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リアクション
●WANDERING LUSH(2)
量産型クランジの装甲は厚く、白一色に塗られた装甲を破るはおろか傷一つつけるにも難渋した。
「私の姓『オーダーブレイカー』ってのはつまり『秩序の破壊者』ってこと! あんたたち駒のつまらないルールなんて壊してみせるわ!」
軍用バイクに跨ったまま、アリア・オーダーブレイカーは縦横無尽に駆け巡る。そのサイドカーから身を起こし、取り付けられた機銃のトリガーをリアンズ・セインゲールマンは引きっぱなしにしている。
「アリア、そのままで行け。決して止めるな。弾幕を撒き続ける!」
掃射をつづけながらリアンズは、爆弾を投擲して敵の足止めを狙うのも忘れなかった。
(「シータ以外は抑えてみせる。バロウズの邪魔はさせんぞ……!」)
だがその望みもむなしく、白の『ナイト』が突進しアリアのバイクを横転させた。
「くっ!」
バイクの外に投げ出されアリアは立ち上がるも、ポーンの槍に追い立てられてバイクに戻ることはできなくなり、
「さすがにやりおる……!」
白の『ビショップ』の攻撃をリアンズは直で食らってしまう。こればかりはキノコマンが守ってくれたが、バイクからの機銃掃射は止め、アリアと共に後退を強いられる結果となった。
再び雨足が強まり始めた。これがアイビス・エメラルドの籠手に跳ね返っている。
「シータ! 聞きたいことが……!」
だがそれは難しい。白の『ナイト』が邪魔立てするからだ。ルシェン・グライシスが如意棒でこれらを散らそうとするも、戦闘力は敵が上、かわされてしまう。
雨と泥でぐしゃぐしゃになりながら、ルシェンは榊朝斗を思った。彼がシータと戦う様を。
(「あの子はきっと許されない罪も背負う覚悟でいると思う……背負う覚悟はあるからこそ前へ進もうとしてる」)
自分にできるのは朝斗を支えることだけだ。だから、決して折れるわけにはいかない。たとえ、圧倒的不利だとしても。
「アイビス!」
ルシェンの目の前で、アイビスがナイトの突進を受け吹き飛ばされた。落下したアイビスは前のめりに倒れたままぴくりともしない。気を失っただけか? それとも……?
そのとき、
「見つけました! もうあなたたちの好きにはさせませんよぅ〜!」
暖かみを感じさせる声……神代明日香の声がルシェンの耳に飛び込んで来た。
アルツール・ライヘンベルガーの姿がある。レジーヌ・ベルナディスも、涼介・フォレストも、博季・アシュリングも、そして小山内南も……。
明日香は目を凝らした。どうやら、あの紫のスーツ姿がクランジΘらしい。普段、穏やかで滅多に怒らない明日香であるが、クランジΘとその一党には敵意を抱いていた。
(「あの優しい南ちゃんを洗脳して、あんなに苦しめて……!」)
南のパートナー(カースケ)の姿はないようだ。ただし、シータのことだからどこか手元に隠している可能性もある。
明日香は小さく息を吸うと、強力な魔法を吐き出した。それは『天の炎』、強い雨をもとのともせず、天から巨大な火柱が降り、クランジたちを包み込む。だが、どこまで効いているのだろう。白い量産型クランジは平然としている。
南のそばを離れず、涼介は彼女にアドバイスした。
「病み上がりの体で無理をすれば必ずどこか歪みが来る。だから身体を過信しないで……普段の自分ならできることでも今は難しいからね」
言いながら、涼介は前進をやめない。なんとかシータに接触しようとしているのだ。
本心を言えばシータと南を引き合わせたくはなかった。されど、南が望むのであれば、それを必要というのであれば、バックアップしよう。
「南ちゃん、もうじきシータと接触できるだろう。あの紫色のスーツが……彼女だよね?」
「はい……あの人……記憶にあります」
恐怖が蘇ってきたのだろう。南の声が震えていた。ある日の帰路、街灯の下でシータは南を待っていた。道端にテーブルを置いて、チェス盤を広げて……あれが、すべての発端だった。
「最後にもう一度確認しておくよ。君がこの作戦に参加する理由はなんだい? パートナーを探すことなのかそれとも君に催眠術をかけたシータを捕らえるためなのか……」
「両方です。シータ……あの人を乗り越えないと、私は……」
すべて言わせるを酷と見たか、涼介は首を振った。
「私たちもなるべくサポートはするが結論を出すのは君だからね。だから、悔いの残る選択だけはしないでほしいな。心の決着というの一度つけてしまうともう二度と選びなおすことができないから」
白いピースたちは強力だが、フレアリウル・ハリスクレダがなんとかそこに隙を作った。
「あたしの右目は……誰かを助けるための力なんだと思う」
フレアリウルが右目から眼球のかわりに飛び出している翼を掴み、引き抜くと、これが光条兵器となる。
「この力、使いこなしてみせる……!」
翼から光が、奔流となって一直線に伸びた。
「わらわの力を皆に与えよう。イナンナの加護? まあそうじゃが、わらわの力でもあるのじゃ!」
うむうむと言いながら、マリアベルは守りの力を味方に付与する。マリアベルもまた、南にぴったりと寄り添っていた。
さらにレジーヌが加わる。
「繰り返しますがあの人(Θ)は危険な存在です。くれぐれも油断しないで下さい……南さん……!」
彼女の槍の峻烈さは、レジーヌの穏やかな性格を考えると意外すぎるほどだった。
「さあ、どいてどいて! どいてったら!」
レジーヌの槍を追うようにして、エリーズがツインロケットを容赦なく見舞った。
白の『ルーク』が傾いた。『ビショップ』もこれをフォローできない。
「時間を稼がせてもらおう」
シグルズ・ヴォルスングが武器を薙ぎ払い、ソロモン著 『レメゲトン』がサンの壁を作る。ここに、アルツールが召喚獣を割り込ませた。かくて、鉄壁だったピースの群に突破孔が開いたのである。
普段の温厚な博季を知る者であれば、博季が今見せている戦闘マシーンのような動きには目を疑うことだろう。博季は加速し、敵の攻撃の一歩先を読んではこれを回避し、潰し、痛烈なまでに逆襲する。どんな攻撃も紙一重で見切り、常にこれを上回る一撃を加えた。
「博季・アシュリングと言います。クランジΘ……さんですね? あなたは……」
博季はついに、クランジΘの眼前に迫っていた。
「いかにもそうだよ」
シータの表情には余裕があるが、さすがに雨に濡れ楽そうな姿ではなかった。
「あなたは世界を恨んでるかもしれない。ある日いきなり日常を奪われ、台無しにされたのだから」
「勘違い甚だしいな。私は世界を愛しているよ」
「だったら……」
「ただし、『私が作り替える世界を』だけどね!」
シータは腰からハンドガンを抜くや博季に乱射した。うち一つが二の腕を貫通し、博季は後方に逃れざるを得なくなる。
「諸君はあまりに自分の価値観ものを見過ぎだね。平和だの一人の人間としてだの……そんな小市民的なところに満足できていたら、そもそもが反乱なんて起こさないよ」
そうだろう? とシータは西宮幽綺子を見た。幽綺子も博季に従ってここまで来たのだ。
「ミス・ミサクラ?」
「わ、私はそんな名前じゃないわ! 西宮幽綺子よ!」
しかしシータはこれを無視した。
「知っているよ。ドクターミサクラの娘だろう。きみのことなら、調べた。きみなら、良いクランジになれたかもしれないのに……」
「馬鹿なこと言わないで!」
されど幽綺子の動揺は隠せそうもなかった。声も顔色も一変している。
「想像の通り、ドクターミサクラ……御桜凶平は我々の生みの親の一人さ。RIB計画、つまりクランジの開発を立ち上げたメンバーでもある。ただ、私たちは」
チャッ、と、シータは銃口を幽綺子に向けた。
「そのミサクラを裏切っているもんでね。きみはいわば仇敵の娘だ。死んでもらうよ」
銃弾が幽綺子の腹部に突き刺さった。膝を折った幽綺子を一瞥すると、シータはバロウズに向き直る。
「ここまで私が非道をしているのに……オメガ、きみは私を後ろから斬らなかったね。やろうと思えばできたろうに」
「僕には……」
「下手をすると私を殺しそうだったから、咄嗟に手を出せなかったんだろう? オメガ、きみは甘いよ」
「僕は、『殺人人形』じゃありません!」バロウズが叫ぶのと、
「ならば『殺人人形』の名、引き受けてやる!」朝斗が一喝するのはほぼ同時だった。
朝斗の無光剣がシータの背を一撃していた。シータは身を捻るも、無傷とは言えずよろめくことになる。
「きみを忘れていたよ……」
シータは悔しげに言った。雨が、シータのブラウスに染みこみこれを肌に貼り付けていた。
「シータ、僕はお前の命を獲る覚悟で来た。それが僕の役目だ……」
朝斗はさらに剣を青眼に構え弧を描くようにして繰り出す。ところがこれを、
「朝斗さん、これ以上は!」バスタードソードでバロウズが受けたのだ。
火花が散った。