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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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 ――そうして、契約者が侵入者への対処に当たっている中、彼らの警戒網など存在しないかのように契約者の拠点の前に立つ一人の少女の姿があった。

「ふぅ。ただ顔を見に来ただけですのに、ここまでしないといけませんのね。
 ですが、これほど短期間でこれだけの設備を整える……フフフ、素敵ですわ」

 不敵に微笑んだ少女は、『顔を見に来た人物』の居るであろう場所を見上げる。
(感じますわよ……わたくしと近しい存在を。
 ……違ってしまったのは、あなたかしら? それともわたくしかしら?)
 

(……拠点への襲撃があるかも、と張っていたが……。今のがデュプリケーターを束ねているという少女か?)
 少女が拠点へ入っていくのを、高所から見張っていた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が見届ける。パートナーに今後必要になるかもしれないとイコンを取りに行かせ、自分は『拠点への襲撃があるかもしれない』という第六感に基づいて警戒を行っていたが、まさに予想通り巨大生物が現れ、注意がそちらへ向いた隙を狙うようにして少女が現れた。
(……何だ、この感覚は。奴は一人で現れた、隙を突けば殺れたかもしれないというのに、何故私は動かなかった?
 ……いや、認めたくはないが……動けなかった。手を出せばこちらが殺られる、無意識にそう感じていたから動けなかった)
 頭の中で危険信号が鳴り響いているのを知りつつ、大佐は少女が向かったであろう先――エリザベートとミーミルの元――へ移動する――。

「皆さん、お茶が入りました」
 拠点では午後のひととき、ミーミルが淹れたお茶と並べられたお菓子が彩る時間が流れていた。エリザベート、ヴィオラとネラ、アルツールエヴァ『レメゲトン』にお茶が置かれ、各自がその温かみのある味わいを堪能していた所へ、アルツールにシグルズから連絡が入る。
『近くに巨大生物が2体出現、イコンと戦闘している。そちらは今の所対応出来ているが、この間に拠点を狙う別の存在があるかもしれない。警戒しておいてほしい』
「分かりました。また何かあれば連絡を」

 連絡を切り、アルツールがエヴァと『レメゲトン』に目配せする。実に嫌そうな顔をして『レメゲトン』が、表情を引き締めてエヴァが席を立ったその瞬間、扉がコンコン、と叩かれる。
「はぁい、どうぞですぅ」
「待ってくださいエリザベート様――」
 返答したエリザベートを立ち上がりながら制しようとして、やけに音を立てて開かれた扉にその場の全員が視線を向ける。

「フフ、大層なお出迎えですわね。
 初めまして、皆様。わたくしはあなた方が言うところの『デュプリケーター』を束ねている少女、ルピナスと申します――」

 ルピナスと名乗った少女が恭しく一礼した直後。
 瞬間移動で出現した大佐がエネルギーを刃状に具現化させた武器で、首を切り落とした――。


 1機にまで数を減らしたレーザービットの、最後の一撃が残る1枚の羽を撃ち抜き、全ての羽を沈黙させる。
『敵遠隔砲台の沈黙を確認……っ……」
 ノイズが混じるように、ヴェルリアの報告に苦しげな音が混ざる。レーザービットの操作には超能力を必要とするため、長時間の使用は使用者に負担がかかる。
「よく頑張った、後は俺に任せて休んでくれ、ヴェルリア。
 ファイナルイコンソード、発動。……これで終わりにする!」
 ヴェルリアを労い、真司は『ゴスホーク』最大の必殺技を発動させる。グラビティコントロールシステムをオーバーロード、重力の楔から機体を完全に解放させ、推進制御をシステムに依存させた上でブレードの出力を上げ、移動中の姿を傍目からでは捉えられない速度で飛びながらブレードで四肢を切断していく。抵抗力を奪われた巨大生物はゴスホークが通り過ぎるたび、脚を一本ずつ切り離されていった。
「トドメっ!」
 全ての脚を失い、地面に伏せるようにして倒れる巨大生物の頭部へ、最大出力のブレードが深々と突き刺さる。断末魔の悲鳴を上げ、巨大生物は身体を硬直させながら息絶えた。反応が完全に消失したのを確認し、ブレードを引き抜き刃を消し、システムをクールダウンさせる。
「……ふぅ……手強い相手だった」
『ホントにね〜。前はこんなに強かったかしら? 『戦うほどに成長する』というのは嘘じゃなかったのね』
 座席にもたれ、緊張を緩める真司がリーラの言葉に同意の意思を示す。
『お疲れさまです、真司』
「ヴェルリア、身体の方は大丈夫か?」
『はい、もう大丈夫です。心配をかけました』
 少し恥ずかしがるような笑みのヴェルリアを見、真司は安堵の表情を浮かべる。
『周囲の敵性反応、消失を確認しました。巨大生物の死骸はこちらが処理いたしますので、各機は撤収してください』
 ディスプレイに『ウィスタリア』からアルマの通信が映し出される。もう1体の巨大生物も『バロウズ』が倒し、そちらは『生体要塞ル・リエー』が処理するのだという。
「了解した。『ゴスホーク』、これより帰還する」
『はい。……お疲れさまでした』
 それまでの無機質的な応答とは異なる、どこか温かみを感じさせる声色と表情を見せて、アルマからの通信が切れる。


 ごとり、と落ちる首、そして崩れ落ちる身体。それらがほんの僅かの時間に生じた。
「!!」
 そのあまりに衝撃的な光景を目の当たりにしてしまったミーミルが硬直し、すぐにヴィオラとネラに匿われる。エリザベートもアルツールやパートナーたちが壁となって守ると共に、心理的なダメージをこれ以上負わないように保護される。
「……君、いくら相手がデュプリケーターの親玉とはいえ、これ以外の方法は考えられなかったのか?」
「私に情けや容赦を期待しないでほしいな。彼女は既に『倒すべき敵』に決められているのだろう?」
 刃を仕舞い、事も無げに告げる大佐に、反論の言葉は紡がれない。相手の事をよく知らないとはいえ、デュプリケーターは当面の敵として方針に定められた。そして今、デュプリケーターを束ねているという少女、ルピナスを“殺す”というのは、敵を無力化させる最大の効果が見込める。だから自分は殺した、そう言いたげな表情を大佐は浮かべる。
「さて……アレだけのことをしてくれた相手だ、このまま死にっぱなしとは到底思えないのだけれど」
 大佐の言葉に、皆が警戒の色を強める。巨大生物まで連れて、わざわざ単身契約者の拠点を訪れたほどの者が、こうして契約者の一人に首を落とされた程度で死ぬのだろうか。
 ……しかし、一分経ち、二分経ち、五分、十分経っても一行に少女、ルピナスが動き出す気配はない。
「……まさか、本当に死んだとか?」
 『レメゲトン』が呟き、他の者も疑心暗鬼ながら、彼女の死亡説を検討し始める。しかしそれも、彼女という存在がどのような状態になった時を『死』と定義するのかが分からない以上、確信は持てない。
「ど、どうするんですかぁ。このまま放っておくわけにはいきませんよぅ」
「……召喚獣に様子を確認させましょう。もし生きていたとしても、召喚獣であれば被害は最小限で済みます」
 アルツールが詠唱を紡ぎ、全身が鋼鉄の軍勢を召喚する。彼らがルピナスの首を拾い上げようとすれば、それは突如弾け膜のように広がり、鋼鉄の軍勢を飲み込んでしまう。
「やはり、そうやって私達を喰らうつもりだったのか。アレで死なないとなれば、これも大した効果はないだろうが――」
 モゴモゴと蠢く物体へ、大佐がシリンダーボムを投擲する。爆風と衝撃が生じ、煙が晴れた後にはルピナスの影も形も無くなっていた。
「……消し飛んだ、訳じゃなさそうですねぇ。ミーミル、大丈夫ですかぁ?」
 歩み寄ったエリザベートの声に、振り向いたミーミルは恐怖を露にした表情を見せたかと思うと、エリザベートに抱きつく。
「わぷ! ミーミル、苦しいですぅ」
「……お母さん……私、怖いんです……。あの人が……ルピナスさんの事が……」
 ふるふる、と震えるミーミルの身体を、エリザベートは腕を伸ばして抱きしめてやる。
「もうルピナスは居ませんよぅ。だから安心してくださぁい」
「…………はい…………」
 少しだけ落ち着いた様子で、ミーミルが小さくこくり、と頷く――。

 その後、拠点内及び拠点外の探索が行われたが、ついにルピナスを見つけることは出来なかった。巨大生物の死骸も、『ウィスタリア』と『生体要塞ル・リエー』が処理に向かった時には既に原形を留めず、粘性の液体が地面にべっとりとへばりついているだけであった。デュプリケーターが活動を停止した時の状態に似ており、やはり巨大生物はデュプリケーターであるようだった。
「とりあえず判明したのは、デュプリケーターを束ねている少女がルピナスという名であること、首を落とされても生きられるってことくらいですかぁ。もっと話をしておけばよかったかもしれませんねぇ」
 報告を聞いたエリザベートが感想を口にする。とはいえ、あのまま話が進んでいればどうなったか分からない以上、大佐の行為がダメというわけではない。
「ミーミルの事もありますし、校長たちは一度イルミンスールに帰った方がよろしいかと。後の事は我々が引き継ぎます」
「そうですねぇ。じゃあ、後の事は任せましたよぅ」
 アルツールの意見を汲み、未だ気分の癒えないミーミルを連れ、エリザベートは一足先にイルミンスールへ帰還する――。