リアクション
▽ ▽ それは恐らく、最期の記憶であったに違いない。 その時を迎えて、魔剣ガエルは、深く瞑想していた。 我は武器だ 武器は殺すためにあるのだ 故に 我が何を切り殺そうが それは道理なのだ だが 我は弱き者のための武器 弱き者を斬るためにあるのではない もはや誰を斬ったかは憶えていない あまりに斬り過ぎたからだ ただ 記憶を掘り起こすなら 最も強き者を斬った記憶だろうか…… ガエルの記憶の中で、ガエルが斬った、最も強き者。 その者は、隻腕のディヴァーナだった。 △ △ 唐突に思い出した、前世の記憶。 テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)に、前世に対しての興味は欠片もなかったが、夢の内容が何となくむかついていた。 そんなわけで、前世について知るという噂の男を捜したわけだが、保護者達はテラーが散歩に行ったことに気付いていなかったし、傍目から見れば、子供が迷子になっているとしか見えないその捜索で、たどり着けたのは奇跡といってもいいかもしれなかった。 テラーは、男を見つけると、己の主張を大声で訴えた。 「ぐぎぁらぎぁらぎぁ! がるるぐぁぐるるぅ! ぐれぅぎりぉろぅ!」 イデアは、怪訝そうな眼差しをテラーに向ける。 テラー語は、その場にいた誰にも理解されていなかった。 「ちょっと、どいてろ」 そんなテラーを脇にやって、ラルク・アントゥルースが進み出た。 「あんたがそうか。 教えて貰おうか。俺の身体に何が起きてる? どうしてこんなビジョンが見えるんだ。何が起こってるっていうんだ……答えやがれ!」 「説明することに意味はないな。 全ては、いずれ解ることだ」 知らなければ、皆は自らの記憶の中から、答えを見つけ出そうとするだろう。 だから、今、答えを与えることは不要。 イデアはラルクの問いをはぐらかす。 「そんなごまかしは通用しない。 大人しく同道願おうか。手荒な真似はしたくない」 杠桐悟がイデアの前に立ちはだかるが、イデアはただ肩を竦めた。 「承服しかねるな。これでも忙しい」 「各地を巡って、前世を思い出させるのに?」 エース・ラグランツの言葉に、イデアは微笑を浮かべた。 「それもあるが、もうそろそろいいだろう。 あとは君等が相互に思い出して行くのを期待する。幾つか捜し物もあるしな」 「捜し物? 記憶の扉を開けることだけが役目ではないのですか」 メシエ・ヒューヴェリアルが訊ねた。 「それも重要だが。 ああ、まずはその過程で見付かればと思っていたんだが」 イデアは肩を竦めた。 「イスラフィールを捜している。 最も、これは仲間に任せきりだがな。 いずれ全てを思い出せば、彼の方から俺の前に現れるだろう」 「イスラフィール?」 周防春太が目を見開いた。 彼はその名を知っている。何故なら。 「……そうだ。 僕は、イスラフィールのプロトタイプだった……」 不意に思い出した記憶に、イデアが春太を見る。納得したように頷いた。 「……ああ、失敗作の方か」 「試作型、と言って欲しいです」 春太は言葉を返す。 「僕とイスラフィールの違いはひとつ。 僕の方が魅力的だったこと、ですよ」 と、春太の前世、シャクハツィエルは思っていたようだ。代弁する。 「見つけたぞ!」 桐ヶ谷 煉がこの場に駆けつけた。イデアに向かって叫ぶ。 「答えろ、何なんだこの記憶は? 俺にはこんな経験は無い。なのに何故こんな記憶を思い出すんだ!」 「いいや、経験したはずだ」 イデアは、数歩後退しながら答えた。 「それは記憶と、君も認めている」 そして、上空から、竜造の蹂躙飛空艇が急降下する。 「てめえか!」 突撃は躱され、竜造は、行き過ぎた飛空艇を急停止させながら乗りる。 「どこのどいつかは知らねえが、前世の記憶なんてくだらねえ嘘植え付けるたぁ、ふざけたことしてくれるじゃねえか!」 竜造は、この記憶を、植え付けられた捏造だと思っていた。 「やれやれ。否定的な者が多いな」 イデアは、取り乱した様子もなく言う。 随分集まったものだと周囲を見渡し、 「捕まってはかなわないな。そろそろ退散させて貰おう」 と身を翻した。 「逃がさない!」 ヴァイス・アイトラーがイデアの退路を塞いでいたが、イデアの動きは止まらなかった。 「手荒な真似はしたくないんだが。君等は、大切な人材なのだから」 「ぐうっ……!?」 ヴァイスをはじめ、周囲にいた者達が、胸を圧迫するような苦痛に尻込む。 気配か、気か。何かを解放したイデアは、その隙に立ち去ろうとした。 「……待ちやがれッ!」 竜造が無理やり体を起こす。 「悪いが、他にも用事があるんでな。『書』も捜さなくてはならないし、」 「『書』……?」 天音が怪訝そうに呟く。 『書』と聞いて、今思い出す心当たりはひとつである。 やはり、『ジュデッカの書』と、彼は関わりがあったのか? 「知っているのか?」 「別に?」 イデアはその反応に気付いて天音を見たが、天音はとぼける。 イデアは関心を抱いたようだが、竜造の攻撃を躱して、そのまま去って行ったのだった。 ▽ ▽ レンは、その小さな村で幸せに暮らしていた。 何故、この村が襲撃されるようなことになったのか、それはある日突然のことだった。 村の何処からか、火の手が上がっている。 逃げ惑う人々。それを追う戦士、それは敵であるヤマプリーの者ではなかった。 「何故、スワルガの軍が、俺達をっ……!?」 レンは愕然とする。 レンの家族も、恋人も、友人も、次々と殺されて行く。 「ハッ、もっと殺していくぞ!」 殺した者達の命を吸収し、己の生命力に変えて、その男は次の標的、レンに迫った。 「……っぐ!」 彼は背後から魔剣フランベルジュに貫かれ、相手の顔を見ることもできず、倒れる。 「やめろ! 何故、こんなことをする!」 とどめを刺そうとしたトーガの前に、その時、魔剣、孤狐丸が立ちはだかった。 日頃、杖をついて歩いているとは思えない動きだった。 手には、その仕込み杖を構えて持っている。 「同国の……しかも、非戦闘員を対象にした殺戮など……! この命令を出したのは誰だ!?」 野盗や山賊の類ではない。彼等は戦士だと孤狐丸は察した。 「てめえには関係ねえだろう!」 トーガは笑って、孤狐丸を相手取る。 「主を持たない魔剣如きが、俺に勝てると思うなよ!」 あのまま意識を失ったレンが目覚めた時、全ては終わっていた。 その後、村を訪れたレキアによって発見されたレンは、重傷を負ったが、辛うじて生き延びた。 唯、一人だけ。 壊滅した村には、他に生きている者はない。 「………………くそう……」 ぐっ、とレンは両手の拳を握り締め、それを地面に叩き付けた。 「くっそおおおおおおおおお!!!」 孤狐丸は、その後スワルガを出奔した。 両国の戦争自体に不信感と不安を抱いてしまった為だ。 戦争に巻き込まれた人々を護る為、二国間の戦争を妨害する為に行動し、両軍に戦いを挑み続けている。 そして、レンは復讐の鬼と化した。 小さな村に住む一人の青年に過ぎなかった彼は、剣を手にし、仇を探し、復讐の邪魔になる者全てと過酷な戦いを続けた。 やがて彼は、少しずつ、特殊な力に目覚めはじめる。 右目が赤く変色し、瞳には文字が刻まれた。 そして、その刻印眼を通じて見た世界は、少し先の未来を映していた。 その力を使い、まるで自分にとって都合のいい結果を作り上げているかのように戦い、剣を振るうその姿に、彼はやがて畏怖と共に、とある名で呼ばれるようになった。 「ハヤトロギアの復讐鬼」と。 △ △ |
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