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リアクション
【2】SEARCH【2】
「新体制になってから初めての事件がこれとはね……」
風紀委員の榊 朝斗(さかき・あさと)は誰に言うでもなく言葉を漏らした。
製造ブロックには巨大なタンクが立ち並び、隙間を埋めるように大小様々なパイプが走っている。タンクの多くは融解し原形を保っているものは少ない。無惨に破壊されたタンクが広大な敷地に屹立する姿は、どこか墓地を思わせた。
「……ダメだ。何も見えない」
タンクにサイコメトリをしてみるが、見えるのは凄まじい光、手がかりになりそうもない。
「光、ですか?」
アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)はHCで拾得したディスクを調べながら言った。
「たぶんこのタンクを焼いたものだよ。強力な熱線か何かじゃないかな、タンクの上部は蒸発してるし」
「と言うと、イコンのビーム砲の直撃を受けた、と?」
「蒸発した箇所を繋ぐと一直線」
南東から北西まで指でなぞった。
「角度的に人間の攻撃とは思えない。たぶん敵はイコンを保有してる、もしくはイコンに準ずる力を持った何かをね」
「敵……、何者なのでしょうか?」
「アイリさんの話では”クルセイダー”って言ってたけど」
「まさか彼女の話を信じるのですか?」
「全部を信じる事は出来ないけど、ある人が言ってたんだ。『パラミタでは地球の常識が通用しないように、地球ではパラミタの常識が通用しない』って、どちらの常識でも通用しないという”ニルヴァーナ”がいい例だね。”常識”は時に僕達の足枷になってしまう事だってある。今回の事件はそれを肝に命じておいた方が良さそうだよ」
ふと、朝斗は足を止めた。床が大きく抉られている。
剥き出しになった地下ブロックは漏れた薬品の海になり、資材が浮かんでいる。鼻を突く酷い臭いがする。
「アイビス、この下はなんのブロックなんだ?」
「プラントの地下は保管ブロックになっています。精製に使う薬品や資材の倉庫のようですね」
HCの表示を切り替え、プラントの全体図を表示させる。
化学プラントは、製造ブロック、管理ブロック、保管ブロックの3つのブロックで構成されている。広大な面積を持つ製造ブロックの下に保管ブロック。全体を統轄する管理ブロックは、猫の額ほどの区画に押し込まれている。
「倉庫か。そう言えば、さっきも警察が大きな穴を見つけたって言ってたね」
「どうも敷地内のいたるところが抉られているようです」
「偶然、空いた穴ではなくて意図的に破壊されたって事か。どうも保管されているものを狙って、と言う感じではなさそうだね。滅茶苦茶に荒らされてるけど持ち出された形跡はない。もしくは”お目当ての物”が見つからなかったか……」
「犯人は何を求めているのでしょう?」
「そう、問題はそこだね……。アイビスの見つけたディスクには何か手がかりはあった?」
「1枚はプラントに出入りしている職員の名簿でした。もう1枚はここで精製したものの納品先の名簿ですね」
「職員名簿は陣さんに転送しておくとして、納品先か……。ちなみにどこになってる?」
「納品先は天御柱学院になっています……が」
「が?」
「妙ですね、整備科ではなく”普通科”になっています」
「……なるほど。このプラントが何を製造していたのか、もっと調べてみた方が良さそうだね」
一方、同じ風紀委員の高峯 秋(たかみね・しゅう)は製造ブロックの隅にある研究棟にいた。
研究棟と言っても、ほとんど破壊されているので瓦礫の山と言っても差し支えない。ほぼ鉄骨しか残っていない建物に入り、かろうじて原型を留めて残っている研究器具をサイコメトリで調べている。
「うーん、何も見えないな……」
研究者たちの姿や実験の様子が見えたが、どれもこの事件に関係してるとは思えない。
「エルは何か見つけたかい?」
エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)はコンジャラーとして、フラワシが事件に関与していないか調べている。
「いいえ、でもおそらくフラワシは無関係だと思いますよ。この規模の破壊はフラワシには不可能です」
「だよねぇ、こんなことが出来る生身の人間なんて、ナラカに落ちたあの人ぐらいだよ」
研究棟から外に出る。
「あとはこのタンクぐらいかな……」
奇跡的に原型の残るタンクがあった。しかし起動装置が壊れているのか、ウンともスンとも言わない。
「……破壊したということは、この施設にある何かを破壊しなければいけなかったのかもね」
「カーリンねーちゃん」
タンクの上から、カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)はロープを伝って降りてきた。
それから、装置を修復し起動させる。
「……これでよし、と。アキくん、そこのバルブを開けてもらえる」
「ああ、うん」
バルブを解放すると、中から黄金色のドロリとした液体が出てきた。見た事もない液体だ。
指先にそれをすくい、匂いを確かめると、石油に似た……石油と化学物質を融合させたような鼻を突く匂いがした。
「うーん、何かの”燃料”かな?」
「燃料?」
カーリンは首を捻った。
「何か心当たりでもあるの?」
「第三世代のイコン開発で、課題になってるのがエネルギーの問題なの。だから、その関連の研究なのかと思ったんだけど……やっぱり変な気がするわ」
「何が変なんです?」
「こんなヘンテコな燃料を使うなんて、根本的に機晶リアクタの設計を無視してるのよ」
三人は腕組みしたまま黙り込んだ。
「……そう言えば、捜査員内で共有している情報に、先ほどこの物質の納品先が天学だと報告がありました」
「うちの学校に?」
「ええ、それも普通科です」
「ますますよくわからなくなってきたわ。整備科ならまだしも、普通科って……何に使うのよ、こんな燃料」
「管理ブロックの調査が終われば、詳しいことがわかると思うけど……」
「どうだ、動きそうか?」
エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)はちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の肩越しにPCを覗き込んだ。
管理ブロックは比較的ダメージが少なく、データ解析用のPCや計器の類いは微々たる損傷で残っていた。
「うん、大丈夫。重要箇所は壊れてないから、直せると思う」
あさにゃんはPCの側面を剥がし、破損した中のパーツの交換を始めた。
その間に、エヴァは壁一面を覆うモニターを起動させた。ところどころに亀裂が入っているものの動作に問題はない。画面にはプラント内の様子(監視カメラ中継の)が表示された。
「破壊状況を見れば、犯人が何を狙ってるのか、わかるもんなんだが……」
目立つのはやはり熱線の痕跡。そして地面に幾つも空いた大きな穴だった。
「ご丁寧に地面をひっくり返していきやがって。この痕跡だと、襲撃に来た馬鹿は何かを捜してる感じだな……」
「よし、PCが復旧したよ」
「おっ、どれどれ」
「ちょっと待ってね。そっちのモニターに出力するから」
まず、このプラントで何が行われていたか、をあさにゃんは調べた。
掘り起こされた情報によれば、ここでは一年ほど前から、新しい燃料の研究開発が進められていたようである。
「このデータによると、機晶エネルギーを増幅させる燃料の研究がされてたみたいだね」
「……と言う事は、やっぱり第三世代イコン関連なのかしら?」
不意に声をかけたのはカーリンだった。外の調査を終えた秋たちと、朝斗たちも一緒にいる。
「おい、”G計画”ってのはなんだ?」
エヴァは画面に映る聞き覚えのないプロジェクトネームを指差した。
「そんな計画聞いたこともないぞ?」
「うーん、そうだねぇ。学院のデータベースに検索かけてるけど、該当する項目は0だって……」
「あ……もしかして敵の狙いってそのファイルなんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、計画書の本体はここのPCにはないし、学院のデータベースにもないよ?」
「盗みようにも在処がわからないってことか」
「ねぇ、その関連ファイルを開いてもらってもいい?」
カーリンの見付けたファイルを開いてみる。すると、見た事もない”動力炉”の設計図が表示された。
「ははぁ、こいつを動かすための燃料ってわけか」
「何この動力炉……、見た事ないわ」
「ああ、てことは、新型だな」
エヴァの言葉にカーリンはかぶりを振った。
「ううん、そうじゃなくて、見た事もない設計の動力炉なの。補助動力に機晶リアクタが採用されてるけど、大部分は見た事も聞いた事もない形だわ。これまでのイコン設計理念とは完全に異なる……この動力炉のスペックは出せる?」
「……ダメ、出ない。ここにはこの図以外のファイルはないみたい」
謎の燃料。謎の動力炉。調べれば調べるほど、謎はますます深まっていくように思えた。
「……出所不明の計画か。事件を追っていたら、思わぬものが出てきたね」
「本当に。ねぇ秋さん、ここだけの話、この事件どう思う?」
謎の設計図に湧く仲間から、少し離れ、秋と朝斗は情報を交換していた。
「犠牲者に警察関係者がいるって事は警察も関係しているのかもしれないね。秘密裏に何か動いているのかも……」
警察が周囲にいない事を確認しながら言った。
「旧体制の負の遺産か。その辺は協力者が警察に探りを入れる手はずになってる。何かわかったら連絡するよ」
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