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リアクション
●俺たちは戦争をしているんだ
ウーバー・クネヒト隊は、戦部小次郎の援護を受けている。
「チェスの駒に見立てた部隊で戦略性をアピール……ですか? シータ、本当にそう思っているなら、そこが貴方の限界ですよ」
小次郎は期待していた。ここにシータがいるのではないか、と。
狙いは外れたが、それならばそれでいい。一旦は彼らウーバー・クネヒト隊に手を貸し、しかる後にシータを求めよう。
ここでクレア・シュミット大尉が北岸の掃討を終了、引き返してくるに至って、ウーバー・クネヒト隊は活力を取り戻した。
「沿岸の船艦はリュシュトマ少佐率いる援軍が沈めた。これより我らも塔を目指しつつ道中の敵を討つ!」
さっと一瞥してクレアは、たちまち『ピース』の罠に気づいていた。
「……こちらのほうが有利な地形、状況で戦っているのに圧されつつある。なぜか判るか?」
「え、なに、オレに訊いてんのか?」
エイミー・サンダースはクレアが首肯したのを見て、参ったな、という顔をして言った。
「あー……そういや『ポーン』て、最終ラインまでくると昇格するんだよな? ポーンらしくないあいつらのポーンは昇格したとか?」
「当たらずとも遠からずだな」
クレアは言った。
「自分ならチェスの駒に見立てた配下を使う場合、さんざんチェスのルールを印象づけた上で、ここぞというところで『チェスではあり得ない攻撃』を行うよう仕込んでおく。ルークが斜めに動こうがキングが二つあろうが、あるいはチェス盤ごとひっくり返そうが、それらは『チェス』を相手の意識に刷り込んでこそ最大限の効果がある」
つまり、そういうことだ。
実は中盤から、『ルーク』が『ビショップ』の動きをしたり、『ナイト』が『ポーン』化するなど、ルール無視の動きを『ピース』の各駒が行っていたのだ。しかもそれを、一定の間隔を置いて元に戻したりするものだから、上空から俯瞰するならまだしも、戦う個々人としては気づきにくい。これがシータの戦略だったのである。戦闘バランスが、徐々に敵方に傾きつつあったのはこのためだ。
「もし仕込みがあるにせよ、初めのうちはチェスを印象づけるためにチェスの駒らしく動かすだろう。その時間内に叩くことができれば良かったのだが」
「しかし、シータの小細工が露呈したとあれば、もうこの不利は覆せますね」
ハンス・ティーレマンが言った。
事実これが判明するや、もはやピースとて強敵ではなかった。駒の特性より動きそのものに注目することによって、元々戦力的に上回るシャンバラ勢は戦の天秤を傾けたのである。
「『ナイト』、これで片付いたわ」
アム・ブランドが倒れた機体の確認をしているときに、
「『ビショップ』もな!」
ゴットリープ・フリンガーが鬨の声を上げた。
こうして手が空いたメンバーが、次々と他のメンバーのヘルプに回るのだから敵としてはたまったものではない。
「クランジΗ(イータ)を足止める。他の人員は速やかに残存『ピース』部隊を殲滅せよ」
クレーメック・ジーベックの言葉通り、重力を操るイータも、攻撃の届く範囲がせいぜい二メートルであることを見破られ、同時に複数の重力操作を行うことができないことまで曝かれて苦しい状況にあった。クレーメックは明らかにした情報をすぐに味方すべてに共有するので、高い能力もそれほど脅威とならない。
実際、イータはもう追い込まれていた。彼女は、
「私……」
と、クマのぬいぐるみを抱いたまま、樹月刀真の攻撃を必死でかわしている。重力操作して刀真を遠ざけても、直後に二メートルの間合いまで近づかれ、すぐに懐に入り込まれるという状況だ。
「刀真、わかる? あの子……いや、クランジΗね? 彼女の癖、気づいた?」
「気づいている」
奇妙なことにイータは、我が身より抱いているぬいぐるみを守ろうとしている。
「ならば」
刀真は非情になる覚悟である。左手の剣で、イータではなく、そのぬいぐるみの足めがけ一刀した。
「……や、やめてくださいっ……!」
ひゅん、と空を切る音がした。イータが自身の身に反重力を発動し浮き上がったのだ。
刀真は何も言わなかった。
これを待っていたなどとは、断じて言わなかった。
そのかわりに彼の右腕から光条兵器が放たれた。月夜の身体から抜き取った黒き刀身の片刃刀。
刀真はこれを投げたのだ。やはりクマの頭を狙って。
「ああーっ!」
着地してイータは絹を裂くような絶叫をあげた。イータは無事だ。
しかしクマのぬいぐるみは首が落ち、それがころころと転がった。
月夜のライフルが、その首を撃ち抜き綿と布の塊に戻している。
「……わたしの……クマちゃん…………嫌っ、シータ様からもらったのに……大切な……」
イータはその場に座り込むとボロボロと泣き始めた。まるでただの少女のように。
すっと刀真の前に立つ姿があった。
「おっと、名乗るほどのものじゃないぜ!」
仮面で顔を隠した男だ。彼は実はトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)で、声色まで微妙に変えて別人に扮していた。
「通称は仮面の男で結構! 世の中の女の子たちの味方だ!」
「そこをどいてもらおう」
刀真が冷たく言い放つが、それでもトライブは食い下がった。
「よせよ。この子……イータちゃん、って言うんだよな? もう戦意喪失してるじゃねぇか。許してやれよ、な? 戦う気をなくした女の子をいたぶるってのはあまり感心できたもんじゃないぜ」
と主張して刀真に刀を下ろさせると、トライブは明るい声でΗに振り返った。
「ふふっ、また新しい妹が増えちまった。是非ともお兄ちゃんと呼んでもらいたい!」
ひょいとしゃがみ、彼はイータを慰めるのである。嘘ではなく心から、優しい口調で伝える。
「よしよし……クマのぬいぐるみだったら、新しいのを俺が買ってあげるぜ。ただしその際は『お兄ちゃん』と呼ぶことだけが条件だ。あと、これは強制じゃないが……この戦いが終わったら俺とデートしようぜ?」
「……お兄……ちゃん?」
イータは、泣きはらした赤い目でトライブを見上げた。整った顔立ち、幼さを残す大きな瞳、長い睫毛、それが絶妙に潤んでいる様は一幅の絵のようであった。
(「ヤバイ、マジ可愛い……すんごい美少女では!?」)
一瞬くらりとなるトライブだが、その幸せは続かなかった。
「危ない!」
月夜が突進してトライブを倒したのである。
次の瞬間、刀真が背中からイータにぶつかり、黒の剣を両手で捧げ持つと己が胸に突き刺した。刀には、己を透過するよう設定が成されてある。黒の剣は、しゃがんだ状態のクランジΗの頭を上顎の辺りから刎ね飛ばしていた。
クランジΗの頭は、刀で試し切りされた大根のようになったのである。
バチッ、と火炎が吹き上がった。彼女の腕から、首を失ったクマのぬいぐるみが転がり落ちた。
クランジΗは倒れ炎に包まれ、直後、爆発してこの世から消滅したのだった。
「な……なにすんだよ! こんな良い子を!」
「良い子なものか」
刀真は剣で、首から下だけになったクマのぬいぐみの腹を割いた。
なにかのスイッチが出てきた。爆弾か、それとも援軍を呼ぶためのものか。
「イータはこいつを押そうとしていた」
しかしトライブは刀真に食ってかかった。
「そんな……実際に見たわけじゃないのにわかるのかよ!」
「俺は見た。月夜もだ。この娘は、泣くふりをしながら縫いぐるみの腹部をさぐっていた。下手をすると、ここにいた全員、木っ端微塵になっていたかもしれない」
「だから……『見た』っていっても見間違いかもしれないだろ! 問答無用で惨殺かよ!」
「わかっているのか」
刀真は答えた。
「俺たちは戦争をしているんだぞ」