リアクション
▽ ▽ 「うあアァァあああ!?」 身体の中に滾るものを、抑えておけずに、絶叫を上げる。 狂気。そして狂喜。血の惨劇。 「だめ……もうダメぇえ……我慢できないぃィィ ……殺すのぉ……もう、殺しちゃうのぉぉ…… あはぁ☆ おいしそうな人はっけーん♪ あなたの血で……あたしをイかせてぇえ!!!」 それは、あまりにも残酷な記憶だった。 その日、彼は最愛の、双子の片割れを失った。 斑模様の、美しい毛並みのククラだった。 静かで平穏だった村は焼かれ、殺され、何故自分が助かったのかも解らない。 憶えているのはただ、狂ったような歓喜の笑い声。 哄笑を上げながら、愛しいきょうだいの身を何度も何度も引き裂いた、女の声。 以来、喪失感と虚無感に苛まれながら、生き続けている。 △ △ 黒崎 天音(くろさき・あまね)は調べものをしていた。 主に世界樹についてと、最近よく聞かれるようになった新興宗教に関してだ。 ふと、額を押さえる。 「……これは、この記憶は…… ――そうだ、『私』はあの時……」 「どうした」 紅茶を運んで来た、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、その様子に気付いて気遣う。 「――うん。どうにも気が散ってね。 どうやら、こっちを先に片付けてしまった方がいいみたいだよ」 ぱたんとノートパソコンを閉じる。 時折生じる頭痛や吐き気にも耐えつつ、ブルーズと共に、天音は“銀髪の男”の行方を追った。 ◇ ◇ ◇ 前世の自分が気になっている。 そしてそれ以上に、前世の自分に関わった人が気になっていた。 あれは一体誰だろう。 “銀髪の男”を捜し出すことが、その糸口になるだろうか。 瀬乃 和深(せの・かずみ)は、そう考えると、銀髪の男を捜すことにした。彼の目的が知りたい。 ▽ ▽ 黄蓮は、突きつけていた剣を、タスクの首元から引いた。 「……見逃す、というわけですか?」 囚われていたスワルガの施設から脱走をしようとしたタスクを阻む、彼女は刺客のはずだった。 足腰はしっかりしているのに、その表情には皺が刻まれ、一見して年齢の判別が難しい。 「……」 黄蓮は答えず、くるりと身を翻して立ち去る。 ふっ、とタスクは息を吐いた。 「思惑は知れませんが……。有難く乗ることにします。 これ以上、こんな所にいるのは耐えられませんからね」 欲したのは祭器の能力か、しかしこれで自由だ。 そしてタスクはカズと出会い、共に旅をすることになる。 甘くなったものだ、と黄蓮は自嘲した。 かつては戦場で、命よりもまずは四肢に攻撃し、やらゆる意味での抵抗の術をなくす、という非道で冷酷な方法を好んで用いていた自分が、脱走者を見逃すなど。 だが、彼女には今、心に思うことがあった。 他者の命を吸い取ることへの疑問だ。 思えば、この外見の老化は、その行為を止めてから、始まったことのように思えた。 戦闘に参加しないマーラもいないわけではないが、こんな事象は聞いたことがない。 自分に、何が起きているのだろうか? 「ヤミー。仕事だけど」 声を掛けられても、魔剣ヤミーは動かなかった。 「………………我はこれから、『日向でごろごろする』という大事な用がありますの」 たっぷりと間を取った後で、断る。 部屋の入り口の方から、剣呑な雰囲気と諦めの雰囲気が感じられた。 二人いるのかと、顔を向けないまま、ヤミーは思う。 「ま、そう言うと思ってたぜ。ガエルを連れて行くからいい。 あと、せめて胸はしまって昼寝しな。ガエルが欲情する」 巨乳をさらけ出した格好で床にゴロ寝しているヤミーに言い捨てて、ケヌトは去っていく。 「……それは、無い……」 否定しながら、ガエルがその後に続いた。 ヤミーのニートっぷりに、ケヌトは師というよりは、ただ養っているだけのようにも見えたが、ガエルはそれを口にはしなかった。 だがその考えは伝わっていたようで、ケヌトは歩きながらくすくす笑う。 「確かに、弟子というよりは、殆ど養ってる感じだな。 あれはあれで、やる気になればいい働きをするんだが。 ま、普段はただのダメ女だな」 ケヌトはそう言った後、ガエルに正面から向かった。 「だが、ガエルのことは、親友と思ってるぜ。 ケヌトが扱うには、少し大きすぎるけどな」 期待には添えよう。ガエルは頷く。 武器とは使われるもの。 魔剣も武器である。 ならば、魔剣は使われるべきものである。 というのが、ガエルの信条だった。 武器が担い手を選ぶものではなく、担い手が武器を選ぶもの。 ならば、それがどのような担い手であろうとも、自分を手にした者に、自分は力を貸そうと。 ただ望むなら、自分は、弱き者の為の武器でありたいと思った。 ただ望みが叶うなら、斬るものは選ばせて欲しい。 それ以外は何も望まない、と。 △ △ 「銀髪の男、ですか。気になりますね」 東 朱鷺(あずま・とき)は、少し本気でその男を捜すことにした。 気になる。何故なら、銀髪だから。 「……この不思議な記憶は、銀髪同士のシンパシーか何かでしょうか?」 話をしてみたいと思った。 その男なら、この記憶について、何か知っていることがあるはずだ。 「実に燕馬らしいじゃないですか」 夢に出てくる記憶のことを、パートナーのサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)に話したら、そんな答えが返ってきて、むう、と唸った。 「いや、俺は『ですわ』とか口調使わねえし」 「そこじゃなくて……え、まさか無自覚ですか、この人」 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の前世の姿、魔剣ヤミーは、サツキに似ていた。 だが中身は燕馬そのものだと、話を聞いたサツキは評した。 「銀髪の男とぶつかってからだと思う……くそ、どんな奴だったか思い出せない」 「すれ違う人の全員を憶えていられる人なんていませんよ」 「解ってるけど……」 気になるのは、夢に見る記憶よりも、そこに現れるサツキに似た女に対し、『あれは俺だ』と思ってしまうことだ。 「おちおち昼寝もしてられねえ……」 「それが“銀髪の男”を捜す動機ですか?」 幾分呆れ口調のサツキだが、燕馬にとっては切実だった。 その記憶に、自分の精神が侵食されていくような気がする。 このままでは、記憶に振り回されて、何をしでかすか解らない。 目撃情報はあちこちであった。同じく捜している者も居る。 ここは共同戦線を張るのが効率的だろうと、燕馬は出会う者達に呼びかけた。 ▽ ▽ かつて、ケヌトにダメ女と評されたヤミーが珍しく参加した戦いで、ひとつの出会いがあった。 ディヴァーナのシヴァは、剣化を解いていたヤミーに恋をした。 敵軍の魔剣への、許されない恋。 勿論、その思いにヤミーは気付かない。 この恋を育てることは、やがて祖国を裏切ることになる。 告げることすらできない思いと、祖国とそこにある全ての愛しいものを、シヴァは秤にかけなくてはならなかった。 そして、ついに決意する。 きっと後悔する。 だが、自分の全てを捨てても、愛し、護りたいと、そう思った。 祖国を、仲間を、過去の全てを裏切って、シヴァはヤマプリーを出奔した。 自分の思いを貫く為に。ただ告げる為に。 その頃、そんな事実を知る由もなく、ヤミーは床でクッションに埋もれて、巨乳をさらけ出していたのだった。 街の中、突然の襲撃を、黄蓮は直前で気付いて躱した。 黄蓮の持つ魔剣ヒザラ、そしてケヌトの持つ魔剣、黒い戦斧のガエルが激しくぶつかりあう。 黄蓮は剣を引くと、素早く身を翻して逃げ出した。 「逃げるのかよ!」 「当然だ、此処を何処だと思ってる!」 ヒザラの抗議に、黄蓮は答える。 一般民を巻き添えにするわけにはいかない。 ケヌトの方も、深追いは無駄と思ったのか、すぐに追跡を諦めた。 「追わぬ……のか」 「つまらない仕事だと、ガエルも思ってるんだろ」 ケヌトの言葉に、ガエルは黙って肯定した。 「――やれやれ」 町外れまで逃げて、ヒザラは剣化を解く。 「撒いたようだな」 「倒せたのに」 「油断は禁物だ」 「そうだけど」 ヒザラは、肩を竦めて黄蓮を見る。 長い間探し続けて、ようやく見つけた、自分の担い手。 腰まである髪は白く、顔には皺も多く、まるで老婆だ。 だが、ヒザラはそんな黄蓮に恋をしていた。 けれど、自分が人として黄蓮を好きなようには、彼女は自分を好きではないことも知っていた。 彼女が自分を好きでも、それはあくまでも剣として。 「……俺はただ、キミを護り、剣を振るい、敵を殺せる人間だったらよかったのに」 「こんな見かけだぞ」 黄蓮は苦笑する。 「キミは、美しいと思う」 ヒザラは言った。 確かに黄蓮の外見は老婆だ。 だがその物腰はしっかりしていて、背筋もピンと伸び、肉体的にも精神的にも、老化はしていない。 ともすれば、美しく感じる瞬間さえ。 「……キミが、人の意思を持たず、どこまでも、ただどこまでも残酷な敵を殺すだけの剣であったらよかったのに、な」 黄蓮はただ、そう言った。 △ △ |
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