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【戦国マホロバ】四の巻 マホロバ幕府開府 決戦、冬の陣!

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【戦国マホロバ】四の巻 マホロバ幕府開府 決戦、冬の陣!

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第七章 愛しき故郷1

【マホロバ暦1192年(西暦523年)2月12日】
 扶桑の都――



 扶桑の噴花はマホロバ全土に広まった。
 花びらによって多くのマホロバ人が失われた。
 鬼城のものとて例外ではない。
 忠臣本打 只勝(ほんだ・ただかつ)は、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)の目の前で、桜の花びらと共に消えた。
「ただ死ねん。まだ死ねるものか、死にたくない……!」
 只勝は最期の最期まで、主君貞康の身を案じていたという。
「御恩を受けし貞康様の為に……只勝は、まだ働きとうございました……!」
 次々と去って行く武将、家臣たち。
 それはあたかも、もう戦のない世では不要だと、戦国時代の終わりを告げるようでもあった。
「なぜ……こんな。皆、わしを置いて逝くのか……!」
 しかし、残された貞康に嘆き悲しむ暇はなかった。
 一刻もはやく噴花の原因を見つけるべく、危険を顧みるとこもなく、鬼鎧朱天童子(しゅてんどうじ)に乗って扶桑の樹の元へ参じた。
「これは……どういうことじゃ……」
 扶桑の樹下には、精根尽き果てたかのように封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が倒れている。
 貞康は駆け寄り、口元に手を当てた。
 まだ息はあるようだ。
「もし死んでいたら、扶桑の樹の根元に埋めてやろうかと思ったが、良かった。若い娘の遺体が荒らされるの見るに忍びないからな……ん?」
 その時、一羽の白いうさぎが飛び跳ねた。
 白いうさぎは真っ直ぐ扶桑の元へ行き、その姿は一人の童女となる。
 白いおかっぱ髪の童女だ。
 雪うさはちらと貞康を見返ると、そのまま扶桑の樹の中へ消えた。
「そなたは……あの時の……!」
 まだ鬼州国で弱小大名だったころ、猛将武菱大虎(たけびし・おおとら)と武菱軍騎馬隊に追われた四方ヶ原(しほうがはら)の戦い。
 今では若かりしころの戦歴の一つだが、そこで拾った童女がいたことを思い出していた。
 名を、適当に雪うさ(ゆき・うさ)と名付けた気がする。
「雪うさ……まさかそなたは……扶桑にゆかりある者なのか?」

 どこからともなく声が聞こえた。
 優しく、すべてを包み込むような声だ。


 鬼子母帝……そして葦原の戦神子は、このままマホロバを見守り続ける存在となりましょう。
 もう、二度とあわられることはないかもしれません。
 でも、祈りつづけましょう。
 いつもあなた方のそばにいます。


 上空に月が出現した。
 月の輪から流れるように次々と脱出する人々がいる。
 そして、彼らは貞康の前に落ちた。
「なんじゃ、一体?」

 再び声がする。

 その者たちのおかげで、私は再び姿を取り戻しました。


「天子(てんし)様!」
 桜の世界樹――扶桑の目の前に現れたのは、まぎれもなく天子であった。
 桜樹に身をやつし、マホロバを統治するもの――そして、マホロバを統治するにふさわしいと認めたものに、その統治権を与えるとも言われていた。
 天下の覇者が望んでいたことだ。
 貞康は膝をつき、先ほどのお言葉は、と尋ねた。
「母の……鬼子母帝の名を聞いたように思いましたが」

 扶桑の中で戦っていたのです。
 それはとても長い辛く、悲しい――戦いでした。
 でも、鬼々の母なる鬼子母帝、そして葦原の戦神子は今、私と共にあります。私たちは一つとなり、マホロバを見守り続けることでしょう


「それは……どういう……」
「死んじゃいないんだよ」
 振り向くと風祭 隼人(かざまつり・はやと)が立っていた。
「鬼子母帝は死んじゃいない。この時代の鬼子母帝も、未来の鬼子母帝も。歴史が変わったんだ。だから、貞康も鬼の血を捧げなくてもいいだろ?」
「ど、どうして……それを」
「俺が助けた。母親は生きてる。だから、貞康は鬼と決別しなくていい。鬼一族の棟梁として、また天下人として人を導くものとして、生きていけばいいんだ」
「わしが……? わしは」
 全ての話が呑み込めたわけではなかったが、貞康は急に肩の荷が軽くなったような気がした。
 地面に伏し、涙を流す。
 今度は反対に天子が貞康に問う。

 貴方はマホロバの統べる者となりたくてここへ来たのでしょう。
 ここにいる大勢の者が、貴方をこの国の将軍にと望んでいるようです。
 貴方は、それを受ける気がありますか。


 貞康は顔を上げ、周囲を見た。
 知った顔、知らない顔。
 希望と不安と期待に満ちた顔。

 乾いた唇からは、意外な言葉が漏れた。

「わ、わしは……【人】にしていただきとうございます」

 貞康はこうべを下げた。
「天子様、わしを人間にしてくだされ。わしは、天下泰平のため、あらゆる覚悟をし、どんな犠牲を払ってでも成し遂げると思うておりました。この呪われた鬼の血を永遠に捧げ、マホロバを守り続けると……ですが、やはり鬼なのです。ときおり、己では抑えがたい衝動にかられます。この力は、国を守るのは役立ちましょう。しかし、同時に国を滅ぼしかねませぬ」
 鬼鎧となった朱天童子は、無言のまま主君を見守っている。
 おそらくこの元鬼は、貞康の苦しみを我がものとして感じとっていただろう。

 貴方は、どう思いますか?
 もう一人の資格者……。


 天子に尋ねられ、瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)は、前に進み出た。
 扶桑の噴花に紛れて逢坂城から脱出を促されていたが、魁正は逃げることもなく、扶桑の元へ馳せ参じたのであった。
 驚いた人々が注視する中、同じくひざをおる。
「私は、鬼の力は人にとっては脅威だと考えております。人は、鬼のようには生きられません」
 魁正は臆することもなく言った。
「泰平というものは、そうたやすく手に入るものではない。それは幻想だ。真に価値ある泰平をつくる為には、人はもまれなければならぬ。努力をし続ける必要がある、俺も含めて……」
 魁正は「ただし」と、言った。
「人は鬼にはなれぬが、鬼は人のようになることができるかもしれん」
「魁正殿」
「勘違いしないでもらおう。俺は、鬼を認めたわけではない」
 魁正は貞康を見据えた。
「今のマホロバには、鬼城貞康の力が必要だというだけだ。もし、将軍家に過ちがあれば、それも正すものが必要となる。そうではないか?」
 魁正は横を向くと、そこには天 黒龍(てぃえん・へいろん)の顔があった。
 黒龍は「はい」と、頷く。
 そして、涙をぬぐうカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)達と東 朱鷺(あずま・とき)がいた。
「貴様が鬼となれば、俺を含めこの者たちがいつでも止めにいく。首を洗って待っていろ」
 貞康はこれ以上ありがたいと思ったことはなかった。
 これから先、過ちがあったときも、滅ぼしに来てくれるものがいる。
 マホロバを守ってくれるものがいる。
 貞泰は改めて前に進み出て、膝をついた。

「天子様、先ほどの返事ですが。マホロバ大将軍拝命、謹んで……お受けしとうございます」