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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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「私は、ルピナスさんが本当に幸せになろうとしているなら、それを止めるような事はしたくないです。
 むしろ、貴女も私達も幸せになる方法があるならば、その道に進みたい。

 だから、教えてください。
 貴女がしようとしている事……世界樹への反逆って、何ですか?
 聖少女の幸せ……貴女にとっての幸せって、何ですか?」


 飛んできた歌菜の言葉は、まるで言葉そのものが質量を持っているかのように空気を押し、ルピナスの髪、服を揺らす。
「…………あなたにとっての幸せとは、何かしら?」
 ルピナスが発した言葉は、歌菜の問いに答えること無く逆に質問するものだった。その意図に歌菜は複数の可能性を考えつつ、まずはルピナスの問いに答える。
「私にとっての『幸せ』は……一言では言えないけど、私が居て、私の大好きな人達が傍に居てくれて、ご飯が美味しかったり、音楽が優しかったり、空が美しかったり……」
 歌菜の言う『幸せ』は、確かに殆どの者が「あぁ、幸せだ」と納得出来るものであった。具体的にこう、と言うことが出来ないのはレメゲドンが言うように、幸せは心にポッ、と無意識に感じるものであるとも言えるし、エヴァの言うように人は、幸せであった時の気持ちを忘れてしまう生き物だからなのだ、とも言えるかもしれない。


「……もしわたくしがあなた方と、もっと早く出会っていたとしたら、
 わたくしは今と違う道を歩んだのかもしれませんわね」



 その、決して誰にも聞こえることのなかった言葉。
 それこそがルピナスの、言葉を送ってきた契約者に対する彼女なりの感謝の言葉であったし、同時に決別の言葉でもあった。

「あなたはわたくしに、わたくしがこの戦いの先にどんな世界を望むのかと尋ねた。
 わたくしはこの戦いの先に、『わたくしがいつも幸せな世界』を望みますわ」


 ルピナスがエリスと『共産党宣言』の方を見て、声高らかに自身の望む世界を語る。

「わたくしの本当の目的? そんなもの、最初からたった一つですわ。
 この世界を成り立たせている力……世界樹の『力』を手にすること。それこそがわたくしをこのような運命に導いた世界樹への反逆でもあります」


 ルピナスが優の方を見、『本当の目的』など最初から一つであったことを強調する。

「わたくしには、あなた方の言う『幸せ』は理解出来ませんでしたわ。
 食べるものが美味しい? 音楽が優しい? 空が美しい? ……わたくしの大好きな方々が傍にいることが、幸せ?
 ……あなた方は既に、あなた方の思う『幸せ』を手に入れてしまっているのですわね。そしてあなた方の思う『幸せ』をわたくしにも得てほしい、感じて欲しいと思っているのですわ。
 愚かなこと。あなた方の思う『幸せ』が本当に幸せであるとも限らないというのに。孤独だから幸せでない? 誰かと手を取り絆を紡ぐことが幸せ? あなた方の言葉に無い幸せは幸せでない?
 わたくしが幸せと思うことが幸せでないと?」


 ルピナスが言葉をかけた者全員を見て、『幸せ』とは何かを訴える。

「わたくしの幸せは……そうですわね。
 この世界に存在する『力』を手に入れ、世界樹への反逆を終えた後……わたくしが幸せと思う世界をわたくしの手で作り上げること。
 それは誰からも強いられない、誰とも争わず、誰をも憎しまず、そして愛した方と死ぬまで一緒に暮らすことを可能とする世界」
 ルピナスの言葉に、歌菜は言葉を紡げない。というのも、ルピナスの言葉の前半は歌菜の思う『幸せ』に反するが、後半はそうではないからである。そんな世界がもしあったとしたら、それは幸せだ、と思ってしまいかねない。
「……貴女と、争いたくないんです。
 争わないでよい方法、ありませんか? ないなら、探します!」
「道は一つじゃない。現に俺たちが現れた事で、この世界は変わりつつある。
 ……頼む、異なる未来について、君も考えてみてくれないだろうか」
 それでも歌菜の、そして月崎 羽純(つきざき・はすみ)は言葉を紡ぐ。僅かな期待に賭けた言葉、しかしそれもルピナスは笑顔で拒絶する。
「あなた方がこの世界から手を引けば済むことですわ」
 それが、彼らにルピナスがかけた最後の言葉だった。目を閉じたルピナスがふわり、と雰囲気を改める。
(! ここらが潮時か……!)
 その雰囲気を肌で感じ取った宵一が、リイムとコアトーに罠の起動を命じる。二人が命令を受けて罠を起動させると、ルピナスの周りに設置された4つの罠がルピナスを囲むように起動する。
 それは力の干渉を遮断するもので、ルピナスは今の位置から横方向への移動も攻撃も出来ないはずだった。
(罠の持続時間は僅か、この間に説得に当たった契約者を避難させ、罠解除後にルピナスを殲滅する!)
 宵一が装着していたコンピュータを起動させ、戦闘力を高める――そこまでは予想の範疇だった。

『!!!!!!!!!!』

 ――世界が、崩落する。
 契約者とルピナスが居た世界を巻き込んで、地面が、壁が、天井が崩れていく。

「あぁ、居たぁ……ルピちゃぁぁん、くきゃ、あはははっ!
 あああぁぁぁぁ食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べられたい羨ましいの羨ましいの羨ましいの羨ましいの羨ましいの食べて食べて食べて一つに成って融け合ってあぁぁぁぁっほしい欲しいの羨ましいのあああああぁぁぁぁああっけきゃははっっ!!」


 聞こえてきた声は、果たして“ヒト”の発した言葉だったろうか――。


「けほっ、けほっ……」
 巻き上がる粉塵に、結和が咳込む。大きな揺れを感じたと思ったらふわり、と身体が浮き上がるような感覚がして、気付いたらここに居た。
「一体、何が――!?」
 言おうとして、結和は隣でうずくまるエメリヤンを視界に入れる。彼が酷い怪我を負っている、それが直感で分かった瞬間結和は動いていた。
「……良かった……結和を……護れた……」
「……!!」
 何かを言いたい、けれど言葉はもう出てこず、結和は懸命にエメリヤンの治療に徹する。

 あの場に居た者たちは尽く崩落に巻き込まれ、致命傷を負ったものは居ないものの、皆が大なり小なり怪我を負っているようだった。
「あなたたち、大丈夫ですかぁ?」
 エリザベートとミーミル、ヴィオラ、ネラを護ったアルツール一行も、召喚獣を盾にしたことで軽減されたものの怪我を負い治療を受けている。そしてここから離れた場所では、定期的に大きな衝撃と爆音が響いている。
「多分、彼らはどちらかが完全に息絶えるまで戦闘を続けるつもりね。そういう気配を感じたわ」
 エヴァが、崩落の直前にルピナスに襲い掛かった者の様子を思い出しながら呟く。あれもまた一種の『覚悟』を背負った者なのか、ミーミルは綾瀬の言った『覚悟』の意味を思い返していた。
 ――仲間を失う覚悟を――
「……っ、そんな覚悟、出来るわけないじゃないですかっ……!」
 彼女の言葉を否定するように首を振って、ミーミルは羽を広げ飛び出す。
「ああっ、ミーミルぅ!!」
 その動作はあまりに速く、ヴィオラやネラはおろか、エリザベートですら追うことが出来なかった――。


「ッーーーーー!! いやね、力ずくでも止める準備って確かに大切だと思ったよ?
 それにしたってこれはやり過ぎじゃないかなぁ! どんだけ契約者巻き込んでんだよ!」
 瓦礫を取り払って、輝夜が激昂する。拠点全体を崩落に導いた攻撃の強大さは、自分がこのような目に遭ったことで十分理解していた。
「……ルピナス様も……流石にあのような攻撃……行動は……出来ないでしょうか」
 隣のネームレスが話しつつ、自己の修復作業を行う。崩落による影響はネームレスが輝夜を庇う事で対処し、輝夜は多少頭を打った程度の軽傷、ネームレスは身体の半分ほどを失いはしたが修復できるため、今この瞬間行動不能であることを除けば軽いものだった。
「あんだけの攻撃喰らって生きてたらヤバイだろ。エッツェルだって死ぬぞ、アレは」
 今はこの場に居ない――異形の化物と化し、世界の災厄となりつつある――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)を引き合いに出す輝夜。もしここで更なる戦闘音でもしようものなら、それこそ自分達が向かっていっても勝ち目がないだろう。

『――! ――!!』

 その、出来れば聞きたくなかった戦闘音が前方から聞こえてくる。
「……大人しくしてよう、ここは」
「……ええ……」
 今この瞬間だけは、現実を忘れたかった二人であった。