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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

リアクション

「ハリールさん、こちらへ」
 小次郎は馬にまたがり、ハリールに手を差し出した。
 ルカルカに言われたからではなかったが、コントラクターまで出てきたからにはこの場にとどまるのは適切ではない。敵の男たちが総崩れになり、魔獣たちの攻撃がゆるんでいる今が好機だ。
「分かったわ」
 彼らを残して自分だけ逃げるのはいやだが、先に彼の判断に従うと約束した以上、自分の意を押し通すわけにもいかない。ハリールは小次郎の手をとり、馬の背に上った。
 小次郎の操る馬はそのまま戦場を走り抜ける。このまま離脱は成功するかに思われたが。
 闇にまぎれ、どこからともなく飛来した黒い刀身のナイフが、ぶつりと手綱を切った。
「むっ」
 突然のことにバランスを失いながらも、小次郎は馬の背を蹴り、ハリールを抱いて飛び下りる。馬はいなないたのち走り去り、代わるように黒装束の集団が現れた。
「その娘をこちらに渡してもらおう」
 頭目らしき男が言う。
「きさまたちもか」
 小次郎はハリールを下ろし、その影で見えないように服の下に隠し持った指揮官の懐銃へと手を伸ばす。
 しかし数が多かった。
(20人はいるか…)
 銃1丁で立ち向かえる相手ではない。向こうもそれと悟っているから、ああして立っているのだろう。頭目らしき男の青灰色の目は、小次郎が何を隠し持っているか見抜いているように笑っている。男の手は、軽く腰元の剣に添えられていた。
 相討ちには持ち込めるだろう。もしかした3人は倒せるかもしれない。だがそれでどうなる?
「……く」
 そのときだった。
「いやあああああああーーーーーっ!!」
 力強い裂帛の声とともに、何者かがこの場に割り入った。
 大上段から振り下ろされるバスタードソードは東カナン領主バァル・ハダドの剣。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の研ぎ澄まされた剣技はみごと頭目を捉えるかに思えたが、わずかに及ばず、美羽の剣は脇に控えていたカイによって止められた。
 動きの止まった彼女を、さらにカイの剣が立て続けに襲う。
「……! 速いっ!」
 バスタードソードと中刀では、この間合いでは不利だ。距離をとろうと跳び退く美羽。しかしカイの方が速かった。美羽に合わせて跳び、まるで2本の中刀を鞘のところではめ合わせたような武器で刺突をかける。
 銃声が轟き、カイの武器を源 鉄心(みなもと・てっしん)がはじき飛ばした。
「きさまの相手は俺だ!」
 鉄心の宣言とともに、美羽を援護する無数の銃弾が敵の忍者部隊へ向けて撃ち込まれる。忍者たちは一斉に思い思いの闇へ散った。
「ジュンコ」
 それを見て、マリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)が愛するパートナーの名を呼んだ。
「ええ」
 マリアが何を言いたいかを理解し、ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)もうなずく。
「行きましょう」
 ミリタリー・シルバーナイフを手に、闇へ溶け込むように2人は消えた。
「さあ、今のうちです」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がハリールと小次郎を安全な自分たちの元へ連れて戻る。そしてハリールをかばうように立ち、風術を用いて忍者が放ってくる投げナイフをはじき飛ばした。
 忍者の1人が音もなく走ってくる。両手に黒い刀身のクナイが握られており、風のように速い。
「させないから!」
 宣言とともに桜月 舞香(さくらづき・まいか)が神速を用いて立ちはだかった。ダンシングエッジをかまえ、切り結ぶ。水が流れるような美しい剣さばきで敵の攻撃を封じ込め、受け流す。舞香を強敵と認めた忍者がいったん体勢を立て直すため、後方へ跳んだところへすかさず剣の舞を発動させた。
「いきなさいっ!」
 具現化し、周囲で回転していた4本の剣が、舞香の命令を受けて一斉に敵目掛けて走る。宙にいる忍者はこれをかわせず、剣は全て忍者に突き刺さった。
 どさりと重い音を立てて地に落ちたのは、人形。
「空蝉の術ね」
 それを見て、舞香は目を眇める。あの状況でこの技が出せるなんて。
(やっぱり彼ら1人1人が達人級の腕前の者たちだわ。これがただの殺し屋…?)
「舞香、すごい! すごいすごい! きれい!」
 ハリールが感動の声を上げた。
「えっ? ほんと?」
 ぱっと花が咲くような笑顔で舞香が振り返る。
「うんっ! ほんとにほんと! 今の技、わたしもできるかしら!?」
「え? ……えー? どうかなぁ? だってハリール、魔法使えないんでしょ?」
 にやにやと、舞香は少し意地悪そうなフリをして笑う。
「――うっ」
 痛いところを突かれたと、ハリールは胸に手をあてた。
「あー、うそうそ。ごめんね。きっとハリールにもできるようになるわ。いつかね」
「じゃあ今度手合わせして。あの流れるような剣の使い方、教えてくれる?」
「いいわよ」
「はいはい、おふたりさん。ガールズトークはそのへんにしておいてください」
 少し離れた場所でマルチアクションリボルバーと魔銃オルトロスによる二丁拳銃で攻撃していた六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が声をかける。
「今はここを切り抜けるのが先でしょう」
 しまった、というふうな顔をして、舞香は再び前衛へ戻っていく。
「じゃああたしも――」
「キミはそこです」
「でも!」
「今回ばかりはだめです。この殺し屋たちは先の魔獣たちとは比較にもなりません。ここから離れれば、キミなどすぐ八つ裂きにされてしまいますよ」
 鼎の言葉に同意するように、小次郎もベアトリーチェもうなずいて見せる。
「ここは私たちを信じて任せてください」
 ハリールはしぶしぶと前に出した足を戻した。
「……やっぱり速いですねえ」
 闇にまぎれたほんのかすかな気配を探って、鼎は銃撃をしている。しかし通常感じるまともに入った手応えのようなものは、全く伝わってこなかった。
(というか、この動き、なんだか覚えがあるような……いや、まさかねえ)
 もしそうだとすれば、この事件、きな臭すぎる。単なる護衛なんかじゃすみそうにない。
 鼎は頭を振って、その可能性を押しやった。
 今は考えない。目の前の戦いに集中しよう。そして明日には北カフカス山で、竜を見るのだ。そのための準備は万端、荷物のなかに整っている!
 すうっと肺いっぱいに空気を溜めると、声を張った。
「残念ですね! あなた方の能力などこの程度のものですか! その程度の速度なら、私にも出せるんですよ! そして私はあなたたちにできないことができる! なんといってもシャンバラ人ですからね!!」
 かなりのハッタリだが、真偽なんかどうでもいい。動揺させた者勝ちだ。
「わが力を見なさい!!」
 言い終えると同時に、前もって仕掛けてあったインビシブルトラップのある位置を指差した。その瞬間忍者の1人が引っかかり、吹き飛ばされる。
 もちろん、これは魔術でも何でもない。そこに踏み込みかけているのを見つけたから叫んだだけだ。いわばトリック。
 吹き飛ばされた忍者は受け身をとれず、木に激突して動かなくなった。
(本当はクレー射撃のまとのように撃つつもりだったんですよ、感謝してくださいね)
 なぜ撃たなかったかって? だって、もし想像どおりだったらあとが怖いじゃないですか。
 動揺し、あきらかに動きの鈍っている忍者たちに向け、鼎は再びけん制の銃撃を開始した。



 気配を殺して、全身系を研ぎ澄まして。
 ジュンコとマリアは敵と同じ闇に身を置き、敵の気配を探っていた。
 ここは平原で、身を隠せそうなものはちらほら生えている木だけだ。その木ですら、幹は細く、人が隠れるほどの幅もない。なのに、依然として忍者たちの気配を掴むのは難しい。
「ジュンコ、いましたわ」
 殺気看破を用いていたマリアが、声をひそめて言う。
 ここからは言葉は用いないようにしましょう――ジュンコは唇の前に人差し指を立てる。そして手振りで伝えると、マリアが視線で伝えてくれた場所に向かい、極力音をたてないよう気をつけて移動した。
 対象が視認できたら、風上へと回る。
 その忍者は草にまぎれるようにしてしゃがみ、ハリールを後方から見つめていた。
 彼女を襲撃するために、隙が生まれるのを待っているのだろうか。
(させませんわ)
 ジュンコはかつての龍頭戦の際、東カナンの者たちに世話になったと感じていた。そのときの恩をどうすれば返すことができるだろうか。ずっと心の隅で考え続けてきた。そんなとき、この護衛の要請があることを知って、この方法なら自分が一番力を発揮できると考えついたのだった。
 マリアがあらかじめ打ち合わせていた定位置についたのを確認して、風にしびれ粉を乗せる。
「……う?」
 忍者が己の体の異変に気付いたとき、2人は同時に仕掛けた。
「!!」
 突然現れた2人に驚き、忍者は懐から投げナイフを取り出そうとする動きを見せたが、手が震えて思うようにいかない。その間に、ジュンコとマリアは電光石火にチェインスマイトをたたき込む。
 忍者は一音すら口にすることもできず、その場にあお向けに倒れた。
「本当にこれでいいんですか?」
 倒れた忍者を見下ろしてマリアが言う。力をセーブしていたので、忍者は重傷ではあったが死んではいない。
「ええ。あの男性たちといい、これほどまでにハリール様を殺そうとするからには、きっと何かあります。あとでこの方におうかがいすれば、お話ししていただけるでしょう」
 今すぐ聞き出したい気もしたが、残念ながら今はまだそのときではない。敵の忍者はまだまだいる。
 ジュンコはマリアとともに、各個撃破へと戻った。