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星影さやかな夜に 第三回

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星影さやかな夜に 第三回

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 第三章 「覚悟、此処に在り」

 戦力差は、圧倒的だ。絶望的と言っていい。
 数十の重傷者を抱えた特別警備部隊。三桁に及ぶ構成員に囲まれ、味方の咆哮を凌ぐ銃声が区画を埋め尽くす。音の侵略行為。そう表現しても良いほど断続的に鳴り響く戦音を耳にして、彦星明人は唇を強く噛み締めた。

『落ち着きなさい。今すぐ助けに行きたい気持ちは分かるけど、あなたはあなたでやるべき事があるでしょ』

 携帯越しに諭すような声が明人の耳に届いた。電話の相手はリネン・エルフト(りねん・えるふと)だ。
 激闘の二日間、自分たちを傍で守り、戦い、やるべき事を示してくれたリネンの言葉は明人の心を落ち着かせるには十分だった。

「……すいません」

 小さな声でそう謝ると、リネンは「いいのよ」と返してくれた。
 自分が今、集中すべき事――それは交渉だ。この絶望的な状況を覆すために、奇襲部隊のための時間を稼がなくてはならない。

「僕は僕に出来る事をやって来ます。だから――」
『うん、リュカの事は私たちに任せて』

 一拍おいて、リネンは言った。

『……アルマの代わり、とは言えないけど』

 その名前を聞いた瞬間、明人の携帯を掴む手に思わず力がこもった。
 アルマ・ウェルバ。彼女は彦星家のたったひとりの従者であり、最後までずっと姉として自分を守ってくれた存在だ。
 亡き彼女の事を思うと、胸が苦しくなり、涙が今にも出そうになる。
 それでも――

「……リネンさん」

 明人は込み上げる感情を抑えつつ、話し出した。

「アルマの事ならもう大丈夫です。確かに辛いけど……僕は、アルマのお陰で初めて死を知りました。
 だからこそ、全員に生きて欲しいって思います。生きて、平和な明日を皆で迎えたいと思っています」

 息を吸い込み、力強い声で言い切る。

「だから……僕はもう、大丈夫です」
『……そう、乗り越えたのね』

 リネンの真っ直ぐな賞賛に、明人はこそばゆい感覚に囚われた。
 そして目的地に到着した事に気づき、電話を切ろうとしたが「待って」とリネンに止められる。

『明人……最後に一つ助言よ。ワガママになりなさい』
「ワガママ、ですか……?」
「リュカ以外の人質を気に病む必要はないわ。それはきっと、皆が何とかしてくれる』
「でも……」
『大丈夫よ。私たちはそんなに弱くないから』

 それもそうか、と明人は思った。
 彼女らは自分なんかより遥かに強い。心も体も。それなのに心配などおこがましいにも程がある。
 明人は短く返事して、携帯のボタンを押した。
 前を見る。
 この区画に全く馴染んでいない、高級マンションのような趣味の悪いアジト。番人も何も居ない開けっぴろげの入り口を睨み、大きく息を吐く。

(……くそっ)

 こんなときでも情けなくブルブルと震え出す足。意思とは裏腹、本能による恐怖か。
 明人は膝を掴み、握り潰す勢いで力を込める――が、不意に声をかけられて行動を中止した。

「なーにびびってやがりますか、ひょろ眼鏡」

 自分の事をそんなあだ名で呼ぶ奴なんか一人しかいない。
 明人はため息を吐きながら振り返り、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)を見つめて悪態をつき返す。

「……うっさい、ワン公。君こそびびってんじゃないのか?」
「ハッハッハ、なに言ってやがりますか。この継犬類(サクシード)たる僕がびびるわけねーです」
「ほんとかよ……」
「信じてないのですか? 犬のくせして!」
「僕は狼だ!」
「同じ犬科じゃないですかっ、一緒みてーなもんです!」
「んだとこのワンコロ!」
「やるかこのオオカミ!」

 いつも通りギャーギャーと騒ぐ二人は、ガルルゥ……とこれまたいつも通り睨みあう。
 殺伐な雰囲気からは逸脱したそのやり取りに、しばらくして二人はほぼ同時に口元を緩め、かすかに笑った。

「まったく、最後の最後まで僕は君と何やってんだろ」
「それはこっちの台詞ですよ……ま、これが最後にはならねーですが」

 ポチの助は照れ隠しなのかえっへんと胸を張った。

「僕たちはこの戦いに勝利する。それで明日、また同じように喧嘩を売ってやるですよ」
「……うん、そうだね。明日になったら、また同じように喧嘩を買ってあげるよ」

 不器用な互いへのエール。
 今度は二人共、その言葉の真意を理解してにやりと笑みを浮かべる。

「ひょろ眼鏡の分際で生意気に狼になったんですから……多少認めて明人君と呼んでやりましょう。但し同じ犬科として中途半端な事をやったら許しませんよ?」
「中途半端にはやらないよ。とことん……思いっきりやってくる。ありったけをぶつけてくるさ。君こそ、犬科の先輩としての威厳を見せてくれるよね?」

 二人は右腕をガツンと合わせた。
 最も感情をぶつけ合った相手同士。言葉を取り繕わず、腹の底から言い合える間柄。
 いがみ合い、認め合い、同じ人を好きになった。たった三日間の付き合いだが、この絆は親友と呼べるほどだろう。

「僕の引き立て役になるのですよ、明人君」
「君こそ引き立て役になってよね、ポチくん」

 最後に悪態と笑みを交換し、ポチの助は自分の戦いのためにその場を離れた。
 彼の背中を見送った明人はいつの間にか足の震えが止まっていた事に気づき、苦笑い。

(君のお陰だなんて、口が裂けても言えないけどね)

 腕時計に目を落とす。
 指定された時刻まであと十分。交渉がすぐ其処まで迫っている。
 明人は首にかけたペンダント――交渉の肝である計画の鍵を握りしめた。

(行こう。仲間と明日のために)

 明人は前に進む。
 その足取りに迷いは一切なかった。