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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第二十章:勇者はつらいよ


 
 一方、その頃。
 分校近くの小さな町に、怪しい集団が姿を現していた。
 大型バイクに乗り、凶器を手にしたモヒカンたち。この辺りではよく見かける連中の格好だ。だが、彼らは、ただのパラ実モヒカンではなかった。よく訓練された傭兵団のような動きと全身から放つ敵意むき出しの殺気。数十人の大所帯からなる物騒な男たちだ。
 彼らは、標準的なパラ実のモヒカンではなかった。
「名前を売り出すチャンスだぜ。俺たち、プロ・テロリスト集団“スネイニー・キッズ”の恐怖を裏社会に見せつけ、お得意様を確保するんだ」
 重武装したモヒカン風の男たちが、バイクを発進させ街中へと向かっていった。
 自称、プロ・テロリスト集団“スネイニー・キッズ”は、今回の訓練の障害として雇われていた。生徒たちに緊張感を持たせるため、襲撃者が必要だったのだ。雇い主は、悪の組織ではなく、極西分校の教師一同である。
 訓練中に町を破壊する役で、まあテロリストなら災害発生時にモヒカンに混ざって紛らわしく攻撃してくるんじゃね? などとそれっぽく考えて設定されていたため、パラ実生の格好に扮している。適当に暴れまわった後、街を守る生徒たちに撃退されて捨て台詞を吐いて去っていく、陳腐な敵役を演じるよう依頼を受けていた。
「下っ端劇団員並みの安いギャラで汚れ役をやらせるつもりらしいが、そうはいかねぇ。俺たちは、仕事熱心のテロリスト集団なんだぜ」
 一人が、邪悪な笑みを浮かべた。訓練のシナリオどおりに行動する依頼を受けているが、本心では従うつもりはなかった。結成して日の浅い駆け出し(?)テロリスト達と見なしてもらっては困る。今後のことも考えて、本物の悪の依頼主を探していた。彼らの極悪な活躍をアピールするには絶好の機会なのだ。
「野郎ども! 弾代は全額雇い主持ちだ! 構わねぇから、遠慮なく全弾ぶちこめ!」
 ドドドドドド!
 彼らはバイクを操り街中で暴れ始める。多くのスタンダード・パラ実モヒカンたちが好む原始的な武器ではなく、企業から提供された新型の銃器を装備している。油断していると、甚大な被害が出そうだった。この周辺の街を警備する役割についている生徒たちは、あまり強力な契約者がいなかった。訓練だと油断していたため、あっというまに甚大な被害を受けて壊滅寸前だ。残った生徒たちに戦いなれしたモヒカンはいなく、戸惑っている。周囲はこのまま荒らされてしまうのだろうか。
「や、やめろ……。ぐあああっっ!」
 彼らを雇った分校教師たちの誤算の一つは、性善説で他人を判断してしまったことである。
 根っからの悪人なんて、いるはずがない。社会や恵まれない境遇が悪いだけで、彼らに罪はない。人はきっと更正できる。などなど。教師という人種はついつい考えてしまいがちだ。それは、パラ実教師たちも例外ではなかった。
 報酬を払い約束をしたのだから、生徒の訓練のために頑張って手伝ってくれるはず。教師たちはそう考えて依頼したのだ。スネイニー・キッズのテロリスト達は、それを逆手にとって本当に大被害をもたらすつもりであった。
「防災担当の強力な援軍の到着は、もうしばらくかかりそうですね。人知れずこっそりと消えてもらったほうがいいんじゃないでしょうか」
 訓練の様子を上空から見ていたアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)は、そう報告してきた。
 機晶姫のアニマは、迷彩塗装で夜間迷彩を施した【ミルバス】に乗って、防災訓練をしている現場の上空を巡回していた。
 訓練中は、機晶石の力は使えなかったはずでは? 
 その条件は、訓練生にみに当てはまる。彼女らは、分校の行事を妨害する危険分子を密かに排除するために、駆けつけてくれたのだ。ヒャッハー! しようとしているテロリストたちを、ヒャッハー! するお仕事だ。
 訓練に適度の緊張感は必要だが、敵は本物だ。放っておくと街の住人たちからも無用の怪我人が出る恐れがある。テロリストたちは、訓練の演出に協力してくれるわけではないのだ。
「データベースによると、“スネイニー・キッズ”とやら名乗るチンピラどもは、 その名の通りテロ活動を生業としており、報酬次第でいつでもどこでもテロをするからプロ・テロリストらしい。名前を売り出したがっている新興勢力じゃな」
 アニマと共同で付近の様子を監視していたアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)も答える。彼女もまた防災訓練が安全に適正に進行するよう、バックアップ役を受け持っていた。訓練の邪魔にならないよう極西分校の外れに止めてある装輪装甲通信車内で待機しながら、アニマからの情報を基に積み込んだ情報機材を駆使して素早く敵を分析する。
「奴らに思想信条は無く、特定の勢力に仕えることもなく、カネさえもらえるなら懲役もいとわない。メンバーの多くが軍人崩れで、軍隊から脱落したとはいえ、かなり戦いなれている。町を壊滅させることくらい平気でやってのけ、良心も痛まない悪辣なならず者たちじゃよ」
 通信と情報を担当するアレーティアは、すでに敵の正体と動きを捉えていた。テロ集団は、街中で派手に発砲を始めている。本来なら、訓練生たちが戦うべき相手だが、どうする? と彼女は尋ねる。
「落ちこぼれ軍人どもが暴れてんのか? 野性的なパラ実生と違って、一応正規の訓練を受けてきてるから、一般生徒たちが応戦するには危険な相手だな」
 離れたところで報告を聞いていた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、こっそりと敵に接近していた。訓練に乗じて暴れてやろうと考えている連中の存在は聞いて知っている。パラ実生たちは、曲がりなりにも真面目に訓練をしようとしているのだ。邪魔する敵を葬り去るのに容赦はない。
「問題を起こして追放された軍人は、指名手配扱いだよな。こちらで勝手に“処分”しても構わないということだろ」
  真司は、アレーティアに確認する。
 金団長も、代王も軍内の一部のお荷物には頭が痛いところだろう。彼らの統率力に疑問符がつくわけではない。軍が力を持つ大きな組織である以上、どこかに歪が生じるのは仕方のない。どれほど内規をひきしめようとも、おかしなのは出てくるものだ。秩序を乱し大きな問題を起こして追放された軍人たちが大荒野へと流れてきて徒党を組み、パラ実モヒカン並に悪さをしているという噂も聞いたことがある。連中は、そんな手合いのようだった。
(街の人たちが、家に閉じこもっている内に、片付けてしまいまおう)
 反対側の物陰からは、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が敵に迫っていた。挟み撃ちで、あっという間に始末できるだろう。
 リーラも視線だけでうなずき返してくる。
「町をまるごと火の海にしてやるぜ!」
「そうはさせん」
 真司は、暴れ狂う“スネイニー・キッズ”の背後に出現していた。
【ポイントシフト】と【パーソナルスラスターパック】による高速移動で一気に目標に接近したため、敵にはまったく気づかれていない。【陽炎の印】で剣状に具現化したエネルギーソードで斬りかかる。
「ぐあああああっっ!?」
 テロリストの何人かは、受身すら取れず吹っ飛んで動かなくなった。だが、そこは腐っても元軍人の集団だ。すぐに体勢を立て直して反撃してくる。
「最新武器の威力を見せてやるぜ!」
 プロ・テロリスト集団“スネイニー・キッズ”は、小型の機関銃のような砲撃を連射してきた。軽量で扱いやすく改良された性能のいい武器のようで、防御のために展開した【アブソリュート・ゼロ】越しに威力がわかる。
「訓練生たちが油断して近づいていたら、大きな被害に遭っていたところね」
 リーラは、特製のドラゴン装備で攻撃を繰り出していた。両腕を【ドラゴニッククロウ】に変化させ、スキル【シャドウリム】で自分の影から己の分身を生み出していた。真司に気をとられていたテロリスト達の虚をついて、分身と一緒に【死の舞踏】で踊るように連携攻撃を仕掛けていく。
「やってくれるじゃねえか。だが、甘く見てもらっちゃ困るぜ」
 テロリストたちはダメージを受けても怯んだ様子はなかった。真司とリーラの双方の攻撃に対応できるよう、背中合わせに密集し防御姿勢をとった。力をあわせながら、反撃の隙を狙っている。ここで強いところを見せておかないと、誰も雇ってくれなくなる。悪の力を利用したいと考える人物は必ずいて、どこかから彼らの戦いぶりを見ているはずなのだ。高額のギャラが懸かっているのだ。
「家には、11人の子供が腹をすかせて待っているんだ。お父さんはお仕事頑張るぞ!」
「俺なんか、病気の娘がいるもんね。実家に仕送りもしないといけないし、まとまった金がいるんだよ!」
「風俗嬢に貢ぎたいからカネがいるんだ! もう少しで落ちるんだよ! 頼むよ、勝たせてくれよ!」
 スネイニー・キッズのメンバーは口々に勝手なことを言いながら攻撃してきた。
「嘘くせー。本当だとしても、あほか」
 真司は戯言に付き合うつもりもなく、エネルギーソードを振るった。数は多いが、一人一人、確実に応戦すれば殲滅できない相手ではない。
 敵は次々と挑みかかってくる。
「くくく、俺様は、軍にいたときにはナイフ使いの悪魔と呼ばれて……、ぐはぁ!」
【ウェポンマスタリー】で正面から接近戦を挑んできた軍用ナイフのエキスパートは、その妙技を魅せる事もなくエネルギーソードの餌食となった。
「僕は、戦場のピッチャー! 手榴弾を投げさせたら部隊では右に出るものはいなかったんだ!」
「暴力行為で退場だ」
 真司はピッチャーに退場を命じた。攻撃が炸裂する。
「ぐぁっ、まさかのサヨナラホームランっ!」
 手榴弾投げの達人は、【とどめの一撃】スキルを練り上げた投法で、手榴弾を敵にデッドボールさせて爆砕することを得意としていたが、コントロールの良さを披露することなく投手生命を終えることになった。
「小僧どもが、軍人の真の恐ろしさを知らないらしいな! 会計課所属だった俺の脅威を思い知らせてやるぜ。軍のカネは俺のカネ! 帳簿を改ざんしてカラ伝票を切りまくって経費を着服してやるんだぜ!」
「国民の税金返せ、コラ!」
 横領犯は、真司の怒りの攻撃を受け、二度と経費をちょろまかすことのできない身体になった。
「こいつの隠し口座から、不正な預金を全部引き下ろして、あるべきところへ全額返済しておいたぞ」
 アレーティアは、戦況を見守りながら、淡々と事後処理を済ませていた。
「死んだな、お前ら。俺の兵器は、自分自身の肉体なんだぜ。俺の鋼鉄の拳で地獄に落ちるがいい!」
 女の取り合いで上官を殴って軍をクビになった屈強な戦士が挑んできた。大口を叩くだけのことはあり【グラップラー】クラスを習得してる。しかし、弱い敵には滅法強い肉体兵器は、リーラには通用しなかった。【堕冥殺】、【一刀両断】のスキルなどをくらい、彼は荒野にノックアウトされた。
「わ、わかった。話し合おう。袖の下を渡すから、ここは退いてくれ。いくらだ、いくら欲しい?」
 不利な状況を察したテロリストの一人が、小切手を手に媚びた笑顔で提案してくる。かつては、【根回し】に精通しており賄賂で敵国の高官を寝返らせたこともある裏工作の名手だった男だ。
「あんたもおカネの不正で軍を辞めることになったのね」
 リーラは呆れた口調で賄賂を拒否した。体内から呼び出していた竜で、袖の下野郎を使い物にならなくした。
「ちなみに、その時寝返ったのが俺。彼の接待は最高だったのに、なんてことをしてくれるんだ!」
 賄賂軍人と朋友の契りを結んだ元高官が仇討ちのために【ランスバレスト】で突撃してきた。賄賂の絆は、親兄弟の血のつながりより濃いのだ、と一本気なポリシーを持った男だ。
「その技と忠誠心をなぜ正義のために使わなかった!?」
 真司は慈悲を持って悪に染まった【ナイト】を荒野の土へと返してやった。次に生まれ変わる時には、いい騎士になってほしいと思う。
「少しはやるようだな。だが、純粋な戦闘力だけでは、勝敗が決まらないのが戦場の掟だ!」
 元シャンバラ教導団の軍人で、流言卑語のエキスパートが反撃してくる。【情報攪乱】でありもしないデマや偽情報を操り敵軍を混乱させることも効果的だと知っている男だ。
「恐ろしい事実を教えてやろう。金団長は、実はヅラ! シークレットシューズも履いている!」
「お前さ、よく教導団の団員たちに殺されなかったな」
 感心した真司は、教導団に代わって処分しておくことにした。下らなすぎて誰にも相手にされなかったのだろうか。
「っつーかさ、名前つきで登場したのに駄目すぎだろこいつら。少しでもまともに戦いたかったら、せめて最新鋭戦車でも何でも持って来いよ。なんてな」
 その台詞が誘い水になったわけでもなかろうが。
「気をつけてください! 戦車が迫ってきていますよ!」
 上空から監視していたアニマの報告が聞こえてきた。
 その言葉が終わるより先に、ドドドドーーン! と砲撃の音が響いた。火薬式の多連装ミサイルが狙い過たずに真司たちの足元に着弾し爆発していたのだ。
 もうもうと立ち込める弾幕の向こうから、キュラキュラとキャタピラ音を立てて20機以上の戦車部隊が姿を現した。
「町を防衛しようなど、愚かなこと。スネイニー・キッズなど、テロリストとしては最弱よ。我々が来たからには、民衆は破壊と絶望の渦に飲み込まれるだけだ」
「今度は何なのよ?」
 龍鱗化で防御していたリーラは、半眼で敵を見やった。スネイニー・キッズは彼女らの攻撃で混乱状態だが、新たなテロリストたちが応援に駆けつけてきたのだ。
「パラ実女子戦車部、推参! 戦車外道を復活させるために、我々はテロリストとして活動する!」
「装甲機動テロリスト集団、“ガールズ・パンツ”か。『戦車外道』を嗜むパラ実女子のクラブから発展したらしい。都市伝説かと思っていたが、実在したとはのぅ」
 アレーティアは、もう突っ込むのも億劫だと言わんばかりの平淡な口調でデータベース情報を説明してくれた。戦っている真司が脱力しないよう、釘を刺してくる。
「一応、メンバーは美少女設定になっておるが、気を抜くではないぞ。何しろ、パラ実女子の中でも、選りすぐりのアホ娘ばかりじゃならな」
「どうしてあの子たち、頭にパンツをかぶっているのでしょうか?」
 敵影を確認したアニマは、素朴な疑問を投げかける。
「頭からパンツをかぶるのは、大和撫子の嗜みだからだ! これぞまさしく、ガールズ・パンツ! 恐れ入ったか」
 その声が聞こえたのか、戦車の上に仁王立ちのぱんつ女子が得意顔で答えた。
 最新鋭『パチルダ?歩兵戦車』の車長である彼女は、色々あってすっかりグレてしまったらしいが、この際どうでもよかった。肝心なことは、彼女らもまたテロリストであるということだ。戦車は名前からしてパチモノくさいが、十分に改造が施されており侮ってはいけない。本人たちも、そこそこに強力な契約者たちだった。
「機晶エネルギーで動く兵器など、邪道だ! 聞け、そして見よ! この機械と火薬の唸り声を、無骨で美しい車体を! 戦車こそ正義である! だから、全員死ね!」
 真面目なのか不真面目なのか、彼女らは訓練中は機晶エネルギーの使用不可というルールを守っていた。軽油とエンジンで動き火薬兵器を重装備した戦車は、防災訓練の趣旨に反していない。その特色を生かせるのは今だとばかりに、悪の動きに呼応したのだった。
「撃てーーー!」
 ドドドド〜〜ン!
 新しく現れたテロリスト、ガールズ・パンツの集団は、息を吹き返してきたスネイニー・キッズと連動して街を破壊し始めた。
「くっ……!?」
 イロモノの出現に唖然としていた真司は、一瞬の対応が遅れてしまう。
 敵が増えたがやることは同じだ。
 と、身構えなおした彼は、不意に背後から呼びかけられた。
「おーっす。町の防衛お疲れ様。ヒャッハー! しないつもりで来たのに、ヒャッハー! なことになってるじゃない」
 振り返ると、訓練中の分校生たちを率いてやってきたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がいた。
「何しにきた?」
「訓練に決まってるじゃない」
 よく忘れられているが、セレンフィリティは分校の臨時教師なのだ。彼女自身も忘れていた。防災訓練を手伝ってくれるよう要請が行き、協力することになったのだ。
 いつもの通りノリで参加はしたが、詳しい説明を聞くと、パラ実の訓練にしては意外とマトモな内容の訓練だったので、彼女にしては気を引き締めて真面目に訓練の指導を行うことにしていた。
「せっかくしっかりと教育しようとしてきたのに、どうして変なのがいるのよ? あたしの真面目を返せ!」
「あの連中は、俺たちがこっそりと始末するつもりだったが、訓練中の生徒たちに追いつかれてしまっては仕方がないな」
 真司は、セレンフィリティをまじまじと見つめた。頭からパンツかぶった戦車娘たちと、年中ビキニでハイテンションの女と精神の根底はあまり変わらない気がしないでもないが、それには触れないでおこう。
「ここは俺たちに任せて、お前たちは先に行くんだー(棒)」
「声ちっさ。めっちゃモチベーション下がってるじゃん。活力にあふれて感じのいいあんたはどこへ行ったの?」
「ぱんつとかビキニとか、基本管轄外だし」
「見損なったぞ、きさまー!? ビキニの魅力がわからないなんて、男子の楽しみを半分以上捨ててどうする!? 見せてやるわよ、ほらほら!」
 ゴンッ! セレンフィリティは、背後から強烈な打撃を受けてたたらを踏んだ。
「真面目に取り組んでいる人たちの邪魔をしない」
 セレンフィリティのパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、突っ込んでおいてから何事もなかったようににっこり微笑んだ。これまで持ち場を守ってくれた真司たちに、軽く目でお礼を言う。
「いい働きありがとうね。わたしたちは、訓練を続けるけど、手伝えることがあったら協力するから」
「ああ」
 真司は頷いた。
 喋っている場合ではなかった。スネイニー・キッズも息を吹き返し、町を破壊し始めている。戦車に乗ったパンツ娘もいるし、リーラだけでは手数が足りない。奴らは、見た目よりも戦い慣れていた。結構強い。
「ぱんつー! ぱんつー! ぱんつー!」
「くそっ。すき放題しやがって!」
 真司は、テロリストたちとの憂鬱な戦いに身を投じることになった。
 これは、密かに敵を葬り去ることは難しくなった。負けることはないだろうが、騒ぎに気づいて遠巻きに様子を見ている町の住人たちの視線が痛い。パンツやビキニの仲間のように見られるのは心外だった。彼は、半ばモヒカン的な心境になって敵に突撃して行った。
「オラオラ、まとめて地獄へ行けや!」
「まるで、モヒカンじゃ。ミイラ取りがミイラになったのぅ」
 アレーティアがぽつりと呟く。
「さて、みんな。あんなテロリストたちのようになっちゃだめよね。悪い見本に惑わされることなく、この訓練を有意義なものにしましょう。何度も言っているように、ヒャッハー! は禁止よ」
「ヒャッハー!」
 セレンフィリティの掛け声に、生徒たちはいい返事をした。目がきらきら輝いていてやる気に満ち溢れている。全員が、彼女のスタイルをガン見だった。色香に惑わされた生徒たちはモヒカンばかりではなく、スケベそうなオタク風や百合系の女子もいる。
 マッチョな体育会系が、期待に胸を膨らませて手を上げた。
「先生! 人工呼吸の練習をしたいです!」
「人形を使って実演するわよ」
 彼らの意図を読みつつも、敢えて無視して道具を用意したセレンフィリティに、ブーイングが発せられた。
「先生の言葉とは思えません! 胸触ったり唇吸ったりしたいです!」
「ああ、ストレートに欲望を口にしちゃったよ、この子たち」
 予想していたセレアナは、諭すように生徒たちに言った。
「本能の赴くままに行動するのは、訓練が終わってからにしましょう。真面目に訓練をやっておくと、人生に必ず役立つんだから」
 彼女の助言は誰の耳にも入っていなかった。
「ごふぅ! く、苦しい! 先生に人工呼吸をしてもらえないと、死んでしまいます!」
 マッチョの隣のデブがその場にぶっ倒れた。
「さあ、マッチョ出番よ。死にそうなデブを助けてあげなさい。二人で人工呼吸の練習よ」
 セレンフィリティは適当に指示しておいてから、他の生徒たちに救命機器の取り扱いと注意点の説明を始めた。見かけによらず(?)、正確で豊富な知識を持っており、一人一人にきめ細かに教えてくれる。生徒たちは、驚きを隠せない。
「保健体育だけは得意なタイプ?」
「シャラップ! その生意気な口を人工呼吸でふさいじゃうぞ」
「あなたも、欲望を自制しなさい」
 セレアナは、セレンフィリティとそんなやり取りをしつつも、訓練を続けた。
 セレアなの方は、応急手当や薬の使い方を教え始めた。
 災害時にはパニックに陥らず大量の怪我人の治療に当たらねばならないが、治療者本人がパニックになっては話にならないので、その心構えを教えるのだ。その上で、応急手当の方法や薬の使い方、怪我の様子が自分に判断できるかどうか、などをチェックする。場合によっては鳥アー時なども教えなければならない妥当と考える。見ごろ視認しなければ助からない、ということも確かにあるのだ。
 そんな彼女の講義を皆は真剣に聞いていた。
 目つきはセレアナの美しい全身に注がれているが。果たして彼らの頭に知識が入って行っているのか女体映像が記憶されたのかは謎だった。
「……」
 いつもこうなので、セレアナは頭を抱えた。
「せんせー、シンナー欲しいです」
 やがてモヒカンの一人が手を上げた。
「禁止!」
 これはさすがに厳しく指導しておく。
 それから。
「あちらは手伝わなくていいの?」
 セレアナは、テロリスト達と戦いを繰り広げる真司たちが気になって視線をやる。
「もちろん、正しい戦術ってものを教えてやるつもりよ」
 セレンフィリティは、胸を張って言った。スネイニー・キッズだかなんだか知らないが、あんな軍人崩れにどうして遅れをとろう。彼女は、現役の軍人なのだ。
「そこ、いつまで人工呼吸をしているの?」
 デブとマッチョは、彼女の言いつけどおり真面目に二人で人工呼吸の訓練をしていた。気持ち悪いので蹴り倒しておいてから、生徒たちに言う。
「これから、無駄なく賢いテロリスト対策を訓練するわけだけど、あのお兄さんたちみたいに正面からぶつかっちゃだめよ」
「ちょっと待て、コラ。まるで、俺たちが無駄な戦いをしているみたいじゃないか。報われねー」
 聞こえていた真司が反論するが、セレンフィリティは気にせず答えた。
「そういう意味じゃなくて、あんたたちは相当な腕前があるからいいのよ。そうじゃない生徒たちに、訓練するんじゃない。スネイニー・キッズや戦車娘は、あんたたちが相手だから雑魚に見えるけど、素人が相手にするには、かなり強敵だわよ」
 生徒たちに向き直って、彼女は念を押す。
「いいわね。単にヒャッハー! とか叫んで集団でボコボコにするようなやり方では歴戦のテロリストどもにはあっさりとかわされるどころかあっけなく反撃されるので、先生の言うことをよく聞いて手順どおり作戦を進めるのよ」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー! 禁止」
 セレンフィリティは、血気にはやった生徒たちを、ヒャッハー! と軽くしばいておいた。 
 地形や建物の構造などを利用した防御方法や、簡易に設置で来てすぐに効果が出てくる罠などの設置、敵を吸引して自分に引き付け、味方の潜んでいる遅滞におびき出して挟撃など行う。教導団直伝の、効果的な戦法だ。
 連れてやってきたほかのテロリストたちは、罠に気づかずに引っかかっている。
「ちまちまとやってられるか! ヒャッハー!?」
 言うことを聞かずに、モヒカン戦法と取ろうとする生徒や文句だけを垂れる生徒たちは、セレンフィリティの愛のお仕置きが待っている。ビキニ美女に折檻してもらおうとイタズラをする生徒が多いので、逆効果かもしれなかった。そうでなくても、彼女らを注視するあまり、集中力が乱れがちだ。
「落とし穴を掘ったぜ!」
「落ちたのは訓練生だけどね」
 セレンフィリティは、生徒たちに失敗にも怒らず根気よく対応した。ほめて育てるゆとり教育だ。と思ったら、ほめるところが無かった。
「対人地雷を一度使ってみたかったんだ!」
「便利で有効的な分、お勧めしないわ。地雷を埋めすぎて泥沼になった戦場を、あたしはいくつも知っているもの」
 教導団の軍人である彼女は、地雷の恐ろしさを知っていた。安くて小さくて設置しやすくて効果の大きい兵器のため、ついたくさん使ってしまいがちだが、数を揃えると非人道的で凶悪なものになる。
「先生、地雷を埋めた場所がわからなくなりました!」
「ほら、言わんこっちゃない。地雷の発見方法と、解除方法を教えてあげるわ。敵が使ってくるかもしれないから、覚えておくと役に立つわよ」
 事情を知らない街の住人が踏んだら大変だ。罠にも使い方がある。彼女は、それを教授するためにいるのだ。
 しばらく講義をしていると。
「ぐえっぐえっ。ゴキブリをいっぱい捕まえてきたんだな」
 不気味な雰囲気の分校生の数人が、手に手に袋にいっぱいゴキブリを詰め込んで戻ってきた。これをテロリストたちに食らわせてやるつもりらしいが、迷惑この上ない作戦だ。
「やめなさいっ!」
 セレンフィリティが静止するよりも先に、袋の口は開け放たれていた。してやったり、と彼らはドヤ顔だ。
「飼っていたんだな。友達なんだな」
「ヒャッハー!」
 セレンフィリティは、マジ殺しのつもりでムシ使い(?)の生徒たちに体罰を食らわせるも、時すでに遅し。ブ〜ン、と嫌な羽音とともに無数の黒いムシがあちらこちらに撒き散らされる様は、悪夢そのものだ。周囲に悲鳴が沸き起こる。
「こっちへ来るでないぞ」
 アレーティアは装輪装甲通信車の中で念じた。
 自慢の武装もスキルもテロリストたちには有効だが、厨房の黒い覇王の大群相手には無力に思えた。戦闘力云々より、生理的嫌悪感の問題だ。
「辺り一帯焼き払います! 汚物は消毒ですよ!」
 アニマが真顔で言った。
「やめて、めちゃくちゃになるじゃない」
 上空から全力攻撃をされては、関係のない街の住人たちにまで被害が出る。リーラは、ムシを追い払いつつもアニマを止めるので精一杯だ。
「ぷっくくく。プギャーゲラゲラ! いいざまだな。降参するなら助けてやらんでもないぞ!」
 ガールズ・パンツの女子生徒たちはゴキブリの大量発生に嬉々として笑い声を上げた。真司の攻撃でかなりやられているが、まだまだ健在だ。
「いっけー!」
 すかさず戦車の砲台から、強力な殺虫効果のあるガス煙幕弾を連射する。
 もうもうと立ち込める白い煙が黒い昆虫を飲み込んでいた。対人用に嫌がらせで装填していたのだが、まさか役に立つとは思わなかったらしい。
「死ね、虫ケラ! 人間のように惨めに息絶えるのだ!」
 ガールズ・パンツのリーダーは得意顔で中指を立てた。女子もここまで下品だとむしろ清清しい(?)。
「ぱんつー! ぱんつー! ぱんつー!」
「おお、なんてこった! テロリストたちのほうが、役に立ってるぞ!」
 真司は、ダメだこりゃと空を仰いだ。
 煙とゴキブリに紛れて、スネイニー・キッズたちは巧みに姿を消している。体勢を立て直し別の場所でもっと大きな騒ぎを起こすだろう。
「おい、お前ら! 虫ケラ退治の報酬として、あとでパンツ持って来い! さもなくば、脱がす! げらげらげら!」
 パンツ女子たちは真司たちを指差して笑った。それを合図に、彼女たちは戦車を駆って去っていった。ケチがついたので仕切り直しらしいが、ちょっと追いかける気力も失せていた。
「敵影、全て確認できなくなりました」
 アニマの言葉には、大量発生した黒い虫も含まれている。白煙が収まると、地面には気持ち悪い死体がゴロゴロと転がっていた。
「ひどい有様だ」
 真司たちは、よく戦った。スネイニーキッズもガールズ・パンツも半数以下に数を減らしていた。ただ、敵も味方も想定の範囲を超えて異常だっただけだ。
「まあ、こんなものね! 落ち着いて対応すれば、テロリストたちなど恐れるに足らずということがわかったでしょう?」
 カッコ良く締めくくるセレンフィリティに、真司は無表情で振り返る。人間、怒るとこんな顔になるのだ、多分。
「いやねぇ。マジにならないでよ。生徒たちのやる気がちょっと方向間違えしていただけよ」
「それで?」
「テヘペロ。じゃ、またねっ」
 セレンフィリティは可愛くポーズを決めると、生徒たちを連れてあっという間に姿を消した。
「いや本当にテロリスト退治の邪魔してごめん。あとで菓子折り持って行くから」
 セレアナもまた、むなしい戦場を後にした。なんともいえない微妙な空気だけが残る。
「気を取り直して、次の現場に向かいましょう。敵はまだ滅びていないんだから」
 リーラが、真司を励ます。彼は、いつもの彼に戻った。
「そうだな。ようやくわかったよ」
 彼は、改めて悟った。
 パラ実では、敵が味方で味方が敵であることもままあるのだ、と。何が善で何が悪か、実はまだ決まっていない。だから、パラ実は面白いのだ、と。
「やれやれ、楽しいなぁ……」
 真司は、颯爽と身を翻すと次の戦場へと向かうのだ。