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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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「優のことだからてっきり、ロノウェと一緒に行動するものと思ってたぜ」
 ルピナスの下へ向かう途中、神代 聖夜(かみしろ・せいや)神崎 優(かんざき・ゆう)に言葉をかける。優と聖夜はロノウェと『深緑の回廊』を経て天秤世界に来ていたが、この場では地上での巨大生物掃討とルピナスとの接触という別々の行動を取っていた。
「ロノウェは必ず、地上で巨大生物を抑えてくれる。
 だから俺はルピナスの所へ行く。天秤世界の天秤を傾けない為に、天秤世界にいる種族達と手を取り合い、絆を繋げる為に」
 そう言い切る優からは、ロノウェへの信頼、そして必ず成し遂げるという決意が見て取れた。聖夜も、優がロノウェの事を信頼していることが理解出来たので、それ以上は言葉にせず、「後ろのことは考えるな、思い切りルピナスとぶつかってこい」と口にする。
 優が頷いた所で、道が開け、部屋の中央に位置する少女と複数の契約者が映る。おそらく真ん中の羽を持つ少女がルピナスで、彼女と他の契約者が話をしているのだろうと読めた。
(零……今はどうしているだろうか)
 ふと、優の脳裏にザナドゥに残った神崎 零(かんざき・れい)の事が思い出される。
(必ず、帰って来る。全ての者と解り合い、手を取り合い絆を繋げて)
 決意を新たに、優が進み出、ルピナスに向けて言葉を放つ。
「ルピナス、貴女は何故龍族・鉄族両方の力を取り入れているんだ?
 そしてそれだけの力や能力を持っていて何故、影から暗躍するような行動を取っているんだ?」
「それは簡単なことですわ。どちらの力もわたくしにとって必要だからです。
 表立って行動すれば、もしも両方の種族から全力で狙われたなら、わたくしとて滅ぼされるのみ。彼らの力を把握しているからこその振る舞いですわ」
 ルピナスの回答に、優は先に抱いていた考えの修正を迫られる。優は先に、もしルピナスが両種族のすべてを取り込み、この世界の『富』を狙っているのだとしたらもっと大々的に行動している筈、と考えていた。それに対してルピナスは力の取り込みは狙っているが、自身への力を過信していないように見て取れる。一度に取り込める量に限界があってとか、力以外の何かを得ようとしているわけではないようにも見えた。
 ただ、どうしても聞いておきたいことがあった。それを優は言葉にする。
「俺は貴女が、取り入れる事で相手の事を理解しようとしているようにも思えてくるんだ。貴女の本当の目的は一体何なんだ?」
「……それを聞いて、あなたはどうするつもりですの?」
 ルピナスの問いに、優は真摯な表情と態度でもって語りかける。

「俺の願いはただ一つ。全ての者と解り合い、手を取り合い絆を繋げる事。
 俺は貴女とも、解り合いたい。だから教えてくれないか、貴女の本当の願いを」


「あのっ、急な訪問で申し訳ありませんっ。
 その……ルピナスさんと、お話がしたくて、参りました」
 ルピナスの前に進み出た高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が、緊張を覚えつつ言葉を紡ぐ。
「私は……私の願いは、『皆一緒に幸せに』、なることです。
 その為に、蒼十字の一員として参加させていただいています」
 みんな一緒に、という結和の言葉に、ルピナスが反応を示す。話の取っ掛かりを得た結和が、懸命に、自らの思いを伝えようとする。
 その言葉は決して綺麗なものではなかったが、言葉以上に伝えて来るものがあった。

 ――皆一緒に、それは誰でも変わりなく、ルピナスだってその一人。
 幸せになることが彼女の願いなら、放っておくことはできない。

 世界樹が全ての元凶のように考えているようだけれど、
 たとえばルピナスの『反逆の意思』『幸せになりたいという願い』
 それまでも、世界樹の手の内なのだろうか?

 こころに、自らの願いに嘘をつく事はできない。
 ……きっとどの世界でも、生きている誰もがそうだろう。
 例え世界樹といえど、人の心を操作するなんて事はきっとできない。

 人の思いが重なって絡み合って、世界を作る。
 管理者といえど、全てを操作できるわけではきっとない。
 ……だからこそ、理想論だとわかった上で治療を続けている。
 少しでも、世界を変えていく為に。


「すみません、その、ぐちゃぐちゃで……!」
 言い終えた結和が、自分の言葉の拙さを恥じるように頭を下げる。ルピナスから許しの言葉は降りなくとも、拒絶する言葉がないのをひとまず安堵し、結和は言葉を続ける。
「えっと、上手くは言えないのですが……私も、ルピナスさんが幸せになる、お手伝いをしたいと思っているんです。
 たった一人で、戦わないで……欲しいと」
 胸に手を当て、結和がルピナスに伝える。……自分に出来る事はせいぜい、治療することと話し合うこと。他の人の幸せを崩すような事は出来ない。けれど、一緒に歩んでいく方法を考えていきたい。少しずつでも、歩み寄っていけたらいい。何も出来ないけれど、ルピナスという一人の少女の幸せを願う。そんな馬鹿で愚直な女の子が、ここにいるということを知って欲しい、と。

(結和の言葉は、彼女にはどう届くのだろう。
 僕は今、今度こそは本当に危ないかも、って思ってる。なんだろう、彼女には言ってどうにかなるものじゃない、という恐怖を感じているんだ)
 結和の背中を、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)が心配する眼差しで見る。確かに結和は、そして契約者はこれまで何度も、敵対した者たちに言葉を紡ぎ、共に歩く仲間として迎えて来た。その過程の中で何度も、危険な目に遭いかけた事もある。それでも最後には大丈夫、そんな思いがどこかにはあった。
 けれど、今回は少しばかり違った。大丈夫、その思いが全くないわけではないけれど、ここでは終わらない、という思いもある。
(……でも、結和、君だけは必ず僕が護る。
 それが僕の、『弟』としての僕の務めだから)
 決意を秘めた眼差しの先、結和や他の契約者の言葉を受けたルピナスは、どう反応する――。


(ルピナスの様子は……掴み難いな。契約者の言葉を受け止めているとも取れるが……)
 契約者がルピナスに語りかけるのを、宵一は注意深く見守る。このままルピナスが説得に応じればめでたしめでたし、で終わるが、自身のカンのようなものがそれでは終わらない、と告げているようにも思える。
「どうしまふか? 今の内に罠を仕掛けておきまふか?」
「みゅ! ワタシ達の罠でバッチリ、仕留めちゃうよ〜」

 リイムとコアトーの視線に、宵一は考え込む。ここで下手に刺激しては説得を失敗させてしまうが、もし戦闘になった際に何の対策もなしでは、こちらが一方的にやられてしまう。
「…………リイム、コアトー、罠を配置しろ。絶対に気付かれるなよ」
 小声で宵一は二人に罠の設置を命じ、二人が頷いて行動を開始する。
「ヨルディア、二人の罠の起動を合図に動けるように準備を」
「ええ、心得ましたわ」

 ヨルディアが頷き、装着していたコンピュータを起動させる。これは装着するものの戦闘能力を向上させる機能を有しており、熟練した者が使えばイコンに対しても互角に戦えるまでになるのだという。
(それほどの覚悟でかからなければ、俺達は道を切り開けない)
 覚悟を胸に、宵一が事の次第を見守る――。


 召喚した不滅兵団や他の召喚獣を前衛に置いて一行の盾とする一方で、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)はヴィオラとネラを呼び、『万が一の時』について指示する。
「万が一の時は私達が、命に代えてもお前達を逃がす。二人はミーミルを連れて逃げてくれ」
 『父』であるアルツールの強烈な言葉に、ヴィオラとネラは一瞬何かを言いかけ、しかし思い留まる。アルツールが決して冗談でそのような事を口にしないと分かっていたし、この場はその『万が一』が起きうる可能性を二人も感じていたからこその対応であった。
「お前達が聞き分けの良い子に育ってくれて、私は嬉しいよ」
「……まだまだですよ、私達は」
「せやで。お父ちゃんが居てもらわんとうちは困るわ」
 二人の言葉は、先程のアルツールの言葉に対する精一杯の反論であった。アルツールもそれを理解し、二人の頭を撫でる事で応える。
(無論、座して最悪の事態を待つつもりはない。
 事態を変えうる力は、ただ武力や魔力ばかりではない。言葉の力というのも使い所を弁えれば有効だ)
 二人から離れ、アルツールはソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)と目を合わせて頷き、ルピナスの思考に一石を投じる言葉を放つ。前衛に待機していたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)も三人の言葉を受け、意図を同じくする言葉を見舞う。

「今のままでは、貴様は永遠に幸せになどなれんよ。なぜなら、貴様は孤独だからだ。
 幸せというのはな、他者と喜怒哀楽を分かち合い、あるいは共感を以って初めて感じ取れるものだ。
 しかし今の貴様にとっては、周りは塵芥に等しく恐らく何者とも相容れん。周りにいるのは自分が作った肉人形だけだ。
 これで、どうして幸せなど得ることができようか」

「幸せとは心で、自然と感じるものだ。
 自分がいつ如何なる時が不幸せで、またどんな時が幸せか、を考え感じ取ろうという姿勢が見られない内は、永遠に答えにはたどり着けまいて」

「あなたは自分の何が不幸だったのか、そして幸せになりたいと願った記憶はあっても、恐らくその時の気持ちは忘れてしまっているのね……。
 だから、幸せを願ってもそれに手が届かず気づくこともできない」

「不幸な目にあっても、自分は幸福だったって思ったらそいつは幸せだったってことなんだ。
 ……今の君では分からんだろうなぁ」