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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第1回/全3回)

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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第1回/全3回)

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アイール

 繊月の湖――湖と呼ぶにはいささか大きすぎる巨大な塩湖の南端に位置する湖上の町アイール。美しく青く澄んだ水と地球の地中海地方のような白亜の建造物が立ち並び、観光、保養地としてのあり方を模索している平和な場所だった。だが、今そこには不穏な空気が充満していた。ヒトガタとアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)は巨大な戦艦に搭乗し、すでにこの町を発っていたが、忽然と現れたゴーストイコンの群れと戦艦の中間地点にこの町は位置している。さらに厄介なことにパラ実の校舎であった巨大インテグラルが実験体のインテグラル・スポーンに乗っ取られ、この町へと向かってきているというのである。この校舎――元巨大イレイザーの遺骸――もまた何故かアクリトの艦同様、ゴーストイコンの群れの標的となっており、アクリト艦を追うゴーストイコンの群れの分隊に向かって――、つまりこちらに向かって直進中であるらしい。
 市民や観光客の大部分は万が一の事態に備え、避難を完了していた。そしてアクリトとヒトガタを護るべく、大規模なイコン部隊が迫り来るゴーズトイコンの群れとアクリトの戦艦との間に展開している。また、この美しい町が蹂躙されるには忍びないと動く契約者たちもいた。非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)もその一人である。彼はたまたまパートナー達と創世学園都市に訪れていたときに、アイールに向かうゴーストイコンの群れの話を耳にし、スフィーダ、E.L.A.E.N.A.I.を稼動し駆けつけたのであった。近遠のパートナーの一人、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が、ふわふわの金髪を穏やかな風になびかせ、青空の下鎧戸を下ろした店や人気のなくなった通りを見渡す。
「普段でしたら、観光の皆様でにぎやかなのでしょうに……」
アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が上空を見上げ、頷く。ピンクのツインテールの彼女は無人の街に咲く花のようだ。
「このように美しい場所を破壊だなど、絶対にあってはならないことだと思いますわ。青い空、それを映す湖。
 この夢のような風景をなんといたしましても守るのでございますわ」
イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)も剣を手に重々しく同意した。
「住人は避難しているとはいえ、何の咎もない者達が住み慣れた場所を失うのは許しがたき所存」
「そうですね。保養地でもあるくらいですから、体の弱い方々の憩いの場でもあるはずです。
 そのような場を、ただ通り道だからという理由で破壊してよいわけはありません」
近遠は白銀の髪と赤い瞳の見た目の通り、生まれついて色素が非常に薄く、かつては日差しを避けて生活せねばならなかった。パラミタに来て改善されたものの、かつての己の体の弱さから同じ立場の人々への理解も深いのだ。ともにストークエクスクレーエを駆り、近遠ともども街を守ろうと馳せ参じた瀬乃 和深(せの・かずみ)瀬乃 月琥(せの・つきこ)兄妹も、イコンへの搭乗準備を終え、僚機を見上げる。
「ああ、ゴーストイコンの群れをこのアイールの町に入れるわけにはいかない。
 この街は俺たちで守る!」
月琥が逸る和深に言う。
「私たちはウィッチクラフトライフルと機晶ブレード搭載型ライフルでの後方支援をしようよ。
 アクリトさんの護衛艦からもしかしたらインテグラル・ナイトで出撃して、データ取る人もあるかもだし。
 邪魔になったらいけないよ。それに遠距離からなら戦況の把握も出来るし?」
言っていることは至極尤もなふうではあるが、実は月琥、瘴気をまとうイコンでも現れれば大変なことになるであろうし、近接戦ではサブパイロットといえども常に神経を集中し続けねばならないのが面倒なのである。
「……なるほど、そういう面もあるか。よし、俺らは後方支援でこの街を守ろう」
その意図も知らず、和深は納得してしまったのだった。
「ボクの機体も射撃メインです。近づかれないよう行きます」
近遠が言った。この街の古代魔法研究所から駆けつけてきた東 朱鷺(あずま・とき)第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)も怒りをあらわにして接近してくるイコン群を睨む。
「最近は平和だったんですけどね、ここも……。
 ……もう少しで、新たな古代魔術の復元が出来そうって時に、面倒なお客さんが現れたようで……本当に残念です。
 今本当にノッているところだったのに!」
朱鷺がそこまで言って一旦言葉を切り、はるか向こうに小虫の群れのように見えてきているゴーストイコンの群れを見やり、どすの利いた口調で続けた。
「このウラミ……ハラサデオクベキカ」
普段湖上の城といった風情で佇んでいた魔鎧、シュバルツヴァルドが街の危機とあってその巨躯を動かした。
「我があるからには好き勝手にはさせぬ也。久々に我の出番也。
 ゴーストイコン……相対するのは初めてであるが、食前の運動として相応しい也か?
 さぁさぁ、アイールの街には近づけさせない也!」
「朱鷺は八卦術でこの街を守る」
朱鷺の後方に立ち、すごい目つきで迫りくるゴーストイコンを見つめるシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)。その姉の傍らでリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が両手を投げ出すようにして言う。
「私がイコンにも乗らずなぜ戦場にいるのか? それはフィス姉さんがイコン嫌いだからですっ!
 散々生身での戦闘に付き合わされてますし、もうゴーストイコン相手ならどうにかなるでしょう……多分。
 アルバトロスや翼の靴があっても速度の問題もありますし、撃ちもらされたのを片付けますね。
 アレ相手ならアブソービンググラブが通用しますから、それメインでいきますよ」
和深が月琥を促し、エクスクレーエに搭乗する。
「戦況を一目で見わたせる場所を探そう、随時連絡はお互い絶やさないようにしよう、行くぞ」
「ああ。健闘を祈る」
近遠もパートナーたちを率いて愛機に乗り込んだ。上空に舞い上がり、巡航形態から通常形態に戻す。オペレーター席のイグナがレーダーに映る敵影を確認、各種データを読み上げる。
「敵機の中規模の群れが街の上空を通過する軌道にあることを確認。
 2時の方向から巡航速度で接近中だ。高度はさまざまであるがゆえ、臨機応変な対処が必要とされるであろう」
殺気看破も併用し、死角から接近するゴーストイコンがないかの警戒にも当たる。アルティアが作戦メンバーたちにむけチャネルを開く。
「こちらはE.L.A.E.N.A.I.でございます。ただいまより当機は交戦に入るかと存じます。
 防御部隊の皆様、どうぞご警戒なさって下さいませ、サポートの方々もよろしくお願いいたします」
E.L.A.E.N.A.I.が大きく旋回しながら、中距離よりツインレーザーライフルで敵を狙う。ゴーストイコンが3機、一気に加速しエクスクレーエへと突っ込んでくる。近遠は行動予測でその動きをつぶさに読み取り、高速機動、回避上昇を併用しながら敵の攻撃を回避する。火器担当のユーリカがレーザーライフルで追ってくる敵を狙う。
「一応、護身用の白兵武器も在るけれど……使わないに越した事はありませんわね」
エネルギー残量にも気を配りつつ、急所狙いで迫るゴーストイコンに向かって射撃を行う。追ってきていた敵はレーザーに貫かれ、爆炎を上げて四散する。空中を舞う巨大な鳥のように滑らかに自由な動きでE.L.A.E.N.A.I.は旋回し、あるいは急上昇、下降を行って敵を翻弄し、本隊から引き離して屠ってゆく。
「なかなかやるな」
ウィッチクラフトライフルによる遠距離からけん制射撃を行っていた和深が言う。街の郊外を拠点とし、近遠の補佐を行うべく彼らの機体より街よりの位置で哨戒に当たるエクスクレーエ。E.L.A.E.N.A.I.が大きく空中にループを描きながら敵機の後方を取る。追撃してきた別のゴーストイコン2機が近遠の機体に迫る。イグナが叫ぶ。
「近遠、後方から別の敵機が急接近中だ!」
「邪魔者は任せとけ。アンタは今追ってる機体に集中してくれ」
エクスクレーエの和深が通信機に向かって叫び、即座にE.L.A.E.N.A.I.を追随するゴーストイコンに狙いをつける。
「てめーらはこれでも食らえっ!」
ウィッチクラフトライフルの光弾が連続して発射され、ゴーストイコン2機は爆炎に変わった。
「サポートありがとうございました!」
アルティアの丁寧な口調が通信機から流れてくる。
「ドンパチが始まりましたね」
朱鷺が:八卦術・壱式【乾】を展開し、防御の陣を張る。続いて八卦術・弐式【坤】を使う。朱鷺の髪が黄金の輝きに包まれ、炎のように揺らいだ。
「いつでもいらっしゃい、朱鷺が相手になりましょう」
地面すれすれを飛行してきたゴーストイコンに向け、八卦術・八式【兌】を詠じる。空中ににじみが生じ、玄武、白虎、青龍、朱雀、麒麟の5体の小型の神獣が召喚された。
「行きなさい」
5体の神獣はその力を全て結び合わせ、突っ込んできたゴーストイコンの頭部めがけて光弾を放った。白い光がイコン頭部で炸裂し、中枢を失った機体はそのまま前のめりに倒れ、動かなくなる。
「やっぱり低空のはいくらか来ちゃうのね」
リカインが朱鷺に言った。
「そうですね。まあ、そのために待機しているのですから」
「そうね」
リカインが舞い上がり、やってきた2機にアブソービンググラブを使い、動きを鈍らせる。ついで咆哮とレゾナント・ハイを併用し、殴り飛ばす。強い衝撃を受け、大きく吹っ飛ぶ2機を待ち構えていたのは冷たい笑みを張り付かせたシルフィスティだ。
「ゴーストだろうが元インテグラルだろうがイコンはイコン、全て滅ぶべし!!!」
シルフィスティはポイントシフトで移動、レーザーブレードで吹っ飛ばされてきたゴーストイコンの手足を切り落とす。
「だるまの出来上がりよッ!」
「油断は大敵也」
シュバルツヴァルドがその横手から出現したゴーストイコンめがけ、昂狂剣ブールダルギルを金剛力をこめて叩き斬る。ボシュッというような異音と共に、ゴーストイコンの胴体が白煙を上げて上下に分かれ、大地に落ちる。新手に向かってシルフィスティが切り込んでゆき、頭部にレーザーブレードを突き立てた。
「そのあったかいアタマに風穴を開けてあげるわ!」
その傍で飛び回っているリカインが姉を見て懸念のうめき声を上げた。
「……悪い病気が出たわね」
2機のイコンと4人の契約者たちを中心にできたアイールの街とアクリト艦との間の防壁が街を護り続けていた。まもなくアクリトの艦がアイールから十分に離れたとの連絡があり、それを機に飛来するゴーストイコンは姿を消した。守備隊は警戒は続けながらもひと時の休憩を取る。
「……他にパラ実の校舎も迫っているとかおっしゃっていましたわね」
ユーリカが呟く。
「そのように聞いている也」
シュバルツヴァルドが巨大な体躯をゆすって頷いた。
「楽しいイコン狩りを邪魔してくれるわけね。うふふ、考えがあるわ!」
シルフィスティの言葉にまた何かやらかすのではと頭を抱えるリカイン。一難去ってまた一難。まだまだアイールの街の警戒態勢は続くようだ。