまだ学院の沿岸部にある旧イコンデッキで整備をしてたわ」
 ちょうど、生徒会選挙の最終演説が行われている場所だ。一年生の夏休み明けに天沼矛に移るまでは毎日のように入り浸っていたが、今は許可なく入ることは出来ない。
(そういえば、【鵺】はあそこで整備されることになってたわね)
 昨日、機体の移動の際に雅香も立ち会っている。その時に、司城 雪姫とも顔を合わせた。ホワイトスノー博士の後継者と噂されているが、確かに彼女の面影があった。もっとも、雪姫は博士の血縁ではないとのことなので不思議ではあるのだが。挨拶程度しか出来なかったが、今度はイコンの話題で話してみたいものだ。
「まあ、環境云々よりも大事なのは知識と技術、そして人の心よ。ただ機体と向かい合うだけでなく、それに乗るパイロットとも心を通わせることが必要ってことね」
 連携が取れるように整備科内で交流を深めることも重要だが、やはりパイロットとの交流を通して信頼関係を結ぶことは必要不可欠だ。
「もうしばらくしたら各機体のパイロットが最終調整に来るわ。この機会に、色々と話してみるといいわよ」
 後輩にアドバイスを送りながら、雅香は整備を続けた。

* * *


「これで、全機発進完了だな」
 パイロット達との最終調整を終え、真田 恵美(さなだ・めぐみ)は発進していく機体を見送った。
「それでは、早速ですが機体をいつでも受け入れられるように準備をお願いします」
 真琴が指示する声が、ハンガーの中に響いた。
(確かに、実戦だと修理や補給のために戻ってきた機体が再出撃することだってあるよな。だったら、基地としては受け入れ態勢を整えてなければいけないよな)
 整備士として必要なことは、不測の事態を常に想定することだと真琴からは聞いていた。戦場は刻一刻と変化し、機体のトラブルも思わぬところから起こる可能性がある。それらをきちんと把握して最善の手段・手順で修理やその準備を行うことが出来るのが一流の整備士、ということだ。
(オレも早くあの二人の域に辿り着けるよう頑張らないと)
 そればかりは、経験を積まなければ難しい。戦時中に整備班長、整備科代表となって整備の最前線にいた彼女達だからこそ、そう考えることが出来るのだろう。しかも、真琴は4月から整備教官となる身だ。そのパートナーとして自分をもっと磨かなければ。
「では、資材の確認もしておかねば。もし戻ってきたとしても、こちらに不備があったらいかんからな」
 源太郎がハンガーの中にある物資の点検を行った。常日頃からどこに何があるのかを把握するよう努めているためか、彼が自由に出入り可能な第一世代機のハンガーの中は熟知しているようだった。こちらは源太郎達に任せ、恵美は手間がかかりそうな特殊機の資材を準備しに向かった。今回は可変機がないのが救いだ。
「よし、修理資材の準備完了。受け入れはいつでも大丈夫だぜ」
 全ての用意が整い、あとは機体が戻るのを待つだけだ。