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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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 その、自分のものでは有り得ない突飛な記憶が、自分の前世などとは俄かには信じ難かった。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)も、通常であったなら、頭がおかしくなったかとカウンセリングを受けるところだ。
 だが調べてみれば、同じ症状の者が多くいるらしい。
「銀髪の男……」
 何となく、憶えがある。
 空京の駅の構内、自分が最初にその記憶を思い出したきっかけは、その男と接触したことではなかったか。
「前世を持つ者達と文字通り“接触”して、それを思い出させることで、彼は何を目論んでいるのでしょう……?」
 正直なところを言えば、ゆかりは自分が前世の記憶を持つことについては、理解も納得もしかねていた。
 ゆかりは前世を信じていなかった。
 信じたくなかった、のかもしれない。
 ふ、と目を閉じて溜め息をついた。
「……監禁され、妊娠まで、なんてね……」

 辛く、苦しい記憶だった。
 光の射さない、暗く、冷たい部屋。
 ゆかりの前世、マーラのアレサリィーシュは、誰かに監禁されていた。
 知るはずのない情報を吐けと、その部下と思われる監視の者達に、あらゆる暴力を受けた。性的な暴行も。
 理不尽な暴力になす術もなく、アレサリィーシュはいつしか痛みを感じることを捨て、やがて、子供を身ごもることになってしまっていたのだ。
 望むはずのない子供を。

ナゴリュウ……」
 何故、こんな記憶を思い出してしまったのか。
 ゆかりは、自分を凌辱した者の名を呟く。
「……だからと言って、このままにしておくわけにはいかないんだわ。見つけなくては」
 “銀髪の男”を捜さなくては、と思った。
 前世を思い出させることが男の目的である以上、前世を思い出した自分達を何に導こうとしているのか、自分にはそれを知る権利があるはずだ。
 そして胸騒ぎがするのは、自分を監禁していたのが、銀髪の男だということだった。



 その記憶は自分のものではない。
 不審に思いながらも、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、その記憶に翻弄されていた。
 それは、護れなかった、全く知らない人々の記憶、そして、それによる強い後悔の念だった。
 計画は、阻止した。
 そう確信する記憶があるのに、しかし、護ることはできなかったのだ。
 霜月は今では、自身が刀である、という錯覚にすら襲われている。

 霜月の前世は、魔剣だった。
 このような状況をもたらした“銀髪の男”を捜し出すしかない。
 その思いだけが、霜月のよすがとなっていた。


▽ ▽


「さあ、殺し合おう……と言っても死ぬのはテメエだけどな!」
 雄叫びと共に、最前線に立つマーラの戦士、トーガが敵陣に突っ込んで行く。
 次々と敵を屠るその手には、魔剣フランベルジュ。
 彼女は、常にトーガと共にあり、彼を信じ、彼に尽くした。
 フランベルジュの力を引き出したトーガの強さは、彼女の誇りだった。
 最後まで、彼と共に戦い抜きたい。
 それがフランベルジュの願いだった。


△ △


 すれ違った後で、二人は同時に振り向いた。
「あの、少々よろしいですか?」
 フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)は、鬼院 尋人(きいん・ひろと)に声を掛ける。
「うん。オレも訊きたいことが……もしかしたら、同じ用件かな?」
 すれ違った時に、脳裏に閃いた記憶があった。
 この人は、同じ世界に生きた人かもしれない。その予感は当たっていた。

「もしよければ、どんな記憶か訊いてもいいかな。
 話せる範囲で構わないけど」
「……魔剣でしたの。
 担い手に捨てられたことを、思い出しましたわ」
「……ごめん」
「構いませんわ。前世でのことですもの」
 ヤマプリーとスワルガの戦いも末期の頃。
 あんなにも信頼し、信頼されていたと信じていたトーガから、何故裏切られたのか、フランベルジュとしての記憶は、戻っていない。
 正直、今は戸惑いの方が強かったが、彼との間に何があったのかを、知りたい。そう強く思う。
 彼は今、誰なのだろう。
「オレも、殺されかけて崖から突き落とされたりしたけど……」
「お互い、前世では大変でしたわね」
 けれど、尋人が今、思い出した記憶は、それとはまた別のものだった。


▽ ▽


「目が覚めましたか? 大丈夫?」
 そう言って自分の顔を覗き込む、美しい少女のディヴァーナ。
 尋人の前世、地のアシラ、テュールは、呆然と彼女を見上げた。
「……此処は……?」
「もう大丈夫。あなたは、川から流されて来たのです」
 大怪我をして流されてきた彼を救ったのは、ミルシェだった。
「川から……?」
 テュールは、思い出そうとして、目を見開いた。
 解らない。何も憶えていない。
「馬鹿な……私は、何処で、何を……」
 思い出せない。
 自分のことも、何一つ記憶がなかった。


△ △


「……踏んだり蹴ったりってやつなのかなあ……」
「いいえ。
 更に思い出せば、いいこともあったに違いありませんわ」
 フランチェスカは微笑む。
「はじめは、白昼夢を見たのかと思いましたわ。
 けれど、こうして出会えたのも、我が神のお告げ……いえ、お導きですわね。
 同じように何かを思い出した人は多くいる、と」
「導き……?」
 フランチェスカは、教会にて神に仕える身である。
 なので、知らずにいると不審な内容の言葉もあるが、前世云々言ってる時点で、自分もあまり変わらないか、と尋人は苦笑した。
「私は、きっかけとなった男の人を探して、話を聞きたいと思っているのです」
 その為に、同じ状況の人を探して、協力したいと思っている。尋人はそれに頷いた。
「……うん。オレもだ。
 多分、会ってるんだと思う」
 妙な夢を見るようになり、こうして記憶を蘇らせるようになったということは。
「……何となくだけど、もう一度会いたい」



「――あんたもなのか?」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)も同じように、“銀髪の男”を捜す半ばで、尋人達と出会った。
 ぎゅっと目を眇めているのは、最近、視界がブレているような感覚が頻繁に起こるからだ。
 右目と左目で、ものがブレて見えるような気がする。
 初めて奇妙な光景を『思い出し』て以来、右目が赤く変色して戻らなかった。
 今迄にも、戦闘の時など、感情が高ぶった時にこうなることはあったが、今は平時の時も常にである。
「そもそも、この体質……特異体質なのかとは思っていたが、一体何なんだ……」
 原因が知りたい。
 右目が変色した原因である男を捜し出そうと行動していた、その途中のことだった。

「俺もだ。時々、何かを思い出す感覚がある。
 この奇妙な感覚の真相は、解らないが……」
「同じ状況の人達の間では、『前世を思い出している』という認識がされているようですわ」
 フランチェスカの説明に、
「前世?」
 と訊き返した。
「これが、俺の前世だと?」
 馬鹿らしい、と笑い飛ばし、切り捨てることはできなかった。
 本能的に、納得できるだけのものが、煉の中にあったからだ。しかし。
(前世、だと……?)
 知らず、煉の指先が震えた。
 もしもこのまま、記憶を完全に取り戻し、復讐の相手と出会うことにでもなったら、どうなるのか。
(その時、俺は、冷静でいられるのか?)
 無理だ、と思った。
 自分は、既に前世に影響されている。
(――これは、事態がはっきりするまで、あまり人に出会わないようにするしかないか……)

 ――二人は、煉とフランチェスカは、未だ思い出してはいなかった。その因縁を。


▽ ▽


「これを」
 シュクラは、祭器であることを生かして密かに、幽閉されたアザレアの元を訪れた。
 そこでアザレアに、大きな、赤い宝石を託される。
「どうか、これを――――」

 記憶はそこで途切れ、また別のシーンに切り替わった。
 シュクラは、アザレアから託された宝石を手に、何処かへ向かっていた。
 だが、その途中で、スワルガのマーラに阻まれる。
 逃げることはできなかった。
(ごめんなさい、アザレア様……!)
 信じて託されたのに、護りきることができなかった。
 ああ、自分にもっと力があれば。
 マーラのナゴリュウが振り上げる剣を、絶望の思いで見つめながら、最後まで大事にその宝石を抱きしめつつ、シュクラはアザレアに詫びた。


△ △


「………………」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、前世には興味がないし、存在自体に懐疑的である。
 だからこの記憶も、何か変な映像を見せられている、という風に考えていた。
「どうして、こんなものを呼び起こして回っているのでしょう、その人は」
 ただそれが気になった。
「大体、前世は覆らない過去のはず。
 それを今更呼び起こして何をしたいのか……」
 考えられる可能性としては、類似する事件が起きようとしている、或いは起こそうとしている。
「過去の再現……? また、滅ぼそうと?」
 考えても、推論の域を出ない。
 真実を知るには、“銀髪の男”を見つけ出すしかないとエメは思った。
 その男の敵に回るにしろ、味方に回るにしろ、それは真実を知ってから判断するしかない。
 他にも、同様の状況にある者はいそうだった。
 そんな者達と協力し、情報の共有をしつつ、エメは冷静に現状の把握に努めた。



 最近前世を思い出す人が増えているらしい。
 自分にもそれっぽい症状が出ていると自覚したヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)も、噂の男を捜索することにする。
 シルバーウルフの雪雄に周辺の森を、吉兆の鷹の吉宗に空から周辺を見て貰ったが、それらしい男を見つけることはできなかった。
 森の奥へ走っていく男の後姿を見かけはしたが、それは、銀髪の男ではなかった。
「やっぱり、森にはいないのか……。
 目撃情報でも、人通りの多いところが殆どみたいだし」
 銃型HCに送信されてくる情報を見て、呟く。
「よし、オレ達も町の方に合流しようか」
 雪雄の頭をひと撫でし、ヴァイスは町へ向かうことにした。