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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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3:半魚人たち



「規模としては小さい都市なのね」
「海中に拓かれてるんだ。当然と言えば当然だな」
 都市の上空から見下ろしながら、ルカルカが呟くのにダリルが頷いた。全体像を確認しに、魔法で上昇したのだ。だが、都市を覆っている空気の膜の範囲は思いの外狭く、身長の三杯程度の高さまでが限界のようだった。 それよりも何倍もの高さがあり、海上まで浮上している神殿で息が出来ているのは、どうやら例外であるらしい。そう口にした傍から「いや……そうじゃないのか」とダリルは首を捻った。
「当時の状況が再現されている、ということは、まだ本来の結界の状態ではない、と考えた方が良さそうだな……」
「そう……っ!?」
 なるほど、と言いかけた所で、ルカルカは咄嗟にダリルの腕を引いて身を捻った。その眼前を、槍の穂先が通り抜けていく。そう、ここの遺跡は海中にあり、天井は空ではなく空気の膜で隔てただけの、半魚人たちのテリトリーの中なのだ。接近してきた敵を排除しようとしたのだろう、数体の半魚人の槍が次々とルカルカ達を狙った。
「雑魚だが、地の利があちらにありすぎるな」
 ダリルが舌打ちしたのにあわせて、ルカルカは「そうね」と眉を寄せた。
「一旦降りましょう。飛び降りてくるつもりはないようだし」


 そうして、二人が一旦地上に降りようとしていた頃。
 地上でも半魚人たちが契約者を待ち受けていた。

「前方から五体ひと組で四チーム……後続は不明、と思ったより数が多いわね」
 神殿の正面、門を潜って直ぐの所で、、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は呟くと、半魚人を引き受けることにしたメンバーを振り返った。
「あっちはどうも、戦る気満々って感じだけど、本当にやるの?」
 訊ねたのは、鉄心や赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)達、半魚人たちにコンタクトを取ると言い出した面々に対してだ。特に鉄心はスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)と共に、散開前のミーティングでも言った通り、彼らから情報を取る必要性を説いた。それに一定の理解があるからこそ、他の面々もひとまずの前線を任せたのだが、セレンフィリティはまだ少し難しい顔だ。どうやらつい先程まで神殿以外は完全に海に浸かっていたらしく、空気の膜に覆われている今も足元は水浸しとなっている場所が多い上、周り瓦礫だらけで全体像は把握できない。その上、刻一刻と地形が変わっていくに等しい状況で手控えするのは、後方の鈴が適時経路を指示してくれるとはいえ、あまりに危険だ。
「コミュニケーションは良いけど、安全が第一よ」
 念を押すセレンフィリティに、鉄心が頷いた。
「これは一万年も前に終わった戦い……のはずだ」
 鉄心の言葉に、霜月も頷いて続ける。
「避けられる戦いなら、無駄な犠牲を出す必要は無いですから」
「それに、情報は必要でしょ?」
 リナリエッタもにこりと笑い、どうやっても決心は変わらないらしい、とセレンフィリティは肩を竦めると、直ぐに気を引き締めて目を細めた。その目が戦場を分析し、向かうべき敵と対応とを頭の中に組み立てていく。
「それじゃ、行くわよ」
 そして、その声を合図に、先ずセレンフィリティと辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)、そして遠野 歌菜(とおの・かな)が飛び出した。
セレンフィリティと、アルティメットフォームで魔法少女マジカル☆カナへと変身した歌菜の姿に、半魚人たちの注意が一斉に向けられる中、すっとその後ろから影のように滑り出た刹那の痺れ粉が半魚人たちに襲いかかった。一瞬の戦闘不能状態へ陥った半魚人たちの前へ、鉄心に庇われながらティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が近寄った。
「お怪我をさせたいわけでは無いですの。その……大人しくして欲しいんですの」
 イコナが懸命に話しかけてみたが、半魚人たちの敵意は変わらず、痺れる身体で尚も襲ってこようとするのを、鉄心がぐっ手近で最も体躯の大きな半魚人の頭を押えて留めさせた。その圧力に、敵う相手ではないということぐらいは察するのか、ギィ、と意味不明な怯えた鳴き声のようなものを漏らす。それを、心の安らぐ天使のレクイエムでなんとか宥めすかしながら、ティーは恐る恐る鉄心の押さえ込んだ半魚人へと手を伸ばした。
「さ、さんちゃんの仲間だと思えば……うさ!」
 下半身はトカゲ、上体は魚といった風情の、余り直視したくは無いあからさまな程の異形に、おっかなびっくりながら、ティーはひたとその手を触れさせて、その心を覗き込む。だが、それも直ぐに、弾かれるようにびくりとその身体が強張り、割り込んだセレンフィリティと鉄心の一撃が、その巨体を地面へと叩き伏せた。
「大丈夫か」
「……何だか、変です。悪意しかない生き物……みたいな」
 鉄心の問いに、ティーは軽く青ざめながらも頷いて続ける。
「自分の意思とかは……無いみたいです。でも何か誘導してる……「主が」と、いう思念が、見えました」
「意思が無く、何かの手駒として襲ってくる、となればコミュニケーションをとるのは難しそうですね」
 霜月が複雑な顔をしながら、武器を構えた。
「動物よりも、性質が悪そうです」
「しょーがないわね」
 取り落とした半魚人の武器を拾っていたリナリエッタもそれに倣い、それぞれが自分の武器を構えると、セレンフィリティが前へ出る。
「それじゃあ、倒すべき敵だと判った以上、全力で排除するとしましょうか……!」


 一斉と共に、斥候役として先を往くセレンフィリティが、地理とその配置を全員へと知らせるのにあわせ、歌菜も月崎 羽純(つきざき・はすみ)と共に前へ出る。遠慮がいらないとわかった以上、調査を行う者達のためにも、できるだけ多くの敵を倒しておく必要がある。
「貴方達の相手は、私達がします!」
 宣言と共に先手必勝、群れの固まっている場所を目掛けて、歌によって紡ぎだされた無数の槍を降らせた。間隙なく降り注いだ槍の雨は半魚人たちを貫き、あるいは侵攻を阻む。その横を通り過ぎたのは風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。いまだあちこちへ空気のなかった時点の名残である水溜りを線とし、点となる部分に『稲妻の札』を貼り付けながら走る望に、ノートは首を傾げた。
「なんですの、今度は何を企んでますの?」
「企んでいるとは失礼な。立派な作戦です」
 それだけ言って説明もしようとしない望だったが、ノートもそんな態度はなれたもの、と言うより聞いてもどうせ判らないだろうとさっさと割り切ってしまうと、それならば、とばかり勢い良く半魚人の懐へ飛び込んだ。その勢いのまま、一刀、そして両断。
「――素早いと言ってもこの程度。相手になりませんわね」
 瞬く間に二体を屠って、ノートは軽く目を細めた。
「そういうちまちましたことはお任せしますわ。私は血路を開くといたしましょう!」
 そのまま半魚人たちを引き連れる形の望に意図を悟って、歌菜と羽純も頷いて身を翻し、二人とは逆方向で盛大に歌の雨を降らせた。
「こちらは、私達が引き受けます!」
 そうして、二者が分かれてそれぞれの方向へと半魚人達を引き連れていく中で、追い討ちを担ったのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。
「一番手っ取り早い方法はあるけど、流石に威力が大きすぎよね」
 適当に一匹二匹アブソービンググラブで捕まえて、その分のエネルギーも使っての滅技・龍気砲……を一瞬考えたが、復元を始めているとは言え、いまだ瓦礫の部分も多いのだ。そこへそんな大技を使えばどうなるか、考えるまでも無い。当時の状況を復元している、とはいえ、破壊したものが復元されるかどうかも定かでは無いし、どんな影響が出るか判らない以上、無茶をするのは得策では無いだろう。
「と、なれば……実験も兼ねさせてもらおうかしら」
 呟き、リカインのワールドメーカーの力、夢想の宴が紡ぎだした物語は、超獣……それも、過去イルミンスールを狙って皆を苦しめた、身体の殆どを邪悪な黒へと染めた巨大なサンショウウオ形態の襲ってくる光景だった。その全体像は流石に巨大すぎて再現しきれず、その巨体の殆どは水中を漂っている風情だが、その身体から伸びる無数の触手のような手が、天井から生えるようにして迫ってくるのだから、これを不気味と言わずしてなんと言えば良いだろうか。かつてその姿を目の当たりにしたことがあるはずの調査団の面々まで、ひ、と喉を鳴らす。半魚人たちも、見たことの無い巨体とそのゼリーのような不気味な腕に恐れをなしたのか動きが鈍り、そこへと超獣の腕がずるずると伸びた。流石に一撃で倒せはしないようだが、これだけの腕の数だ。群れまるごとを飲み込むように襲い掛かる超獣の腕に、半魚人たちが攻めあぐねて踵を返し、他の敵――歌菜や望の方へと分かれて向かった。
「敵としては厄介だったけど……こうなると、結構便利でかわいげがあるかしら?」
 そんな呟きを漏らして、再現された超獣の腹を見上げたが、この不気味かつ恐ろしい姿にそう思うのは恐らく、少なくともこの場ではリカインだけであったろう。
 そうしてリカインが立ち塞がる間に、残った雑魚が此方に襲ってこないようにと、霜月は先を急ぐ調査団たちの殿へとついた。目ざとく追いかけてくる者もあるが、知能のさほど高くないのが幸いし、殆どは駆け出していった者達の方に誘い出されているため、追い払う程度でことは足りる。捉えても戦意を失わせようとしても効果が薄いとなれば必然、倒してしまうほか無いのは残念ではあったが、何事にも優先順位がある。霜月は切り替えて、その刀を躊躇いなく振るった。
「後方、問題ありません」
『囮役両名の位置補足。迂回路を確認を避難経路と合わせて送信します』
 大通りから横道に入り、西側に調査班を守りながら、逐一更新されるデータが良玉から流れて来るのを確認すると、曲がり角と言う嫌な死角に目を凝らしたセレンフィリティは、安全を確認して手を上げた。
「クリア、行って」
 その合図で、調査班が先を急ぐのを、霜月と共にガードしながら、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は目の前で映像が揺れるような奇妙な感覚を味わっていた。
 自分の前を行くパートナーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)。何時ものように弾幕を張ってサポートし、その剣が一撃で半魚人たちを倒していくのをいつも見ていた。
(……何時も?)
 いや、そんな筈はない。恐らく夢で見た光景がだぶったからそう思うのだ、と丈二は首を振った。その証拠に、彼らの弱点は夢で見た通りで、頭を落とすか腹の真ん中にある心臓を突く。火花に弱くて、すぐに怯む。夢と同じなら、今回も彼らは容易く蹴散らされ、自分達は勝利に沸く。今日も凱旋し都市の皆を安心させられる。
(夢と同じなら、最後には負ける……でもそれは半魚人ではないはず、何に?)
 ぐるぐると思考に何かが混ざり込んでくる不可解な感覚はゆっくりとだが確実に強くなっている。それ故かどうか、一体を沈めたばかりのヒルダに、影から襲いかかろとした半魚人に銃口を向けながら、丈二は無意識に叫んでいた。
「アジエスタ、右!」
 その言葉に、投げかけられたヒルダも、叫んだ丈二も驚きに目を見開いた。
(今、自分は何を言った?)
 幸いに、半魚人は霜月が気がついて間に入って事なきを得たが、ただならぬ丈二への違和感に、ヒルダは強い困惑に首を傾げた。
「丈二?」
 その声に、丈二は首を振る。
『アジエスタ、戦場で迷いは持ち込まないで。今は彼女の事は忘れて』
「ヒルダ、戦場で迷いは禁物であります。今は彼女…いや敵に集中してください」
  ヒルダの上に被る、茜色の髪をした戦士。その人に話しかけるように、自分のもののようで、そうではない声が頭の中に反響する。境目が曖昧になりそうなその感覚を、もう一度首を振って振り切り、丈二は手元の銃を握り直した。
 そのあとは、連携も言動も普段どおりだったが、両者の中に生まれた疑問は拭えそうに無い。重なっていく光景が気を抜けば今の光景まで飲み込みそうなのを、丈二は軽く眉を寄せて堪える。
(丈二、アジエ……って誰?)
 そんな丈二の横顔を、ヒルダは訝しげに眺めたのだった。




『「1メートル先で左折してください。都合のよさそうな袋小路に出ますわ』
「了解」
 同じ頃、調査班から距離を取った羽純は、鈴からの指示に「歌菜」と声をかけた。
「左折して迎え撃つ。いけるか?」
「勿論っ」
 応えると同時、2人は揃って角へと飛び込んだ。遺跡の地理には一日の長があるからだろうか。半魚人たちは二人を追い詰める好機とばかりに一斉に飛び込んだが、好機はどちらにとってだったのか、彼らはすぐにその身で味わうことなった。まるで檻のように、羽純のアブソリュートゼロが退路を塞ぎ、歌菜と半魚人たちの間を盾のように阻む。半魚人たちが慌てたような素振りを見せたが、もう遅い。
「お聴きなさい。これが貴方たちの最期の歌よ!」
 開幕の合図のように一声。続いてまさにその通りに、歌菜の歌そのものが、半魚人たちに向けて降り注いだ。雨のようにその身を打つ魔力の篭った歌が次々と半魚人達を戦闘不能に落としていき、辛うじてそれを耐え切った大型の半魚人は、薔薇一閃――二人の槍の前が生み出す、赤い閃きの前にことごとく地に付していく。群れを殲滅し終えた歌菜は、羽純の手を取って頷いた。
「羽純くん、調査団の人たちは?」
「大丈夫だ、今の所半魚人たちとの接触はないらしい」
 だが、まだこれが終ったわけではないだろう。第二段が襲ってこないとも限らない。再度頷いて、二人は残る半魚人達を殲滅すべく、駆け出したのだった。


「まだですの、望!あちらに先を越されたようですわよ!」
 同じ頃、丁度都市の逆サイドを駆けていたノートが、歌菜達の攻撃を遠目に声を上げた。だがせっつくようなノートに対して望の態度は何時もの通りだ。ここに至るまで
「首尾は上々、後は……」
 言いかけた所で、目当てのポイントを見つけ、望は薄く口元を笑みにする。
「舞台だけです。あそこまでの道を開いて下さいお嬢様」
「人使いが荒いことですわねっ!」
 文句は言いつつも、ノートの剣は立ちはだかった半魚人達を蹴散らし、二人は飛び込むようにして開けた場所へと飛び込んだ。公園か、或いはこの場所に住んでいた貴族の庭園か。美しい円を描く広場の中央まで走りこんだ二人を、追いかけ来た半魚人たちの群れが取り囲む。
「それで……どうしますの。囲まれましたわよ!?」
「こう……するんです!」
 ノートの緊迫する声に、望は半魚人たちに向けて電撃を放った。周囲に激しい火花が散り半魚人達に襲い掛かる。が。
「それだけじゃありませんよ」
 望の口元が少し引きあがる。と同時「それ」は起こった。地面に落ちた雷は海水の水溜りを走り、その端に張られた稲妻の札を起動させて、近くにある別の水溜りへと雷を落とす。結果、点と点を結ぶように、或いはドミノを倒すように、弾けた稲妻が重なって周囲を雷の檻のごとく撒き散らされた。縦横無尽に走った雷は通りを抜け、広場を奔り、取り囲んだ半魚人達を飲み込んで弾ける。
「出来れば市街地全てを網羅するように走らせて見たかったんですけどね」
 手持ちの札には限界があるため、それは敵わなかったが、その壮観な光景に望は満足げに目を細めた。そんな望に「ちょっと、何考えてますのよ!」とノートが噛み付いた。
「危うくわたくしまで巻き込まれる所でしたわよ!?」
「ああ、そういえば味方に連絡とかしてませんでしたっけかね?」
 しれっと返す望だったが、調査に向かった者達へ影響は無い。というかあったら大事である。ともあれ、四方を囲むような電撃に逃げることも敵わず、雷に打たれ、或いはその火花で焼ききられてばたばたと半魚人たちが倒れていくのに、望は「どれだけすばしっこくても、周辺ごとの攻撃では避けようがありませんでしょう?」とにっこりと笑う。その横顔に、ノートは思わず息をついた。
「上手くいったから良かったものの……失敗したらどうするつもりでしたの?」
 ぎろりとノートが睨みつけるが、やはりしれっとした顔で「判っていませんね」と望は肩を竦めた。
「大掛かりなトラップというのは、効率とか成功失敗とかそういうものではなく、起動した時の達成感が醍醐味なんですよ」
 そう言った望の顔は、言葉の通り発動した瞬間からきらきらしっぱなしである。ノートは嫌そうに顔を顰めたが、中々しぶとい半魚人が、一体と、騒ぎを聞きつけたのか、残党が遠くから近付いてくるのが見えて、構えを正した。
「この件は帰ったら、きっちりかっちり、話し合いますからね!!」
 今はこの状況を終えるのが先、と正論を口にするノートに、望も肩を竦めると、龍銃ヴィシャスを構え直した。
 
「では、まぁ、残業タイムといきますか」