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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

リアクション










 激しい攻防戦が繰り広げられる戦場のもう一方。
 激突する両者達から、幾らか距離を取っただけの結界の直ぐ傍らでは、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)達が、そんな彼らの戦線を支えていた。
『来ます!』
 白竜の合図で、結界を取り囲むようにして設置されたスピーカーから、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の眠りの竪琴が紡ぐ旋律にのって、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が「幸せの歌」を解析した術式によって強化された”音”が響いた。歌、と呼ぶには対音波攻撃に特化されたそれは、音の壁となって音波とぶつかり相殺している。その効果を分析するように、フレデリカは目を細めた。
「音に対して、音が混じることで、効果を乱しているのかもしれないわ」
 旋律に旋律が重なることで違う歌になるように、要素の変わることでその効果を打ち消しているのだろう。魔法で言えば、呪文の間に違う呪文が混じってしまうようなものだ。それでは本来の効果を発揮することは出来ない。
『では、音波攻撃に対してはこちらで対応しましょう』
 有効だからとは言え、その度に声を発するのでは、歌い手たちはそれにかかりっきりになってしまう。それでなくとも、超獣を鎮め、還すために歌い続けているのだ。これ以上の負担を強いるわけにはいかないと、フレデリカより更にやや後方から、俯瞰的に戦場を監視する白竜は、先程の”音”を理王にデータ化して貰うことで音の壁を引き受けた。勿論、それを見逃すアルケリウスでは無いだろうが、今はなぶら達の相手で手一杯であるのと同時に、スピーカー側にはスカーレッド大尉がついている。
『こちらは我々に任せてください』
 白竜の言葉に、「お願いするわ」とフレデリカは頷いた。彼らが武力による防衛が本分であるなら、こちらは魔術による対処が本分である。自分の力の使い道は、良く判っている。
「その代わり、ヴィルフリーゼの名に懸けて、結界は決して破らせはしないわ」
 言葉の通り、音波攻撃に含まれた魔術的要素が結界に影響しないように、害する要素を打ち消す術式を組み立てていく。氏無の使った符にあわせ、その術式は柱を巡って結界の一部となっていく。そうやって術式の構築を行いながら、その視線の先で今も暴れる、超獣を観察するように眺めた。
「……とても信じがたいけど、あれってエネルギー体、なのよね? だとすれば、核となるものがあるはずよね」
 でも今のところ、それは見つかっていないのよね、とフレデリカは眉を寄せる。変化する前の超獣の口の中に飛び込んだ、樹月 刀真(きづき・とうま)によれば、その中心にあったのは巫女と、巫女を蝕むようにしていた不気味な珠だったという。それは恐らく、アルケリウスが超獣を復活させた際に手にしていたものだということなので、これも核というわけではないだろう。それでは、核はどこにあるのか、と首を捻る中「それ以前に」と早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が口を開いた。
「そもそもの姿はどんなものだったんだ?」
 女性のようなフォルムに変化したことといい、超獣の姿は安定していないように見える。あのグロテスクな姿が呪詛に影響されたものであるなら、その以前の姿には、核となる何かが明確に見えていたのかもしれない。だが、その問いには、ディミトリアスは首を振った。
「わからない」
「ええ?」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が裏返ったような声を上げた。皆も驚きを隠せない様子を露にする中、ディミトリアスは何とも言えない顔だ。
「超獣の存在が確認されてから、俺が死んだ時まで、超獣が地上に顕現した記録は無い」
 その力を使おうとしたのは、アルケリウスが最初で最後なのだという。その際も巫女が既に封印状態であったため、力の一部が顕在しただけであったし、その時点で死亡していたディミトリアスには、その一部ですら目撃することは叶わなかったのだ。
「じゃああの姿は、呪詛の顕現、と捉えることもできるわけね」
「巫女の悲しみ、感情まで超獣に影響してるのかもしれないね……」
 フレデリカに続いてヘルが呟くように言うと、呼雪は僅かに眉を寄せた。
「……ということは、姿が変わったのは、超獣と巫女の同化が進んだ、ということか」
「恐らく、そうだろう」
 答えるディミトリアスの声は平淡だが、何も感じていないはずが無い。爪の食い込まんばかりに握り締められた手が細かく震えている。その視線の先では、超獣がもがくように大きく首を振るって、声を撒き散らしていた。放たれた音波攻撃は、スピーカーから流れる音に相殺されているが、その分純粋な声――氏無が歌かと感じたそれが、イルミンスールの大気に響いている。
「……さがしてる、みたい」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)の袖口を小さく引っ張りながら、音がこぼれるように、目を伏せていたプリムが呟いたのに、「どういうこと?」と未憂が首を傾げた。
「かなしい……くるしい、それから、どこ……って」
「そう言ってる……てこと?」
 断片的なプリムの言葉を拾ってリン・リーファ(りん・りーふぁ)が言うと、確信はないながらもプリムはこくりと小さく頷いた。
「そうなると……気になるのは”また俺たちを裏切るんだ”ってあのセリフだよね」
 思い出しながら、リンが眉根を寄せた。「超獣があの姿になったのも、それを聞いてからだし……」と続けるのに、呼雪も自身の記憶を辿りながら、確かにそうだった、と頷いた。
「何か……誤解があるんじゃないかな」
 リンが言うのに、未憂も難しい顔をする。
「確かに……ディミトリアスさんは、お兄さんや巫女さんを、裏切る、なんて風には見えなかったもの」
『そこのところは、確認する必要がありそうねえ』
 その会話を拾って、通信機越しに応えたのは、その地点から更にやや後方、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)と共に、帰還したクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)達と共に、一旦打ち合わせのために集まっていたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。
『とは言っても、こっからじゃ無理ね。そっちに合流するわ』
 言って通信を終えると「というわけだから」と、ぱきぽきと指を鳴らしながら、好戦的な笑みを浮かべて丈二達を向き直った。どうやら”平和的な話し合い”をしにいくのではないようだ。
「こっちはよろしくね……行くわよ、大熊のミーシャ」
 その声に呼び出されたのは、結界作成の際、トラックの道を切り開いていた、合金ロボのような材質をした、筋骨隆々の大男の姿――首には蝶ネクタイ、何故か上半身裸の執事服という恰好をしているくせに、頭部はつぶらな瞳が愛らしい熊ちゃんのまま、という何とも素敵な見た目をした、ニキータのフラワシだ。心なしか周りの温度を下げながら、前線へ向っていくニキータの後についていく。そして更にその後に続こうとしていた、パートナーのタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は、皆をちらりとふと振り返ると、二人に手を振っていたヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の方へ、てて、と小走りに近寄ると、きょとんとしているヒルダの手をきゅっと握り締めた。
「……?」
 首を傾げるヒルダに向って、タマーラの大きな瞳が、じっと見上げて「繋がって……いるから」と小さく呟いた。
「ひとつ、ひとつ……繋がって、いく」
 その意味を考えて、ヒルダが首を捻っている間に、タマーラはニキータを追いかけて遠ざかっていったのだった。



「あまり、無理をしないといいんだけどね」
 その後姿を見送りながら、甲斐 英虎(かい・ひでとら)が心配そうに呟くのに、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)の驚きの歌に耳を傾けていた歌菜が「大丈夫よ」と安心させるように笑いかけた。
「前線は、みんな頑張ってるもの……私も、戻らなくちゃ」
 そう言って直ぐにでも、救護テントのある避難所から飛び出していこうとする歌菜を、「待って」と英虎が呼び止めた。
「まだ戻るのは早いよ。もう少し、回復を待った方がいい」
「でも……」
 英虎が言いながら、落ち着くように身振りで示したが、歌菜は困ったように前線へと視線を向けたが、同じく一旦後方へ引いていたアルツールが首を振った。
「気持ちは判るが、焦らないことだ。万全を期せずして、倒せる相手ではない」
 今は時間を稼ぐこと、情報を引き出すことが重要な場面なのだ。焦って怪我をしたりするより、現状維持に努めることも重要なのだと続ける。
「必ず、転機がくる。その時に全力を尽くすためにも、今は回復に努めておくことだ」
 諭すように言われて、名残惜しそうにしながらも歌菜は「はい」と頷いて、心を切り替えるようにぎゅっと掌を握り締めると、交代するように後を引き継いだ中間達の戦っている前線を見据えた。
「……諦めなければ、活路は開く。その為に、今は……」
 言い聞かせるような歌菜の言葉に、寄り添った羽純がその肩を優しく叩いて、言葉の代わりに強く頷いて見せた。
 そんな二人の様子に、満足げに頷きながらも、アルツールはその表情を真剣なものへと戻して、しかし、と独り言のように呟いた。
「少しでもその転機を近付ける必要はあるだろうな……」
 時間を稼ぐといっても、限度があるのも確かなのだ。それに、悠長なことも言ってはいられない。戦況こそ現状を維持しているが、結界の中から外へその手を伸ばせなくなっているとはいても、超獣はまだエネルギーの吸収能力を失ったわけではない。イルミンスールの森そのものは、確実にダメージを蓄積し続けているのだ。
「時間が経てば経つほど、森が枯れてしまう危険性がある以上、せめて抑えが必要だ」
 超獣が吸収し続けているエネルギーを、森に還せればいいんだが、と呟いた言葉に反応するように、呼雪がちらりとその視線を、先ほどからクローディスや遺跡側からの質問に答えたり、口論を繰り返しているディミトリアスのほうへと向けた。
「そういえば、何故あんた達の一族は超獣を還そうとはしなかったのかな」
 その目線に、ディミトリアスが軽く瞬くと、呼雪は続ける。
「超獣を鎮め、大地へ還す方法はあったんだろう。それを、何故わざわざ鎖で繋ぎ止めるような真似を続けていたんだ」
 利用するためだったのではないか、と暗に告げる言葉は鋭いが、責めるようなそれではなく、語調は淡々としたものだ。その問いの、言葉の意味も判っていて、それでも苦さを隠しきれ無い様子で、ディミトリアスは首を振った。
「還す方法を、一族が持って……いたわけじゃない。俺がその……可能性、を見出したに過ぎない」
 それはどういうことか、と問う呼雪の目線に、ディミトリアスは言葉を探すように続ける。
「俺は、巫女を、役目、から解放したかった。そのために、手段を探して、探しあてた、と言うべきか」
 術士の頭として立てる程の術を極め、超獣を守ることよりも、一族の役目を全うすることよりも、巫女を解放したい、という、そんなエゴで思い至った手段であって、一族たちはただ真摯に超獣を守っていたのだ、と、ディミトリアスは自嘲気味に説明したが、呼雪はそんな彼に「どうかな」と僅かに皮肉な笑みを浮かべて見せた。
「本当に、無かった……と言い切れるか? 元々還すつもりはなかった、のじゃないか」
 抉るように遠慮の無い言葉に、ディミトリアスは沈黙した。強く否定してこないのは、ディミトリアス自身にも、彼の言わんとしていることが正しいと、どこかで判っているからだろう。反論の無い中、呼雪は尚も続ける。
「天災のようなもの、と言ったな。そんなものを、人が制御しようなど……まして「守ってやる」なんて、驕りに過ぎない」
 道具のように利用するのではなかったのかもしれないが、自分たちの優位性を保つために、良いように解釈し、使っていただけではないか。そんな指摘には、ヘル・ラージャが「どうなんだろうねえ」と首を捻った。
「本当に単純に、大地に還すとか考えた事もなかったんじゃない?」
 呼雪のそれとは違って、困ったような顔をしているが、「世界を守ってやってたつもりだったんだろうしね」と、やはりこちらも言葉には遠慮は無い。
「超獣を失えば、自分達の存在意義を失う事にもなるし、気付かないフリするしかなかったんじゃないかな」
「トゥーゲドアの町と同じだな」
 その言葉に、佐野 和輝(さの・かずき)が、地輝星祭の事件の折、長老たちの言っていた言葉を思い出して、息をついた。
「どこかで、判ってはいるんだ……自分たちが何の上に立っているのか、ってことを」
 周辺が荒廃していくなかで、町だけは豊かであった理由。封印の真実を知られないように、続けてこられた祭。判っていながら、その繁栄を、そして自らの安全を思えば、気付いてしまうことにすら蓋をする。
「一度気付いてしまえば、そこからじわじわと毒が回るからの」
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が、こちらは半ば呆れたような息を吐き出しながら後を継いだ。
「気付くことそのものを恐れたとしても、無理からぬ話じゃ」
 じゃから、還す方法を考えもしなかった、というのが正しいじゃろうな、と続けるダンタリオンの書に、呼雪も同意に頷く。人とは、そういう生き物だ。そうやって繰り返されていく業が降り積もって、因果が形を作っていく。
「現状も、そうやって生まれた因果が、世界を沈めようとしているだけだ」
 どこか達観した物言いで言うと、呼雪は、俯いたまま、それらの業が自分のものであると言わんばかりに、思いつめた表情を浮かべるディミトリアスの肩を、ぽん、と叩いた。
「諦めろ。あんたひとりの命じゃ、到底贖えやしない」
 驚いて目を開くディミトリアスに、呼雪はゆっくりと微笑んで見せる。
 その意味を悟るにつけ、何とも言いがたい表情で、口元に僅かに笑みを取り戻したディミトリアスの横顔を、やや離れた位置でさりげなく様子を窺っていたクローディスは、皆に悟られない程度にふっと息を吐き出して、そっと肩を竦めた。