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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●その物語は……

 蒼空学園の女子寮。その一室。
 衣擦れの音はアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)が、すっと膝を折って座る音。彼女は龍杜 那由他(たつもり・なゆた)のそばに座り直したのだった。
「それはそれとしてもう一度、詳しく夢のことを話してもらえませんか?」
 アルセーネは那由他の手を取った。
 そのとき、ドアが静かにノックされたのである。
「那由他君がこのところ悩んでいると聞いたわ。ここを訪れているという話だったので、訪ねてみたの……」
 立っていたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だった。現在、リカインは天学に転入しているが、もともとは蒼学生なので寮には詳しい。アルセーネとも面識はあった。
「話、聞かせてもらっていいかしら? 役には立たないかもしれないけれど」
 那由他にもアルセーネにも否やはない。リカインを部屋に招き入れて、改めて話を続ける。
 独居用の一室なので畳敷きの部屋は決して広くないが、アルセーネは工夫してこの場所を、彼女らしく和のテイストにあふれた空間に改造していた。小物ひとつとってもセンスがいいし、どこからかお香のかおりもただよってくる。
「……それで、夢のことなんだけど」
 那由他は言った。
「実はほとんど覚えていないの。それこそ、醒めてしまえばたちまち消えてしまう泡のような夢ばかりで……。見ているときは恐ろしい想いや苦しい思いをしているはず、その感覚だけは残っているから……。けれど、具体的にどんな夢だったか、と言われるとなんとも」
「夢を思い出すのは実際難しいからね。原因は思い当たるところはない? たとえば私も、頼るもののない頃は毎日不安で押し潰されそうだったわ。あの頃は実際、悪い夢もたくさん見た」
 リカインは自身の半生について語った。どうしても、遠い目になるのは仕方がないだろう。
 追放同様に家出するに至った顛末、あてもないままパラミタにやってきて、それから放浪した日々……苦労と一言で済ませるのは簡単だが、それこそ艱難の日々であったことは、本人ならずとも想像がつくだろう。もちろん、この記憶についてはあくまで自称ゆえどこまでが真実かは判らない。リカイン自身、意識せずに誤解しているところがあるかもしれない。だが確かなのは、以下のことだ。
「色んなものに襲われたけどその一人がキュー。今でこそあんなだけど、あの時は本当に魔物としかいえない感じでけっこう危なかったわ」
 と語りながら、リカインが笑顔になっていることを那由他もアルセーネも認識した。
「キュー様、とおっしゃるのは、リカイン様のパートナーさんですわよね?」
「ええ、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)よ。ああ、女子寮に連れてくるわけにはいかないからね。彼なら、外で待機しているはずよ」
 ドラゴニュートのキューについては、その第一印象と現在の彼とでは雲泥の差がある。
 命の危険を感じたことは忘れられない。
 けれど今は、その彼に守られている。
 奇縁だ。だが、これはもしかしたら、運命であったのかもしれない。
 リカインは運命論者ではない。むしろその逆、運命とは自分で切り拓くものだと思っている。なので、切り拓き掴み取った運命が、彼との契約であったことには満足しているのだ。
 でもこれは言っておきたい。
「キューは契約したらしたで違う意味ですごくやっかいだったわ。具体的に言うと、すごく口うるさいのよね。意外なことに。おかげで助かったこともたくさんあるけれど」
 つい苦笑してしまう。
 那由他もつられて笑った。少し心が軽くなったかもしれない。
「さて、それでは……」
 アルセーネは立ち上がった。
「そのキュー様を待たせたままでは気の毒というもの。それに、男子も那由他のことを心配して話したとも聞きましたし、小腹も空きましたので学食にでも移動しませんか?」
「そうね」
 それがいいかも、と那由他もリカインも応じた。
 移動の途上、キューと合流した。
「……どうした。移動か?」
「ええ、キューを独りぼっちにすると寂しくて死んでしまうかと思って」
 リカインの軽口にキューは口を『へ』の字にして、
「我はウサギではない」
 ふん、と腕組みした。
 だが……キューは口に出すことは決してないが、彼女の言葉に何か、記憶のスイッチでも触れられたような気がした。
 孤独……か。
 その言葉を学んだのはリカインと出逢ってからだ。だが、ずっとその概念とともに自分があったのではないかとキューは思う。自慢にもなるまいが、かつてキューは大荒野で日々を過ごしていた。当時を一言でいうなら『弱肉強食』だ。日々食うか食われるかの生存競争しかなかった。まるで終わり無き闘争だった。
 キューは今でも、他者を糧にすることには抵抗はない。だが、荒野にいた頃の自分はそれとは全く違う次元で戦いを楽しんでいた、自分以外はすべて敵――充実はしていたはずだが、どこか空虚な時代だった。
 リカインとの出会いがその時代の終わりを意味した。
 強かったリカインに圧倒されたのも確か。最初はそれだけが魅力だった。彼女と一緒にいればもっと強くなれる……と思って契約を結んだものだ。
「契約して驚いた? リカインが言ったのか? それは我の台詞だろう」
 カフェテリア方式の学食へ移動した。キューは熱弁をふるう。
「まったく。リカインが、単に周りに迷惑をかけることを省みない性格なんだと気がつくのに時間はかからなかった。それからの苦労ときたら……強くなったと言えば間違ってはいないだろうけど、我が得たのは想像してたのとは全然違う方向の強さだったぞ」
「それって打たれ強さ?」
「というより辛抱強さだ」
「あらびっくり」
「……驚いたのはこっちだと言ったはずだぞ」
 リカインはまさしくトラブルメーカーだった。彼女が巻き起こす珍騒動の数々にどれだけ肝を冷やされたことか。だがキューは、後悔はしていない。いや正確に言えばちょっと後悔しているかもしれないが、あの頃よりはずっといい、と思っている。リカインと一緒にあるかぎり、空虚さを感じることなどないのだから。
 キューの語り口ゆえか、それともリカインの華やいだ雰囲気が招いたか、いつの間にか彼らの周囲には人が集まっていた。蒼学生ばかりではない。入場自由のカフェテリアゆえ、たまたま用事で来ていたような他校生の姿も見える。
「ん? なんやろ、この流れ……苦労話大会がはじまるって感じやろか?」
 奏輝 優奈(かなて・ゆうな)が、仔猫のようにきょろきょろと周囲を見回した。
「大会?」
 リカインが問うた。
「うん。苦労話いうのんは少人数で、グチグチやればそりゃしんみり暗くなりそうなものやけど、こうやってパーッと明るくやればストレス解消にもなるしええもんやと思うねん」
 せやろ、みんな!? と優奈は周囲を見回す。
 なるほど確かに、と賛同の声が上がった。アルセーネも、
「良いのではないでしょうか」
 と頷くのである。那由他のためにも、暗くなる一方なのは避けたい。
 だがそんな中、あれ、と首をかしげているのは優奈のパートナー、レン・リベルリア(れん・りべるりあ)だった。
 ――蒼空学園に来てたのは偶然だけど、ここには「那由他さんが苦労してるらしい」って話を聞いて、気を紛れさせてあげようって来たのにねー。
 苦労話大会とか、ごまかさなくたっていいのに……と言いたくなった。しかしすぐに、でも、とレンは考え直している。
 ――『大会』なんて銘打ったおかげで、みんな発言しやすくなったのは確かかも。
 優奈はそこまで計算して提案したのだろうか。それとも、「なんとなく楽しそう」なほうを選んだらこうなっただけだろうか。いずれにせよ、ちょっとした才能だとレンは思った。そんな優奈だから魅力的なのだ。そんな優奈だから……誰よりも大切だと彼は想うのだ。