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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【揺れる天秤の上で――ジェルジンスク】




 その頃、エリュシオン最北端、ジェルジンスク監獄。その中庭。

「ふん、我々がテロリストか。まあ、客観的に見れば、そうなるな」
 鼻を鳴らしたのは、一旦合流を果たした相沢 洋(あいざわ・ひろし)だ。
 正規の手続きを踏まずに武装し、行動している戦闘集団。確かにはたから見ればテロリストそのものだが、問題はそのテロ行為の内容だ。セルウスと共にノヴゴルドを助けた筈が、ノヴゴルドを暗殺したことになっているのだ。
 切迫した状況のなか「さて」とスカーレッドが息を吐き出した。
「どうしたものかしらね」
「どう……って、こないなこと、見過ごすわけにはいきまへんえ」
 固い顔で言ったのはキリアナだ。
 元はと言えば、セルウスを助け出す、とは自身が言い出したことで、皆に助けを求めたのもキリアナ自身だ。犯罪の片棒を担がせたばかりか、ここまで巻き込み、追い込まれてしまった責任を感じて、ぎり、とその手を握り締めると、呻くように「皆さん方には、ほんまに申し訳もあらしまへん」とキリアナは下げた頭が上がらない。
「何としても、汚名を晴らさな……!」
 直ぐにでも真相を明らかにして、皆の濡れ衣を晴らさなければ、と思いつめたようなキリアナに、スカーレッドは難しい顔で首を振った。
「ひとまず、何が正しいかということは今は忘れましょう。情報を流された時点でこっちは後手」
「ですけど……っ」
 反論しかかったキリアナを、ぽん、と洋が肩を叩いて止め、スカーレッドは続ける。
「元々危ないのは承知で渡った橋よ。巻き込んだというなら、独断専行中の私の方でしょう。それに、今最優先なのは、ここで終わりにならないこと」
 その語調に、キリアナは口を噤み、面々も表情を厳しく変えると、逆にスカーレッドはくすりと笑って見せた。
「最悪、どんな形であれ貴方たちは逃がしてみせるから、心配はいらなくてよ」
「あんまり物騒なことは考えないでくださるかしら、大尉?」
 自身の命を使いかねないスカーレッドの様子に、困ったような声をかけたのはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。
「アタシ達は自分の意思でここに居るんだから、勝手に背負って、命を捨てられる方が困っちゃうわよ」
 頼もしい言葉だが、問題はその姿だ。さらりと流れる髪。雪のように白い肌。十中八九が美少年だと答えるだろう。ちぎのたくらみによって変わったその姿に、その言葉は妙につりあわなかった。元を知っているだけにげっそりと視線が胡乱になる者もいたが、それはとりあえずスルーしながらニキータは続ける。
「教導団員が関わってる、ってことがどこまで知られているか判らないけど、出来れば制服は脱いでおいた方がいいでしょうね……ま、大尉の場合、顔で割れちゃったらどうしようもないけど」
「私は一大尉に過ぎないわ。他国に顔が知られるような身分ではなくてよ?」
 冗談めかしながらも、教導団員たちが制服の代わりに防寒着を着込む間、落ち着かない様子のキリアナの肩を叩いたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「キリアナ、渡した面は外すなよ……身許が割れると、一番立場が危うくなるのは、多分あんただからな」
「…………」
 頷きつつも優れない顔色に、唯斗はにっと笑いかけた。
「心配するなって。身の潔白は必ず証明される」
 そのために守られてろ、と笑いかける唯斗に、キリアナがぎこちなく笑いかけると、ぴくりとニキータが顔色を変えた。
「……どうやら、あっちも出発したみたいよ」
「そちらの準備はよろしいですかな?」
 羅儀からのテレパシーを受けたニキータの言葉に、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が視線を向けたのは、目晦ましの方法について打ち合わせていたディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)とノヴゴルドだ。
「わしは問題はないがの」
「俺の方も問題はない」
 身支度を終えたノヴゴルドが言えば、ディミトリアスも錫杖を掲げて頷いた。
「凍りつくもの、深き静寂、その底に眠る厳かな大地……地脈の流れが良い。相性は悪くなさそうだ」
 言いながらもどこか顔色が優れないのは、テロリストの持っていた武器のことが気にかかっているからだろう。自身を殺した武器だと言うのだから当然だろうが、ディミトリアスが引っかかっていたのは別のことのようだ。
「あの武器は、神殺しを為すための洗礼が済んでいた……その洗礼法は今は失われて久しいはず。それを知っていた……と言うことは、あれを与えた存在は、俺たちを滅ぼした者と繋がっていると見ていいはずだ」
「……真の王」
 ニキータが呟いたのに、何かを堪えるように錫杖を握ったディミトリアスに、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)がその冷たい手に軽く触れて首を振った。
「今は……逃げるのが、先」
「……せやけど、ほんまにウチらはこのまま逃げるだけでええんやろか」
 その言葉に頷いたディミトリアスとは対照的に、キリアナはまだ割り切れていない様子だ。ノヴゴルドの命を再び危険に晒すこと、そしてセルウスの罪状を完全なものにしてしまったことを気に病んでいるようだ。
「それについては、こちらで手を打ちます」
 言ったのはトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だ。
「既に報じられた事実を変えるのは難しいでしょう。なら、それを上書きしてしまえば良いんです」
 これ以上不要な血を流したくは無いし、と続けたトマスに、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)も頷く。
「彼らが本格的に攻撃に移る前に、何とかしないといけませんね」
 その言葉に、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)も頷いて直ぐに準備に取り掛かるために監獄の中へと踵を返した。
 こうしている間にも、正面の門では先遣隊とジェルジンスク監獄の警備隊とが臨戦態勢に入っているのだ。ノヴゴルドがテロリストによって成り代わられている、というのが相手の言い分である以上、それを黙認している監獄職員がテロリストの一味だとする判断はある意味当然である。実際のところは、それを「事実」とするための口封じを行おうとしているのだろうが。
「構えよ皆、始めるぞ」
 一食触発状態の中、合図と共に、ノヴゴルドとディミトリアスの呪文の詠唱が重なり始める。古い言葉と音階が輪唱のように響いて、ちりちりと冷たい空気が肌を撫でるのに、セルウスは寒さとは別の何かに、ぶるりと体を振るわせた。
「……オレ、結局、逃げてばっかりだね」
 最初の頃、冒険心と共に駆け回った逃亡劇とは、今はその意味が全く変わってしまった。殺されたテロリストに、自分達に押された犯罪者の烙印。足元で、大きく重たい何かが動いてる感覚に慄くように、珍しく重たい声を漏らしたセルウスの背中を、ぱん、と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が叩いた。
「でも、良いこともあったよ」
 何のことかと目を瞬かせたセルウスに、美羽は続ける。
「だって、これで荒野の王さま達が敵だってはっきりしたじゃない」
 何も憂うことは無い。遠慮なくやっつけられるでしょ、とがっつポーズをする美羽に、セルウスはもう一度瞬きすると、そっか、と呟いた。
「絶対に、ラヴェルデの陰謀を阻止しようっ!」
「そうだね……!」
 美羽の激励に頷き、顔を挙げたセルウスが気を持ち直したのを見やって「これを」と大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が手を伸ばした。その手にあったのは、超獣事件の折に手にした、アルケリウスの欠片だ。数時間前も一度借りたそれを渡されて、首を傾げるセルウスに「これは預けておくであります」と丈二は欠片を握らせた。
「この状況を真の意味で変えるには、セルウス殿が、自身の内にある力に己で認識しなければなりません」
 でなければ、例え力を覚醒させたとしても、最悪それに振り回されかねない。力と言うものは、自分で認識できなければ正しく使うことは出来ないのだ。頷いたセルウスがぐっと欠片を握り締めたのを確認して、丈二は力強く笑いかけて見せた。
「セルウス殿自身の力で、全部ひっくり返すでありますよ」
「うん!!」


 その声を合図にするかのように、ディミトリアスの錫杖がノヴゴルドの手が翳されると、大地の揺れるかのような轟音が響く。一斉に森の中へと飛び出したセルウス達の姿を飲み込むように、その吹雪はジェルジンスクの山脈を吹き抜けていったのだった。