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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

リアクション

 託と要は仲間からの後方支援を信じて、ひたすら前を見て突っ走っていた。
 たとえグールやハイートが至近距離に迫っても速度を緩めない。桂輔の放つ銃弾が彼らのすぐそばを追い抜いて、魔獣たちを2人の進路から着実に排除していく。
「このまま一気に行く、と言いたいところだけど。僕にちょっとした策があるんだけど、乗ってくれるかな?」
「ああ、いいけど?」
 託の言う策がどういうものか分からないまま、要はうなずく。
「ありがとうねぇ」
 横の要に目を向けた、一瞬だった。
 突然託の前方に、彼の身長ほどもある鉄の棘が生えた。それを目撃した要は驚愕に目を瞠る。
「託!」
「え? あっ」
「「危ない!」」
 要と、そしてもう1人、別の声が重なった。
 それは榊 朝斗(さかき・あさと)の声だった。それとほぼ同時に彼の武器鋼の蛇が空を走り、鉄の棘を砕く。
「朝斗!」
「止まらないで!」
 朝斗は叫んだ。
「こいつらは僕たちが引き受ける! きみたちは一刻も早くやつらを止めて!」
 鋼の蛇を操り、そう言う間も鉄棘は次々と地面から生え、2人の前をふさいだ。それだけではない。鉄棘はあきらかに2人を刺突しようと伸びてもきていた。
「だめだ、数が多すぎる!」
 朝斗のあせりに応えるように、そのとき彼の目前を白光が裂き走った。ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の放つトリニティ・ブラストが次々と鉄の棘を粉砕していく。そして機晶ブースターをつけた機晶姫用フライトユニットで加速したアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、まるで生きたイバラの棘のように複雑に絡み合いながら続々と生まれてくる鉄棘のただなかへ咆哮を上げて飛び込み、それらをたたき折った。
「アイビス」
「行ってください、要さん、託さん。あなたたちを狙う鉄棘は私たちが破壊します。決してあなたたちを傷つけさせません」
 要めがけて飛び出してきた鉄棘を掴んで押しとどめ、そのまま握りつぶす。
「ごめん!」
 彼らの助力を受け、託と要はさながら地雷原のごとき地帯を抜けた。
「よかった」
「安心するのはまだです。今度はこちらへ来ているわ、朝斗」
 攻撃の邪魔をされた怒りからか、鉄棘は刺突目標を朝斗たちへ変更したようだった。アイビスを攻撃する一方で、まるでイバラがつたを這わせるように鉄棘の一部が2人へと向かってくる。
 主人を守ろうと、それまでハイートやグールの相手をして追い払っていたヴェルファーが戻ってきた。漆黒の身体をうねらせ、その重量でたたき折る。朝斗も真空波を放ち、これらを砕いていったが、現れる鉄棘の速度にも数にも変化はなかった。
「どういうことだ!?」
 驚きつつもシュタイフェブリーゼを起動させ、宙に逃げる。2人の足が地を離れた瞬間、2人のいた場所に向かって鉄棘が生えた。
「空まではこないか。それにしても、一体どういう技なんだ? ルシェン、こんな術知ってる?」
「さあ…」
 ヴェルファーの背で、やはりルシェンもとまどっている。
 そのとき。
「にゃーーー!! うにゃーーーっ!!」
 ラージェスに乗り、上空の敵を受け持っていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が警報の声を発した。
「ちびあさ?」
 あさにゃんの指差す方向からバジリスクの群れが急速度で向かってくる。彼らは鉤爪に岩を掴んでいるようだった。あさにゃんからの光術が何匹か追い払ったが、全てではない。くぐり抜けたバジリスクが2人の真上で岩を落とす。
 朝斗の放つ真空波を受けてやすやすと砕ける岩たち。古典的な爆撃かと思われたそれは、しかし違った。砕けた岩のなかから白いイモムシが現れたと思った瞬間、あの鉄棘を背中と思われる部位から生やしたのだ。
「なっ!?」
 じゃあ今までの攻撃は、この虫たちが!?
 目を瞠る朝斗めがけて鉄棘の雨が降りそそぐ。
「朝斗!」
 アイビスが宙をあおぎ、悲鳴のように叫ぶ。
「――くっ…!」
 瞬間、朝斗の姿が掻き消える。
 初めて目にした驚きに一瞬対処が遅れたが、ポイントシフトを発動させ、危ういところで逃れることができた。
 朝斗がいなくなり、鉄棘で埋まった空間に向けてルシェンの天の炎が落ちて、イモムシたちを蒸発させる。
「大丈夫ですか!?」
「うん。それに、もう油断しないよ。カラクリは分かったからね。攻撃するなら棘じゃなく、その根元に隠れた本体だ」
 そして上空のあさにゃんを見上げる。
「ちびあさ、教えてくれてありがとう! ここはもういいから、きみは2人の援護に回って!」
「にゃー!」
 あさにゃんは手を振ると、ラージェスを旋回させ、託たち2人の元へ向かわせた。
 それから3人は、鉄棘が現れるたびに岩や地面を攻撃して、イモムシを退治していった。
「ねえルシェン。ルシェンはハリールさんのこと、どう思う?」
 数が減ってくるにしたがい、余裕も生まれて、朝斗は訊いた。
「良くも悪くも素直ないい子だと思います」
「悪いのにいい子なの?」
 くすっと笑う。
「ええ。隠し事があるのは見ていて分かりますが、それもひっくるめて、そう思います。隠していても、それはきっと悪巧みということではなく、何か事情があるからなのでしょう。きっと信頼関係が築ければ、いつか話してくれるかと。
 朝斗はどうなんです?」
「僕?」
 振られて、朝斗は考えてみる。
「僕は……まだ分からないな。正直、この護衛を引き受けたのだってエンヘドゥに頼まれたからだもの」
 彼女については何も知らない。まだ知り合ってたった数日だ。いい人なのか、悪い人なのかも。
 朝斗はルシェンに向き直り、迷いのない、心からの笑顔を見せた。
「だけど、エンヘドゥは彼女を守ってほしいと思った。その判断を信じる。そして何より、ルシェンの判断を信じる」




 朝斗たちがミュルメコと呼ばれるイモムシたちの掃討をほぼ終えたころ、要は敵陣近くにたどり着いた。
 託の姿はいつの間にか消えている。
 彼らは思うようにいかず、自分の操る魔獣や幻獣たちがやられていくことにとまどい、あせっているようだった。
 そんな彼らの姿を視認した瞬間、ポイントシフトを発動させる。
「消えた!?」
 驚く相手の面前に姿を現し、銃床で殴りつけた。
 いきなり現れたことに驚いている間にできるだけ蹴り飛ばし、殴りつけ、たたき伏せる。
「きさま…!」
「おっと」
 振り切られた剣を避け、受け身で転がって立つ。放った銃弾が彼らの持つ剣を砕いていった。
「このっ!」
 背後で振り上げられる剣。だがそれが振り下ろされる前に、あとを追ってきていた桂輔の銃弾がスナイプする。要が囲まれるのを阻止すべく、桂輔は男たちに向けて連射した。
「要、もういいよ」
 託の声が暗がりから聞こえて、要はわざと背中を向けて撤退した。
「待て!」
 すっかり血がのぼり、剣を手に追いかけようとした男たちは託の投げた流星・影をつま先近くに受けてよろける。体勢を崩しながらも倒れまいとしたところで、仕掛けられたインビシブルトラップを踏んだ。
「うわああぁっ!」
 激しい爆発音がして、土煙のなか悲鳴が上がる。
「大げさだねえ。音ばっかりで威力はたいしてないよ」すらりと居合の刀を抜く。「それじゃあ、最後に少しだけ本気を出そうかな」
 疾風迅雷で走り込むやいなや、1人を斬り捨てる。
 見せしめは1人でいい。
 託は尻もちをついて恐怖の目で自分を見上げている壮年の男を見下ろした。
「さあ、こうなりたくなかったら、なぜあの子を侮辱するような言葉を吐いたのか、そこんとこを聞かせてもらおうかな」
 本人が何かしたのならともかく、どうにもならない生まれや育ちで罵倒するのは気にくわない。しかも、あれは言いがかりに等しい。
「女の子は丁重に扱うものだって、お母さんから教わらなかったの?」
 声と表情に静かな怒りをにじませつつ、託は迫った。
「あ、あれは――」
 尻もちをついたまま後じさっていた男が、おびえながらも何か口にしようとしたときだった。
 突然男の顔が引き攣ったと思うや、縦に真っ二つになる。
「なに!?」
「よけいなことは口にしないに限るよ」
 目の前で起きた惨事に愕然となった託の前には、ツインテールの少女が立っていた。
 少女は恐怖に戦意を喪失している男たちをなめし見て言う。
「何のために自決用の爆弾渡してあると思ってるの? いつ使うの? 今でしょ」
 その横顔、目つき、話し方。だれかを髣髴とさせる――――
「え? きみ、もしかして毒――」
「えー? なんのことー? 佐和子、分っかんなーーいっ」
 きゃぴ ♪ とかわい子ぶって、少女はいきなりアーム・デバイスで斬りつけてきた。
「うわ! だから――」
「あーあーあー、なーんにも聞こえませーーーん ♪」
 ちぎのたくらみを用いた大樹佐和子こと毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、何度か託に斬りつけたあと、間合い深く入り込み、アイドルっぽくお茶目に笑いながらシリンダーボムを至近距離から投げつける。彼が驚いているうちに、自分はポイントシフトで瞬時に距離をとった。
 爆風にあおられるつかの間、大佐はハリールがいる方角を盗み見る。
(――ちッ。思っていたより層が厚い)
 ハリールの周囲はコントラクターたちががっちり固めている。あれを切り崩すのは無理だ。
「少し来るのが遅かったかな? だがまあ、遅すぎてはいないだろう。
 おい、おまえたち」
 次に大佐は周辺にいる男たちへ目を向ける。
「撤退するならさっさとしろ。いつまでもそこにいて、巻き込まれても知らんぞ。私のこいつはそこまで優しくはないからな」
 大佐の周囲では、ピシッピシッと家鳴りのような音がしていた。風が渦巻き、千切れた草が舞う。
「あ、ああ…」
 けがを負い、動けない者は抱き起こし、手を貸して、男たちはあたふたとその場から立ち去る。
(――ふん)
 視線を前方に戻した瞬間、大佐は彼らのことをきれいさっぱり忘れた。
「さあ、遊んでやるよ。私が気が向く間だけな」
 もし視ることができる者がこの場にいたならば。
 大佐の横に、烈風のフラワシの異貌を見ることができただろう。
「託、無事か!?」
「な、なんとか…」
 ギリギリ時ノ唄が間に合って安全圏まで脱出できた託だったが、即死しかねなかった出来事に冷や汗が流れる。まさかあんな攻撃を受けるとは。そしてあのあきらかに何かの力としか思えない、止まない風。見えないが、間違いなくあそこには何かがある。
「……うかつには斬り込めないねえ…」
「託くん!
 待ってて、今行くからっ!」
 ルカルカが最後のエンディムを倒し、託たちの方を振り返ったときだった。
「ルカ!」
「――はっ」
 強まった闇にまぎれるようにして、何かが飛来する。
 背後のあかりを反射して、一瞬きらりと見えたのは、巨大な刀身――
 とっさに飛び退き、真っ二つになるのを避けられたのは並外れた反射神経の持ち主ならばこそ。彼女がいた場所には入れ替わるように超重量の大剣が降り下ろされ、なかば減り込み。そしてその先には、斬撃天帝を握る竜造の姿があった。
「あなた、白津竜造!」
「そうそう。これっくらい避けてもらわなくっちゃなあ」
 うれしそうに笑って、どす黒い狂気のようなオーラをまとわせた大剣を軽々と引き抜き、立ち上がる。
「どうしてここに…」
「おいおい。そりゃあ愚問ってモンだ。今おまえらは何してる? 戦ってんだろ? じゃあやることはひとつじゃねーか」
 素っ気なく肩をすくめ、まるで片手剣でも扱うようにぶんと振って見せる。
「つまり、敵側についたってことね」
「敵とか味方とか、んなこたぁ関係ねえ。俺ぁ強いヤツと戦えりゃ、それでいーんだよ」
 ほかのことなんざ知ったことか。
 ぐっと全身に力がみなぎったように見えた瞬間、竜造の姿が消えた。
「はっ!」
 次の瞬間、ルカルカのかまえた剣と竜造の剣とが激しくぶつかり合い、火花を散らす。
「やっぱ、ここじゃああんたが一番だよな!」
 金剛力に裏打ちされた腕力で、竜造は斬撃を繰り出した。ルカルカに息もつかせないほどの技を浴びせかけ、防戦一方でじりじり後退させる。
「どうした? この程度にも対処できねーのか?」
「……く。あんま、ひとのこと舐めないでよねッ!!」
 振り下ろされた剣を紙一重でかわし、カウンターで百獣拳を打ち込む。体勢が崩れたところへ、間髪入れず目の覚めるような一閃が走った。
「――っと」
 間一髪、後ろへ跳んで避けた竜造の特攻服のポケット部分が、切り裂かれてはらりと垂れる。
「やるな。だが、まだまだだッ!!」
 弾けるようなロケットスタートで真正面からルカルカに斬りつけた。
 ゴッドスピード同士、俊足の足さばきで剣をまじえる。たたきつけ、なぎ、振り下ろし、斬り上げる。今度はルカルカも積極的に技を出し、応酬する。技で、力で、スピードで。相手を切り崩さんとするその死闘は、敵味方関係なく周囲の者の目を奪った。
 たった1度。わずかでも判断ミスをすれば、即座に死ぬ。
 速度で相手を上回るためには攻撃を見抜き、紙一重で避けるしかない。身に受ける浅い傷にひるむことなく、2人は剣をふるっていた。
「やああっ!!」
 ルカルカの全神経が竜造との戦闘に集中しているのを見て、光学モザイクとブラックコートで気配を絶った徹雄がひそかに背後へ回り込む。影縫いのクナイを取り出した彼の耳は、剣げき音のなか、ヒュッと風を切る小さな音を聞きとった。
 ぱっと飛び退いた彼に遅れて、ダークネスウィップが地を打つ。
「ルカの邪魔はさせん。おまえの相手は俺だ」
 ダリルの全身を静かなる闘気が包む。
「…………」
 徹雄は攻撃対象を彼に切り替えた。さざれ石の短刀を抜いて、2刀のかまえをとる。この敵を相手に防御一辺倒は通用しない。そうと見抜いた徹雄は防御を捨てた。
 疾風迅雷、一気に距離を詰めた徹雄は死角をついて短刀を突き込む。その攻撃をダリルはアブソリュート・ゼロの氷壁で防いだ。砕け散る氷片。徹雄は一撃に固執することなく即座に距離をとる。彼の着地点をねらってパイロキネシスの赤い炎が走った。
「あまい!」
 跳んで避けた足に、それと見抜いていたダリルのダークネスウィップが絡みつき、引き落とした。しかし次の瞬間、ダークネスウィップは切断され、徹雄は受け身をとって跳ね起きる。彼は先の接近のおり、しびれ粉を撒いていたのだが、虹のタリスマンを持つダリルには通用しなかった。
 アンチマテリアルショットに武器を持ち替えたダリルからの銃撃を回避し、距離を詰めてはヒットアンドアウェイを繰り返す。それをかわし、カウンターをねらうダリル。
 コントラクター同士の死闘が繰り広げられるなか、ルカルカが叫んだ。
「小次郎! ハリールを安全な場所へ移して!!」