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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【雪中の真相と氷点下の嘘】

 

「カナリーちゃん達も、行っちゃいましたわねぇ」

 同じ頃、ジェルジンスク監獄。吐く息も白く、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)が名残惜しげに呟いた。
 監獄を後にしたノヴゴルドと同行するマリー達の、吹雪で見えない背中を見送った聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)は、トマスの指示通りにテノーリオやミカエラが小細工を行うのを手伝ったりした後、キリアナが「自分の同類」と称していた青年と共に、監獄の表へと出ていた。
 どうやらテロリスト討伐に向かってきた者達は統制が取れているわけではないようで、吹雪の向こうに消えた者もいれば、監獄の制圧に掛かる者達もあり、内後者は、トマス達の用意した思わぬ事態に、本隊の到着を待たざるを得なくなっているのだ。聖が吹雪の様子を見る、と言う名目で外へ出ることが出来たのは、そんな事情もある。
 そうして、吹雪の穏やかになった監獄周囲を案内してもらいながら、聖はそういえば、と思い出したように口を開いた。
「『樹隷』とのハーフという言葉を耳に致しましたが、それはどういう方々なのでございますか?」
 本来、樹隷は帝国臣民と交わらないものだ、と聞いている。であれば、その存在については自ずと知れる。果たして、聖の想像していた通り「何事にも例外があるものです」と青年は苦笑した。
 事情は様々だが、彼らはエリュシオンでは特異な存在である。存在するはずの無い者である彼らは、樹隷としての制約を受けることは無いが、一般人とも言い難く、必然的に表舞台から隠れるような場所でしか生活できない者が多く、エリュシオン国内の、樹隷等の特殊犯罪者や、重犯罪者を取り扱うこのジェルジンスク監獄もそれにあたる。
「しかし、キリアナ様は貴方のご同類、なのではないのですか?」
「キリ……アナは、僕らの中でも、別格ですよ」
 青年は何かを言い間違えそうになったようで一瞬口ごもりつつも、どこか誇らしげに言った。
「キリアナのおかげで、僕らも才能と努力次第で、自分の道を作れるかもしれない、と希望を持っていられます」
 彼らの存在がどれほど報われない日々を強いられているかを滲ませるような、諦観と期待の入り混じった物言いをした青年は「ですから」と続ける。
「本当のところ……あのセルウスって子も、応援してるんですよ」
「樹隷である彼が皇帝になれば、「人」として生きれるかもしれないから……で、ございますか?」
 敢えて斜な言い方をした聖だが、青年は笑って「それもありますが、単純に嬉しいからですよ」と素直に認めた。
「ノヴゴルド様は、この監獄の直接の主ではありませんから、お噂位しか存じませんが、大変公正な方だと聞いていますし……あの子の力になってくれると、信じています」
 願いと言うより、祈りにも似た声色に、聖も頷いた。
「ノヴゴルド様ともども、ご無事でいらっしゃると良いのですが」
 だが、状況が厳しいことは二人にも良く判っている。思わずトーンダウンしかけたところに「ご無事にきまってますわよ〜」とキャンティが口を挟んだ。
「全部が解決しておじいちゃん達が帰ってきた時に、あったかい温泉で迎えてさしあげられたら最高だと思いますわ〜」
 そうならない可能性を全く考えていないような、キャンティの明るい声に、青年が一瞬ぱちりと瞬き、直ぐに聖と揃って表情を緩めた。そもそも聖がここを訪れたのが温泉を探しにだったということを青年も思い出したのだろう。だが、直ぐにちょっと困ったような顔をして「温泉と言うと」と眉を寄せた。
「この辺りでは出そうな場所と言えば一箇所しかないんですが……この所危険なので、誰も近付かないんですよ」
「危険……と言いますと?」
 聖が問うのに、青年は説明するのには、元々この辺りは地脈の流れが良く、良い温泉も沸いていたのだが、近頃は不安定になることが多く、アンデットの姿を目撃した者もいたと言う。恐らく、先日セルウス達が訪れた遺跡龍に、ナッシングが干渉していた影響が出ていたのだろう。だが、遺跡龍は崩壊してしまったものの、ナッシングの影響は今は消えているはずだ。監獄を出る際に、ディミトリアスが地脈の流れが良いと、と言っていたのを思い出して、聖は笑った。
「その件でしたら、恐らく問題ないかと」
 地脈の流れが良いのなら、きっと良い温泉も沸いているだろう、と期待に内心胸を躍らせながら、聖はふとそれなら、と思いつくことがあった。聞くところに寄れば、秘宝は地脈を活性化させる力を持っていた。そして秘宝自体の力は、地脈とリンクする遺跡龍にあればこそ。であれば逆に、地脈の方を直接リンクする方法があれば。
 そこまで考えたところで、不意に木々がざわめいた。視線を向けた聖の、空気が白く埋まるかのような吹雪の中に、黒い巨人が近付いてくるのが見えた。この吹雪と深い森の狭き道の間を、不思議とその巨体は何に遮られた風もなく進んで来る。

「……どうやら、お出ましのようでございますね」
 






 ブリアレオスを伴う、討伐隊本隊の到着より、数分後。
 ジェルジンスク監獄の応接間では、荒野の王が床に転がる二人分の死体を前に「成る程?」と薄く笑っていた。
「つまりこちらも替え玉だ、とそう言いたいわけか」
「そうです」
 トマスは頷いた。
「確かにテロリストはノヴゴルド様を暗殺して行きましたが、それより早く、影武者に入れ替わっていらしたのです」
 つまり、本当のノヴゴルドは未だ健在であり、しかも事前にテロリストを警戒して、セルウスを連れて避難していたため、セルウスが犯人なのは有り得ない、とトマスは説明した。
 実際には、転がっているのは、テノーリオが細工して、身許も死亡時間も判らなくしたテロリストの死体で、影武者などではない。少し調べてみればわかることだ。だが今重要なのは真相 ではない。そんなものはお互いに判っている上での情報戦なのだ。
 ラヴェルデがノヴゴルドを公的に死んだことにし、セルウスをテロリストとしてその地位を貶めようとしているのを、逆に一旦は肯定することで、真実をこちらへ曲げ返すカウンターである。
 全部嘘だと、真実を訴えてくる分には充分対策が出来ているだろう。だが、虚偽を肯定の上での上書きならば、どうか。それが嘘だ、と否定すれば必然、前提が嘘であることが露呈してしまうのだ。否定出来ない以上、ノヴゴルドが死んでいないということ、セルウスがテロリストではないことも肯定せざるを得ない。
 トマスの狙い通り、僅かに沈黙した荒野の王だったが、その口元は未だ不敵に笑ったままだ。表情は変えないまでも、トマスが内心で訝しんでいると、ふっ、と笑う息が漏れた。
「それで、貴様らはそのテロリストを誅殺した。故に、追撃を辞めよ……と、そう言うのだな?」
「……そうです」
 問いに頷くと、成る程、と荒野の王は目を細めた。
「密告者はこう言っていたらしいがな。セルウスの脱獄を促すために、ジェルジンスク監獄を襲撃する者がある、と」
 そしてそれは、正規の手続きの踏まれていない、教導団員の主導である、ともその密告者は語った、と言う説明に、トマスが内心の動揺を隠して沈黙する中、荒野の王は続ける。
「そのタイミングと、ジェルジンスク選帝神が襲撃にあっていると言う報告とのタイミングが余りに一致していたのでな。ラヴェルデが混同したのやもしれん」
 随分あっさりと認めたのに、トマスが疑問を深めると「ところで」と荒野の王は目を細めた。
「ここで問題だ。その密告者の語った教導団員達は、監獄を破ってまでセルウスを助けようとした。だが、そのセルウスはノヴゴルドが連れて逃亡中……はて、では何故貴様等教導団は、わざわざ監獄を襲ったのであろうな?」 
「それこそテロリスト達が、自分たちの濡れ衣先を作るために密告を装ったものでしょう」
 子敬が言うのに、トマスも後を引き取る。
「我々教導団員は、とある秘密結社を追ってたまたまここまで訪れていただけです。追撃の途中故、報告が送れてしまっていましたが、それを利用して、テロリスト達はシャンバラ教導団があたかもセルウスと協力しているかのように思わせようとしたのではないでしょうか」
 実際は思わせているどころか、スカーレッドの独断ということになっているとは言え、教導団の協力があるわけだが、そんなことはおくびにも出さずにトマスがしゃあしゃあと首を傾げると、荒野の王はなおも続ける。
「それを証明する手段はあるか?」
「……国軍に問い合わせていただければ」
 勿論ハッタリである。秘密結社オリュンポスの指名手配は、実際にはまだニキータ達によって書類が提出されているだけに過ぎないし、討伐命令は下ってはいない。だが、身内の不祥事とならないために手を回すことぐらいは期待できるはずだ。だが、荒野の王は「そのような暇は無い」と笑った。
「回答を待つ間、ここでじっとしている内に、肝心のテロリストが逃げ果せてしまう可能性がある。真偽の程が後に明らかになるのであれば尚のこと、今は身柄を押さえることが肝要であろう?」
 どうやら、ノブゴルドが暗殺されていない、と言うところは呑んだものの、どうあってもここで引き返すつもりも、足を止めるつもりも無いようだ。トマスが更に口を開こうとするのを片手を翳して抑えると、荒野の王は踵を返した。

「本物だろうが偽者だろうが、並べて連れ参ろう……丁重に、な」