|
|
リアクション
十三章 ウソつき
自由都市プレッシオ、最南端。
立ち並ぶ建物のうちの一つに飾られた古びた時計が十二時を刺し、長針がカチリと鳴る。
まだ生き残っている構成員達が動きを止め、特別警備部隊の者達も動きを止めた。
「これで、終わったのね……」
梅琳は辺りを見回し、こちらを向く監視カメラを発見。胸いっぱいに息を吸い込んでから、レンズを指差す。
溜まりに溜まった感情を、声にして吐き出した。
「アウィス! 強奪戦は私達の勝ちよ、今すぐ子供達から手を引きなさい!」
強奪戦のルールは日付が変わるまで。
互いに殺し合い、多く生き残ったほうの勝ちだ。
梅琳の主張は正当なものと言えよう。が、監視カメラのすぐ傍にあるスピーカーからの答えは、
『……っひひひ、ひは。あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!』
強奪戦に負けたというのに、悔しさの微塵もない下衆な笑い声だった。
それにつられるかのように、さっきまで戦っていた構成員たちも笑い出す。
「なにが可笑しいのよ……っ!」
『ひひひひ、っひは。そりゃ可笑しいに決まってんだろ? バカ正直にはいそうですか、って返してくれると思ってんだからよ!』
梅琳はそう言われ、自分達を囲む違和感に気づいた。
(敵が、増えてる……?)
彼女と特別警備部隊の周りに、今まで身を潜めていたコルッテロの構成員が次々と現れる。
次々と、
次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と。
その数は数十では利かない。目算で測っても、ゆうに百人は超えていた。
『おまえらが相手にしてんのは誰だぁ? 約束を守るお人好しかぁ? 違うだろぉ? おまえらは犯罪結社を舐めすぎだ!』
「くぅ、このままじゃ……!」
『この数じゃおまえらは何も出来ねぇだろ? そこでゆっくり絶望しながら死にやがれ!』
アウィスのその声と共に、構成員達が手に持ったマシンガンを連射する。
ばら撒かれた銃弾は契約者達に飛来する。被弾して、呻き声を洩らす。
「みんな――つぅ……っ!」
『あっひゃひゃっひゃっひゃ!!』
梅琳は急所を守りつつ、全員に後退を命令。
四方八方から迫る銃弾から身を守り、梅琳が先頭に立ち、その場から撤退した。
『いいざまだなぁ、オイ!! おい、てめぇら! あいつらをこの区画から逃がすなよ! ゆっくりじわじわと追い詰めて行け!』
アウィスの命令どおりに、数百の構成員は動き出す。
『ひひひ……っひは……あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!』
最南端に、アウィスの下衆な笑い声が木霊した。
――――――――――
とある廃墟の屋上。煤原大介は狙撃銃を構えて、戦況を見つめていた。
「クソッ、不味いな……!」
大介がそう吐き捨てたのは、梅琳のところの他にも、特別警備部隊が展開する場所全てをコルッテロの構成員が包囲していたからだ。
(数は圧倒的。おまけにこちらは疲弊している! 考えろ、この状況を打破する術を――!)
大介は思考を張り巡らし、感覚を鋭敏に研ぎ澄ます。
状況の詳細を掴むため、スコープで最南端の区画を見回す。
(! あれは……!?)
スコープに傷を負った白竜達と乱世達と四人の子供達が映った。
彼らは必死に走っている。しかし、子供たちのせいか、進むのは遅い。
後ろからは、銃器を持った数十人の構成員達。その構成員のほうが数倍速く、追いつかれるのは時間の問題だ。
(クソッ、どうしたら……)
この戦場で、構成員達に居場所がばれていないのは大介ただ一人。
ここで狙撃をすれば間違いなくばれてしまうだろう。ばれてしまえば、こちらは一人。相手は多数。ほぼ確実に殺されてしまう。
(――ッ!)
それでも、大介は迷わず狙撃銃の引き金を引いた。
構成員の一人が足を撃ち抜かれ、その場に崩れる。
大介は構成員達が狙撃に気づかずパニックに陥っているうちに、一人でも多く倒そうと引き金を引き続ける。
連発のマズルフラッシュと銃声。それにより、視覚と聴覚は麻痺。無茶な連射により、衝撃を抑える手からは血が吹き出る。
(『……大介、おい大介! 君か? 狙撃してくれてるのは?』)
<テレパシー>により、頭の中で羅儀の声が響く。
(『はい、今のうちに逃げてください』)
(『逃げろって、君は確か単独行動のはずじゃ……!?』)
(『関係ありません。さぁ、早く』)
大介は銃弾を交換し、もう一度狙撃銃を構えなおす。
スコープの先では、大介の存在に気づいたのか、構成員の数人がこちらに向かっていた。
(『……くっ、ちょっと待ってて! 今、白竜に許可をとってそっちに、』)
(『ッ――ふざけんな! 俺達の目的は子供達の救出だろ! 俺に構わずさっさと行けよ!!』)
大介は、自分に向かってくる構成員を狙わずに、子供達を追いかける構成員を狙撃する。
(『すみません……でも、あなたが子供達から離れるのは、その分危険が増えるということです。
お願いです、羅儀さん。俺もシャンバラ教導団の一員として、任務を果たさせてください』)
大介の言葉のあと、返事は一拍遅れて返ってきた。
(『生き残れよ。……死ぬことは許さない、って白竜が』)
(『大丈夫です。あなた達が逃げ切ったあとに俺も逃げますので』)
(『……分かった。あとで、必ず助けに来るから。それまで、待ってろ』)
大介はそこで<テレパシー>を切り、激痛で震える手で引き金を引いた。
数十分後。
白竜と羅儀、それに子供たちは既に逃げ切った後。
「……もう、大丈夫かな」
大介は彼らが逃げ切った後も、追いかけようとする構成員達を狙撃し続けていた。
スコープの先では、倒れた構成員達が散らばっている。それは夥しい量だった。
「居たぞッ、こっちだ!」
大介のいる屋上に、数人の構成員が上ってきた。大介はそれを見て、自分の両腕に目を落とす。
薬莢がばら撒かれた地面にだらりと垂れる両腕は、無茶な連射のせいか裂傷だらけでぴくりとも動かない。身に纏う制服は血で汚れていた。
(弾薬は撃ち尽くし、腕はもう上がらない……か)
構成員達がマシンガンの銃口を、大介に向ける。
彼は死を前にし、震える唇で悔しそうに呟いた。
「……ちくしょうっ。出来ればもう一度、フランと話したかった」
そして、構成員達は銃の引き金を引く。
「――諦めてんじゃねーよ」
が、それよりも早く構成員達の五指が、<ブリザード>により一斉に凍り付いた。
「歌菜、今のうちだ」
「……はぁぁあああああ!」
動けない構成員達に、乱入した歌菜が《大空と深海の槍》を振るった。
洗練された一閃は、構成員達を一網打尽。切り裂いた傷口を凍らせ、銃を氷で使い物にならなくした。
「羽純くん、今のうちに大介さんを!」
「ああ、分かってんよ」
羽純は未だ状況の掴めない大介に近寄り、《天使の救急箱》を使用。
みるみるうちに止血は完了。戦える状態ではなさそうだが、大介は動けるようになるまで回復した。
「ほら、さっさと逃げるぞ」
「えっ……あの、ありがとう、ございます。でも、どうして、ここが……?」
羽純は髪を掻き、面倒くさそうに答えた。
「あーもう、細かい事ぁいいんだよ。
用はあのお人好しがピンチの仲間を助けにきた。それでいいだろ?」
「ありがとう、ございます。……ははっ、今ごろになって、手が震えてきた」
「……よくやったよ、大介。一人でよく頑張った。ほら、行くぞ。立てるか?」
羽純が差し出した手を掴み、大介は立ち上がった。
――――――――――
自由都市プレッシオ、南と中央の境目。
「黒猫亭」のレストランの店員にお勧めの土産屋を教えてもらったアキラ一行はそこにいた。
「全く、貴様らは……!」
ルシェイメアは両目を吊り上げ、珍しく怒ったようにそう言った。
彼女の視線の先では、たくさんのお土産が入った紙袋を持つアキラと、彼の頭に乗ったアリス。
二人共、散々ルシェイメアに説教されたのだろう。しゅんと意気消沈しており、アキラはついでに何重にもたんこぶが出来ていた。
「まぁまぁ、ルーシェさん。
お土産も買えたんですし、そこまで怒らなくても……」
ヨンは、ルシェイメアを宥めようと声をかける。
が、効果はなかったようだ。
ルシェイメアはグチグチと説教じみた事を言う。
「ならん。
危ないと朝に言ったばかりじゃのに、日付が変わるまで遊びつくして……」
アキラが口を尖らせ、反論する。
「……ルーシェだって、名産品や菓子包み選びに夢中になってたじゃないか」
「そうダヨー、そうダヨー」
アリスも便乗するが、ルシェイメアの一睨みによって、二人は口を一文字につむいだ。
「ほとんどが、貴様ら二人のお土産選びに費やしたではないか。
アキラは怪しい本や怪しい置物、怪しい剣のような実用性ゼロの物を買うし。
アリスはキーホルダー系や、可愛いものを選ぶために何件梯子したと思ってるのじゃ!」
ルシェイメアは目を瞑り、言葉を継いでいく。
「……全く、貴様らはヨンを見習え。
記念の置物やタペストリーといったその地特有のモノを買い、ちゃんと時間を考慮して買い物を済ませ――」
「ルーシェ、静かに」
ルシェイメアの言葉を遮るように、突然、アキラは真剣味を帯びた声で言った。
彼女は両目を開け、不思議そうに首を傾げる。他の二人もワケが分からず、疑問を込めた視線を彼に向けた。
「ッ。こっちだ、みんな着いてきて……!」
アキラはそう言うと、走り出した。
いきなり走り出した彼についていきつつ、ルシェイメアが問いかける。
「待て! どうしたというのじゃ、アキラ!?」
「……ルーシェ、君の言ったとおり、ここは俺の予想以上に危険な町かもしれない」
「どういうことじゃ?」
ルシェイメアの質問に、アキラは硬い声で答える。
「大量の血の匂いがする。きっと、この匂いを発している人は自分で動けないほどの重傷だよ」
――――――――――
アキラ一行が向かっている血の匂いを発する地点。
そこには傷を負って血だらけの託がいた。
その傍らには、無傷の二人の幼い子供が、動けない彼を引っ張っている。
「……僕は大丈夫だから……君達だけでも逃げるといい。
このまま真っ直ぐ行けば……中央部に出るから……きっと誰かが保護してくれるよ」
託の言葉に、二人の子供は首を横に振る。
二人の子供は滲んだ涙を拭うことなく、彼を中央部まで引っ張っていこうとする。
黒髪の幼い少年は言った。
「イヤだ! ぼくは……ぼくたちを助けてくれた……お兄ちゃんと一緒じゃなきゃイヤなんだ!」
幼い少女も頷き、少年と一緒に彼を引っ張った。
その少年と少女にとって、託は命の恩人だ。
強奪戦が終わり、アウィスの宣告が会場に響いたとき、託は真っ先に少年と少女を脇に抱えて脱出しようとした。
託は初め、他の別働隊の面々に子供達を引き渡そうとしたが、それもままならなかった。彼らは四人の子供達を脱出させるため、奔走していたからだ。
だから、託は一人で少年と少女を抱え逃げることを決意した。
逃げている途中に裏切ったのがバレて、たくさんの銃弾を背中に撃ちこまれた。意識を保っているのが不思議なぐらい、数多の攻撃を浴びた。
けれど、託はどうにか追ってを振り切り、ここまで逃げてきた。
だが、ここまで来たときにはほとんど体力は残っていなくて、身体を動かすことも出来なくなったのだ。
そして、現在に至る。
もし、あそこで逃げなければ、この少年と少女は死んでいただろう。アウィスは最初から生かしておく気など微塵もなかったのだから。
「――おい、大丈夫か!?」
そんな託と子供達の前に、アキラ達が現れた。
託はアキラを見上げ、安堵の笑みを浮かべ、口にする。
「……良かった。
ねぇ、君、お願いなんだけど……この子達を……特別警備部隊の詰所まで連れて行ってくれないかな?」
託の言葉に、アキラは頷く。
ルシェイメアとヨンは子供達を一人ずつおんぶした。
「これで……死なせないで全員助けられた。良かった……」
託は血まみれの顔でふにゃりと笑うと、緊張が解け、その場に倒れこむ。
その身体を、アキラが慌てて支えた。
「……なにが起こっているかは分からないけど。
とりあえず、君もその特別警備部隊の詰所ってとこに連れて行く」
「……僕はいいから……その子達を――」
「イヤだ」
有無を言わさぬ口調でそう言うと、アキラは託を背中に担いだ。
アキラは走りながら、彼に言う。
「状況は理解できないけど……あの子達、君が守ったんだろう?
なら、そんなになるまで守るのなら、最後までちゃんと責任をとって守り抜きなよ」
「……ははっ……確かにそうだね」
託は小さく笑うと、襲い掛かる睡魔に対抗できず、彼の背中で眠りについた。