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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●epilogue

 二日後。午後。
 空は、あの日がそもそも催眠術で見させられた幻覚だったとでもいうかのように、雲ひとつなく晴れていた。あまりの好天に、立っているだけで汗ばむほどである。
 トライブ・ロックスターは一人、塔の下を訪れていた。
「俺、シータちゃんの事大好きだったんだぜ……なんで、会いに来てくれなかったんだよ……」
 彼の手には花束があった。真っ赤な薔薇。二束ある。
 ひとつはシータの分。
 もうひとつは、イータの分。
 塔の下で黙祷し、彼は花束ひとつを地面に置いた。
「シータちゃん……信じてくれないかもしれねぇが、ああやって催眠術かけられたこと、別に怒ってないんだぜ。結構、楽しかったしな。恥ずかしかったではあるけど……どうせなら、お兄様と呼ぶところまで催眠術で見せてほしかったよ……」
 最後にシータは降伏すると宣言したという。それは少し、トライブにとって救いになった。
「やり直せたのかもしれねぇのにな……そんときは、デートしてもらうつもりだったのに……なぁ」
 トライブはそっと涙を拭った。
「もう行かねぇと……イータちゃんとはあまり話できなかったけど、俺のこと信じてくれた大事な妹だし……あの子が亡くなった場所にも花を置きに行くんだ……妬くなって、二人とも大事に思ってるからな……うん?」
 戦いの終了後、リュシュトマ少佐の指揮の下、戦いの後は片付けられた。瓦礫の大半も撤去され、クランジの手がかりになりそうなものもあらかた回収されたと聞いた。
 だがそれは、そこにあった。
 塔のそば、砂をかぶっていたが、持ちあげて払うとすぐに綺麗になった。
「チェスの駒か……シータちゃんのかな? きっとそうだな」
 彼女が好きそうなデザインだし、と、白い駒を手の中で転がす。
 もしかして、俺が見つけるのを待っていたんだろうか――?
 キングの駒を模したペンダントを、トライブはポケットにしまってその場を後にした。

 彼が、ペンダントの内側に小さな鍵と地図を発見したのは、もう少し後の話である。

 
 

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 同じ日の夕方。
 黒いボートが滑るように魍魎島につけた。
 そこから下りてきたのはアウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)である。
 午後だがまだ陽差しがあるので、彼は丸いサングラスをしていた。サングラスの色は濃く、その下の表情は判らない。
「記録開始。魍魎島。翌々日。16時21分。記録者:アウリンノール・イエスイ。所属:ブラッディ・ディバイン外部メンバー」
 持参したボイスレコーダーに声を吹き込みつつ、アウリンノールはカメラで、入り江の形状を撮影した。
「……これより、クランジΚ(カッパ)の残骸を捜索し回収する」
 記録によれば、Κのパーツは腕ひとつしか見つからなかったという。他の部分が見つかれば今後の技術研究に役立てる(※クランジシリーズはブラッディ・ディバインとは別の塵殺寺院グループの手によるものである)であろうし、記憶回路から重要な記録を引き出せるかもしれない。可能性は無限大だ。そういう意味では、Κの残骸は『財宝』であった。
 ところがアウリンノールは、想像していたものとまったく異なる『財宝』にたどり着いたことを知った。
「塵殺寺院……だな」
 冷たい音に振り返ると、そこには九歳くらいの少年が、片手に銃を握って立っていた。
 それにしても酷い姿だ。外套は破れて泥だらけ。銀色の髪もバサバサである。胸に包帯のようなものを巻いているが、汚れきって腐っているようみ見えた。酷い匂いだ。
「クランジΙ(イオタ)、とかいうやつのようね。どうやって教導団の捜索を逃れ……」
 とするとあれは、男のようだが女だということか。
 イオタは苛立たしげに、銃の台尻で岩場を殴りつけた。
「質問しているのはこっちだ!」
 海岸の岩がボロボロと崩れ、海にぱらぱらとこぼれ落ちた。
「どうしてわかったの?」
「あのボートは教導団のものじゃない。僕たちが使っていたのと同じだ。シータが死んだ以上、塵殺寺院しかないだろうよ」
 見た目は子どもなのに、なんとも生意気な口を利くではないか。
 しかしむしろ、それだからこそアウリンノールはイオタに興味を持った。
「その体。修理が必要のようね。来る? 私たちのところへ?」
 よろめきながらボートに座ったイオタをじっと観察し、アウリンノールは呟いた。
「神に覚醒……してはいないようね……」
 イオタは一瞬、狼のような目でアウリンノールを睨んだが、何も言わなかった。

 
 
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 ドアをノックするべきかどうか、迷った。
 そのために来たというのに。
 柊真司はこの日、教導団の敷地を訪れていた。
 たまたま用事があったので……ということにしているが、実はその用事のほうこそ後付で、本当はここ――宿舎を訪れるのが目的だった。
 ドアに書かれた文字は、飾り気のない手書きだが、彼女自身がしたためたものだという。
 こう書かれている。
 ――ユマ・ユウヅキと。
 もう、ユマ・ユウヅキは独房には入れられていない。解放されたのだ。事件が終わって二日、今日から晴れて、この部屋で一教導団員として暮らしているというのだ。四月からは正式の団員として入学が決まっているという。だから、今は少し長い春休みである。
 言うべき言葉は決めてある。
 花だって、用意してきた。スイートピーの花束だ。赤や桃、白の淡い色使いをした花々に混じって、ユマの髪とそっくりな、凛と青い可憐な花も含まれている。
 ええい、ままよ! と真司はドアをノックしようと手を……上げたところで、そのドアのほうがスライドして開いた。
「じゃあ、おいとましますね、ユマさん」
「元気そうで良かった。それでは失礼する。健康に気をつけてな」
「ばいばーい」
 ちょうど、コトノハ・リナファとその夫ルオシン・アルカナロード、そして、義理の娘になる蒼天の巫女夜魅が帰るところだったのだ。
「また来て下さいね。今度は……ぜひ赤ちゃんを連れて」
 見送るユマは、名残惜しげに手を振った。
「うん……でも、私たちはこういう立場だから、いつでも来れるとは限りませんよ」
「そんなこと言わずに」
 ユマはコトノハの手を握った。
「コトノハさん一家は、私の大切なお友達です」
「うん……ありがとう」
 少し目が潤んでしまって、慌ててコトノハは背を向けた。
「じゃあ、また……」
 三人は手を振って立ち去った。
(「何をやっているんだ……俺は」)
 柱の影で、真司は三人が去っていくのを見ていた。とっさに隠れてしまったのだ。なぜだか、とても照れくさかった。
 ユマが部屋に戻ろうとしたとき、
「そ、その……なんだ、新生活おめでとう。近くまで来たものだから、様子を見に来た」
 我ながら似合わないと思いながら、そんなことを言いながら真司は花束を差し出した。
「これを……私に?」
「ああ。つまらないものだが、祝いのつもりだ」
「ありがとうございます」
 すっと眼を細めてユマは微笑んだ。
「どうぞ、お客様が帰ったばかりですが、よければ上がっていって下さい」
「いや、女性の……ひとり暮らしの部屋に上 がるのは……良くないと思う。では、達者で……」
 そんなことを言いながら立ち去りかけて、真司は足を止めた。
 違う。花を渡しに来ただけではない。自分は想いを伝えに来たのだ。
「お前の悲しみを消し去るのは無理でも、傍に居て和らげてやりたい、共に歩んで行きたいと思っている……この先どんな時も、どんな事があろうとも。だから……俺のそばにいてくれないか?」
 えっ、とユマは瞬時、言葉を失ったのだが、ああ、と合点がいったように微笑んだ。
「優しいんですね……柊さん。ありがとうございます。学校は違いますが、これからは自由に会いに行けますものね。柊さんとも、ずっと近しい関係でいたいものですね」
 どうやら、友達でいたいという意味に受け取られたらしい。大人びているようで、こういったことには童女のように疎いユマなのである。
 やっぱり上がっていきませんか、という問いかけを丁重に断って真司は帰路についた。
 その肩が、どことなく落ちているように見えるのは気のせいではないだろう。
 もっとストレートに言った方が良かっただろうか。とりあえず、あとで電話してみようか……?