天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション公開中!

【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   四

 逃げ惑う人々を食らおうと、触手がそのスピードを上げた。
 氷が同時に触手を襲い、一瞬にして先端が崩れ落ちる。
「住民達に手出しはさせん!」
 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)は、智杖を触手に向けた。
「皆様、こちらへ……」
 璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が屋根に人々を上げる。
 レッサーワイバーンに乗ったエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が下りてきて、人々を乗せていく。
「よろしくお願いします」
 璃央は三人に人々を任せ、透玻の傍へ戻った。
 崩れた触手の先端が再生し始めているのを見て、透玻は【サンダーブラスト】を叩きつけた。
 毒が有効らしい、というのは既に連絡が来ているが、二人共にその術を持たない。となれば、持ちうる全ての技で、触手の再生を遅らせるしかない。
「璃央、私はとことんまでこいつと付き合うことにするぞ」
「はい。周りのことはお任せください」
 触手が町民を襲うようであれば、我が身を盾にしてでも防ぐつもりだった。
 透玻は触手を睨みつけ、智杖を振り上げた。


「この触手なんなの気持ち悪いよ!!」
 叫び声とも怒鳴り声ともつかぬセリフを放ったのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)だ。遠くの触手には「【炎楓】黒紅」で【シャープシューター】を撃ち、近くの敵は「【凍桜】紫旋」で切り捨てた。が、切っても切ってもキリがない。
 そういえばパートナーはどうしているだろうかと横を見てみれば、遊馬 シズ(あすま・しず)は黙々と長巻を振るっていた。
「……あー、怒ってるね……」
 昨年の御前試合であまりいい成績を残せなかったシズは、今年こそと短期集中の修行をするところだった。――ちなみに試合の準備は自主休講。
 その矢先の事態である。
「ったく!! 勝負は正々堂々が基本だろーが!!」
 怒りに満ちた一撃が触手の先端を跳ね飛ばす。
 じゅくじゅくと音を立てながら再生するそれに、秋日子がうえ、と声を漏らした。
「葦原に喧嘩吹っかけたいなら、真正面から来いっての! 俺が一発ぶん殴ってやる!!」
 しかしシズの方は、怒りの余りか気にする様子はなく、再生した部分も片っ端から潰していた。
 意外に有効かもしれない、と秋日子は思った。ただし、シズの体力が持つ限り。
 壊れた家から、恐る恐る顔を出す人たちがあった。
「こっちこっち!」
 秋日子はぴょんぴょんと飛び跳ねて呼んだ。触手が彼らを見つけて襲い掛かる。
「危ない!」
 秋日子の【ヘルファイア】が触手を襲い、人々を救う。
「明倫館へ!」
 秋日子は刀をその方角へ伸ばした。そして、ふと思った。
 この化け物を復活させた犯人には、どんな思惑があるんだろう――と。


「おやおや……こんな大騒ぎの中、楽しそうにお茶を飲んでいる方が私以外にも居るとは驚きですねぇ」
 ルメンザが顔を上げると、障子を開けてエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)が立っていた。
「こんにちは、私は別の部屋にいた者でエッツェル・アザトースと申します。隣、宜しいですか?」
「何じゃい?」
 ルメンザの怪訝な顔も気に留めず、エッツェルはさっさと“女”の横に座った。その後ろに抱えた団子の皿を離そうとしないネームレスが続いた。
「誰も盗ったりしませんよ」
とエッツェルが言うが、
「……おい……しい……です……よ?」
と頓珍漢な答えを返すばかりだ。
 くっくっく、と“女”は笑った。
「契約者なんてぇのは、随分とおかしなお人がいるもんですね」
「そうですか?」
「ああ、大丈夫ですよ、旦那」
“女”は、ルメンザに微笑んだ。「こちらの旦那もお嬢さんも、あたしへの悪意や嘘はないようですから」
「ただの好奇心の塊ですから」
「何をお知りになりたいんです?」
「そうですねぇ」
 エッツェルは“女”を眺めた。肌は透き通るように白く、唇は血の色を映して赤い。足首まである髪は、今、畳の上に広がっている。着物は黒地だが、背中の絵柄は白い蜘蛛とその巣、前には赤い美しい蝶が描かれている。
「美しい貴女が何かを知っているとは思えませんが、こんな化け物がなぜ地下にいたのか、どうして目覚めたのか、或いは目覚めさせた者はどうしたいのか、といったことですか」
「知って、どうなさるんです?」
「別にどうもしませんよ。ただ、興味があるだけです。面白そうじゃないですか」
「失礼します」
 障子が開いたままの廊下に、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が立っていた。
 この日の朝、明倫館の近くにいた男たちの話を聞いた小次郎は、その情報を逆に辿って茶屋に着いた。部屋はいくつもあったが、血の跡を見つけてここだと当たりを付けた。案の定、部屋の隅で虚ろな目をした男が座っている。小次郎にもエッツェルにも反応を示さない。
 間違いない。
 小次郎は“女”の横に座った。ネームレスが、さっと団子の皿を隠した。
「賭けをしませんか?」
「はい?」
 小次郎は、窓の外を指差した。
「この騒ぎがどれぐらい続くか、です。私はすぐに終わると思います。あなたは?」
「ううん、私も契約者たちが倒してしまうと思いますが、時間となるとねえ」
 エッツェルが首を捻った。
「……賭けと言うからには、反対に賭けなきゃ、意味がないでしょう。よござんす、あたしは長くなる方に」
“女”はあっさり乗ってきた。くっく、とまた笑う。
「本当に、契約者ってぇのは、おかしなお人ばかりですね」